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3章 希う大学生編
皆、頼りになるんだよね
しおりを挟む猪瀬くんの声がどんどん甘さを増していくなか、僕はテントの外に見えた人影にヒュッと息を呑んだ。
「ま、待って··、ねぇ、今外に誰か居たよ」
ドクンドクンと鼓動が強くなる。
「ん? 場野か朔が戻ったんじゃないの?」
「違うよぉ! 八千代でも朔でもないの!」
2人よりも小柄で、なんだか外から様子を窺うように、覗き込んでいるみたいだった。どう見たって、八千代と朔ではなかったんだ。
それに、僕が2人を見間違えるなんて考えられないんだもの。
啓吾が急いで外を確認する。勿論、全裸のまま。啓吾には、まず羞恥心を持ってほしい。
「誰も居ねぇよ? 怖がりすぎて見間違えたんじゃね?」
「可能性はあるよな。昨日、結人めっちゃビビり倒してたもんな~」
冬真が、猪瀬くんの乳首を弄りながら言う。誰の所為だと思っているのだろうか。
まぁ確かに、暗くなると怖いなって思う。けど、今はまだ明るいんだから大丈夫だもん。
「絶対居たもん····」
「それじゃ俺と啓吾で近く見てくるよ」
そう言って、バサッと上着を羽織ったりっくん。僕を守ろうと躍起になっているのか、それとも邪魔をされた苛立ちなのか、定かではないけれど雄々しい目がカッコイイ。
「えっ、そんなの危ないよ! 八千代と朔が戻るまで待とう?」
「待ってたら逃げちゃうかもよ? で、今度は襲われちゃうかも。大丈夫だよ、ゆいぴ。俺らは戦ったりとかしないから」
「そだね。俺らが戦ったところで確実に勝つ自信ないし。相手がどんなか見るだけでいいっしょ」
「そ。敵情視察してくるだけだから心配しなくていいよ。それよか神谷、何かあったらちゃんとゆいぴ守ってよ」
「大丈夫! 駿も居るし。なっ!」
「うん。武居は俺たちで守るから、2人こそ気をつけろよ。もし敵だったとして、意味もなく近づいてこないだろうし、好戦的かもしれないよ」
「おう、だな。最悪、場野とさっくんに連絡すっから大丈夫」
そう言って、啓吾とりっくんはテントを出ていってしまった。僕には、どうか見間違いであれと願う事しかできない。
啓吾あたりに『ほら、何もなかっただろ~』って、後で呆れられるほうがマシだもん。
啓吾とりっくんが出ていってから数分。日が傾いてきて薄暗くなってきた。
そろそろ皆が戻ってくるだろうと思っていた僕は、少し安心して尿意を催している。なかなか言い出せず僕がもじもじしていると、察した猪瀬くんがトイレに誘ってくれた。
八千代から、車の鍵を預かっていた猪瀬くんが、僕を連れてトイレへ向かう。皆で行動したほうがいいと言って、冬真も来てくれた。
テントのすぐ裏に停めてある車に移動するだけなのだから、僕一人でも大丈夫だって言ったんだけどね。
猪瀬くんが鍵を開け、僕が扉を開こうとしたその時、近くの茂みからガサガサッと音がした。大きな何かが草陰に隠れているような、そんな音だ。
猪瀬くんと冬真が咄嗟に身構える。けれど、そこから出てきたのは葉っぱまみれの啓吾とりっくんだった。
「なんっだよもう····、お前らかよ。脅かすなよな」
と、ホッと一安心した冬真が言う。
「脅かすつもりはなかったんだけどね。てかこんなトコで何してんの?」
りっくんが、辺りをキョロキョロ見回しながら聞く。
「トイレ、2人がついてきてくれたの。ごめんね、行っていい?」
「あぁ、ゆいぴのトイレ? いいよいいよ、行っといで」
僕は、慌ててトイレへ駆け込む。本当にギリギリだったんだ。ガサガサッて音が聞こえた時、チビったかと思ったくらい。
間一髪で間に合って、僕も一安心して車から出る。すると、八千代と朔も戻っていて、外で報告会が行われていた。そして、再び始まる軍議。
結論から言うと、八千代と朔は周辺でキャンプをしている数組を見てきたが、怪しい動きはなかったという。2組は男女混合のグループで、1組は20代くらいで社会人っぽい男の人だけのグループらしい。
警戒すべきは後者だと言う八千代。僕がよく襲われるタイプの人達なんだそうだ。
それから、りっくんと啓吾のほうは、森の中に駆けていく人影を見たと言っていた。すぐに尾行したけど見失って、探してるうちに迷子になってあの草むらから出てきたんだって。
「結人の見間違いじゃなかったんだよねぇ。どーすっかなぁ~」
「これから夜だもんね。最大限に警戒しなきゃだよ。ゆいぴは絶対1人にできないでしょ」
満場一致で、僕の単独行動は禁止された。僕だって、怖いからそんなバカな事はしないつもりだ。
けど、いつもこのパターンなんだよね、皆の予想外で僕に何かがあるの。今回は、絶対に何があっても皆から離れないようにしないと。
それと、万が一億が一備え、常に八千代か朔と行動するよう仰せつかった。
「つぅわけで、晩飯どうする?」
「そりゃやんだろ。今日の為に肉熟成させてきたんだからよ。食わせねぇとか有り得ねぇわ」
そう言って、八千代が車からデッカイ肉を取ってきた。
そう言えば、いつからか冷蔵庫を占領してた大きい包みがあったっけ。なるほど、これだったのか。
「すっごい大っきいね! これ、何キロあるの?」
「5キロくらいだな。結人に食わせたくて取り寄せたんだ」
「へぇ~····このまま焼くの?」
「ははっ、ンなわけねぇだろ。何時間かかると思ってんだ。今からこれをステーキ状に切るんだよ」
そう言うと、八千代は長い包丁を啓吾に渡した。下拵えは啓吾がしてくれるらしい。僕は、八千代と一緒にバーベキューコンロの火起こしをする。
と言っても、上手くできないから八千代に手取り腰取り教えてもらうんだ。
「ね、八千代····あのね、当たってるよ?」
「何が」
「何がって··もう····お、おちんちんだよぅ」
「当ててんの、分かってんだろ?」
耳元で囁かれ、チャッカマンを持つ手が震える。指先に力が入らず、上手く着火できない。
「ほら、火ィつけねぇと大好きな肉焼けねぇぞ」
「わ、わかってるもぉん····。だったら、腰、ンッ··振らないでよぉ」
「バーカ、腰振るっつぅんはこうやんだよ」
八千代は、僕の腰をガシッと持ち、パァンと腰を叩きつけた。そして、奥を抉るように、グリグリと腰を押しつける。
「ぁ、あぁっ··やっ、イぅッ····」
「こんくらいでイッてんじゃねぇよ。今日は肉食った俺らの相手、朝までシてもらうからな」
「ひぅっ····が、頑張るねぇっ」
「ふはっ··。頑張ってくれよ、結人」
僕の弱々しい宣誓に、返事をくれたのは朔だった。いつから居たのか、僕たちのすぐ後ろ立っていた。
「なぁ、擬似セックスしてねぇでさっさと火起こししてくれよ。もうすぐ肉の準備できちまうぞ」
「わーったよ。くそ··、イイトコだったのになぁ····」
八千代は、僕の項にキスをしながら不満を零した。
「ン··擬似って····ハッ!! そういう事か! ご、ごめんね。すすすすぐにつけるからね!」
意味の分かった僕は、動揺してまともに喋れなかった。それに、いつまで経ってもチャッカマンが固くて火を出せない。なんだこれ、僕ってここまで非力なのか。
情けなくて泣きそうになった時、八千代が僕の手からチャッカマンを優しく奪い取った。
「結人、あとは俺がやっから貸せ。つぅかこれ、ロック外さねぇとつかねぇぞ」
「なっ、えぇっ!? なんで早く教えてくれないの? 僕の今までの頑張り何だったのさ!?」
「面白かったからな。いつ気づくんかと思って見ちまったんだよ」
意地悪な八千代。でも、その悪戯っ子のような笑みが無邪気で好きだなんて、今は絶対に教えてあげないんだから。ささやかな仕返しだ。
八千代が上手いことやってくれたおかげで、炭が赤く燃える。なんだか落ち着くなぁ、なんて思っていたら、啓吾が超厚切りのステーキを持ってきてくれた。
5cm以上はあるだろうという分厚いステーキ。八千代が『それ結局焼けねぇだろ』と言った。が、抜け目のない啓吾は、ステーキが焼けると花開くような切り込みを入れてくれたらしく、とにかく網に乗っけて焼いてみる。
思ってた以上に時間がかかったけど、無事に焼けた。朔が『ガブッといってみろ』と言うので、遠慮なく噛みついてみる。
ジュバッと中から肉汁が吹き出し、服が肉汁まみれになったけど、何とか噛み千切って食べた。すっごく肉厚で食べ応えがある。けど柔らかくて、旨味がギュッと詰まっていて美味しい。
「これ、すっごく美味しい!」
口いっぱいのお肉を噛み砕きながら、興奮して皆にも勧める。
「あっはは。結人、莉久に行儀悪いって怒られんぞ」
「は? こんな可愛くて優しいゆいぴのドコ怒ればいいんだよ。意味分かんないこと言ってないで、残りの肉早く切り分けてよ」
「えぇー··、マジでお前1回はっ倒してぇ····。ま、いいや。俺も早く肉食いてぇし♡」
ブレないりっくんの過保護に守られ、僕はたらふくお肉を食べた。
たらふく食べたんだ。美味しかったし、すごくお腹いっぱいなの。
「ねぇ、今日は絶対吐きたくないんだ····。だから··ね、優しくシてね?」
肉汁でテカテカになった口周りを拭きながら、ダメ元でお願いしてみた。
「「「「ムリ」」」」
「なんでだよぅっ!」
昼間の不気味な出来事なんてすっぽ抜けてしまうくらい、楽しくて幸せな時間を過ごしていた。
そう、忘れてちゃいけなかったんだ。僕たちの幸せを、脅かすかもしれない何かが居たことを····。
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