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2章 覚悟の高3編
繋ぐ想い
しおりを挟む今日は、待ちに待っていたような待っていなかったような、複雑な気分で迎えた体育祭の日です。
僕は、今年も極力競技には出ないで、皆のカッコイイ姿を眺めている予定でした。今年は何事もなく、無事に終わればいいな。くらいの、甘っちょろい考えでいたのです。
けれど、避けられない競技という物ができました。トリの、3年生クラス対抗男女別リレー。これだけは、どうしても出場しなければなりません。本音を言うと、欠席してしまいたいくらい嫌です。
けど、皆のカッコイイ姿を見られないのはもっと嫌なので、意を決して登校してきました。
啓吾とりっくんが、半ば強引に引っ張って来ただけなんだけどね。
僕は、今年もムカデ競走にしか出場しないつもりだった。なのに、今年も体育祭実行委員を務めている啓吾が、こんなロクでもない競技を提案したのだ。
僕は啓吾に、なんて事をしてくれたんだと文句を言ってやった。全く気にしてなかったみたいだけど。
やると決まってしまったものは仕方ない。だが、僕は持久力がなければ走るのも遅い。なんとかして、皆の足でまといにだけはならないようにしなくちゃ。
なんて思っていたら、走順を決めて少し気が楽になった。なぜかって? 朔からバトンを受け取って、それを八千代に繋ぐのだ。心強いったらない。
それに今年は、去年みたいにくだらない勝負などしないらしい。純粋にカッコイイ所を見せるんだと意気込んでいた。
僕は、落ち着いてみんなの雄姿を眺めていられそうだ。
僕の彼氏が皆、校内トップクラスのイケメンである事は言わずもがな。そんな皆の雄姿を見られるとあって、女子たちは食い入るように競技を見ている。これは僕の直感だが、僕の存在を知ってなお、まだ皆を狙っている女子も居るようだ。
僕は目立たないように、小さく座って皆を眺める。体操服の中に隠したネックレスを握り締め、胸のモヤモヤをどうにか鎮めながら。
皆の出る競技が始まると、一際女子が盛り上がる。女子の歓声に紛れ、僕の応援など届いていないだろう。
そう思っていたけれど、皆は僕を見つけるとワンアクションしてくれる。愛しい。皆が視線で、『お前のだから安心しろ』って言ってくれているみたいだ。
今年も出ずっぱりの皆だが、交代で僕の傍についてくれている。おかげで何も問題は起きていない。
そこは、啓吾が出場順を考えてくれたらしい。無駄に委員をやっているワケじゃなかったんだね。
そうしていよいよ、本日のメインイベントが始まる。クラス対抗リレーは女子が終わって大トリ、男子の番だ。
皆の恋人として、格好悪い所だけは見せたくない。こうなった以上、持てる力は出し切らないと。
第1走には、冬真が居た。啓吾にバトンを繋ぐらしい。冬真の足の速さは、僕を抱えて走ったアレしか知らない。
うちのクラスからは猪瀬くんが、冬真の隣で軽く準備運動をしている。2人は関係がバレていない所為か、走る前から凄い歓声が上がっている。流石、遊び人とサッカー部キャプテンだ。
さぁ、いよいよリレーが始まる。ピストルが煙を上げ、各クラス一斉にスタートした。走り出しが良かったのは冬真だ。他のクラスと差を広げてゆく。
しかし、それを追い掛ける猪瀬くん。徐々に差は縮まり、抜くか抜かないかという所で次の走者へバトンが渡った。
冬真からバトンを引き継いだ啓吾は、2位に落ちながらもカッコ良く走り切った。カッコイイと可愛いが入り乱れる、一生懸命な啓吾を見ているとニヤけてしまう。後の3人は、こんなに余裕を持って見る事はできないだろうから····。
ちなみに、第1走とアンカーだけは、トラックを1周する。僕ならきっと、全力疾走でなんて走りきる事すらできないだろう。そして、アンカーには八千代とりっくんが居る。
聞けば、りっくんはクラスでトップクラスの速さらしい。うちのクラスだと、本気で走れば八千代と朔が猪瀬くんよりも早いらしい。だから、2人で僕を挟む事になったのだ。
順位は変わらず、2位が追い上げてきた所でバトンが朔に渡る。朔に、バトンゾーンの端、行ける所ギリギリまで行って待っているように言われていた。なので、僕はそこに棒立ちで朔を待つ。
朔は、2位との差をぐんぐん広げて走ってくる。僕がビビらないように穏やかな表情で目を合わせ、受け取りやすいようにそっと渡してくれた。
バトンを落とさずに受け取り、僕は八千代を目指して全力で走る。
もう少しで辿り着く。そう思った瞬間、八千代がほんの少しだけリードした。ただの助走なのだろうが、その数十センチを恐ろしく遠く感じた。
「ひゃ、八千代····行かないれぇっ」
僕がゼェゼェしながら言うと、戻ってバトンを取りに来てくれた。若干ゾーンから出た気もするけれど、どうでもいいや。
「ん、頑張ったな」
と、八千代は微笑みを見せて走り出す。頭を撫でられるのかと思った。弾けそうな心臓に、妄想の中でトドメをくらった気分だ。
なんて馬鹿なことを言っている場合ではない。申し訳ない事に、僕の所為で2位との差がほぼなくなっている。八千代にバトンを繋いだ直後に、りっくんもバトンを受け取って走り出した。
りっくんが走り出す直前、『ゆいぴから貰いたかった!』と歯を食いしばって言ったのが聞こえた。りっくんにバトンを渡した人は、呆気にとられたようで複雑な顔をしている。
僕はコースから外れると、その場に倒れそうな勢いでへたり込む。僕史上、こんなに全力で走ったのは初めてかもしれない。
僕が動けずにいると、朔と啓吾が来て背中を支えてくれた。
「結人、よく頑張ったな」
「めっちゃ息きれてんじゃん。大丈夫か? 今水飲ましてあげらんないよ」
「大丈夫らよ、啓吾はおバカらねぇ····。ねぇ、僕····抜かれなかったよ」
「あぁ、凄いな。ちゃんと見てたぞ」
「走ってる結人、めっちゃ可愛かったぁ~」
2人は僕の頭を撫でて言った。安心して、ついつい顔が緩む。
しかし、順位を落とさなかったことに安堵している場合ではない。八千代とりっくんの戦いを見なければ。
八千代は速度を上げていくが、りっくんがそれに食らいつく。かなり距離が縮まった。だが、あと数メートル届かない。
2人が全力で走っているのなんて、僕以外の人は初めて見るだろう。女子がえらい事になっている。
りっくんに抜かれる事なく、八千代はゴールテープを切った。ほんの数秒後にりっくんもゴール。拍手と歓声が止まない中、八千代が僕のほうへ歩み寄ってくる。
「え、なに? 八千代が来るんだけど」
「「さぁ?」」
朔と啓吾は何も知らないらしい。汗だくで息を切らせた、色気ムンムンの八千代が迫ってくる。
どうしよう。そんな顔で近付かれたら、雌スイッチが入ってしまいそうだ。
「や、八千代? どうしたの?」
「ふぅー····」
髪を掻き上げ、僕の脇を持って抱き上げた。
「んわぁっ!? なっ、なに?」
「お前、よく頑張ったな。お前が抜かれてたら負けてたわ」
全校生徒の前だぞ!? 先生達だって見てるんだ。女子からは悲鳴に近い喚声が上がっている。
「朔がいっぱい差を広げてくれてたからだよ。て言うか八千代、下ろして。早く」
「あぁ、わりぃ。なんかすげぇ興奮したわ。結人が抜かれなかったのに、俺が抜かれるわけにゃいかねぇと思ってよ。相手莉久だしな。ふはっ、体育祭も悪くねぇな」
「んへへっ。そうだね」
僕だって、体育祭がこんなに楽しいとは思わなかった。最後の体育祭が、こんなに良い思い出になるなんて幸せすぎるよ。
何事もなく、楽しく終えた体育祭。しかし、問題児が1人いた。りっくんだ。ずっとヘコんでいるりっくんを、皆がウザがり始めている。
リレーで八千代を抜けなかったのが、相当悔しかったらしい。分からなくもないが、この2人は事ある毎にライバル視し合うから厄介だ。
けれど、りっくんにも笑顔で終えてほしいものね。ここは、僕が一肌脱いでみよう。
「りっくん、走ってるの凄くカッコ良かったよ。僕ねぇ、りっくんの真剣な顔見て惚れ直しちゃった」
「ゆいぴ····。でも俺、場野に勝ってさ、俺がゆいぴ抱き上げに行きたかったんだもん。負けたらできないじゃん。ていうか、俺もゆいぴからバトン貰いたかった····」
そっちだったのか。それはどうしようもない。
「ぁんで違うクラスのお前が結人抱き上げんだよ。意味わかんねぇだろ。アホか」
八千代の言う通りだ。だけど、3年間同じクラスを望み続けて、念願叶わなかったりっくんの気持ちも蔑ろにできない。
「同じクラスで楽しめない行事もあったけどさ、逆にね? 頑張ってるりっくんのこと遠目から見れたし、僕は幸せだったよ」
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皆がキャーキャー言われているのを横目に、僕は優越感に浸っていた。僕は、なんて嫌な奴なんだ····。
「ねぇ、なんで急に結人までしょぼんしてんの?」
啓吾に言われて、僕の中にあった嫌な所を打ち明けた。すると皆は、ニヤつきながら僕の頭を撫で回す。
「そんなん普通だろ? 俺ら結人のなんだからさ。そんでいいんだよ」
「そうだぞ。むしろ、結人がそんな風に思えるようになったのが嬉しいな」
「だな。変なとこ引っ込み思案っつぅか、遠慮みたいなんしてたもんな。すげぇ進捗だわ」
僕の嫌な所は、皆にとって嬉しい成長だったようだ。それを聞いて、少しだけ心が軽くなった。
そして、妙に大人しかったりっくんが僕の頬に手を添え、腰を抱き寄せ耳元で強請ってくる。
まだ校内だし、ちらほら人も居るんだぞ。だけど、この体勢に持ち込まれて拒めるほど、僕の心は強くない。
「ゆいぴ····。俺さ、俺らのコト大好きなゆいぴにやってほしい事があるんだけど····」
甘いお強請りに負けて、くっだらない願いを聞き入れてしまった。その為に僕は仕方なく、打ち上げ会場にりっくんと啓吾を連れて行く。クラス、違うんだけどなぁ····。
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