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第一章 リコプリン編

19 飛び出す黒豆

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 夜も深まり、リコは子羊のムゥムゥに乗って、マニに魔女小屋まで送ってもらった。

「マニちゃん、今日はありがとう。お婆さんにお夕飯までご馳走になっちゃって、またお世話になっちゃった」
「婆ちゃんもリコに会えて、嬉しそうだったよ。それにしても、リコは料理人だったんだね。あ、菓子職人かな?」

 リコは首を振る。

「私はただの、プリンボソボソ職人だよ」
「ぎゃはは、何それ! リコってやっぱり、おもろいね」
「プリンがちゃんと完成したら、マニちゃんとお婆さんにも食べてほしいな」
「もっちろん! リコプリン楽しみにしてるよ」

 マニは何かを思い出して、前のめりになった。

「そうだ、リコ! 週末に、町で市場があるんだ。旅商人達がいっぱい広場に集まるんだよ。一緒に行こうよ!」
「わぁ。プリンのハーブも売ってるかな? 探しに行きたいな!」
「よし決まり! ムゥムゥに乗って、迎えに行くよ!」

 マニは元気に手を振って、帰って行った。


 リコはポカポカした気持ちで魔女小屋のドアを開けて、部屋の灯りを点けた。

「市場でハーブ探すの楽しみだなぁ。でも、どんなハーブを探せばいいのかな……」

 しばらく佇んで、おもむろにベッドの下を覗いた。
 ここに越して来た日に封印した、もとの住人の荷物の箱が見える。

 ベッドの下から引きずり出して箱を開封すると、中にはギッシリと、分厚い本が入っている。

「怖い本ばっかりでつい仕舞っちゃったけど、ここに住んでいた人は、薬草を調合していたらしいから……」

 思った通り、薬草の辞典のような本が見つかった。

「やっぱり! この世界のハーブが網羅されてる!」

 リコは本を拝借して、ベッドに寝転がった。
 紙面には線画の植物の葉や実がずらりと並んでいて、自生場所や効能などが詳しく記されていた。

「お料理用というよりも、お薬用なのかな。あ、でも香りの説明も書いてある!」

 見たことがあるような植物もあれば、未知の植物も載っている。もともとハーブに詳しくないリコにとっては、すべて初見のように感じた。

「なんか……凄い種類がいっぱいあるんだな。どれがプリンに合うのか、わかんないや」

 ・ラッシュビーンズ
 ※飛び出す種子が頭部に直撃する事故に注意

 ・パルピー草
 ※霧状に散布される幻覚物質による錯乱に注意


 「※」印に書かれた注意事項は危険な内容だが、シュールな挿絵が滑稽に見えて、リコは思わず笑ってしまう。

「そっか。ハーブになる花や草も大きいから、採取するのも大変なんだ」

 面白がって注意書きばかり読んでいるうちに、頭部に直撃する豆の絵が、どこかで見た物に似ていることに気づいた。

「この黒い鞘豆って……コンビニのアイスのパッケージに描かれていた絵に似てる……」

 ビーンズだけに、ビーン!と脳内が弾けた。

「そうだ、バニラアイスだ! この黒い豆って、バニラビーンズの絵に似てる! それに、プリンのあの香り……アイスと同じ、バニラの香りだ!」

 ラッシュビーンズの香りと用途の項目には、こう書いてある。

 ・甘く芳醇な香り
 ・菓子、香油などに

「これだ……この世界のバニラはきっと、ラッシュビーンズって、呼ばれてるんだね」

 まるでパズルが組み合わさるように、リコの中で理想のプリンが出来上がっていく。

 魔女小屋の謎の元住人に手伝ってもらったような、不思議な気持ちになっていた。

「魔女さん、ありがとう。まさかプリンのヒントがベッドの下にあったなんて、ビックリだよ」

 ハーブ辞典を抱きしめて、リコはニヤけた。

「ラッシュビーンズが売ってるお店を探さなきゃ。週末のお買い物がますます楽しみだよ」

 ふと、窓の外を見ると、静かな夜の森が広がっている。
 リコはあの大きな黒猫が窓を覗いていないか、期待して見てしまうのが癖になっていた。

「誤配達でもないと、なかなかレオ君に会える機会が無いな……でも、週末に町に行ったら、偶然会えたりして……」

 週末のハーブの買い出しには、不純な期待と動機も密かに加わっていた。
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