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第一章 リコプリン編
6 莉子はリコ
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ムキムキ番犬はペロと鼻を合わせると、意外にもすんなりと中へ通してくれた。
小さな庭を進むと、お屋敷の前にメイドの格好をした女性と、首からポシェットを下げた大きなオウムが並んで立っていた。
「よし、行きなさい」
「ハイッ」
メイドの合図にオウムは甲高く返事をすると、空に飛び立った。お手紙でも運んでいるのだろうか。
ポカンと空を見上げる莉子を置いて、マニはペロから飛び降りて、メイドに走り寄った。
「メイドさん、村長さんいる?」
「ええ。何かご用ですか?」
「記憶喪失で、迷子の女の子がいるんだ!」
マニがリコを指差して、メイドは無表情な顔でこちらを見ている。
莉子は慌ててペロから飛び降りて転び、さらにまた、ペロにぺろぺろと舐められていた。
「ひえぇ!」
「こらぁ、ペロ!」
マニのお叱りも聞かず、転んだまま好き放題じゃれて舐めるペロに、莉子は半ばパニックになっていた。
その時。誰かの一言で、ペロは石のように固まった。
「やめなさい」
鋭くも優雅な声。
その方向を、莉子は涎まみれのまま体を起こして見ると、スラリとした男性が立っていた。
「お座り」
続ける命令に、ペロは従順な兵隊のように、ビシッとお座りした。
「オリヴィエ村長!」
マニの呼び声で、男性が村長であるとわかった。
莉子の想像とは、まったく違った人物だった。
「お爺ちゃんじゃない……」
思わず呟く莉子に、男性はフッと笑いかけた。
ゆったりとした服を優雅にまとって、肩まである銀色の髪が揺れている。笑顔だがどこか冷めたような、落ち着きはらった瞳。どう見ても20代半ばといったところで、村長としてはだいぶ若いようだった。
「涎と泥まみれの君……迷子だって?」
オリヴィエ村長の言い回しから酷い姿を自覚して、莉子は慌てて立ち上がり、髪を整えて顔面を拭った。
「は、はい!」
見定めるようにじっとこちらを見つめる村長の横で、マニが説明した。
「昨日、森の池に落ちちゃって、記憶が無くなっちゃったんだって。ご家族が探してるんじゃないかと思って」
村長の代わりに、メイドが答えた。
「そのような探し人の情報は、こちらに来ていませんね」
「そっかぁ」
がっかりするマニとは別に、莉子は少しほっとした。
自分でも理解できない状況を、この美少女のご家族に説明せずに済んだからだ。
しかし静かな眼差しを向ける村長にはすべてを見抜かれている気がして、動悸が高まっていた。
莉子は咄嗟に、真実を誤魔化すように大声で喋り出した。
「あ、あの、そうだ! 私、思い出したんです!」
パチン!と手を叩いて、ひきつった表情でまくしたてる。
「一人暮らし、したいなぁって! それでこの村で家探ししてたら、池に落ちちゃって! あはは……あ、あの……私が住める家って、ないですかね!?」
シーン、と場が静まり、マニは目をぱちくりしている。
「記憶が戻ったの!?」
「う、うん! 心配かけてごめんなさい!」
頭を下げる莉子に、メイドは不審そうに問う。
「お名前とご住所は? 賃貸料のご用意があれば、村の住居は貸し出せますが」
莉子は頭を下げたまま、青ざめた。
「な、名前はリコ……住所は多分、北の方で……すみません、記憶がまだ曖昧で」
半泣きの顔を上げた。
「お金は落としてしまいました……全財産……」
メイドもマニも村長も、呆気にとられている。
莉子はこの世界の「リコ」として存在を偽った瞬間に、腹が決まっていた。
続けて、思いきり叫んだ。
「賃料は必ずお支払いします! この村で一生懸命働いて……働かせてください!」
大声につられて、ペロが「ワン!」と楽しそうに吠えた。
オリヴィエ村長はリコの必死な勢いに、笑みを溢して頷いた。
「いいだろう。リコ」
続けてメイドを向いて、指示を出した。
「丁度、空き家になった家があっただろう。そこに住んでもらって、賃料は後払いにしてもらえばいい」
メイドは眉をひそめている。
「いいのですか?」
「ああ、そのかわり」
村長はリコを向き直す。
「記憶がすべて戻ったら、ここに改めて説明に来なさい」
「は、はい!」
オリヴィエ村長は踵を返して屋敷に戻り、リコは脱力して、へたり込んでいた。
ペロが顔を舐めて、マニが立ち上がらせてくれる。
「良かったねぇ、記憶が戻って! 家を探して池に落ちるなんて、リコはドジなんだぁ」
「あはは……」
メイドが鍵と書類を手に戻ってくると、マニに渡した。
「先月から空き家になっている、楠の家です」
「あ~、あの家だね。あたしがペロで送って行くよ」
「賃料は1ヶ月後、村長に渡しに来てくださいね」
メイドはリコに念を押すように申し付けると、屋敷に戻って行った。
ペロは再び、マニとリコを乗せて、森に向かって歩いた。
「いやぁ、良かった。これで一件落着だね!」
マニの背後でリコは、吐いてしまった嘘に引け目を感じつつも、状況を飲み込むまでの猶予を得た気持ちになって安堵していた。
一人暮らしがしたいだなんて、もとの世界にいた時に結花によく喋っていた夢想だ。好きなだけおやつを食べて、アニメを見て、結花とお喋りして、夜ふかしするんだ、って。
だけどここにはコンビニも、テレビも友達も無い。夢が叶ったような、叶ってないような。
リコが苦笑いするうちに、ペロは目的地にたどり着いていた。
楠の下。
そこには、異様な雰囲気の小屋が建っていた。
小さな庭を進むと、お屋敷の前にメイドの格好をした女性と、首からポシェットを下げた大きなオウムが並んで立っていた。
「よし、行きなさい」
「ハイッ」
メイドの合図にオウムは甲高く返事をすると、空に飛び立った。お手紙でも運んでいるのだろうか。
ポカンと空を見上げる莉子を置いて、マニはペロから飛び降りて、メイドに走り寄った。
「メイドさん、村長さんいる?」
「ええ。何かご用ですか?」
「記憶喪失で、迷子の女の子がいるんだ!」
マニがリコを指差して、メイドは無表情な顔でこちらを見ている。
莉子は慌ててペロから飛び降りて転び、さらにまた、ペロにぺろぺろと舐められていた。
「ひえぇ!」
「こらぁ、ペロ!」
マニのお叱りも聞かず、転んだまま好き放題じゃれて舐めるペロに、莉子は半ばパニックになっていた。
その時。誰かの一言で、ペロは石のように固まった。
「やめなさい」
鋭くも優雅な声。
その方向を、莉子は涎まみれのまま体を起こして見ると、スラリとした男性が立っていた。
「お座り」
続ける命令に、ペロは従順な兵隊のように、ビシッとお座りした。
「オリヴィエ村長!」
マニの呼び声で、男性が村長であるとわかった。
莉子の想像とは、まったく違った人物だった。
「お爺ちゃんじゃない……」
思わず呟く莉子に、男性はフッと笑いかけた。
ゆったりとした服を優雅にまとって、肩まである銀色の髪が揺れている。笑顔だがどこか冷めたような、落ち着きはらった瞳。どう見ても20代半ばといったところで、村長としてはだいぶ若いようだった。
「涎と泥まみれの君……迷子だって?」
オリヴィエ村長の言い回しから酷い姿を自覚して、莉子は慌てて立ち上がり、髪を整えて顔面を拭った。
「は、はい!」
見定めるようにじっとこちらを見つめる村長の横で、マニが説明した。
「昨日、森の池に落ちちゃって、記憶が無くなっちゃったんだって。ご家族が探してるんじゃないかと思って」
村長の代わりに、メイドが答えた。
「そのような探し人の情報は、こちらに来ていませんね」
「そっかぁ」
がっかりするマニとは別に、莉子は少しほっとした。
自分でも理解できない状況を、この美少女のご家族に説明せずに済んだからだ。
しかし静かな眼差しを向ける村長にはすべてを見抜かれている気がして、動悸が高まっていた。
莉子は咄嗟に、真実を誤魔化すように大声で喋り出した。
「あ、あの、そうだ! 私、思い出したんです!」
パチン!と手を叩いて、ひきつった表情でまくしたてる。
「一人暮らし、したいなぁって! それでこの村で家探ししてたら、池に落ちちゃって! あはは……あ、あの……私が住める家って、ないですかね!?」
シーン、と場が静まり、マニは目をぱちくりしている。
「記憶が戻ったの!?」
「う、うん! 心配かけてごめんなさい!」
頭を下げる莉子に、メイドは不審そうに問う。
「お名前とご住所は? 賃貸料のご用意があれば、村の住居は貸し出せますが」
莉子は頭を下げたまま、青ざめた。
「な、名前はリコ……住所は多分、北の方で……すみません、記憶がまだ曖昧で」
半泣きの顔を上げた。
「お金は落としてしまいました……全財産……」
メイドもマニも村長も、呆気にとられている。
莉子はこの世界の「リコ」として存在を偽った瞬間に、腹が決まっていた。
続けて、思いきり叫んだ。
「賃料は必ずお支払いします! この村で一生懸命働いて……働かせてください!」
大声につられて、ペロが「ワン!」と楽しそうに吠えた。
オリヴィエ村長はリコの必死な勢いに、笑みを溢して頷いた。
「いいだろう。リコ」
続けてメイドを向いて、指示を出した。
「丁度、空き家になった家があっただろう。そこに住んでもらって、賃料は後払いにしてもらえばいい」
メイドは眉をひそめている。
「いいのですか?」
「ああ、そのかわり」
村長はリコを向き直す。
「記憶がすべて戻ったら、ここに改めて説明に来なさい」
「は、はい!」
オリヴィエ村長は踵を返して屋敷に戻り、リコは脱力して、へたり込んでいた。
ペロが顔を舐めて、マニが立ち上がらせてくれる。
「良かったねぇ、記憶が戻って! 家を探して池に落ちるなんて、リコはドジなんだぁ」
「あはは……」
メイドが鍵と書類を手に戻ってくると、マニに渡した。
「先月から空き家になっている、楠の家です」
「あ~、あの家だね。あたしがペロで送って行くよ」
「賃料は1ヶ月後、村長に渡しに来てくださいね」
メイドはリコに念を押すように申し付けると、屋敷に戻って行った。
ペロは再び、マニとリコを乗せて、森に向かって歩いた。
「いやぁ、良かった。これで一件落着だね!」
マニの背後でリコは、吐いてしまった嘘に引け目を感じつつも、状況を飲み込むまでの猶予を得た気持ちになって安堵していた。
一人暮らしがしたいだなんて、もとの世界にいた時に結花によく喋っていた夢想だ。好きなだけおやつを食べて、アニメを見て、結花とお喋りして、夜ふかしするんだ、って。
だけどここにはコンビニも、テレビも友達も無い。夢が叶ったような、叶ってないような。
リコが苦笑いするうちに、ペロは目的地にたどり着いていた。
楠の下。
そこには、異様な雰囲気の小屋が建っていた。
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