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3章 希う大学生編
引越し
しおりを挟む明日から、待ちに待った3連休。明日、僕たちは遂に新居へ引越す。だから今日は、生まれ育ったこの家で母さん達と過ごす最後の日。
落ち着かないくらいワクワクしているけれど、寂しくないわけじゃない。それに、僕たちだけの新しい生活が、楽しみばかりではないのも事実。なんとも言い難い心境だ。瞳が潤んでいるのは、そんなやり処のない感情の所為だもん。
けど、引越すからと言って特に何かをするわけでもなく、いつも通り過ごすだけ。それでいいんだ。
何かをしてしまうと、余計に寂しくなってしまいそうだから。
「結人、荷物は纏まったのかい?」
「うん。小物と服くらいだからね」
「家具は全部、場野くんと瀬古くんのご両親が新しいのを準備してくださったんでしょ? ねぇ····私達、本当に何もしなくていいの?」
家具を置いていけと言われた理由を、母さん達に話したら泣かれた。その翌日、感謝の気持ち伝えたいと言って母さんが皆を呼び出し、ついでに引越しの前祝いを済ませてしまったのだ。
「いいんだって。それより、今度遊びに来てほしいって言ってたよ」
「それは嬉しいけど····。その前に、皆のご家族に挨拶しなくていいの?」
「それね、引っ越したらお祝いにパーティするんだって。それぞれの家族を呼んで、屋上でバーベキューするって言ってたよ」
顔合わせと言うやつだ。両家ではなく全家のだが。
「まぁ、そう言うのは早く言いなさいよ。心の準備が要るんだから。····えー··ねぇ、もうバーベキューには寒いんじゃないかしら?」
「だよね。僕もそう言ったんだけど、あったかい格好したら大丈夫だって啓吾が言ってさ。たぶん、ただバーベキューがしたいだけだと思うんだけどね」
「うふふ、啓吾くんらしいわね。それじゃ、あったかい格好して行かなくちゃね」
「うん。また詳細が決まったら連絡するね」
あっという間に終わった荷造りと普段通りのほのぼのさに、引越す実感が湧かないまま夜を迎えた。
夕飯は、僕の好きな唐揚げとハンバーグ、それから甘めの卵焼き。父さんも母さんも、人並みにしか食べない。僕が居なければ、こんなに沢山作る事はなくなるのだろう。
節々に見える変化を、あえて言葉にすることはない。いや、できないのだ。だからだろうか。母さんは、にこやかに見送ってくれようとしているけれど、やはり寂しそうに見える。
きっと、あの挨拶から今日まで、日に日に覚悟をしてくれたのだろう。それを思うと胸が苦しくなる。
夕飯を終えて、新居が凄すぎるって話を聞いてもらった。2人とも、想像よりも凄くてポカンとしている。実際に見たら、もっと目が丸くなるだろう。
寝坊したら大変だからと、日付が変わる前に自室に戻された。少し遅くなったけど、皆におやすみを言う為グループ通話をする。
皆、僕がちゃんと今日一日を後悔のないよう過ごせたか、まずそれを気にかけてくれた。本当に優しいんだから。大丈夫だと伝えると、ホッと胸を撫で下ろしてくれた。
そしてここでも、寝坊しないように僕と啓吾は特に早く寝ろと言われた。だから、ろくに話もせず『おやすみ』と言って切った。
寂しいけれど、明日からは直接顔を見て言えるんだ。そう思うと、胸が高鳴って眠れない。
明日は、八千代が車で迎えに来てくれる。荷物は引越し業者に預けるから、その前に来て一緒に居てくれると言っていた。それくらい、僕一人でも大丈夫だと言ったのだけど、かなりの圧で押し切られてしまった。まったく、心配性が過ぎるんだから。
おかげで、八千代の分の荷物まで任された啓吾が、ずっとぶつくさ言っていて大変だった。車を持っているのが八千代だけなのだから、仕方ないと説得するのに骨が折れたのだ。
結局みんな、それぞれが僕を迎えに行くと言い張って、車を貸せだとかめちゃくちゃ言ってたもんね。今更だけど、本当に過保護過ぎるよ。僕、こんな調子で大丈夫かな····。
翌朝、予定時刻ぴったりに八千代が到着した。母さん達に丁寧な挨拶を済ませると、暫く来ないから来納めだと言って部屋で業者を待つことに。
来るまで勿論、イチャつかないわけがない。僕を蕩けさせないように、擽ったい触れ方をしてくる。キスも啄む程度で、目が合うと『ふっ』と笑い合う。お互い、昂っている気持ちを誤魔化すように。
これまた予定時刻丁度に引越し屋さんが来て、たった数個のダンボールを預ける。引越し業者さんには、1件あたりの荷物が少なすぎるから、全員の家を回って回収してもらうらしい。
回収が終わったら新居に集まる。という事で、僕と八千代は一足先に新居へ向かう。けど、その前に父さん達への挨拶だ。
「父さん、母さん····。えっと、なんか挨拶なんてしたら、もう会わないみたいな感じがして嫌なんだけどね······」
「うん、分かってるわよ。大丈夫。私達も、ちゃんと心の準備してきたんだから」
「うん····、うん。今までありがとう。皆に幸せにしてもらって、僕も皆を幸せにしてくる! 」
「頑張ってらっしゃい」
「場野くん、結人を頼みます」
2人は、八千代に深々と頭を下げた。八千代は困惑した顔で、けれど堂々としていて凛々しい。
「結人を悲しませるような事はしません。生涯守り抜きます。お義父さんとお義母さんに安心しててもらえるよう、俺らは全力を尽くします」
2人は顔を上げ、八千代を見て関心したように声を漏らす。
「場野くんが言うと、凄く安心しちゃうのよねぇ。頼もしいわ」
「そうだね。やっぱり、今でも結人と同い年には見えないものねぇ」
「失礼だなぁ。僕だって、皆に負けないようにしっかりしてきてるつもりなんだけどなぁ」
「そうだな。結人も頑張ってんよな。2年前に比べりゃ、すげぇ強くなったわ」
八千代は、僕の頭をポンポンしながら言った。少し子供扱いされているような気がしないでもないが、褒められているのだと素直に受け取ろう。
「でしょ!だからね、そんなに心配しなくて大丈夫だよ。僕、昔みたいにヘタレじゃないからね」
僕がふんぞり返って言うと、2人は笑ってくれた。そして、母さんが『そろそろ行きなさい』と言って、名残惜しい時間を終わらせる。
「いってらっしゃい」
笑顔で贈られたその言葉に、わっと込み上げたものを押し殺して返す。
「いってきます」
涙を見せず車に乗り込む。発進直後、八千代に『泣いてもいいんだぞ』と言われ、堪えていた涙が溢れた。
敷地内の広い駐車場に停めると、八千代は僕の涙を吸って泣き止ませてくれた。『いつまで泣いてんだよ』と呆れた顔で言うけれど、触れる手も唇も凄く優しい。
僕はその優しさに絆され、ようやく気持ちがしゃんとした。
車を降り、僕はある事に気づいた。あのまま引越し屋さんについて回って、皆を迎えに行けば良かったのではないか。そうしたら、わざわざ凜人さんに車で皆を回収してもらう手間を掛けずに済んだはずだ。
それを八千代に言うと、『気づかなかったんかよ』と半笑いで言われてしまった。どうやら、僕と2人きりになる為に、あえて迎えに行かなかったらしい。
ドアの前に立つと、八千代に鍵を渡された。
「んぇ? なに?」
「お前が開けろ。俺と朔からの贈りもんだからな」
果たして、これを贈り物と呼んでいいのだろうか。
しかし、だとしたら朔が居ないのに良いのかな。けど、ここで待つのも····。少し悩んだが、僕は鍵を差し込んだ。ガシャンと鳴った重みに、少し手が震える。
ゆっくりと大きな扉を開き、緊張しながら1歩踏み入れた。完成直後に来た時よりは、新築らしい匂いが薄れている。元々、中庭に植えられた木々と廊下に沢山置かれた観葉植物の香りが強かったから、さほど気にならなかったが。
僕の部屋に行くと、家具が運び込まれお洒落にレイアウトされていた。けど、やはりどう頑張ってもオタク部屋だ。まぁどうせ、ここで寝ることなんて殆どないだろうから、趣味部屋にしたって問題はない。
八千代の部屋も見せてもらった。シックで大人っぽい。八千代の家もこんな感じだったけど、ひとつひとつの家具の高級感が上がっていて、豪邸の部屋らしさを感じる。
「僕もこういう部屋に憧れるんだけどな····」
「あー····お前の部屋、趣味に振り切ったもんな。けどまぁ、どの部屋も半分お前の部屋みてぇなもんだろ」
そう言って、僕を抱き上げると新品のベッドに寝かせた。見つめ合うだけで、高鳴る鼓動が静かに響く。
えっちはしない。さっきできなかった、擽ったくないイチャイチャをするだけ。時間が来るまで、ほんの少しだけ。
僕に覆い被さった八千代から、熱烈なキスを受ける。段々と絡める舌が激しさを増し、キスだけで軽イキを繰り返す。
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