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3章 希う大学生編

夏の定番

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 八千代と2人きりの、穏やかで静かな時間。ドキドキうるさい心臓を深呼吸で落ち着かせる。
 そして、ちょっとだけ気になっていた事を八千代に聞いてみる事にした。

「ねぇ、八千代。八千代は猪瀬くんのこと····えっと、どう思う?」

「どうって、どーゆー意味で聞いてんだそれ」

「どう····、って、可愛い?」

「ふはっ··。もしかしてお前、今日ずっとアレ気にしてたんか」

 どうやら、行きの車内でしていた会話が聞こえていたらしい。反応がないから、てっきり聞こえていないのだと思っていた。

「べ、別に。そこまでじゃないもん」

 僕はそっぽをむき、唇を尖らせて言った。

「っそ。んじゃ、教えてやんねぇ」

「えっ····」

 思わずパッと顔を上げ、困り眉にして八千代を見つめる。

「嘘だよ。まぁ、神谷相手にしてんの見てっと、思ってたよか可愛い感じなんかとは思ったな。アイツ、高校ン時サッカー部のキャプテンで女からモテてただろ。ただのナヨっちぃだけのやつかと思ってたけど、そういう優男のイメージがなくなった」

「うん。それは僕も」

 もっと、爽やかなイケメンなんだと思っていた。けれど、知れば知るほど、冬真に一途で可愛い一面が沢山見えてきた。だからこそ、そんな猪瀬くんを八千代がどう思っているのか気になるのだ。
 可愛いものが好きで、綺麗なものに弱い八千代。可愛いは、僕だけの専売特許じゃないんだ····。そう思うと、途端に不安が押し寄せた。それともこれは、嫉妬なのかな。

「俺が可愛くて愛しいと思うんは結人だけな。なーに今更不安になってんだよ、アホ」

「な、なってないもん····」

 僕は、頭に置かれた八千代の手を両手で押さえ、俯いて照れているのを隠した。

「ンなら顔上げろ」

「やだ」

「やだじゃねぇ。俺の顔見ろ」

 八千代は、声のトーンを落とし僕に命令する。従ってしまうこの身体が憎らしい。
 僕は、熱くなった顔を上げる。そして、ふわっと笑う八千代を見て、さらに顔を熱くした。

「俺はお前以外に心動かされたりしねぇんだよ」

 そう言って、優しく甘いキスをくれる八千代。次第に砕けていく僕の腰を支え、そのままゆっくりと首筋へ唇を這わせた。

「八千代、ここ、外····」

「誰も居ねぇだろ。つかお前なぁ、さっきまで自分が何されてたか分かってんのか。外だぞ」

 特大のブーメランだ。仰る通りで何も言い返せない。
 僕たちは、辺りの確認もせず夢中で唇を貪り合う。舌を絡めるだけが、えっちなキスじゃないんだ。いつも思い知らされる。何度シたって慣れないんだから。
 溺れそうな僕に、一瞬舌を止めて息継ぎをさせてくれる八千代。その度、僕は『ぷはっ』と大きく息を吸い込む。だって、毎回失神寸前まで息をさせてくれないんだもの。

 次第にキスは激しさを増し、八千代の手がシャツの中に入ってくる。乳首を弄って、おへそをこねくり回して、何度かイッたら脇へ。
 擽ったいを快感と繋げられてから、擽られても感じるようになってしまった。脇を強めに擽られて嬌声を漏らしているうちに、段々気持ちイイのが蓄積してまたイッてしまう。
 ぐしょぐしょになっちゃったから履き替えた海パンを、また汚してしまった。気持ち悪いからさっさと脱ぎたいのに、八千代は濡れた海パン越しにおちんちんを揉んで刺激する。

 しっかりした折り畳みの椅子に座る僕。立てないし動けないし逃げられない。
 八千代は肘置きへ片手をつき、もう片方の手は僕の頬から後頭部へ滑らせた。そして、八千代は覆い被さるように、上からのキスで僕を食べようとする。僕は、へっぴり腰になり八千代の腕にしがみつく。

 縋りつくように、僕は息を荒らげたまま八千代を見上げた。激しい鼓動とは裏腹で、静かに目が合う。
 八千代は目をふっと細め、僕を愛おしそうに見つめる。僕がいっぱいいっぱいなのを見て、いつも嬉しそうにするんだから。僕の気も知らないでさ。

 いよいよ脱がされるのかな。そう思った時、八千代はキスも愛撫もやめて、そっと離れてしまった。
 僕は、余程不安そうな顔をしていたのだろう。八千代は僕の頬に手を戻し、軽いキスを唇に置いて微笑んでくれた。

「続きは夜な」

 そう言って、今度は瞼にキスをして着替えを取りに行った。熱くなった顔を両手で支え、椅子の上に足を丸めて小さくなる。

「八千代のバカ····。夜までなんて待てないよ」

 なんて本音を漏らし、熱くなりっぱなしの身体を抱き締めた。


 夜、21時を回った頃、星でも眺めないか聞こうと思ったら、冬真と啓吾がとんでもない企画を提案してきた。

「そこの雑木林ン中、首吊りとか色々自殺が多いらしくてさ、行方不明者も結構いるんだって。で、誰も帰らなくて、あん中で彷徨ってるとか····」

「ひぇっ」

 冬真がおどろおどろしく話すのを聞いて、僕は小さな悲鳴をあげて朔にしがみつく。

「おい、結人が怖がってんだろ。そんな作り話やめてやれ」

「作り話じゃねぇよ。マジなんだって」

 冬真は、朔に反論しながら困った顔で啓吾に助けを求める。八千代ほどじゃないけれど、冬真は朔からの圧も苦手なのだろう。

「ほら、そこちょっと入ったとこにデッかい木あんだろ? あれのすげぇ高い所にロープ掛けて死んでたんだって。警察も、どうやってそこまで登ったのか不思議がってたって、ネットに書いてた」

 啓吾は、懐中電灯で雑木林の奥を照らし、一際立派な木にクルクルと光を当てて言った。

「よじ登ったんだろ」

 八千代がしれっと言う。流石、野生児の発想だ。暗くてよく見えないが、相当な高さがありそうなんだけどな。

「それがさ、死体は裸足でどこにも靴がなかったんだって。裸足で木登んの無理くねぇ? しかも! 足跡もねぇの。暫く雨も降ってねぇのにだぜ? ヤバくね?」

「や、やばいね····。僕、もうムリ····」

 僕は、昂って話す啓吾の怪談話に震え上がった。そんな僕の肩を朔が抱き締めてくれる。
 怪談話もそこそこに、周るペアと順番を決める。の、だが····。

「なんで僕が4回も回るの!!?」

「お前と回んなきゃ意味ねぇだろ」

 僕が怯えて驚いて、泣きじゃくるのを見たいらしい。そんなの、たまったもんじゃないや。
 僕は、断固として拒否する。が、啓吾が泣きついてくるんだもの。泣き落としに弱い僕は、啓吾の捨て犬みたいな縋る目に逆らえなかった。

 だけど、絶対に1回しか周らないと言い張って、皆はじゃんけんで僕と周る権利を取り合う。僕が4回頑張ればいいのかもしれないけれど、こればっかりは勘弁してもらおう。
 壮絶な戦いの末、僕の隣はりっくんと朔が勝ち取った。僕があまりにも怖がるから、2人で僕を挟んで歩いてくれることになったのだ。
 啓吾と八千代は、僕と行けないのなら行く意味がないと言って待機する事になった。

 僕とりっくんは、冬真に押されて先に出発する。朔は、堂々と構えて僕の後ろを歩く。
 しばらく経ったら、冬真と猪瀬くんが出発するんだって。もういっそ、怖いから皆で行けばいいのに····。


 冬真に渡された懐中電灯を持って、りっくんが先頭を行く。僕はりっくんの腕にしがみつき、朔に腰を抱いてもらって進む。それでも、真っ暗で不気味な雑木林の中は物凄く怖い。
 時々、鳥や小動物の動く音が響くんだ。僕は、いつチビってしまうのかヒヤヒヤしながら歩いてゆく。

 十数メートル歩いた所で、少し拓けた場所に出た。

「これだね」

 りっくんが立ち止まり、15mはあるかという木を見上げる。さっき、啓吾が照らして見せた、曰くのある木だ。
 暗い中で佇むその木が、周囲を騒がせているように思える。ザワザワと木々の葉が擦れる音や、後ろから近づいてくる冬真たちの足音が、その木を中心に鳴っているかのようで恐ろしくなる。

 僕は涙を浮かべながら、『早く進もうよ』とりっくんを急かす。りっくんは困ったように笑いながら、僕の気を紛らわせようと頬にキスをしてから歩き始めた。
 木を背後に少し行くと、足元からジジ····と微かな音が聞こえた。なんだろうと思い、僕たちは足元を見下ろす。

 そこには、僕とりっくんの天敵が転がっていた。

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