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3章 希う大学生編
ご縁を大切に
しおりを挟む僕のキスひとつで目を覚ます、困ったさんな朔とりっくん。八千代が乗り越えても、啓吾が踏みつけてもなかなか起きないのに。
布団に引き込まれるのはいつもの事だが、今日はそのまま食べられるわけにはいかない。だって、これから朝食が運ばれてくるんだもの。
とは言うものの、何もせずにはいられないようで、一度布団に引っ張り込まれてイチャつく。けれど、八千代に『飯来んぞ』と止められ、朔もりっくんも渋々解放してくれた。
旅館ならではの豪勢な朝食を堪能した僕たちは、揃って温泉に入っている。朝の冷えた空気の中、少し熱めの温泉が五臓六腑に染み渡る。って、なんだかおじさん臭いかな。
「ん゙ぁ゙ー····気持ちぃ~」
啓吾が顎まで浸かって唸っている。可愛いなぁ。
「ここにもう一泊できるんだよね? 癒されすぎちゃうねぇ」
「だねぇ。ね、今日こそ夜の街で遊ぼうね。ゆいぴが射的してるの、可愛いから好きなんだよね」
「あれは可愛いな。一生懸命狙ってんの、正面から見てぇくらいだ」
「さっくんまだ寝惚けてんの? 正面から見てたら撃たれちゃうでしょうよ。あ、景品になるってこと?」
「ははっ、それもいいな。けど、結人の弾は当たんねぇだろ」
「ちょっと朔、凄く失礼な事言ってるよ。ゆいぴだって真正面の至近距離なら当てられるでしょ。ねぇゆいぴ」
「んー? だねぇ」
多少の失言など気にならない。溶けてしまいそうなほど温泉が気持ち良いんだもの。と言うか、物凄く眠い。
夕べも遅かったし、寝起きから激しかったもんね。そこに美味しい朝食でお腹いっぱいなんだ。そりゃ眠くもなるよ。
「結人、風呂で寝るなよ。俺の膝に来い。支えててやるから」
「ん、朔ありがと」
僕は朔にもたれ掛かり、本当の夢見心地に浸る。なんて幸せな時間なのだろう。
あぁ、朔の硬いのがお尻に当たってる。本当に元気だよね。皆、精力が尽きることってないのかな。なんて、さっきの余韻なのか、思考がふわふわしている。
この後は、車で近くの海に行く予定だ。きっと凄く寒いだろう。今のうちに身体を温めておかなくちゃ。
八千代が、『車でヤッたら殺す』って言ってたから、それはないはずなんだ。だから、今日もまた旅館に戻ったら沢山するのかな。あと何回、温泉に入れるだろう。もうこのまま、温泉の主になってもいいや──
「結人、起きろ」
「····んぇ?」
「マジで寝てんのかよ、ヤベェな。結人くん、おっはよ~」
朔に起こされ瞼を持ち上げると、目の前にイケメンが居た。皆で海にお出掛けしているイメージから引き戻され、脳がバグって状況が理解できない。
「お··はよ? あぇ? 誰?」
「ガッツリ寝てんじゃん。マジでヤバイね。それ窪、俺海老名」
窪くんの後ろから、海老名くんが顔を覗かせて紹介してくれた。ボヤッとした頭をなんとか回し思い出す。
昨日の出来事がすっぽり抜けていたみたいだ。そう、今日は午後から彼らと一緒に遊ぶんだった。
「窪くん、海老名くん、おはよう」
寝惚け眼で2人を見る。改めて見てもイケメンだなぁ。まぁ、うちの旦那様方のほうが、断然カッコイイんだけどね。
と、少しドヤ顔混じりになっていたかもしれない。そんな僕の前髪を、窪くんがサラッと指で流す。
「前髪、目に入りそうだよ」
そして、その手を朔が払った。
「ってぇ····」
「わっ··ぶねっ」
海老名くんが窪くんの肩を抱いて寄り添う。よろけた窪くんは、驚いた様子で朔を見つめる。
「····お、わりぃ。反射的にやっちまった」
「反射でってお前、そんな強さじゃねぇだろ」
「ちょ、海人落ち着けって。俺大丈夫だから」
海人とは海老名くんの事らしい。窪くんが慌てて宥めるが、海老名くんの気は収まらないようで、朔に向かってガルガルしている。
そう言えば、海老名くんだけ朔に脅かされていないんだっけ。窪くんが慌ててる原因を知らないんだ。
「マジでごめん、窪。海老名も。大丈夫か? うちの朔さん、そんな綺麗な顔して実はゴリラでさ。マジで馬鹿力なんだわ。ペットボトルの蓋開けんのに中身ぶっぱするレベルで」
啓吾が、至って真面目な表情で言う。
「ぶはっ、マジで? 加減できねぇのかよ」
窪くんが吹き出し、空気が少し和んだ。啓吾の言いたい放題に朔は少し不満そうだが、流石にこの状況で文句は言えないらしい。
「うちねぇ、もう1頭ゴリラ居るよ。アレ、場野」
啓吾は、八千代を親指で指差して言った。ムスッとした八千代は、空気を読んでキレかかるのを抑えたようだ。
「誰がゴリラだよ」
「アイツも柔らかいペットボトルの加減苦手。しょっちゅうぶっぱしてる」
「マージでぇ~。超ゴリラじゃん!」
「リンゴとか握り潰せんの?」
神妙な面持ちで、海老名くんが聞いた。怒りは少し収まったようだ。
シャレにならないその答えを知っている僕たちは、思わず視線を温泉へ落とした。
「「余裕」」
朔と八千代が声を揃える。ドヤ顔で力自慢をして、ゴリラだと自己紹介したようなものだ。僕たちは言葉を見つけられず、温泉の湯気で隠れたい気分だった。
「「よ、余裕····あっはははは!!」」
海老名くんと窪くんは、目を点にしたかと思ったら大笑いし始めた。ヒーヒー言って苦しんでいる。
「マジか。冗談で聞いてみたんだけど、マジかぁ。そりゃ加減難しいよな」
闊達な啓吾と窪くんのおかげで、なんとか険悪なムードから抜け出せた。この2人は特に気が合うようで、ワイワイ楽しそうにはしゃいでいる。
そうこうしていると、遅れて倉重くんと永峰くんが入ってきた。
「おはよ。····ほら永峰、ちゃんと言えよ」
「あぁ。····夕べは失礼な態度と数々の暴言、本当にすみませんでした。その··色々と誤解していたようで····」
昨夜とは別人の様に、丁寧な言葉遣いで謝罪してくれる永峰くん。物言いたげな旦那様方を置いて、僕が先に言葉を返す。
「いえ、僕たちのほうこそ。せっかく寝てたのに、あんな時間に起こしちゃってごめんなさい。寝起きが悪いのはうちにも居るから慣れてるんです。それより、誤解が解けて良かったぁ。あの後、そっちで揉めたりしませんでしたか?」
「それは大丈夫です。え、怒ってないんですか?」
「僕はあんまり気にしてませんよ」
寝たら忘れちゃうし、今朝が幸せ過ぎたからかな。そもそも、少し心が痛んだだけで、怒ってなどいない。
「な!? 結人くんめっちゃ良い子だろ? 一緒に遊ぶって話、旺ちんもオッケーだよなっ」
「あぁ、皆さんが良いなら」
「折角のご縁だし、一緒に楽しめたらいいですね」
僕がニコニコ返すのが気に入らないのか、朔が僕の腰を抱き締める。そこで漸く、永峰くんがこの状況に疑問を抱いた。
「膝の上乗ってんの、距離感ヤバいですね」
「だから言ったじゃん。超ラブラブなんだって」
「あー··、ラブラブ····へぇ··」
何を思っているのか、含みのある返事で濁す。こんなの、慣れないと違和感しかないよね。
温泉を利用するのは僕たちだけじゃないんだ。それに、誰にでも理解してもらえるわけじゃない。周囲への配慮に掛けていた事は反省しなくちゃ。
僕は朔の膝から降り、そそっと隣へ座った。
そして、少し話していると、窪くんが敬語はやめようと言い出した。そのおかげなのか、永峰くんとも幾分か打ち解けられた気がする。逆上せてしまう前に、何度か永峰くんの笑顔が見られて良かった。
午後まではそれぞれ行動し、お昼を食べたら街の入り口にある橋で待ち合わせる事になった。
温泉から上がり、いつもより手早く髪のセットを終えたりっくんと啓吾。予定より少し早めに海へ向けて出発する。
冬の海は波が荒い。波に攫われないようにと、朔と八千代が絶対に手を離してくれない。それどころか、海から一定の距離を保ち、安易に近寄らせてもくれない。
「ねぇ、もうちょっと近くで海見たい」
「何言ってんだ。あんな波に攫われたら死ぬだろうが」
「見ろ、言ってるハナから啓吾が攫われかけてるだろ。ああいうバカが一定数居るから、水難事故が絶えないんだ」
物凄い速さで迫る波と追いかけっこをしている啓吾。ギリギリ····と言うか、若干追いつかれているじゃないか。靴に波が当たり、駆ける脚で波を巻き上げ水滴を飛び散らしている。
「啓吾! 波に攫われないように気をつけてねー!」
騒がしい波音に掻き消されないよう、大きな声で注意を促す。
「うっへへ! 結人も波と追っかけっこするー?」
「「させるわけねぇだろ!」」
八千代と朔が声を揃えた。心配性だなぁ。まぁ、僕だと確実に波に飲まれるだろうから、怖くてできないや。
僕は2人の手をキュッと握り、『ちゃんとここに居るよ』と伝えた。
海岸の端にある断崖絶壁。フラフラと探索していたりっくんが見つけたのだが、回り込むと階段があり、そこから登れるようになっていた。息を切らせ登りきると雑木林があり、その奥にポツンと神社があった。
僕たちは、そこへ惹き込まれるように雑木林へと足を踏み入れた。
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