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第一章 リコプリン編
18 自由なおやつ
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「婆ちゃん、遊びに来たよ~!」
夕方の、きのこの麓で。
マニは元気に、老夫婦の家のドアを開けた。
「まあまあ、マニ。農園のお仕事は終わったのかい?」
「うん。父ちゃんは爺ちゃんと酒盛りするから、もう上がっていいって」
お婆さんは、マニの後ろで卵を抱えているリコを見つけた。
「おやまあ、リコちゃん!」
「お婆さん、お久しぶりです。今日はお世話になったお礼に、卵を持ってきました」
大きな薄ピンクの卵を差し出した。
テーブルの上には、お婆さんの手作りケーキと紅茶が置かれている。
お婆さんはリコから就職の話を聞いて、嬉しそうに頷いていた。
「本当に良かったわ。良いお仕事が見つかって」
「助けてくださった皆さんのおかげです。ありがとうございました」
深々と頭を下げるリコに、お婆さんは首を振った。
「私こそ、お礼を言いたいわ。マニは同年代のお友達がいなかったから、リコちゃんと仲良くなれて、とても喜んでいるのよ」
マニはケーキを咳き込んで照れている。
「そりゃあ、町に行けば知ってる子供もいるけどさ、この村は爺婆ばっかじゃん。父ちゃんの農園を手伝ってたら、友達なんかできないよ」
「でもマニは、農園を大きくする夢があるんでしょ?」
「あたしは商売で成功したいんだ。それには農園を継ぐしかないかなぁって」
リコは二人の会話を聞いて、感心した。
「マニちゃん、夢に向かってちゃんと考えてて、凄いね」
「リコも何か夢があるから、一人暮らしを始めたんでしょ?」
リコはハッとする。
生活するために一生懸命に働いて、さらには好物のプリンを作るのに夢中になっているけど、夢と言われると、考えてしまう。
もとの世界でも、毎日をのんびり過ごしていて、自分の目標なんて定まっていなかった。リコは恥ずかしそうに俯いた。
「私……夢っていうか、今はプリン……作りたくて」
「へ? プリン?」
お婆さんは笑顔でマニを見た。
「プディングのことかしらね?」
「ああ、あの甘いやつか」
リコは恐る恐る聞く。
「あの、プディングって、甘いお食事なんですか? 魚とか、パンとか入ってて」
「そうねぇ。材料を入れてお食事にもなるし、おやつでも食べるわ」
お婆さんの言葉に、リコは立ち上がった。
「おやつのプディングがあるんですね!?」
「干し葡萄やイチヂクを入れたりしてね」
「プディングって、いろんな種類があるんだ……」
「ちょっと待っててね」
お婆さんはボウルを手に持ってくると、リコが持ってきた卵を割って見せた。
「ケーキで使った牛乳が少し余っているから、作ってみましょう」
「ほ、本当ですか!?」
リコはこの世界のプディングの作り方が見られると感激した。慌ててメモを探して、マニに紙とペンを借りる。
お婆さんは作りながら、解説してくれた。
「プディングは傷みやすいから、保存が効くようにお砂糖を沢山入れるの」
リコはレオから聞いた、宮廷の激甘魚プディングを思い出していた。
「そっか。冷やして保管できないから、食中毒にならないように、すごく甘いんだ」
「この辺りは温暖な気候だからねぇ」
お婆さんは卵液に牛乳、小麦粉、レーズンや木の実、たっぷりのお砂糖とハーブを入れて、四角いパッドに流し込むと、釜戸にセットした。
「さぁ、こうして焼いたら、おやつプディングの出来上がりよ」
「あの、ハーブは何を使うんですか?」
「ハーブはお好みで果物の皮や、草花とか……家庭によっていろいろね」
「プディングって、何を入れてもいいし、どんな香り付けをしてもいいんですね」
コンビニで売っているプリンしか知らないリコは、プディングの自由な存在が新鮮だった。
お婆さんとマニとお茶をしながらお喋りしているうちに、プディングはあっという間に出来上がった。
荒熱をとったパットから切り出されたそれは、四角くて、少し硬めの、リコが知るプリンとはだいぶ違うイメージだ。
「いただきます!」
木のスプーンで四角いプディングを切ってみると、弾力がある。フルーティな香りがして、卵と牛乳の優しい味がした。とっても甘い。
「美味しい! この味……プリンにそっくり!」
昇天するリコを、お婆さんとマニは笑っている。
「リコちゃん。プディングのかたちは一つじゃないから、リコちゃんの思う物を作ればいいのよ」
「私、自分の中の思い出のプリンを形にできるように、がんばってみます!」
プリンに似た異世界のプディングを知る事で、リコの中にある理想のプリンは、より明確なイメージとなって、膨らんでいた。
夕方の、きのこの麓で。
マニは元気に、老夫婦の家のドアを開けた。
「まあまあ、マニ。農園のお仕事は終わったのかい?」
「うん。父ちゃんは爺ちゃんと酒盛りするから、もう上がっていいって」
お婆さんは、マニの後ろで卵を抱えているリコを見つけた。
「おやまあ、リコちゃん!」
「お婆さん、お久しぶりです。今日はお世話になったお礼に、卵を持ってきました」
大きな薄ピンクの卵を差し出した。
テーブルの上には、お婆さんの手作りケーキと紅茶が置かれている。
お婆さんはリコから就職の話を聞いて、嬉しそうに頷いていた。
「本当に良かったわ。良いお仕事が見つかって」
「助けてくださった皆さんのおかげです。ありがとうございました」
深々と頭を下げるリコに、お婆さんは首を振った。
「私こそ、お礼を言いたいわ。マニは同年代のお友達がいなかったから、リコちゃんと仲良くなれて、とても喜んでいるのよ」
マニはケーキを咳き込んで照れている。
「そりゃあ、町に行けば知ってる子供もいるけどさ、この村は爺婆ばっかじゃん。父ちゃんの農園を手伝ってたら、友達なんかできないよ」
「でもマニは、農園を大きくする夢があるんでしょ?」
「あたしは商売で成功したいんだ。それには農園を継ぐしかないかなぁって」
リコは二人の会話を聞いて、感心した。
「マニちゃん、夢に向かってちゃんと考えてて、凄いね」
「リコも何か夢があるから、一人暮らしを始めたんでしょ?」
リコはハッとする。
生活するために一生懸命に働いて、さらには好物のプリンを作るのに夢中になっているけど、夢と言われると、考えてしまう。
もとの世界でも、毎日をのんびり過ごしていて、自分の目標なんて定まっていなかった。リコは恥ずかしそうに俯いた。
「私……夢っていうか、今はプリン……作りたくて」
「へ? プリン?」
お婆さんは笑顔でマニを見た。
「プディングのことかしらね?」
「ああ、あの甘いやつか」
リコは恐る恐る聞く。
「あの、プディングって、甘いお食事なんですか? 魚とか、パンとか入ってて」
「そうねぇ。材料を入れてお食事にもなるし、おやつでも食べるわ」
お婆さんの言葉に、リコは立ち上がった。
「おやつのプディングがあるんですね!?」
「干し葡萄やイチヂクを入れたりしてね」
「プディングって、いろんな種類があるんだ……」
「ちょっと待っててね」
お婆さんはボウルを手に持ってくると、リコが持ってきた卵を割って見せた。
「ケーキで使った牛乳が少し余っているから、作ってみましょう」
「ほ、本当ですか!?」
リコはこの世界のプディングの作り方が見られると感激した。慌ててメモを探して、マニに紙とペンを借りる。
お婆さんは作りながら、解説してくれた。
「プディングは傷みやすいから、保存が効くようにお砂糖を沢山入れるの」
リコはレオから聞いた、宮廷の激甘魚プディングを思い出していた。
「そっか。冷やして保管できないから、食中毒にならないように、すごく甘いんだ」
「この辺りは温暖な気候だからねぇ」
お婆さんは卵液に牛乳、小麦粉、レーズンや木の実、たっぷりのお砂糖とハーブを入れて、四角いパッドに流し込むと、釜戸にセットした。
「さぁ、こうして焼いたら、おやつプディングの出来上がりよ」
「あの、ハーブは何を使うんですか?」
「ハーブはお好みで果物の皮や、草花とか……家庭によっていろいろね」
「プディングって、何を入れてもいいし、どんな香り付けをしてもいいんですね」
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「リコちゃん。プディングのかたちは一つじゃないから、リコちゃんの思う物を作ればいいのよ」
「私、自分の中の思い出のプリンを形にできるように、がんばってみます!」
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