《Imaginaire Candrillon》【イマジネイフ・サンドリヨン】〜ゲーム世界で本気の闘いを〜

六海刻羽

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第24話 最後まで

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Side ルフラン

 重い霧のかかっていた意識が息を吹き返します。
 モノクロだった世界に色彩が芽生え、おぼろげだった音も今ではしっかりと自分の居場所を教えてくれました。
 迷いが消えた、とまでは言いません。
 私の中にはまだしっかりと、この世界に対する自分の在り方に疑問を投げる感情があります。

 でも、そのことに悩む時間などあるわけない。
 自分が誰で、ここが何処であろうと、そのことにいまは何の意味もありません。
 どうでもいいことで時間を無駄にしました。

 助けたい人がいる。
 ならばどうして、そう思う心の懇願に耳を傾けてやらないのか。

「仕方ありませんね」

 彼女と過ごした時間、その全てを噛みしめながら私は笑いました。
 自分はいったい何なのか?

 考えようとして、やめました。
 まだ私はこの世界に生きています。
 だから、この手で救える何かがあると信じましょう。

「待っていてください、アリシアさん」

 地面を踏み蹴り、急ぎ、前へ。
 ひたすら、前へ――。

 ***

Side アリシア・レイホープ

 引き裂かれた革鎧、露出した肩を掴まれたかと思うと同時。
 OOMオンリーワンモンスタールクステリアの牙が首元へ突き刺さった。
 瞬間、熱せられた鉄を押し当てられたかのような痛みが私の中を駆け巡る。

「――ァァアアアッ!」

 骨の噛み砕かれる感触を押し殺して、私はレイピアを振り上げた。
 噛み千切られた肉ごと、魔人の身体を押しやって私は瞳を吊り上げる。
 HPなどもうほとんど残っていない。
 回復魔法を使う隙などない。
 目の前のこの魔物に勝つ未来など、万に一つもないだろう。

「……ふっ」

 だというのに、不思議だ。
 戦意が落ちない。
 戦うことを止めようとしない。

「こんなにも私はあきらめが悪かったか?」

 こんな状況だというのに、笑みを漏らしている自分がいる。
 脳裏に喚起される戦いの映像。
 それは、私の友人である白髪のプレイヤーが格上である相手に向かって一歩も引かず立ち向かう姿だった。
 私はただ、守られることしかできなかった。
 命を削りながら激闘を演じる一人の少年を。
 戦いの中に興奮を見いだしたルフランの姿を、後ろで見ていることしかできなかった。

「上等じゃないか」

 私は自分の欠点を知っている。
 負けず嫌いだ。
 たとえそれが尊敬できる友人であろうとも、他人にできて自分にできないというのが許せない。
 圧倒的強者への挑戦、そして撃破。
 何よりも熱く、激闘の余韻を瞼の裏に描きながら、私は舞う。

「行くぞ、化け物!」

 ルクステリアがルフランの落ちた穴を向かおうとして、私の剣撃がそれを阻む。
 穴の先には私の気配察知が魔物ではない何かの反応を感じ取った。
 恐らく、グフゥに攫われた者たちであろう。
 ルフランならばきっと彼女たちを助けてくれるはずだ。
 だから私がすることは、コイツの足止め――単なる時間稼ぎでいい。

 もちろん、ただで負けるつもりはない。
 それこそ、勝つつもりだってちゃんとある。
 心に灯った火を絶やすな。
 命を燃やしながら戦う機会など人生にそうないだろう。
 その決戦が、仲間のためだというならば尚更だ。

 散るならばせめて、仲間のために――ッ!

「まだ私は終われないッ!!」

 ああ不思議だ、本当に不思議だ。
 ルフランはプレイヤーだ。
 死んでも『輪廻の祝福』で蘇る命であるにも関わらず、彼には死んで欲しくなかった。
 その理由をうまく説明することはできない。

 でも、なんだろう。
 彼があそこで死んでしまえばルフランの夢が途絶えてしまう、そんな気がした。

 ルフランは、この世界で『本当の戦い』を望んでいる。
 想いを、魂を、熱量を、己の中で燃え得る全てを賭けた戦いを求めている。
 その彼が、生死を賭けた戦いで呆気なく死んでしまったらどうなるだろう。
 きっと彼の望む戦いは二度と訪れないはずだ。
 どうせ死んでもまた生き返れるという雑念が、経験としてノイズのように頭に残ってしまう。
 もう二度と、『本当の戦い』をルフランが挑めることはなくなるだろう。

「ああ、そうか……」

 私はようやく、なぜ彼を助けたのかに気付いた。

「私はルフランの夢を守りたかったのだな」

 本能とも言えるあの行動の意味は、ただひたすらに戦いを求める彼の背中を押したかったから。
 いつまでも高みを目指す志を喪って欲しくなかったから。
 だから、英雄譚に憧れる子どものような興奮が私の中に暴れていた。
 いずれ栄光の光を掴み取る友の為に、この命燃やし尽くしても悔いはないと。
 そう思えるまでなってしまった。

「ふっ、まるで恋だな」

 物語の主人公に憧れて、自分もそうなりたいと願う幼い冒険心。
 いつしか忘れてしまっていた、煮え立つような戦いへの興奮。
 ルフランを見ていたら、私も全てを忘れて戦いたくなってしまった。

「聖樹騎士団副団長、アリシア・レイホープ」

 私は瞳を吊り上げ、黒翼こくよくを広げる魔人に名乗る。
 これは誓いだ。
 散り去り消えゆく、その最後の瞬間まで。
 私は私でいる。
 私の道をどこまで進み続けると。

「聖樹の導きのままに――貴様を討つ」

 その宣誓を受けてかはわからないが、ルクステリアの纏う黒炎がうねりを上げた。
 極大の一撃が来る。

 ――それを察した私の行動はただ一つ。

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!」

 私の愛剣『フェロメント・レイピア』の投擲。
 ギリリッ、と引き絞られた己の身体を砲台として、渾身の飛び道具を振る舞った。
 大気をかき混ぜながら、その黒い体に大穴を穿つためにレイピアは飛んでいく。
 文句なし、間違いなく、私の人生で最大の一撃だ。

 レイピアは、攻撃を放とうとしたルクステリアの顔面を穿つ。
 豪速の一撃に確かな手応えを感じながら……しかし……それでも……。

「……届かないか」

 全てを賭けた一撃は、それでも魔人のHPの八分の一を削るに過ぎない。
 いまの攻撃に文字通り全てを燃やした私はその場で膝を着いた。

 目の前に、魔人の膝が――。

「ぅあッ」

 黒炎を纏った膝蹴りが私の顔面に炸裂する。
 終わった。
 その一撃は、もう残りわずかだったHPを完全に削り切った。

 消耗し、動けなくなった私は力なく倒れ込む。
 もうすぐ私の身体は、蒼い光と共に消えてしまうだろう。
 悔いはない。
 私は最後まで戦い続けた。
 自分であることに誇りを持ち、最後まで生き続けた。

「…………」

 だが、せめて、心残りをあげるとするならば。
 先ほどから耳朶を打つ、こちらへと迫ってくる足音だろうか。

「まったく、どうしようもない、やつだ……」

 予感はしていた。
 あの男が素直にあのまま穴の底で燻っているはずがない。
 せっかく私が命を賭けたというのに、その意志すらも無視してしまう。

 でも、だからこそ『彼』なのだろう。
 私が最後まで私であったのと同じように。
 彼もいつまでも彼であろうとしている。

 その意志を私が否定するわけにはいかないか。

 ――来る。

 ――ルフランが、来る。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!!!!」

 いつも冷静な彼には似つかわしくない大咆哮。
 胸に燃える闘志を、譲れない想いに変えた、魂の激情を叫んでいる。

 視界の端に映る雷の軌跡は彼の走った道を示していた。
 その雷線はまっすぐに、怪物ルクステリアへと向かっている。

 きっと物語は、こうやって進むのだろう。

「頑張れ、ルフラン」
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