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3章 希う大学生編

いよいよ····

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 皆の心の内を聞いて、真尋は大きな溜め息を吐いた。恐る恐る、クッションから目だけ覗かせる。
 バチッと目が合った真尋は、一瞬微笑んでから立ち上がった。

「そんじゃ、俺はシャワー浴びたら帰るよ。恋人ごっこもこれで終わりだね」

「え、真尋····」

 真尋の言葉が胸に刺さった。
 自分勝手にも程があると、自覚はしている。けれど、心を痛めずにはいられなかった。誰よりも傷ついているのは、他でもない真尋なのに。

「大丈夫だよ、結にぃ。俺、ちゃんと結にぃのことオトすから。でも、それは今じゃないんだよ··ね。だからさ、楽しみに待っててよ」

 パチンとウインクを飛ばし、また僕をドキドキさせる。少しは自分の顔の良さを理解してほしい。いや、した上でワザとしているのか。タチが悪いな····。

「真尋のばか。そんなの、楽しみに待てるわけないでしょ」

「あはは。今くらいさ、嘘でも『うん』って言ってよ。ホント、結にぃは真面目だなぁ。そういうトコも好きなんだけどね~」

 強がりなのか、真尋はいつものように軽口をたたく。そして、笑顔を崩さないままシャワーを浴びに行った。

 この隙に僕は、改めて皆に深く詫びる。
 
「あのね、皆····ホントにごめんね。僕、優柔不断過ぎて····」

 僕がまた俯くと、八千代から軽いデコピンをくらった。

「いてっ」

「バーカ。お前が好きなんは誰だよ」

「····み、皆だよぉ」

 また涙が溢れる。両手でおデコを押さえたまま、幼児のようにえぐえぐ泣いてしまった。

「んっとにしょうがないなぁ~」

 そう言って、啓吾が抱き締めてくれる。そして、ぽんぽんと背中を叩き、静かに話し始めた。

「俺ら正直ねぇ、結人が真尋にオチんじゃないかって心配してたんだ。信じてなかったわけじゃないんだけど、ごめんな」

 僕は何も言葉を返せないまま、啓吾の胸に顔を押しつけた。

「結人さ、イケメン超好きじゃん? それなのに真尋に対してはベースが“好き”だからさ、恋愛と勘違いしてもしょうがないかなって思ってたんだよね」

 僕のこれまでを思い返せば、何ら不思議ではない憂慮だ。反論の余地などない。

「でもさ、結人すげぇね。ちゃんと俺ら選んでくれたじゃん。あんだけ真尋に甘々だったのに、ちゃんと決心してくれたじゃん。俺ら、すっげぇ嬉しかったかんね」

 啓吾が、僕を強く抱き締める。僕は、クッションを手放し啓吾を抱き返す。この安心感や多幸感は、皆だけが僕にくれる特別なものだ。今の真尋には、到底与えてもらえない。
 それを肌で感じ、僕は皆を選ぶ事ができたのだろう。ただ本能に従っただけで、褒められるような事はしていない。強いて言うなら、それほどまでに皆を想っている事だけは、両手放しで安心してもらいたい。
 僕が自信を持って言えるのは、それくらいのものだ。

 こんな大事な話の最中なのに、僕は限界が来て眠ってしまった。啓吾の腕の中が、あまりにも心地良かったんだもの。真尋が戻るまで、ほんの少しだけ····。

 シャワーから戻った真尋は、皆に促されて一緒に朝食を食べた。そして、『これからは、いーっぱい会いに行くからね』と言って、玄関が閉まる間際まで僕を見ながら、ヒラヒラと手を振って帰ってしまった。
 皆、真尋の強さには感服している。たとえそれが強がりだったとしても、好きな人に弱さを見せない優しさが、真尋にはちゃんとあるのだもの。


 毎度の事ながら、真尋が関わると嵐みたいに騒々しく、ザワザワした時間が過ぎる。そして、この静けさだ。一気に疲れが出る。

「皆、ホントに色々とごめんね。“お騒がせしました”って感じだよ····」

「アイツはいつも台風みたいだな。俺らの事ひっ掻き回してやりたい放題やって、満足したら颯爽と去っていくのが恒例行事みたいになってきてるぞ」

「昔からずっとあんな感じなんだけどね。ホント··だから疲れるんだよ」

「“保護者”も大変だな。俺ら下が居ねぇからわかんねぇけどよ」

「俺らは別に、ねぇ。ゆいぴが狙われんのは慣れっこだしさ。まぁ、今回は相手が面倒だっただけで。真尋が関わって1番大変だったのは、結局ゆいぴだよね」

「だなぁ。気疲れだけじゃねぇもんな、ははっ。けど、こんで一旦は落着って感じじゃん? ちょっと落ち着いたらいいね。····ところでさ、“当て掘り”どうだった?」

 啓吾がキラキラと瞳を輝かせて聞く。どうもこうもないんだけどな。グイグイ迫ってくるから、啓吾の胸を押し返して答える。

「よ、良かった····」

 顔が熱い。耳までぽっぽしている。皆の顔を見ると、断片的だけど色々思い出して恥ずかしいんだ。
 それ自体は以前、八千代に少しだけされた事があった気がするけど、その比ではなかった。それに“あてぼり”って、結局何をされてたのかよく分からないままだ。

「けどね、誰が1番良かったかは聞かないでね。あのね、えっと····皆··1番··だから」

 俯いて言うと、啓吾にクッと顎を持ち上げられた。からの、濃厚な甘いキス。
 熱く柔らかい舌を、ゆっくりと絡め合う。僕の疲弊した心を、癒し溶かしていくように。


「そんじゃ、やるか」

 キスを終えた啓吾は、蕩けている僕に笑顔を向けた。にんまりと、待ってましたと言わんばかりの顔だ。りっくんがそそくさと準備をしに行く。

 と言うのも今日、本当はアレを真尋に見せつける予定だったのだ。予想外のお泊まりには驚いたけどね。


 耳朶がキンとして、とっくに感覚がない。

「まままま待って····待って、やっぱり怖い····」

「ンならやめるか?」

「うぅっ····そ、それもやだ····」

(皆に貰ったやつ、早く着けたいんだもん····)

「だったらさ、こうしときゃいいだろ」

 啓吾が僕を膝に乗せ、音を立てながら左の耳を舐め回す。ジュジュッと吸ったり、ぴちゃぴちゃ舐めたり、音が脳に響いてイキそうだ。

「んぁっ··ンッ、やぁ··ひぅっ····」

「アホか。ンなビクビク跳ねさしたら危ねぇだろ。ジッとさせながら気ぃ逸らしてろ」

「お前がタイミングみて空けりゃいいだろ~」

「危ねぇつってんだろ。ズレたらどうすんだよ」

「えぇ~、結人跳ねさせないでっての難しい~··」

 僕が頑張って大人しくしてれば済むんだよね。一瞬なんだよね。僕が言い出したんだから、頑張らなくちゃ。

「八千代····僕、頑張る。から····早めに空けてね?」

「ン゙ッ····」

 八千代の手が一瞬揺らぐ。何か、マズい事を言ってしまったのだろうか。

「普通に優しくキスしててやったらいんじゃないか?」

 朔の提案は、啓吾が目を丸くするほど寝耳に水だった。

「そう··だよ。ビクビクするくらい感じさせるから跳ねるんじゃん。おっし! いい感じに感じさせててやっから、場野はその隙にやれよ」

 結局、感じさせられるんだ。跳ねないように気をつけなきゃ。

「結人、甘ぁいキスで右耳そっちに集中できねぇようにしてやっからな」

 そう言って、僕の頬を抱え甘いキスを始めた啓吾。いよいよ来るのかと緊張して、その手を握り返す。

「お前、マジでアホすぎんだろ。手ぇ邪魔だわ」

「ふはっ、ごめーん」

 何故だかご機嫌の啓吾に、苛々がピークを迎える八千代。啓吾が手を退けて、今度こそ穴を空けるんだ。
 僕は、キュッと目を瞑った。耳元でカシャンッとピアッサーの音が鳴る。痛みはいつくるのだろうか····。

「ほら、空いたぞ」

 それはあまりにも一瞬で、怖がっていたのがバカらしくなるくらい呆気なかった。
 僕は耳にそっと指を当て、本当にピアスが着いたことを確かめる。ヒヤッと冷たい、金属が僕の耳朶に在る。本当に空いたんだ。
 僕の新しいそれに、ワクワクと擽ったさが胸に入り乱れる。そして何よりも、満足そうな八千代の顔が目に飛び込んできたのが嬉しい。

「えへへ。ホントに空いてる····。ピアスだぁ····。ね、全然痛くなかったよ!」

 皆は、僕を優しい笑顔で見つめてくれた。啓吾は頬にキスして、『可愛いなぁ』と連呼している。

「だから大丈夫だって言ったでしょ? 俺、ゆいぴに嘘つかないよ。よし、じゃぁ次俺ね。あ、ちょっと休憩する?」

 ウキウキしながらピアッサーを手にするりっくん。ハッとして僕を気遣ってくれる。わたわたと忙しそうで、なんだか可愛いなぁ。

「ううん、大丈夫だよ。僕、もうジッとできるからね! あ、でも····できるだけ早くしてね? やっぱりまだちょっと、怖いから····」
 
 僕は目を瞑り、握った拳を啓吾の胸に添えて左耳を差し出す。すると、りっくんは鼻を覆って倒れ込んだ。
 曰く、僕が涙目で見上げて可愛くお願いしたから鼻血が出そうだったのだとか。不安すぎて、もう任せられないんだけど。困ったなぁ····。

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