魔女のおやつ 〜もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る〜

石丸める

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第一章 リコプリン編

1 プリンの川流れ

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「一日一個……」

 莉子はコンビニ棚のおやつの羅列を、真剣に凝視している。

 プリン、エクレア、クレープ、シュークリーム……。
 この世の魔法。私の救世主。
 つらい時も悲しい時も、おやつがあれば救われる。
 一口食べれば、ふわっと魔法がかかって、
 二口食べれば、嫌な事も忘れてしまう。

「だけど一日一個かぁ……はぁ」

 母親に課された約束をぼやく莉子を、結花は呆れて見下ろした。

「無制限におやつがOKになったら、莉子はコンビニで破綻するよ」

 コンビニを出て、莉子と結花は近くにある大きな橋の上に移動した。ここでぼんやりと川を眺めながら、放課後のおやつを食べるのが二人の日課になっていた。
 自然と町とコンビニが共存する郊外の田舎町は退屈だが、黄昏色が映る川の水面はいつ見ても綺麗だ。

 小柄で幼い顔の莉子は、おやつとアニメが好きなインドア派。対して背が高くて大人っぽい結花は、お洒落が好きなアウトドア派。
 生まれた時からご近所さんで、幼なじみの二人は趣味も性格も全然違うけど、仲がいい。莉子が喋るアニメの推し話も、おやつへの情熱も、結花は興味がないわりにちゃんと聞いてくれるのだ。

 プリンを半分食べたところで、莉子はもったいぶってスプーンを止めた。あと数口でなくなってしまうからだ。甘い夢の終わりはいつでも儚い。
 そして何かを決心したように、隣の結花をキリッとした顔で見上げた。

「ねえ結花。私、自分でお菓子を作ろうかな」
「おっ?」

 莉子の珍しく進歩的な発想に、結花は目を丸くした。

「そしたらさ、好きなだけおやつを食べられるじゃない!?」
「莉子、料理なんてできたっけ?」
「いや……やったことないけどさ、これからだよ!」

 結花のしらけた顔を他所に、莉子は半分になったプリンを空に掲げて、興奮で瞳を輝かせた。

「でっかい、でっかい、バケツ大のプリンを作るんだ! 何なら、お風呂大のプリンでもいい! どんなにデカくても一個は一個だし、これは名案っ……!」

 ツルン!

 莉子のバカバカしい演説の最中に、力んだ手からプリンのカップが空に向かって、飛び出していた。

「あっプリンがっ!」

 宙を舞うプリンを追いかけて、莉子は橋から身を乗り出し……

「莉子、危ない!!」

 結花の差し出す手をすり抜けて、莉子は川へと転落していった。

「えっ……あれ?」

 スローモーションのように木々や水面がクルクルと回って、長い時間をかけて、莉子は橋から落ちていった。結花の叫ぶ姿がどんどん小さくなって、莉子の身体から血の気が引いていった。

(えぇぇ? こんなバカみたいな事故……)

 プリンを発端とするあまりにドジな惨事に、莉子は恥と恐怖でパニックのまま、目を固く瞑った。

 バシャーン、と水を打つ大きな衝撃の後、前後左右もわからない水中で莉子はもがいた。自分の吐く息が騒がしく耳を塞いで、何も聞こえない。夏なのに体は寒さで縮むように強張って、莉子は真っ暗な水底に向かって沈んでいった。

「ガボガガ、ボガガ……ガボ……」

 体の中の最後の空気が、空に向かって出ていく。

(あぁ、結花、お母さん、ドジな私でごめん……)

 苦しみが薄れて意識が遠くなり、目蓋の向こうで暗闇から眩しい明かりが広がっていった。
 あたりは静寂となり、縮んだ身体は解れて……莉子は宙に浮いているような、心地良さを感じていた。


「ここは……天国?」


 耳元でチャプチャプと、小さな水音が戻ってくる。
 遠くに小鳥の囀りと、木々のさざめき。

 瞼に暁の明かりを感じて、莉子はそっと目を開けた。
 思った通りの空の色が見える。
 水底に沈んだはずが、流れのない静かな水面に莉子は浮いていた。状況が飲み込めず、茫然とする。

「助かっ……た?」

 少し首を起こして見回すと、そこは緑が茂った静かな森の中のようだった。
 莉子は「はて」と首を捻った。

「川から流れて、森の池に?」

 莉子の住んでいた町は確かに田舎で、山も川もあったが、この静かな森には違和感がある。
 リコは水面に浮いたまま、池のほとりの植物を見回した。

「たんぽぽ……おおいぬのふぐり……」

 それは幼い頃から見慣れた、小さな花たち。

「デカい……人間の顔よりデカい」

 小さいはずの花たちは、大きな頭を重そうに揺らしている。
 雑草もクローバーも大きく茂っていて、まるで自分が小人になったように、池のほとりはすべてがデカかった。

「いくら私の背が小さいからって、こんなことってある?」

 池に浮いたまま腕を組んで、川に落ちて沈んでいった感覚を思い出した。確かに体が縮むような寒さを感じたが、たんぽぽと同じくらいの背丈になるなんて……ある?

 水面に浮いたまま一人で謎解きにふけっていると、莉子は、つん、つん、と何かにお尻を突かれているのに気づいた。

「ちょっと待ってよ。今、忙しいんだから……」

 頭を起こして、水中からお尻を突く失礼な奴を確かめると、そこには大きな排水溝の穴があった。

 ズオォォ、と水を吸い込んでいる。

 ん?
 いや、排水口ではない。
 これは大きな、大きな……

「魚の口ぃ!?」

 池の鯉にお麩をあげると現れる、あのパクパクと開閉する口が、莉子の頭ほどの大きさで水中から出現していた。

「うひいぃぃ!? ででで、デカい!!」
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