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3章 希う大学生編
まさかまさかだよ
しおりを挟む支度を終え、いよいよキャンピングカーに乗り込む。豪華な内装に圧倒される中、それを超えるサプライズが僕を待ち受けていた。
誰よりも先に乗り込み、我が物顔で寛いでいる人影があったのだ。
「冬真! 猪瀬くん!?」
思わず叫んでしまった僕の肩を、背後から来た啓吾が抱き寄せる。
「ど? ビックリした?」
「ビ··ビックリしたに決まってるでしょ! え、なんで? もしかして、一緒にキャンプ行けるの!?」
「ゆいぴ、落ち着いて。残念だけど、一緒に行けるんだよ」
りっくんは、反対側から僕の腰を抱いて言った。
「残念言うなよ。誘ってきたんお前らだろー」
頬を膨らませて反論する冬真。すかさず、猪瀬くんが当時の状況を正しく伝えてくれる。
「啓吾から話聞くなり『俺らもその日死ぬほど暇だけど!?』って、めちゃくちゃ執拗く圧かけてたの誰だよ····」
「えー? そうだっけぇ?」
どうやら、誘わせた感じらしい。冬真らしいや。
「んへへっ。どっちが誘ったとかどうでもいいよ。冬真と猪瀬くんが一緒なの、僕すっごく嬉しいっ!」
「結人良い子! よし結人、初キャンプ遊び尽くすぞーっ!」
「ぉ··、おーっ!」
片腕を天井に掲げた冬真。躊躇いつつ、僕も続いて拳を突き上げる。そんな僕たちを横目に、全員揃った事を確認した八千代は、あっさりと出発した。
こういう決意表明みたいなのも、これから遊びに行くぞって感じで楽しいんだけどな。
出発して数十分。車内はワイワイ楽しく騒がしい。今回、僕は助手席ではなく、皆と一緒に後ろで盛り上がっている。
けど、あまり騒ぎすぎると八千代がイライラしちゃうんじゃないかな。
「ね、冬真、啓吾。叫ぶのだけはやめよ?」
運転席へチラッと目配せをし、トランプで勝敗が決まるたび叫ぶ2人に注意を促す。
「んぇ? あぁ、そだね。ごめんごめん、つい盛り上がっちゃった。場野ぉぉ、煩くしてごめんなー?」
冬真が叫ぶ。全く分かってもらえていないようだ。
「思ってんなら静かに謝れや。ったく、謝んのも煩せぇな」
思ったよりも、八千代はイラついていないみたいで安心した。随分丸くなったなと思い、思わず笑みが零れる。
「結人ぉ、お前今笑っただろ。ぁんだよ」
「え、なんで分かるの? 後ろ見えてるの?」
「見えとるわ」
どうやら、車内を見回せるミラーが付いているらしい。僕が笑ったのも、そりゃバレるわけだ。
「んへへ。あのね、ちょっと前までの八千代だったら、冬真にキレかかってたんだろうなーって思ってさ」
「場野は随分丸くなったよな」
朔が、僕の思っていたまんまを口にする。
「そうだよね。八千代、大人になったよねぇ」
「俺、場野にキレられなくなんのマジで嬉しい。睨まれたらすっげー怖いの、未だに慣れねぇんだもん」
「それは冬真が場野を怒らせるからでしょ。俺、キレられた事ないし」
「駿は可愛いからだろ」
冬真の一言に、全員が固まった。言った本人もハッと気づく。
そういえば、八千代は僕と朔だけでなく、猪瀬くんにも甘いような気がする。皆もそれに気づき、はたとトランプの流れを止めた。
けれど、それを八千代に聞けるはずもなく、単に猪瀬くんが怒らせるような事をしないからだと、おそらく全員が自分に言い聞かせた。
僕は少しモヤモヤを残したまま、食事休憩の為に降りたサービスエリアで八千代と行動を共にする。運転中に枯渇した僕を補給するんだとか、ワケの分からないことを言って僕の腰を抱く八千代。僕は水か何かなのかな。
見ると、冬真も猪瀬くんの腰を抱いていた。外でもイチャつくようになったんだ。けど、引き気味の猪瀬くんが少し気になったので、思い切って聞いてみた。
「なんかさ、遠出するとこうなんだよ····。まだ慣れなくて、外では照れるんだよね」
頬を指で掻きながら、はにかんで言う猪瀬くん。その気持ちは凄くわかる。僕も、未だに慣れない触れ方とかがあるんだもの。
「だーってさぁ、俺ら付き合ってんの公言してないから大学じゃイチャつけないんだもん」
冬真は、不満そうに猪瀬くんの腰を強く抱き寄せて言った。冬真はすぐにでも公言して、いつでもどこでもイチャつきたいらしい。
「公言しねぇの?」
「え、うーん····まぁ、まだアレかなぁって····」
啓吾が、ソフトクリームを舐めながら聞く。猪瀬くんは言葉を濁して返した。
僕が話そっちのけで、啓吾のソフトクリームを美味しそうだなと思い見ていたら、りっくんが僕の分を買ってきてくれた。
「ゆいぴも食べたくなると思って買ってきたよ。はい、あーん♡」
「りっくん、ありがと。んっ、おいひぃ♡」
「ん。俺も一口だけ頂戴ね」
そう言って、先端を小さく食べた。そして、残りを僕に手渡す。もっと食べればいいのに。
「もういいの?」
「うん。ゆいぴと共有できたから満足♡ つぅかさ、公言しないのって神谷の所為でしょ?」
唇に残ったソフトクリームを指で拭い、視線を冬真に移して言うりっくん。冬真の所為とは、一体どういう事なのだろうか。
「は? 何それ聞いてない。駿、そうなの?」
「いや、えーっと····そう··なのかな」
「なんで!?」
「ちょっ、冬真やめっ····。いや、あのね、冬真だけの所為じゃなくて····んっ、もう鬼頭! なんで言うんだよ····」
猪瀬くんにグイグイ詰め寄る冬真。猪瀬くんは、困り顔で冬真の顔を押し離そうとする。
聞けば、女子に言い寄られる度、強引に渡される連絡先を受け取ってしまう冬真が心配なんだとか。要するに、猪瀬くんは冬真が浮気をしないか、言い寄ってくる女子への反応を見て試していたいわけだ。
「それは冬真が悪い」
「「だな」」
啓吾の意見に、朔と八千代が共感する。安心させてあげない冬真が悪いんだそうだ。
なんだか、どっちもどっちな気がするけど。それよりも、どうしてりっくんがそれを知っているのかが気になった。
実は、りっくんと猪瀬くんは時々メッセージのやり取りをしているらしい。主に、猪瀬くんからの相談がメインなのだとか。
どうやら猪瀬くんは、自分が行き過ぎた行動をとって冬真に嫌われないよう、りっくんに話を聞いてもらっていたのだとか。これは、絶対に相手を間違えていると思う。
「ねぇ猪瀬くん、りっくんで大丈夫なの? そういう相談だったら、啓吾のほうがよくない?」
「ちょ、ゆいぴ酷くない? 待って、ねぇ俺で大丈夫ってどういう意味? ねぇゆいぴぃぃ」
りっくんが、僕の腕をブンブン振って言う。ソフトクリームを落としたら、どうしてくれるんだ。
「わっ、もう··りっくん煩い····」
暴れるりっくんの隣に来た猪瀬くんは、りっくんの肩を押さえてブンブンするのを止めてくれた。
「それがさ、以外と鬼頭のがいいんだよ。色々アドバイスしてくれるんだけど、鬼頭のがイカレててさ。それに引いてる自分がいて、客観的に考えれるようになる気がするんだよね」
「そんなコト思ってたのかよ?! ンっだよそれ、二度と話聞いてあげない」
りっくんが、むすくれて言う。そして、何故か僕のソフトクリームをガブッと大きく食べた。頭がキンとしたのだろう。りっくんは、しかめっ面で俯いた。おバカだ。
口をパクパクして、言葉も出ないくらい驚いてしまう僕。半分位いかれてしょんぼりする僕の為に、朔がおかわりを買いに行ってくれた。
「そう言うなよ。似た者同士、助け合おうな」
と、猪瀬くんはりっくんの肩を叩いて言う。いつの間にこんなにも仲良くなっていたのか、僕を含め皆驚いていた。
休憩を終え、運転を朔に代わった八千代は、ずっと僕の隣で腰を抱いたまま座っている。トランプをする気はないらしい。
「八千代はトランプしないの? しよ?」
「ンならお前と一緒にやる」
そう言って、僕の手札を見る八千代。耳元で『絶対勝たせてやる』と言って、捨てるカードを教えてくれた。
「ロ····ロイヤル··ストレートフラッシュ····」
人生初だ。こんなの、一生できなものだと思っていた。
「見て見て八千代! ロイヤルストレートフラッシュ!!」
「ん。勝たせてやるって言っただろ」
有言実行どころか、とんでもないおまけ付きじゃないか。興奮した僕は、八千代の首に腕を回して大喜びした。
「お前さぁ、結人介してその引きの強さなんなの? エグいわマジで」
「だよね。場野入ったらカードゲーム大概勝てないもんね」
「俺らも引きは悪い方じゃねぇのにな」
啓吾とりっくん、冬真が怠そうにトランプをテーブルに投げ置く。確かに、それぞれ悪い手札ではない。
けれど、八千代はいつもそれ以上なのだ。
「ハッ、持って生まれた運が違ぇんだわ」
勝ち誇った顔で嫌味を言う八千代。僕は、その意地悪に“めっ”をした。それなのに八千代は、怒る僕を可愛いと言って僕の頬にキスをする。
どうやら、かなりご機嫌らしい。そう言えば、キャンプの話が出てからずっと、静かにテンションが高かったような気もする。
なんだ、八千代も楽しみにしていたんだ。そう思うと、王様気分でふんぞり返っている八千代も可愛く見える。
「おい、もうすぐ着くぞ」
朔に言われ、窓の外を見てみる。森の中に湖が見えた。キャンプ場は、あの湖の近くらしい。
テンションが上がり、八千代の服の裾をキュッと掴む。すると、僕の肩を抱く八千代の手にギュッと力がこもった。もうワクワクが止まらないや。
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