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3章 希う大学生編

止められなかった僕も悪い

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 強気に『誰一人手放す気はない』と言った僕を、とても不満そうな顔で見るミアさん。この表情かおには見覚えがある。
 あの、諦めの悪い真尋と同じ表情かおをしているんだ。嫌な予感がするなぁ····。


「そもそも男同士で何言ってんだか。もっと現実を見なさいよ。だって··ねぇ、アナタじゃ子供は産めないでしょ。それが場野家にとってどれほどの損失か、少し考えれば分かるわよね?」

「おい」

 八千代の怒気を込めた発声に、一瞬身を強ばらせるミアさん。慣れたはずの僕たちですら、この空気のピリつく瞬間には身体が反応してしまう。
 それでも、ミアさんの勢いは抑えきれなかった。ミアさんは、僕では太刀打ち不可能な、最大のウィークポイントを突いてくる。
 耳も心臓も痛くなる、直視したくない現実。僕は、ミアさんから目を逸らして俯いてしまった。啓吾が手を握ってくれているのがありがたい。
 そして、いよいよミアさんの口から、その痛い現実が叩きつけられる。

「何よ。正論突きつけられて焦ってるの? まったく、アナタ達が恋だの愛だのだなんて、不毛にも程があるわ。でもね、私は違うの。八千代の子供を産めるのよ。ふふっ、アナタには無理だものね」

 ミアさんが饒舌で嫌味に言い放った直後、フラッと立ち上がる八千代。邪魔をされないよう桜華さんの肩を押さえ、無言でミアさんの隣に立つ。
 そして、八千代は静かにミアさんの頬をぶった。流石に加減はしたのだろう。ミアさんは座ったままよろけた程度で、数センチだって吹っ飛びはしなかった。
 次の手が出ないよう、桜華さんが八千代の腕を掴んで止める。桜華さんが居なかったら、そう思うとゾッとした。キレた八千代なんて、僕と啓吾じゃ止められないもの。

「言いたい事はそんだけか。よくもまぁ勝手な事ばっかペラペラよぉ。テメェに何言ってもムダだろうけどな、ハッキリ言っといてやる」

「八千代、言葉は選びなさいね」

 八千代は『るっせぇ』と言って、桜華さんの手を振りほどいた。随分と高い位置から見下すように、八千代が冷たい視線を向けて続ける。

「ガキなんか要らねぇ。ンなもんどうでもいいんだよ。俺ァ結人が居ればそんでいい。一生結人コイツしか愛せねぇからな。万が一にも億が一にも、テメェとくっついたところで抱かねぇ。俺は結人以外に欲情しねぇの。チッ····次、ガキの話持ち出したら容赦なくぶっ殺す」

 そこか。そこだったのか。てっきり『八千代』と呼ばれた事に、とうとう堪忍袋の緒が切れたのだと思っていた。
 けど、違ったんだ。八千代が許せなかったのは、僕がコンプレックスに感じているところを責められた事だった。ミアさんがそこを突いてくるものだから、八千代は僕の為に怒ってくれたんだ。けど、嬉しいだなんて思っちゃダメだよね。

 それにしたって、公の場で『欲情』だとか、なんてワードを放つんだ。僕しか愛せないって言ってくれたのは、ニヤけるのが止まらないくらい嬉しいけれど。
 まずは、八千代を落ち着かせなくちゃ。

 ぶたれた頬を押さえ、唇を噛み締めるミアさん。八千代の圧に押されているのか、もはや声も出せないらしい。
 少し震えているのだろうか。大きな目に涙を溜め、怯えているように見える。そりゃ、間近でキレた八千代を見たら怖いよね。

「八千代、僕なら大丈夫だから、もうやめてあげ──んぅっ」

 僕は慌てて駆け寄り、八千代の袖口を掴んで制止する。けれど、八千代はまだ言い足りないのか、腰を抱き寄せて大きな手で僕の口を塞ぐ。

「ガキうんぬんも全部ひっくるめて親から許可とってんだよ。俺らの親全部回って、結人コイツが自分で説得して認めさせた。ンな事、生半可な覚悟でできると思うか。なんも知らねぇやつが口出してんじゃねぇぞ。また俺らの前に顔見せてみろ、二度と外出れねぇ顔にすっからな」

「ミアちゃん、八千代が警告で留まってるうちに帰りなさい。アナタじゃ八千代の相手は無理よ。って小さい頃から何度も言ったでしょ。まったく、本当に諦めが悪いんだから····」

「だって····だってぇ····、気づいたら好きだったんだもん。パパが絶対に結婚できるようにするって言ったんだからぁ! ふぅっ··、やだぁ、諦めたくないよぉ····」

 緊張の糸が切れたように、ミアさんはわんわん泣き出してしまった。カフェでこんな騒ぎを起こして、もうずっと注目の的なんだけどな。
 いくら人が少ないとはいえ、ここまで騒いじゃそろそろ本当にいたたまれない。これ以上話すのなら、せめて場所を変えたいな。

 そう伝えると、八千代が『もう話す事はねぇ』と言って強制終了させた。そして、引き留める間もなく、僕の手を引いてその場を去ろうとする。
 漸く終わったのかと呆れながら立った啓吾に、ミアさんを落ち着かせたら送ると桜華さんが言ってくれた。なので、僕たちは漸く我が家を目指
せる。


 車に乗り込むと、啓吾がワクワクした声でアレについて聞く。 

「なーなー、さっき言ってた施設ってさぁ、もしかしてアジト的な?」

 どうやら、啓吾と僕の頭の中はリンクしていたらしい。

「アホか。外国人の就労支援施設だわ。寮付きでそこそこの規模の作ったから金掛かったんだってよ。つっても、俺がガキん頃の話だからよく知らねけぇどな。ったく、俺ん家のイメージどうなってんだよ」

「秘密結社みたいな? あんまヤクザ感ねぇんだもん。それにさ、すげぇ金かかってんだったらバリアとかついてそうじゃん? 地球防衛軍みたいなさぁ」

「ふはっ····お前それマジで言ってんのかよ。アホすぎんだろ」

「夢あっていいじゃんかー。なー、結人♡ 結人もおんなじようなコト考えてたんだろ?」

「えっ、なんで分かるの?」

「あんな目ぇキラッキラさせてたら分かるわ。つぅか悪かったな。変なんに絡まれて」

 赤信号で止まると、八千代は僕の頭を撫でて言った。

「お前に嫌な思いさせちまったな····」

「ミアちゃんだっけ? アレ以外で結人に勝てそうなトコ思いつかなかったんじゃね? 結人圧勝じゃんね」

 啓吾はニカッと笑って言う。けど、八千代はしかめっ面のまま。

 ミアさんに責められたあの事を言っているのだろう。それはもう、すっごく傷を抉られたワケだから、心がギュッと締めつけられた。傷口に塩を塗り込まれるって、まさに言い得て妙だよ。
 それにはショックを受けたし、ミアさんの登場だけでも凄く驚いていた。けど、八千代が僕以外に靡かないところが見られて、少し嬉しくもあったんだ。まぁ、そんなの今更なんだけどね。
 そんな事を言うと、八千代はまた照れちゃいそうだから言わないでおこう。

「圧勝かは分からないよ。ミアさん、すっごく可愛かったし八千代にも食ってかかれたもんね。でも、八千代にはと思ったんだ。やっぱり、僕じゃないとね!」

 僕は、照れ隠しにドヤ顔をかましてやった。顔が熱くなるのは、どうしたって抑えられないが。だってこんなの、僕らしからぬ発言だ。
 八千代を元気づける為なのか、それとも自分に言い聞かせているのか。分からないけど、八千代は眉間を緩めた。ならば上々だ。

「おー、お前も言うようになったな。自信持ててんのは何よりだわ」

「もう、揶揄わないでよぉ」

 八千代がふわっと笑う。でも、ひとつだけ注意はしておかなくちゃ。

「八千代こそ、お家の関係で大変だね。ホントにビックリしたけど、八千代がちゃんと断ってくれたから僕は大丈夫だよ。それよりね··外であんな、よ··欲情って言ったり、えっ、えっちなキス····シちゃダメだよ?」

 驚いたのはミアさんだけじゃなかったはずだ。おそらく啓吾以外、あの場に居た全員が度肝を抜かれていただろう。

「んなら、今はセーフだな」

 八千代は、ずいっと身を乗り出してきてキスをする。さっきより優しくて浅い、僕の唇を味わう甘美なキスだ。
 キス自体は優しいのだけれど、どうして皆一様に、ガッシリ後頭部を持ってグッと引き寄せるのだろう。そのうち、僕の頭がもぎ取られそうで怖いや。
 て言うか、全然反省してないじゃないか。まぁ、何度言っても無駄なんだろうけどさ。正直、もう諦めてる自分がいる。


 家に帰ると、りっくんと朔がとても心配していた。何故、誰も連絡がつかないのかと、夕飯を作りながらしこたま叱られた。
 僕たちは事情を説明し、事なきを得た····ように思われたが、それにしたって連絡はしろと言われた。ご尤もです。

 待ちに待った夕飯をたらふく食べ、僕は桜華さんに今日のお礼の連絡をする。長々とメッセージを打ち込んでいたら、今日の洗浄担当である啓吾が待ちくたびれて代わりに入力しれくれた。
 打ち込みながら『可愛いなぁ』とか『良い子かよ』って、ツッコむのはやめてほしいんだけどな。

 あの後、ミアさんを宥めてお家に送ってくれた桜華さんは、待ち構えていたばぁやさんに『お嬢様は必ず八千代様の嫁となります』と言われたらしい。桜華さんはそれに対し『八千代はもう既婚者だから無理よ』と言ったらしい。
 と、八千代が僕にだけこっそり教えてくれた。“既婚者”だなんて凄く照れるんだけど、八千代は平然としている。僕一人浮かれちゃって恥ずかしいな。

 メッセージを送ると、待ちかねた啓吾が僕を担いでお風呂へ向かう。そして、手際よく洗浄を済ませりっくんを呼ぶ。

「ゆいぴはまず、毎日ちゃんと充電しようね。スマホは勿論だけど、こっちも♡」

 僕をベッドに降ろすと覆い被さり、変態じみた事を言うりっくん。とはキスの事。今日一日、あまり触れ合えていなかったから、寂しがりな僕の充電をシてくれるらしい。
 あとは、そう、僕に連絡がつかなかったのは、スマホの充電が切れていたからなのだ。あまり使わないものだから、時々やらかしては怒られる。
 こんな僕だから、皆にあまり強く注意できないのだ。

「場野と啓吾が居るからって、油断すんのは良くねぇな。もし迷子になったらどうすんだ」

 朔が僕の手を持って、指輪にキスをしながら言う。もう、迷子になんてならないもん。

「アホか、迷子にさせっかよ。今日も手ぇ離してねぇわ」

「レジでもちゃんと俺と手ぇ繋いでたもんなー?」

 ご機嫌に『なー?』じゃないよ。2人とも絶対に手を離してくれないから、ずっと周りから見られてたんだ。試食コーナーのおばさんに『仲良しねぇ』って言われて、すっごく恥ずかしかったんだから。

「ちゃんと皆について行くから大丈夫なのに····」

「あぁ、結人未だにめっちゃ照れるもんね、外で手ぇ繋ぐの。慣れねぇ? 嫌?」

「嫌じゃないよ! けど、やっぱり恥ずかしいなって····」

「なら、少しでも人目軽減できるようにしようか」

 と、朔が提案したそれは、僕を悄然しょうぜんとさせ、同時に皆を歓喜させた。

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