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3章 希う大学生編
戯れ
しおりを挟む旅館から山へ登るロープウェイまでの数十メートル。さほど広くない道の両側に、お土産屋さんと数件の遊技場が軒を連ねる。昼間とはまるで雰囲気が違う、夜の街といった感じだ。
旅館の前で上影組と待ち合わせ、いざ遊技場へ。
旅館には僕たち以外宿泊していない様子だったが、遊技場は予想外に混んでいる。5、6軒ある遊技場のうち2軒が空いていたので、僕たちは旅館から近い方へ入る事にした。
啓吾と窪くんの提案で、上影組と僕たちとで勝負する事に。総ヒット数を競うらしい。
人数にハンデがあると僕が言ったら、八千代に『お前は数に入んねぇだろ』と嫌味を言われた。
またそうやって、僕に喧嘩を売ってくるんだから。本当に懲りないよね。まぁ、悔しいけど事実だから言い返せないや。
ぞろぞろと入り、中で新聞を広げていたおばさんに人数分の料金を支払う。
「ひゃー、お兄ちゃん達みーんなイケメンねぇ。おばちゃん心臓止まっちゃうわ~」
と、頬を赤らめる。いくつになっても乙女なんだなぁと感心していると、朔が笑いをかっさらった。
「大丈夫ですか? 心臓止まったら俺が蘇生します。ライフセーバーの資格もってるんで」
僕たちは慣れたものだが、上影組とおばさんには大ウケだ。朔はこれを真面目に言ってるんだから、本当に可愛い。
おまけに、ライフセーバーの資格をとった理由を啓吾が説明すると、皆はお腹が捩れるくらい笑っていた。
「あっはは! せっ、瀬古くん天然すぎでしょ····。ひーっ、おもろ~。ちょ、今から勝負すんのに体力削ってくるとか狡くねぇ? 集中できねぇ~」
「はぁ~··ふふっ····、お前に集中力なんてあったのか。そこは元から期待してないぞ。けど、体力は無限だろ? 頑張れ」
呼吸を整えた永峰くんが、薄ら笑みを残しながら窪くんの肩をポンと叩いて言った。
「旺ちん、応援されてる気しないんだけど····」
複雑な表情の窪くんを置いて、皆それぞれ銃を構える。
上影組も、流石イケメン揃い。他のお客さんが、特に女の人だけど、皆見惚れている。
僕の旦那様方も、構える姿がそれはそれはカッコイイ。僕は慌てて写真を撮る。
いつの間にか、店外にまでギャラリーができている。あちこちでシャッター音が聞こえるから、そっと邪魔になる位置に立ってみた。僕は写真を撮り続ける。
後で、満さんと桜華さんに送るんだ。2人のカッコイイところが撮れたら送ってって頼まれてるからね。朔のは、凜人さんにも。持ちつ持たれつだ。
1射目は全員的中。当然といった顔で次の弾を詰める。僕だったらドヤ顔で騒いでいるところだ。
そういうところも含め、皆カッコイイんだよね。見習わなくちゃ。
啓吾は、僕の為に大きな貯金箱を取ってくれた。金色の可愛いブタさんだ。皆へのプレゼント貯金を始めよう。
りっくんは、小さなお菓子を沢山くれた。後で食べようって、袋いっぱいのお菓子を手に笑顔で言う。自分は殆ど食べないのに。こういう瞬間に、愛されてるなぁと実感する事が多い。
朔が、よく分からないハニワみたいな置物をくれたけど、ちょっと怖いから凜人さんにあげるよう勧めた。そうしたら、僕にあげるものがないと言い、もうワンゲームして王将の大きな駒を倒した。巨大ぬいぐるみが貰えるらしい。
海老名くんは、ゲームのソフトを窪くんにあげていた。丁度欲しいと思っていた物らしい。多分、知ってて狙ったんだよね。そんな気がした。
窪くんがお礼にと、変な柄のターバンを渡していた。苦笑いでそれを受け取る海老名くん。
何故それを狙ったのかと海老名くんに聞かれ、窪くんは『簡単に取れそうだったから』と答えていた。その割に取れないから、意地になって3ゲームくらいしてたのは、皆ツッコまないでいてあげた。
倉重くんは、大きなお菓子の詰め合わせをゲットしていた。それと、近くのラーメン屋さんの割引券も。どちらも、後で皆で食べようと言う。食べ物をくれる人は、みんな良い人だ。
場所が空いたので、啓吾にサポートされながら僕も撃ってみる。期間限定のポッ○ーをしっかり狙って、狙って····啓吾が耳に息を吹き掛けた拍子に発射した。
「ひあぁ♡」
「「啓吾!」」
僕に声をあげさせ、りっくんと朔から怒られる啓吾。次は真面目にするからと、僕を抱き締めるように構える。ドキドキして、全然集中できない。
「よく見て··──ふはっ、心臓すげぇな。ほら、集中して。取れたらポッ○ーあーんしてな?」
「····うん、絶対取る······ふんっ」
啓吾が優しく抱き締めてくれていたから、反動でよろめく事もなかった。撃つ瞬間、僕は目を瞑ってしまったが、啓吾に『やったな』と言われて目を開けると、ちゃんと景品が落ちていたのだ。
僕は大喜びで振り向き、ぴょんぴょんして啓吾に抱きついた。はたと気づいて、冷静に『どう? 僕もちゃんと当てれるんだからね』と、格好つけるも時すでに遅し。
窪くん達に凄く笑われて『可愛い』を連呼されてしまった。
僕たちが騒ぐ中、皆中だったのは永峰くんと八千代。永峰くんも負けず嫌いなのか、集中力を保ったまま2人でサドンデスだ。
他の皆は、狙った景品を落とすのに必死で、途中から勝負の事は頭から抜けていたらしい。楽しいのが何よりだよね。
一方、楽しいばかりでは居られない2人。どちらも、狙う景品が段々と小さくなってゆく。射的の腕を見せつけ合っているみたいだ。
「旺ちん頑張れ! あの1番ちっこいヤツ落としたらご褒美あげるよ~」
眉をひそめ、目の色が変わる永峰くん。余程イイ物が貰えるのだろうか。それなら僕だって、八千代をやる気にさせるしかない。
と思っていたら、啓吾が僕の肩を指でちょんちょんと叩いて呼ぶ。指で輪っかを作り、その中へ指を通す。そうか、そういう事か!
「八千代、アレ僕が欲しい。僕にハメて♡」
僕は、渾身の甘えた声で強請った。永峰くんが撃つ前に、パンッと甲高い音が鳴る。見事、八千代が撃ち取ったのだ。
おばさんから渡されたそれを持手に、八千代が僕の元へ歩み寄ってくる。そして、片膝をついて僕の左手を持ち上げた。
ゆっくりと、おもちゃの指輪を薬指にハメる。少し大きめのそれが、着けている指輪の上に重なった。店内も店外も静まり返り、八千代が『俺のって上書きな』と言うと、歓声と拍手が巻き起こった。
顔が燃えるように熱くなって、卒倒するかと思ったよ。
僕がぶわっと赤面し固まっていると、啓吾とりっくん、それに朔まで、もう指輪はないのかとおばさんに詰め寄る。
無いと言われ、あからさまに落ち込む3人。したり顔の八千代を睨む。たとえ、ちょっとした戯れだろうと譲れないのだろう。
そしてもう1人、ご褒美を貰えず落ち込む人が居た。永峰くんだ。
「旺ちん、残念だったね。俺のご褒美じゃ弱かったか~」
「そんな事っ! ··は、ない。少し慎重に狙いすぎただけだ」
「即断即決の旺ちんが珍しいね。しゃーないから、後でラーメンのチャーシュー1枚あげるね」
「····しょぼ」
不貞腐れた永峰くんが毒を吐く。窪くんのご褒美が気になって聞いたら、いつもご褒美と称して肩揉みをしてあげるんだと言っていた。
永峰くんがあんなに残念がるなんて、窪くんは余程マッサージが上手いのだろう。
そうだ、窪くんに教えて貰って、僕も今度皆にしてあげよう。ご褒美だって言ったら、皆も何か頑張れるかな。
「窪くん、後で上手な肩揉みの仕方、教えてくれる? 僕もね、皆にしてあげたいんだ」
皆の目を盗み、コソッと窪くんに耳打ちをする。たまには、僕から皆へのサプライズだ。
「オッケー。めっちゃ気持ちイイの教えたげるよ」
軽薄なウインクを受け流す。驚くほどの軽さだけど、憎めないのは窪くんの人柄だろう。
「やった! ありがと。それじゃ、皆に内緒だから、旅館に戻ったらこっそりね」
僕は約束を取り付け、満足してラーメン屋さんへ行こうと提案する。いつも企みが上手くいかない僕は、少し浮き足立つのを誤魔化すためにりっくんと朔の手を取り繋いだ。
立ち込める豚骨スープの良い匂い。僕は、早くも企みの事など忘れてラーメンに夢中だった。
いつも皆がそれぞれトッピングを分けてくれるものだから、てんこ盛りのラーメンになる。そんな、財宝の詰まった宝箱の様なラーメンを目の前に、他の事なんて考えられないよね。
僕たちのそれを見て、窪くんのチャーシュー1枚に続き、海老名くんと倉重くんも永峰くんのラーメンにトッピングを乗せる。
「個人優勝惜しかったで賞な」
と、倉重くんがニカッと笑って言う。海老名くんは『そんじゃ俺からは、ご褒美貰えなくて残念だったで賞ね』と皮肉たっぷりの賞を授与していた。
すると、永峰くんは『それはそれは大層な賞を····』と言って、倉重くんから煮玉子を、海老名くんからはチャーシューを全部攫っていった。
荒れている上影組をほっこりと見ながら、僕はラーメンを啜った。
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