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9 誓いのリング

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 日々の食事の質が向上して、健康的な肌艶となったアリスは、玄関のロビーに佇む。
 母の肖像画に語りかけていた。

「だけどやっぱり、お父様らしいわ。得た収入はまず先に領民のためにって、福祉や職の安定を優先させて。自分は未だにヨレヨレの服を着てるのよ」

 ひとり報告するアリスのもとに、ジェラルドがやって来た。

「アリスのお義父様は領主には珍しく、優しく利他心のある方だ」
「うふふ。お人好しなのよ」
「私は好きだ。自分の家族だった人達よりもね」

 それは侯爵家の過酷な内情を現す言葉で、アリスはジェラルドの過去に思いを馳せる。若干8歳にして妖精国に逃げ出すだなんて、どれほどの思いで幼少期を過ごしたのだろうか。

 ジェラルドは優しい眼差しで、母の肖像画を見上げている。

「お義母様にもお会いしたかった。君に似て、美しい方だね」

 アリスは涙が溢れていた。
 もしも、もっと早くジェラルドに逢えていたら。誰もが匙を投げた母の難病を、この人なら治せていたかもしれない。
 ジェラルドは、アリスの涙を丁寧に拭う。

「本当は貴族も平民も、誰もが平等な治癒を受けられるべきなんだ。病や怪我で苦しむ人が、少しでも救われるように」
「ジェラルド……優しいね」

 ジェラルドは跪いて、ベルベットの濃紺の箱を取り出した。アリスに開けて見せた中には、森のような、泉のような、澄んだ水色の宝石が輝く、美しいリングが入っていた。

「アリス。これはお義父様の鉱山から僅かに発見された、新しい貴石だ。報酬の代わりに原石を頂いて、妖精国の職人にリングに仕立ててもらった」

 それはアリスと、母の瞳と同じ。そして妖精たちの輝く羽とも、同じ色の宝石だった。

「私はベリー伯爵家の事業を復興し、この世界の治癒の不平等を改革する。それには君の魔法の果実が必要だ」

 理屈を述べながら、途中でジェラルドは言葉を止めて、首を振った。

「いや……小賢しい御託はやめよう。
 私はアリスが愛しい。どうか、私の愛を受け取ってくれ」

 アリスは震える手で、ジェラルドのリングを捧げる両の手を握った。

「私も……ジェラルドが好きだよ」

 妖精国に行くのが怖いとか、王妃の立場に戸惑うとか、アリスの中にある雑音のような迷いは、誇り高いジェラルドの眼差しによって、消え去っていた。
 ジェラルドが薬指に嵌めてくれたリングは、石の中からなのか、妖精の粉なのか、キラキラと幻のように輝き、いつまでもアリスの心を捉えた。
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