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3章 希う大学生編

出発だけど····

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 朝まで繋がりっぱなしだった年越し。元旦にはそれぞれの家へ挨拶へ行き、2日は冬真と猪瀬くんも一緒に初詣へ行った。
 用事があるとかで、家には寄ってくれなかったのが残念だ。けれど、近いうちに遊びに来てくれると言っていた。


 それから数日。僕は今、助手席にちょこんと座り、真面目に運転する啓吾の横顔を見つめている。凄くカッコイイんだけど、僕には納得のいかない事がある。

「ねぇ、なんで僕には運転させてくれないの?」

 唇を尖らせて聞く。

 昨日、どこで運転を交代するのか、距離などを熟慮して相談していた。けれど、そのメンバーに僕は入れてもらえなかったのだ。
 僕だって、ちゃんと免許を持っているのに。僕は、一番手になった啓吾が、大手を広げて喜んでいるのを眺めていた。

「こン車、教習車じゃねぇから助手席にブレーキねぇんだよ」

 八千代が、半笑いで意味不明な答えをくれた。そんなの知ってるよ。

「····どういう事?」

「お前、合宿ン時何回ブレーキ踏まれたか分かってんのか」

 今度は、真面目なトーンで嫌味を投げてくる。

「え、っと······いっぱい?」

「結人、おっさんが喋る度におっさんの方向いて返事してたもんなぁ。あ~れは怖いって」

 啓吾は、前方からチラリとも視線を寄越さず言った。僕ならチラッと見ていただろう。

「人の顔見て話するのはいい事なんだけどね。んー··ほら、ゆいぴが良い子すぎるんだよ····だからさ、運転は··ねぇ····」

 りっくんが、物凄く気遣って言葉を濁しまくる。

 皆が本気で運転させたがらない事には、薄々気づいていた。と言うか、前にハッキリ言われたっけ。長距離運転だなんて、もってのほかなのだろう。
 それにしたって、八千代はもう少し、オブラートに包んだ言い方ができないものだろうか。本当に傷を抉ってくるんだから、八千代のバカ····。


 途中のサービスエリアで、軽めの昼食をとる。啓吾が食べながら、車の乗り心地が良いだとか運転しやすいだとか、僕には分からない事を話す。
 僕が運転に向いていない事くらい自覚している。けれど、やはり悔しい。僕だって、疲れた皆を休ませてあげたりしたいんだ。
 けどやっぱり、僕の運転技術じゃ不安にさせちゃうんだよね。

 思い切って、それを聞いてみる。すると、啓吾が素直に答えてくれた。

「気持ちはすげぇ嬉しいんだけどさ、マジでめっちゃ怖い。高速とか絶対事故んだろ」

 もう立ち直れる気がしない。けれど、僕も同感なので何も言い返せない。唇を噛み締め、自分の鈍臭さを恨む。
 俯いてしまった僕の髪を摘まみ、くるくる回しながら啓吾が続ける。

「ってのもあんだけどさ、旦那俺らとしては嫁を助手席となりに乗せときたいんだよね。後ろなんか無視してデート気分味わいたいの」

「て言うか、ゆいぴが運転するってなったら、誰が助手席か決めるのに一生かかるよ」

「誰も譲らねぇだろうな。一生懸命運転する結人、ずっと見てられるぞ」

「だな。命よかそっちとるわ」

「えぇー····。もう··わかったよぅ。僕、本当に切羽詰まった時以外は絶対運転しないから。命は1番大事にしてよね」

 僕は、少しキツめに言葉を放った。まったく、どこに命をかけているんだか。


 後半の運転は八千代。到着してバックで駐車する時、助手席に手を回して後方確認する。ベタすぎるけど、ドキドキして固まってしまった。
 エンジンを止め素早くシートベルトを外すと、流れるように僕の頬に手を添える八千代。

「お前、ンっとにベタなん好きな」

 そして、キスをしながらシートベルトを外してくれた。

「降りんぞ」

「へぁい····」

「ふはっ、変な返事」

 八千代の笑顔にキュンキュンしながら、僕はわたわたと車を降りた。早くも、心臓が飛び出してしまいそうだ。
 そして、バカみたいな大荷物を持って、皆が車を降りてくる。中身はきっと、夜の為のなのだろう。

 僕は立ち止まって、目の前の建物を見上げる。ネットで見た通りの老舗旅館だ。
 そう、僕たちは今、念願の温泉旅行に来ている。
 
 この旅行について説明されたのが、なんと一昨日の夜。僕には内緒で計画していたらしく、サプライズだとか言ってまんまと驚かされた。

 本当はもっと早くに行く予定だったらしい。だけど、啓吾とりっくんが、自分でお金を貯めて出したいと言い出したのだとか。本当に、そういう所は絶対譲らないんだから。
 それで、少し予定が遅れたのだと言って、りっくんと啓吾に謝られた。謝られる意味が分からなかったのだが。
 僕は、おんぶに抱っこでいたたまれない。返事に困り黙りこくっていると、啓吾とりっくんに『旦那面をさせろ』と言われてしまった。皆はいつだって、あーだこーだとゴネる僕を言いくるめるのが上手い。
 もう開き直って、この旅行の最中は思い切り甘えてやろうと決めた。2泊3日、心ゆくまで楽しんでのんびりと過ごすんだ。隅から隅まで満喫してやる!
 そう決めて、今朝は車に乗り込んだのだった。


 八千代と朔が、慣れた様子でずんずん進む。僕は2人に続き、緊張しながら暖簾をくぐる。
 こんな大きな旅館は初めてだから、キョロキョロと見渡してしまう。ダメだ、皆みたいに堂々としていないと。
 
 広々としたロビーで、何人もの仲居さんが待ち構えていた。上品な挨拶で出迎えてもらい、部屋へ案内してもらう。
 案内されたのは、10畳はあろうかという和室が2部屋繋がって、とっても広いお部屋だ。奥には、和室と窓の間に板間の休息スペースもある。
 正直、もう少し手狭な感じを想像していたので驚いた。

 温泉や食事の説明を聞き、少し休んでから観光へ出かける。と言っても、今回は観光が目的ではないので観光地に来たわけではない。
 この辺で唯一と言っていい観光スポットで、温泉街から近くの山へ繋がるロープウェイがある。それに乗り、雪山へ出発した。
 そこまで行かなくたって、ビックリするくらい積もってるんだけどね。道路は除雪されていて泥まみれなのだ。流石に遊ぶ気にはなれない。

 山頂付近へ着くと、もうウズウズが止まらない。一面の銀世界だ。至る所に、僕たちの跡をつけて雪原を目指す。
 そこは、雪がなければただの、だだっ広いだけの広場なのだろう。ロープウェイの乗り場付近みたいにベンチなども置かれておらず、清々しいほど何もない。

 僕と啓吾は、言わずもがな手を繋いで人型を作りに走り出す。今日は、ゆっくりと僕たちに追いついたりっくんも参戦する。雪へダイブするのは生涯初らしい。
 僕に手を引かれ、りっくんが怖々倒れ込む。3人連なった人型の完成だ。珍しく、八千代が写真を撮ってくれた。

「冷たっ! さっむ!!」

 ぐるぐるに巻いたマフラーや分厚い手袋の隙間から、雪が侵入したらしい。朔に手を引いてもらい立ち上がると、りっくんは僕を抱き締めて暖を取った。
 すると、颯爽と歩み寄ってきた八千代が僕を奪い去る。そして、僕を抱き締めたまま後ろ向きに倒れ込んだ。僕は八千代の上になり、1人分の人型ができあがった。

「ははっ、雪に倒れんのこえぇな」

「ぼっ、僕のほうが怖かったよぉ!」

 しっかり抱き締めてくれていたが、ふわっと身体の浮く感覚には恐怖を感じた。だって、なんの躊躇いもなく急に倒れ込むんだもの。

「はは、わりぃわりぃ。あー··人型とか初めてだわ。一緒にできたな」

 ニカッと笑う八千代。啓吾みたいな、キラッと輝く笑顔を見せてくれた。レア過ぎる。
 それに、不意打ちで八千代の初めてをゲットした。それは嬉しい。凄く嬉しいから、キュッと胸元を握って離せない。だけど····だ。

「僕の跡ないじゃない····」

「······お。ミスった」

 はしゃいでいるのだろうか。いつになくテンションが高い。まさか、単純なミスだったなんて、八千代も可愛いんだから。

「あはははは! ミスったの? もっかいする?」

「やる。今度は大の字でやってみっか」

「俺も一緒にやる。俺も初めてだからな」

 そう言って、朔が手を引いて起こしてくれた。満面の笑みだけど妬いている、厄介な朔だ。
 八千代と朔に挟まれ、手を繋いだまま倒れ込む。両手を繋いで倒れるのはかなり怖い。けれど、皆とならできてしまう。
 八千代と朔のレアな姿を写真に収め、僕たちは山小屋の様な売店でおやつを食べつつ暖を取る。

 お会計の時、店のおばさんに『お友達同士で旅行なんていいねぇ』と言われ、朔が『いえ、新婚旅行です』と返した。おばさんはキョトンとし、何度か僕を見て悩ましげな表情をしていた。
 悪い笑みを見せ、僕の手を引いて店を出る朔。

「····新婚旅行なの?」

「いや、新婚旅行は結人と一緒に計画する」

「····っ、ばかぁ····。朔って、僕以外には意地悪だよね」

「そうなのか? そんなつもりはねぇんだけどな」

「無意識なのがタチ悪いよねぇ」

 でも、そんな朔も大好きだ。あの悪い笑みはたまらない。いつも僕の心臓を射抜いてしまうんだから。
 僕は、繋いでいる朔の手をブンブン振って歩く。

 山を降りると、夕飯の時間までブラブラ散策をした。
 温泉街から外れると本当に何も無くて、雪に染まった古民家が並ぶ街並みを見て歩く。ただゆっくり、ゆっくりと時間が過ぎていった。
 そして、夜につまむおやつや飲み物を買って宿に戻る。いよいよ、待ちに待った夕飯だ。と、その前に皆で温泉へ入る事にした。

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