1 / 1
あなたと生きた証
しおりを挟むあなたが居ないと生きてゆけない。そう思う程度には、あなたを想い求め生きてきた。
若い頃からずっと変わらず、傍から見ればただのバカップルだっただろう。今思い返すと馬鹿で恥ずかしい思い出ばかり。
それでも、私達にはそれが普通で幸せだった。
それがある日突然、何の予兆もなく、とても静かに目の前で歩みを止める。
病院から帰ったあなたは、余命宣告をされたと私に言い放った。そして、『嫌だ、信じない』と泣き喚く私を力一杯抱き締めてくれた。
気持ちが少し落ち着いた頃、主人にあるお願いをした。
「ねぇ、ピアスの穴、空けてくれないかしら?」
「俺が? 今?」
「そう。あなたが、今」
私は、何十年かぶりに購入したピアッサーを取りだし主人へ手渡した。
七十を過ぎた婆さんが、今更何を考えているんだ。そんな事を思っているのでしょうね。
「なんでこの歳になって。それもこんな時に····」
「こんな時だから、ね」
「ん?」
「一生残るもので、ずっと身近に感じられるから。まぁ、一生って言っても、そんなに長くはないでしょうけどね」
主人はその言葉の意味を汲み、珍しく涙を浮かべた。
「い、いくぞ。本当にやるぞ?」
「はい、どうぞ」
主人の手は少し震えていて、正直私も怖かった。けれど、空けなければ後悔するのは目に見えていたので、固く目を瞑りぐっと堪えた。
カシャンッ
静かに響いた無機質な音。直後に漏れる、主人の魂まで抜けてしまいそうな溜め息。氷で麻痺させた耳朶は何も感じなかったが、確かに私の身体には穴が空いた。
主人は、何度大丈夫だと言っても心配そうにしていた。そして、優しく丁寧に消毒してくれるのが、主人の新しい日課になった。
数日後、主人からピアスを贈ってもらった。六十年程一緒に居るが、ピアスを貰ったのはこの一回きりだった。
ピンクパールを誂えた、可愛らしいピアス。それはジャラジャラしていて、若い子が好みそうだけど品もあって、まさに私好みのデザイン。それでも、私には派手すぎるように思えた。
「お前、ピンクの真珠が好きって言ってたろ。それに、若い頃はずっとジャラジャラした邪魔そうなのを着けてたじゃないか」
そうだった。子供が生まれてからは控えるようにしていたが、それまでは、派手でいかにも邪魔そうなものばかり好んでつけていた。
「懐かしいわね」
「俺は····そういうのを着けてるお前が好きだったぞ」
「まぁ。でも····年甲斐もなくこんな派手なの、恥ずかしくない?」
「お前が好きなら何でも良いんだよ。堂々としてろ」
「そう? それじゃ、ちょっと着けてみようかしら」
洗面台の前に立ち早速着けてみる。最近はあまり着けていなかったから、昔のようにスムーズに通らない。
やっとの思いで通したが、しわくちゃになった今の私には、分不相応で似合わない。しかし、主人は照れた様子で、そっとピアスに触れて『似合うじゃないか』と言ってくれた。
熱くなった胸の高鳴りの正体。それは不整脈などではなく、久方ぶりに感じたトキメキだった。
歳をとってしわくちゃになって、恋なんてどこかに置いてきたと思っていた。けれど、ちゃんと私の心の中に仕舞ってあったのだと気づいた瞬間だった。
主人はさっさと見切りをつけ、去年、短い闘病生活を終え逝ってしまった。覚悟はしていたが、遺されてしまうのはやはり耐え難い。後を追うことさえ考えた。
そんな時には決まって、主人が遺してくれた跡に触れる。そこだけが妙に温かくて、主人の手の温もりを思い出す。
私も早く、そちらに呼んでね。こんな事を言うと怒られるのだろうけど、そう思わずにはいられない。
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(7件)
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
勘違いの恋 思い込みの愛
凛子
恋愛
専業主婦の村上梨花は、いつの頃からか、夫の晴也の顔色を窺いながら生活するようになっていた。
やがてその状態に息苦しさを感じるようになり、パートに出ることになったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
こんにちは。
たぬ吉と申します。
今日書き込みさせてもらってる「のーの」姐さんの後輩というか子分というか奴隷です。
まだ、ここには書き込みはしていませんが同じく「のーの」姐さんの後輩の「ぽよぽよ」さんと赤井先生のおかげで今年の夏に結婚させていただきました初交際即結婚の新婚の26歳です。
奥さんの「ぽよぽよ」さんは、「のーの」姐さんと一緒に赤井先生のアメリカンコミックの原作作りを手伝っているので、先月からアメリカに70日間の取材で出かけてます。
もちろん僕もそんな「ぽよぽよ」さんを応援しています。
今朝、会社で「のーの」姐さんから、「たぬ吉ー!お前、この小説と同じ状況になったら、「ぽよぽよ」ちゃんにどない言うねん。まあ、「たぬ吉」ではこんなおしゃれな事にはなれへんわな。お前死んだら、コーチにもっといい男を「ぽよぽよ」ちゃんには紹介してもらうから早よ死ねな(笑)!」とボロカス言われてます(笑)。
うーん、確かに小説のようなことにはなれないですね。( ̄▽ ̄;)
ただ、赤井先生と出会ってから「死ぬこと」についての意識と生き方は凄く変わりましたねー!
「やりたいこと、できることを先にやっておけば、死ぬときの後悔は減りますよ。そして死ぬことに怯えてる時間にやり残した事を一生懸命することですねー。何度か死にかけるとその覚悟ができるんですけど死にかけろとは言えないんでねー(笑)!おいちゃん、年末にまた死に損ねたから、後の余生は全部おまけ~!たぬ吉さんもやりたいこと、やれることはやっときやー!カラカラカラ」
って新年のあいさつした時に言われました。
年末に自転車乗っててはねられて、幽体離脱する目に遭ったって笑ってるんですよ。
幽体離脱は3回目Σ( ̄□ ̄|||)って人なんで、人生達観してますよね。
ぼくと奥さんの人生のお師匠様です。
いや、神様かもしれないって人です(笑)。
宗教起こさはったら、夫婦でいの一番に入信します(笑)。
そんな「神様(笑)」のお勧めなんで、これから他の作品も読ませてもらいまーす!
3本とも面白かったのでアメリカの「ぽよぽよ」さんにもお勧めしておきますねー!
よつば先生、これからも面白い小説お待ちしてます。
ぱにゃにゃんだー!(^^ゞ
たぬ吉R&D&Pさん𖥧𖤣
感想ありがとうございます🍀*゜
奴隷····(笑)皆さんが凄く仲良しなのが伝わってきます(´꒳`*)
素敵なご縁もあったようで、とても良いコミュニティなのでしょうね(◍ ´꒳` ◍)
ご結婚おめでとうございます🎉
お話の行為がお洒落なのかは分かりませんが、愛した存在が時間を経て心や記憶から薄れていくのならば、身体に遺してしまえばいい。そう思うのです。
最愛の人が遺した匂いも温もりも、いずれは消えてしまいますからね(´•ω•`)
えっと、なんと言われようが、ぽよぽよさんの為にも長生きしてくださいね(๑˙꒳˙๑)و💦
赤井さんの体験談にはど肝を抜かされます。
生死感が変わると、生に対しての価値観とかがガラッと変わりますよね。凄く分かります。
私は死を間近に体感せずとも、明日にも死ぬかもしれないという恐怖感に迫られるので、日々やりたい事をやり切ろうと奮闘しつつ生きております🙋
ただ、やりたい事(書きたいもの)が多すぎて、死ぬまでにやり切れるか怪しいところなんですけどね(´≧∀≦`)ゞ
オススメしてくださる事も可愛い応援も、ありがとうございます🍀*゜
よつば先生こんにちは~!(⋈◍>◡<◍)。✧♡
数少ない赤井翼コーチの顔を知ってる、自称「コーチの一番弟子」の「のーの」でーす。
週末はコーチのアメリカンコミック向け原作のノベライズ化を手伝わせてもらってる年齢「半世紀」の大阪のおばはんです(笑)。((´∀`*))ヶラヶラ
去年、コーチの「余命半年を宣告された嫁が…」でどっぷりはまって、「自分も小説を書いてみよう!」と無理やりお願いして弟子入り(笑)させてもらい、プロット提供してもらって3本ほど小説を書かせてもらいました!(。-人-。)
沢山のお気に入りと感想もらって3作品とも短期間やけど「1位」獲らせてもらったり、「Gライター」扱いやけど舞台の原作になってちょっとしたボーナスになったりねー!ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪
でも、完全オリジナルで書いたら「爆沈」(´;ω;`)ウゥゥ!アマクナカッタ。
週末にコーチが「「のーの」さん、めちゃくちゃいい作家さん見つけたんですよ。「のーの」さんも読んで参考にさせてもらったらええですよ。」ってよつば先生をご紹介受けました!
毎月、1作か2作紹介してくれるんですけど、「一人の作家さんで3作」って言うのは初めて!
読んで即分かった!こりゃ「ツボ」るわ!(@ ̄□ ̄@;)!!
3作ともめちゃくちゃ面白かったです!
いや、面白いというか、「結末」を「読者に預ける」って言うか、「想像」する「楽しみを残す」って言うのが正しいかな?(※個人の感想です(笑)。違ってたらごめんなさい。)
よつば先生の作品って、読み終わった後、何通りも想像できちゃうんですね~!(。-人-。) コリャマイッタ
勉強させていただきました。m(__)m
うちはともに年齢半世紀の銀婚式夫婦なんで、旦那が患ったら私も「ピアスの穴開けて」って言わせてもらっちゃおうかな?
うちの旦那は小説の主人公の旦那さんみたいに「クール&ホット」におしゃれ対応してくれるかな?
きっと「死ぬんやったら、それまでとことん一緒に飲もや!」って毎晩晩酌するくらいかな?
うーん、自分に当てはめると「色気」が無い想像しか浮かばない(笑)。
他の2作もあと10回読み返して、改めて感想書きに来ます。
お邪魔虫でごめんなさーい!
で、ラストはお決まりの「よつば先生ぱにゃにゃんだーヽ(^。^)ノ!」
のーのさん𖥧𖤣
感想ありがとうございます🍀*゜
よろしくお願いします🌸私も大阪のおばはんです(´≧∀≦`)ゞ
凄い!沢山実績を持ってらっしゃるんですね(๑ºдº๑)✨
何より、行動力に感服します😆🌟
って、そんな方に参考にだなんて💦恐縮です(*ノωノ)💦
確かに、結末をハッキリさせるのは、個人的にあまり好きではないです。読者様の想像力や感じた思いを奪ってしまうような気がして、ふんわりと未来を残した状態でシメるのがスタイルになりつつありますね。
だって、物語の登場人物にはまだ未来がありますからね。全人類が滅亡する話でも、地球や宇宙そのものが無くならない限り、何かしらの時間は進むわけですから(✳︎´∨︎`✳︎)
この作品は私の未来(妄想)を描いたものなので、強調させていただきますが、あくまで妄想です(笑)
実際はピアスだうんぬん言ってられないくらいヘコみっぱなしだと思います(笑)
いや、言えるようになりたいという願望ですかね🤣
うちの旦那は言動がホストのような人なので、ちょっと期待してますが🤭💕︎
明るい旦那さんなのですね(ꕤ︎︎´▽︎`ꕤ︎︎)
楽しそうに笑いあっている日常が想像できます(ღ*ˇ ˇ*)。o♡
あ、飲んだ勢いで穴を空けないように気をつけてくださいね(◍ ´꒳` ◍)笑
他の作品も楽しんでもらえると幸いです🌷.*
お邪魔虫だなんてとんでもないです!このご縁を大切にしたいと思ってますので、よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)ꕤ*.゚
(えっと、間違ってたらごめんなさい💦)
ぱにゃにゃんฅ(๑>ㅅ<๑)ฅ
よつば先生、早速の丁寧はお返事ありがとうございます。
そっけない返事の作家さんが多い中、長文のお返事いただけると読者も嬉しいですね。
感想欄が盛り上がる作家さんが好きです(笑)。
RBFCには、確かに大変な思いをした人が集まってます。
きっと、赤井作品は「病気」や「死」にまつわる話が多いからだと思います。
恋が実った日に「末期のすい臓がん」と「脳腫瘍」と宣告された女子レスラー。
突然、「白血病」の診断を突きつけられた女学生。
ほかにも「ALS」、「筋ジストロフィー」、「うつ病」、「アスベスト肺気腫」とやたらといろんな病気が出てきます。
子供抱えた状況で過激派に夫が殺されちゃったり、二十歳の娘を持つシングルマザーが交通事故で死んじゃうんですけど、死んだことにしていたその娘の父親(元カレ)ともう一度会いたいと言って「浮遊霊」としてこの世に残って娘と元カレ探しをするような話もあります。
けど、どれも暗い話じゃないんですね(笑)。
そんな作品で集まった読者が多いのかいろいろ背負ってる人は多いみたいです。
赤井先生自体が、めちゃくちゃいろいろ経験してて「作家」じゃなく「コンサルタント・カウンセラー」としての「先生」扱いなんでね(笑)。
金にはならないのでしょうが、多くの読者が「よろず相談事」をメールでいつも相談してます(笑)。
ちなみにこの話の御主人はどれくらい生きられたんですかねー?
赤井先生の話の中に「ピンピンコロリ」はいやや!死ぬなら思いっきり「長患い」してくれ!って話があるんですよね。
「余命」を「与命」と読み替えて、残された時間を「一生懸命」、「すごく大切」に生きるキャラが好きです。
「あなたと生きた証」の御夫婦が、大変ながらも「幸せな共通の時間」を過ごせたことを想像させてもらってます。
※度々長文で失礼しました。
かもめの新兵さん
お返事ありがとうございます🍀*゜
どのような経緯であれ、折角読んで頂き感想までくださっているのだから、誠心誠意向き合いたいと思っているだけです🍀
感想欄が盛り上がると、作者としては嬉しい限りです*.(๓´͈ ˘ `͈๓).*
なるほど。赤井さんの作品傾向によるところなんですね( ˙꒳˙ )ナルホド
まさかのカウンセラー(笑)凄いです👏
作中の主人は、闘病期間としては2、3ヶ月といったところです。
主人は“絶対に私に苦労をかけたくない”という信条を持っているみたいなので、多分それくらいであっさり逝っちゃうんだろうなと(◍ ´꒳` ◍)
徐々に弱っていくと、私が寂しがっていくのを見なくちゃならないですからね。病人よりヘコんでいく私を見たくないだろうなぁ、と。
主人の祖父が(仲良くしてもらってたので)、その所為でギリギリまで私に余命宣告されたのを内緒にしていたくらいです(笑)
私は“死”というものへの恐怖心が強いので、自作の中でも“死”というものを避ける傾向にあります。そういうのをテーマとした作品でも、キャラ同士の心の繋がりで乗り越えていく····みたいなのが多いですね。
もしくは、とても軽く、息をするかのように死を受け入れている····というパターンもありますが。
リアルでは、重いニュアンスで“死”を意識すると持病の関係上、体調を崩してしまう事もあるので、あまり深く考えないようにしています(´≧∀≦`)ゞ
看病を大変と思わないスパンでぽっくり逝くのが、私たち夫婦の理想ではあります。
まぁ理想通りなんて、なかなかいかないもんなのでしょうけどねぇ(⑉⌯∀⌯⑉)
いえいえ💦
沢山お話していただいて嬉しいです(✳︎´∨︎`✳︎).°。
また何かありましたら、ご遠慮なく仰ってください🍀