上 下
18 / 110
第一章 リコプリン編

18 自由なおやつ

しおりを挟む
「婆ちゃん、遊びに来たよ~!」

 夕方の、きのこの麓で。
 マニは元気に、老夫婦の家のドアを開けた。

「まあまあ、マニ。農園のお仕事は終わったのかい?」
「うん。父ちゃんは爺ちゃんと酒盛りするから、もう上がっていいって」

 お婆さんは、マニの後ろで卵を抱えているリコを見つけた。

「おやまあ、リコちゃん!」
「お婆さん、お久しぶりです。今日はお世話になったお礼に、卵を持ってきました」

 大きな薄ピンクの卵を差し出した。


 テーブルの上には、お婆さんの手作りケーキと紅茶が置かれている。
 お婆さんはリコから就職の話を聞いて、嬉しそうに頷いていた。

「本当に良かったわ。良いお仕事が見つかって」
「助けてくださった皆さんのおかげです。ありがとうございました」

 深々と頭を下げるリコに、お婆さんは首を振った。

「私こそ、お礼を言いたいわ。マニは同年代のお友達がいなかったから、リコちゃんと仲良くなれて、とても喜んでいるのよ」

 マニはケーキを咳き込んで照れている。

「そりゃあ、町に行けば知ってる子供もいるけどさ、この村は爺婆ばっかじゃん。父ちゃんの農園を手伝ってたら、友達なんかできないよ」
「でもマニは、農園を大きくする夢があるんでしょ?」
「あたしは商売で成功したいんだ。それには農園を継ぐしかないかなぁって」

 リコは二人の会話を聞いて、感心した。

「マニちゃん、夢に向かってちゃんと考えてて、凄いね」
「リコも何か夢があるから、一人暮らしを始めたんでしょ?」

 リコはハッとする。
 生活するために一生懸命に働いて、さらには好物のプリンを作るのに夢中になっているけど、夢と言われると、考えてしまう。
 もとの世界でも、毎日をのんびり過ごしていて、自分の目標なんて定まっていなかった。リコは恥ずかしそうに俯いた。

「私……夢っていうか、今はプリン……作りたくて」
「へ? プリン?」

 お婆さんは笑顔でマニを見た。

「プディングのことかしらね?」
「ああ、あの甘いやつか」

 リコは恐る恐る聞く。

「あの、プディングって、甘いお食事なんですか? 魚とか、パンとか入ってて」
「そうねぇ。材料を入れてお食事にもなるし、おやつでも食べるわ」

 お婆さんの言葉に、リコは立ち上がった。

「おやつのプディングがあるんですね!?」
「干し葡萄やイチヂクを入れたりしてね」
「プディングって、いろんな種類があるんだ……」
「ちょっと待っててね」

 お婆さんはボウルを手に持ってくると、リコが持ってきた卵を割って見せた。

「ケーキで使った牛乳が少し余っているから、作ってみましょう」
「ほ、本当ですか!?」

 リコはこの世界のプディングの作り方が見られると感激した。慌ててメモを探して、マニに紙とペンを借りる。
 お婆さんは作りながら、解説してくれた。

「プディングは傷みやすいから、保存が効くようにお砂糖を沢山入れるの」

 リコはレオから聞いた、宮廷の激甘魚プディングを思い出していた。

「そっか。冷やして保管できないから、食中毒にならないように、すごく甘いんだ」
「この辺りは温暖な気候だからねぇ」

 お婆さんは卵液に牛乳、小麦粉、レーズンや木の実、たっぷりのお砂糖とハーブを入れて、四角いパッドに流し込むと、釜戸にセットした。

「さぁ、こうして焼いたら、おやつプディングの出来上がりよ」
「あの、ハーブは何を使うんですか?」
「ハーブはお好みで果物の皮や、草花とか……家庭によっていろいろね」
「プディングって、何を入れてもいいし、どんな香り付けをしてもいいんですね」

 コンビニで売っているプリンしか知らないリコは、プディングの自由な存在が新鮮だった。

 お婆さんとマニとお茶をしながらお喋りしているうちに、プディングはあっという間に出来上がった。
 荒熱をとったパットから切り出されたそれは、四角くて、少し硬めの、リコが知るプリンとはだいぶ違うイメージだ。

「いただきます!」

 木のスプーンで四角いプディングを切ってみると、弾力がある。フルーティな香りがして、卵と牛乳の優しい味がした。とっても甘い。

「美味しい! この味……プリンにそっくり!」

 昇天するリコを、お婆さんとマニは笑っている。

「リコちゃん。プディングのかたちは一つじゃないから、リコちゃんの思う物を作ればいいのよ」
「私、自分の中の思い出のプリンを形にできるように、がんばってみます!」

 プリンに似た異世界のプディングを知る事で、リコの中にある理想のプリンは、より明確なイメージとなって、膨らんでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

処理中です...