上 下
362 / 385
3章 希う大学生編

ライバルは5歳児

しおりを挟む

 再来週からの夏季休暇を目前に、僕は実習であたふたしていた。連日の幼稚園通い。懐かしい気持ちと、昔とは立場が逆になった責任感で、なんとも言えない気持ちを抱きながら通っている。

 それも明日で終わるんだけど、僕は今日も色々ヘマをやらかしてヘコんでいた。毎日のようにドジをして、先生方に迷惑を掛けている。挙句、子供達にまで励まされてしまった。情けないったらないや。
 優しい先生ばかりで、誰も僕を責めたりせずフォローしてくれる。それが余計に心苦しい。

 今日も今日とて、夕飯を食べながら皆に失敗談を聞いてもらった。心配を掛けるかと思ったのだけれど、皆はそれほどでもなく笑って聞き流していた。
 りっくんに真面目すぎると言われたけど、仕事だし子供達の命を預かっているんだから、真面目過ぎるくらいじゃないとダメなんだよ。啓吾からは、『そうやって気張りすぎてっから失敗すんじゃね?』と尤もな事を言われてしまった。
 先生達にも、もう少し肩の力を抜いていいよと言われたのだけれど、これが存外難しい。

 僕が実習に集中できるようにと、えっちは軽めに一周で終えてくれる。皆なりの気遣いらしい。
 やらないという選択肢がないあたり、皆らしさが愛おしく思える。クタクタになっている僕を、気持ちイイままで寝かせてくれる優しい皆。僕を癒してくれるのは、やっぱり皆なのだ。


 翌朝、朔は学校へ行く前に済ませたい仕事があるとかで、僕が起きるより先に出掛けてしまった。啓吾とりっくんは、午後からなのでまだ起こしていない。
 昨日までは、皆揃って心配そうに見送ってくれていた。けれど、今日僕を見送ってくれるのは八千代だけだ。
 八千代はでんと構えていて、それほど心配そうな素振りは見せずに見送ってくれる。それが僕にも移るのか、少し逞しくいられる気がするんだ。不思議だよね。

「気ぃつけて行けよ」

「うん、行ってきます。八千代も、この後すぐ出るんでしょ? 気をつけて行ってきてね」

「ん」

 互いに行ってらっしゃいを伝え、互いの安全を願いキスをして家を出る。これが日課になって久しい。なのに、離れる寂しさには慣れない。こんなに幸せで寂しい瞬間があるだろうか。
 大学に入ってから、一緒に過ごす時間が格段に減った。高校の頃みたいに、ずっと一緒だなんて無理なのは分かっていたけれど、やっぱり寂しいものは寂しい。
 働くようになったらもっと離れ離れになるのかと思うと、かなり憂鬱になってしまう。

 そんな気分を薙ぎ払い、園児に見せる笑顔を練習しながら、僕は1人で幼稚園へ向かう。久しぶりに1人で乗るバスは、思いのほか快適だった。
 通勤ラッシュに巻き込まれないよう、時間をずらした甲斐があったというものだ。心配性なりっくんが、徹底的に人の少ない時間帯と車両を調べ、それ以外には乗っちゃダメだと進言してきた時は、本当にイカレてると思った。
 けど、おかげで安心安全に通えてるのだ。今度お礼をしなくちゃ。

(投げキッスしてほしいとか言ってたから、それでいっか)


 実習で来ているのは、僕とりっくんが通っていた幼稚園。思い出があちこちに散らばっている。
 園庭の隅っこにある大きな木。りっくんが木登りしていて、先生にすっごく怒られたんだ。
 僕が溺れかけていたプールなんて、今では膝下までの水位しかなくて笑ってしまった。りっくんも一緒に溺れそうになりながら、それでも助けてくれたのを覚えている。懐かしさに、今は愛おしさが乗っかって笑みが零れた。
 思い返せば、僕の思い出にはいつだってりっくんが割り込んできている。本当に付き纏われていたんだ。

 木を見上げ思い出に浸っていると、子供達のボスと思しき瑠衣るいくんがお尻に激突してきた。支えきれず一緒に転んでしまう。

「あーっ!! るいくん! ゆいとセンセーいじめちゃダメでしょ!」

 瑠衣くんの仲良しさんで、お姉さんみたいな美春みはるちゃんが注意する。瑠衣くんは僕に乗っかったまま、ケタケタと笑っていて可愛い。
 瑠衣くんは僕を凄く気に入ってくれていて、朝礼で今日が最後日だと言ったら泣いてしまった。美春ちゃんが慰めてくれていたんだけど、その時のちょっとした騒動で2人の関係は今、少し険悪なムードに包まれている。

 瑠衣くんが『ゆいとセンセーとはなれたくない! ケッコンする~』と泣き出したのがきっかけだった。美春ちゃんが『アンタはみはるとケッコンするんでしょ!?』と怒りだし、痴話喧嘩が始まったのだ。
 最近の子は幼稚園から恋人だ結婚だなんて、随分おませなんだね。僕は圧倒され、担任の先生が宥めてくれてその場は収まった。

 けれど、お昼休みにも痴話喧嘩が始まり、今度は僕がなんとか宥めて園庭で遊ぼうと連れ出したのだ。そうして、今に至る。

「瑠衣くん、そろそろ降りてね」

 5歳児と言えど、体重はそこそこある。抱っこするのが一苦労な重さだ。
 それなのに、腰の辺りに座ってしまった瑠衣くん。正直、重くて苦しい。

「やだ。センセーがおれとケッコンするっていったらおりたげる」

「また! るいくんのバカ! もうしらない!」

「あっ、美春ちゃん!」

 美春ちゃんは、怒って他のお友達の所へ行ってしまった。困ったなぁ。

「瑠衣くん、あのね、僕好きな人がいるんだ」

「おれ?」

「ううん。ごめんね、違う人が好きなの」

 彼氏が4人もいるなんて言えないけど、こんなにまっすぐ想いを伝えてくれる子に、いい加減な返事なんてできない。
 ちゃんと、真実を交えてお断りするんだ。

「うわきだ」

「····へ? えっと、あのね、僕と瑠衣くんは、お付き合いしてないから浮気にはならないと思うんだ」

「だってセンセー、ほかのおとこがすきなんでしょ? おれのこともすきって、きのういったのに」

「あぁ~····言ったね。えっと、瑠衣くんを好きなのとは違う好きなんだ。んー、難しいよね······あれ?」

 瑠衣くんは、どうして僕の相手が男だと分かったのだろう。

「ねぇ瑠衣くん、なんで僕の好きな人が男の人だって思ったの?」

「え? だってセンセー、おんなのこでしょ?」

「え····ち、違うよ? 僕、男だよ」

 なるほど、時々話が噛み合わないわけだ。瑠衣くんは、顔を真っ赤にして泣きそうな顔で叫んだ。

「うそだ!! こんなにカワイイおとこなんかいないもん! センセーはおんなのこだもん! それで、おれとケッコンするんだもん! ····ふぇ、うわぁぁぁぁぁぁん!!」

 勘違いの末に大泣きしてしまった瑠衣くん。困り果てている僕を、担任の先生が助けてくれた。
 長丁場の説得になったが、お帰りの時間までには理解してくれたようで安心した。それでも、帰る間際に『センセーがおとこでもかわいいからすき』だと言って結婚を申し込んでくれたので、僕には結婚を約束した人が居るからできないと言って断った。


 帰ってこの話を皆にしたら、啓吾と八千代は大笑い。りっくんと朔はグラスを割りそうな勢いで握っていた。

「あっはは、んっとに大変だったんな~。けど、5歳児相手に真面目に答える結人かーわい~」

「可愛いけど笑い事じゃないでしょ。ゆいぴが誘惑····いやプロポーズされてたんだよ!? 俺らの居ない所で敵が増えてる····」

「保護者じゃなくて園児のほうが迫ってくるとはな。そっちは警戒してなかった。クソッ、考えが甘かった····」

 5歳児相手に、真剣にヤキモチを妬くりっくんと朔。

「だからさ、ちゃんと断ったんだってば。それにさ、5歳児の恋なんて勘違······いじゃない場合もあるんだよね」

 僕はハッとして、りっくんに視線を向けて言う。そう言えば、りっくんはそのくらいの頃から、ずっと僕だけを想ってくれていたんだ。

「りっくんって凄いね。めちゃくちゃ一途だよね」

「えへ~? なぁに急に♡ 俺がゆいぴ以外見るわけないでしょ~」

 りっくんの豹変ぶりには驚く。さっきまでプンスコしていたとは思えないくらい、見事に機嫌が直ってデレデレしている。

「俺も、結人が初恋で、一生結人だけ愛してるぞ」

 朔が、僕の目を真っ直ぐに見て、負けじと想いを伝えてくる。

「なっ、ふぇっ、あ、ありがと··? 僕もだよ」

 突然の告白に、わたわたと返事してしまった。こうなると、あと2人も便乗してくるんだろうな。

「俺もだわ。結人しか愛したことねぇかんな。死ぬまで俺に愛されてろよ」

 隣に座っていた八千代は、顎クイまでしてきた。なんなんだ、この突如として始まる告白大会は。時々、流れで開催される度、恥ずかしくて心臓が爆ぜそうになるんだぞ。

「俺はねぇ、経験を経て? 辿り着いたのが結人だかんね。愛する事を知った俺の怖さ、一生かけて教えてあげんね♡」

 これまた隣に座っていた啓吾は、八千代から僕の顎を奪って軽い口調で告白をしてくる。けれど、内容は重めだ。

「もう! いつもなんなのコレ!? 僕の心臓爆発しちゃうから、急に告白するのやめてって言ってるでしょ!」

 啓吾のイイ顔を見ていられなくなった僕は、目をギュッと固く瞑って喚いた。そんな僕に、啓吾が甘いキスをくれる。

「5歳児に、こんな蕩けた結人はまだ早いね。デッカくなっても見せてやんねぇけど」

「··も、ばかぁ····」

 こうして、僕のドタバタな実習の日々は幕を閉じた。

 そう言えば、八千代が夏季休暇初日から出掛けるって言ってたけど、何処へ行くのだろう。
 また、僕に内緒の何かが計画されているらしい。不安と楽しみで、胸がいっぱいだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集

夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。 現在公開中の作品(随時更新) 『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』 異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ

ドSな義兄ちゃんは、ドMな僕を調教する

天災
BL
 ドSな義兄ちゃんは僕を調教する。

見せしめ王子監禁調教日誌

ミツミチ
BL
敵国につかまった王子様がなぶられる話。 徐々に王×王子に成る

【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】

NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生 SNSを開設すれば即10万人フォロワー。 町を歩けばスカウトの嵐。 超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。 そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。 愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。

赤ちゃんプレイの趣味が後輩にバレました

海野
BL
 赤ちゃんプレイが性癖であるという秋月祐樹は周りには一切明かさないまま店でその欲求を晴らしていた。しかしある日、後輩に店から出る所を見られてしまう。泊まらせてくれたら誰にも言わないと言われ、渋々部屋に案内したがそこで赤ちゃんのように話しかけられ…?

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

処理中です...