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2章 覚悟の高3編

冬真の決心

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 買い出しのついでに話を聞きたいと言って、冬真はりっくんを連れ出した。そして、戻るなり『お試しやめてちゃんと付き合おっか』と言い出したのだ。

「えと、なんで急に? まだお試し期間も終わってないよ?」

 猪瀬くんが当然の疑問をぶつける。
 どうやら、りっくんと猪瀬くんの性質が似ているからと、愛の重さについて意見を聞いていたらしい。それにしたって、何を聞いたら突然付き合う気になるんだか····。

「鬼頭に色々聞いてさ、駿となら大丈夫かな~って思ったんだよ」

 りっくんが手をあぐねいている隙に、僕が八千代に手を出された事や、想いが返ってくる事の良さ、積年の片想いがどれほど濃厚で重いかを聞いたらしい。それを聞いて、冬真は猪瀬くんと向き合いたくなったと言うのだ。
 なぜそうなるのか、僕には理解できない。それに、猪瀬くんがりっくんと同等に、重くてイカれているとは限らないのに。
 1つ分かったのは、冬真が尋常ではないくらい愛されたがり屋だって事くらいだ。
 
「なんか、それでいいのかなって思うところはあるけど····。冬真がそれでいいなら付き合えばいいんじゃないかな?」

「マジで予想外だわ····。俺、鬼頭みたいにまっすぐ愛情ぶつけれるかわかんないよ?」

「今まで拗らせてた分、したいなって思う事ぜーんぶ神谷にぶつけりゃいいんだよ」

「えー····。そんな事して大丈夫かな····」

「大丈夫だって。こんだけ愛されたいつってんだから、変に回りくどい事しなくても全部受け止めてくれるでしょ。これからは堂々とさ、猪瀬が神谷を幸せにしてやりゃいいじゃん」

 りっくんは猪瀬くんを励ましているのか、冬真を脅しているのか分からない。けれど、冬真はドンと来いと言いたげに、猪瀬くんを見てニコニコしている。

「ねぇ、冬真は猪瀬くんのこと好きなの?」

「それは····たぶん。可愛いって思うようになったし、泣かせたいって思うし、大事にしてやりたいなって思うよ。何より、もっかい抱きたいって思ってる」

 冬真は指折り数える。なんだか不安だなぁ····。しかし、それを聞いた猪瀬くんは、顔を真っ赤にして俯いている。

 先日のデートではホテルこそ行かなかったものの、デートと呼ぶにはいささかお粗末なものだったらしい。
 それでも猪瀬くんは、冬真が自分の為に行動してくれるのが嬉しくて、プチパニックだったそうだ。そんな猪瀬くんを見ていて、冬真は可愛いと思ったのだと言う。
 なんだか、聞いているこちらが恥ずかしくなる。僕たちも、こんな風に思われているのだろうか。だとしたら、あまり惚気てばかりはいられないな。

 それよりも、今はどういう経緯であれ関係が進展した猪瀬くんに、心からの“おめでとう”を伝えたい。何故だか複雑な表情をしているが、とりあえず言ってしまおう。

「猪瀬くん、おめでと! 今度こそ、ホントに良かったねぇ」

「お、おぅ。ありがと。いや、マジで嬉しいけどさ、冬真さっき逆ナンされてなかった? チラッと見えただけなんだけど、紙受け取ってたっぽいし」

「えー、見えてたんだ~····」

 冬真が目を逸らした。さっきとはいつの事だろう。りっくんと買い出しに行っている時以外、冬真は僕と一緒に居たのだが。
 ······という事は、だ。

「ねぇ、りっくんも?」

「俺は受け取ってないよ。神谷も、受け取ったけどすぐに捨ててた」

 りっくんはそう言って、豪快に焼き鳥にかぶりつく。食べているだけなのに男らしくてカッコイイな。なんて、思わず見惚れている場合ではなかった。
 それを聞いて猪瀬くんは安心したのか、冬真に『よろしくお願いします』と頭を下げた。初々しいカップルの誕生だ。
 もうやる事はやってしまったけれど、などと無粋なことは言わないでおこう。


 休憩を終え、皆が海に繰り出す。僕はもう少し休むと言って、八千代と残ることにした。

 八千代が絶対に僕から離れないと宣言して数分。トイレへ行くにもついてくるのだから、心配性が過ぎると言ってやった。
 だって、僕たちの陣営から数メートルの所にあるトイレなのだ。流石に、1人でも大丈夫だと思う。
 けれど、絶対にダメだと言って八千代は同伴する。荷物番という役割りをわかっていないのだろうか。

 トイレから出る時の事。入れ違いに入ってきた、例のグループの1人と肩がぶつかった。当たり負けた僕は、よろめいて八千代に受け止めてもらう。お兄さんは腕を引いてくれた。本当に情けない。

「大丈夫か? チッ····」

 すかさず舌打ちをかまして相手を睨みつける。ガラが悪いったらありゃしない。

「さーせん。大丈夫すか?」

 金髪で肌が小麦色の爽やかなお兄さんは、ビールを片手に謝る。なかなかのイケメンだ。けれど、とってもお酒臭い。
 
「大丈夫です! 僕のほうこそ、ちゃんと前見てなくて····ごめんなさい」

「あれ? 男の子?」

 女だと思って腕を引いていたのか。失礼千万だ。

「おい、いつまで腕掴んでんだよ。チッ、酒くせぇな····。それ以上コイツに近づくな」

 八千代が、謝罪してくれているお兄さん相手に凄む。こっちはこっちで、凄く失礼じゃないか。

「あぁ~、ごめんごめん。····あっ、兄弟? 弟さん可愛いね~」

 これは流石にヘコむ。兄弟と間違われたのは初めてだ。

「あ゙ぁ゙?」

「え、なに? なんか気に障った? だったらごめんね~」

「んぇ、大丈夫です。こっちこそ態度悪くてごめんなさい。ほら八千代、そんなに凄まないの。落ち着いて?」

「チッ····」

 3度目の舌打ち。これは何に対しての苛立ちなのだろうか。

「行くぞ。来い」

 八千代は僕の腰を抱いて歩き始める。恋人だという事をアピールしているかの様に。

「ね、ねぇ! さっきの、あぁいうのダメだよ?」

「······ん。どっか痛くねぇか?」

 とても不機嫌そうだ。けれど、ぶつかった肩を撫でる優しい手にドキドキしてしまう。なんなら身体が火照ってきた気もする。

「大丈夫だよ。ね、荷物番なんだし早く戻ろうよ」

「おう」

 八千代を宥めるのも手馴れたものだ。これ以上荒ぶられても困るので、肩がちょっとだけ痛いのは黙っておこう。

 八千代は少し寝ると言って、迎えに来たりっくんに僕を引き渡した。早朝から僕に構っていて疲れたのだろう。
 この後、眠った八千代のお腹に、啓吾が日焼け止めで“あほ”って書いたのは内緒だ。後でこっぴどい仕打ちを受けるのだろうけれど、僕は助けてあげない。

 りっくんに連れられて浜辺に行くと、朔が2人の女の人に声を掛けられていた。何度見ても慣れる光景ではない。胃の辺りが熱くなってグツグツする感じだ。
 僕はりっくんを置いて、朔に向かって歩みを速める。そして、朔の腕に勢いよく抱きついて言い放つ。

「うぉっ、ゆい──」

「僕のだもん!」

「····ははっ。じゃ、そういう事なんで」

 機嫌を良くした朔は、僕を抱き上げて少し移動する。呆気にとられたお姉さん達を見て、僕は少し気分が良くなった。


「さっきのすげぇイイな。アレしてもらえんならナンパも悪くねぇ」

「バカな事言わないでよ····。····初詣の時に言ってたでしょ? あんな風に助けられたいって」

 めっぽうご機嫌な朔と波打ち際で砂遊びをしていると、ビーチボールが転がってきた。それを追いかけて、あのイケメンさんが走ってくる。さっき、トイレでぶつかった人だ。
 僕の隣にやってきたビーチボールを拾い、駆けてきたお兄さんに手渡す。

「あざーっす。あ、さっきの! さっきはマジでごめんね? 肩、大丈夫?」

 そう言いながら肩に触れる。優しく撫でるように触れられると、変な感じがして嫌だ。

「おいアンタ、人のモンに気安く触んな」
 
 朔が怒るのも無理はない。脅威の馴れ馴れしさだ。色々とすっ飛ばして怖い。しかし、朔も言葉には気をつけてほしい。

「この子、君のなの?」
 
「あ、えっと··なんれもないです。肩、大丈夫なんで。ホント、こっちこそごめんなさい。ちゃんと前見てなくて」

「いーよいーよ。大丈夫なら良かった。じゃーね!」

 爽やかに走り去っていく背中を見つめていると、朔が不機嫌そうに言葉を落とした。

「さっきって、なんかあったのか?」

 経緯を話すと安心したのか、朔は大きな手で目を覆ってため息を漏らした。そして、そのまま反対の手で僕の頭を優しく撫でる。

「はぁー······。またナンパとかされたのかと思った。····肩、本当に大丈夫なのか?」

 ここで、ようやく僕のほうを見てくれた。

「大丈夫らよ。それに、八千代が居るのにナンパなんてされないよぉ」

「そうか。それならいいけどな、我慢はするなよ。あとお前、ちょっと舌回ってねぇけど大丈夫か?」

「ん? ちゃんと喋れてるよ? えっとね····ホントはね、ちょっとだけ肩痛いんだ」

「見せろ」

 少し違和感がある程度で、それほど辛い痛みではない。けれど、心配性な朔は僕の肩を隈なくまさぐる。こうなるから言わなかったんだ。

「場野に言ってねぇのか」

「言ってない····。ちょっと違和感があるくらいらから、放っといたら治ると思って」

「けど、現状痛ぇんだろ? 」

「····ちょっとだけ」

「そういうのはちゃんと言わないとダメだろ。痛いのを我慢すんのは感心しねぇぞ」

 朔が、僕の頬に手を添えて言った。

「ん····。ごめんね?」

「あとお前、やっぱりちょっと変だぞ」

 朔曰く、僕はほろ酔い状態らしい。時々舌が回っていないのと、外なのに敏感過ぎるし目がえっちなんだとか。おそらく、お兄さんの酒気にアテられたのだろうと言っていた。
 朔は僕を抱えて陣に運ぶと、八千代と一緒に少し寝ろと言った。朔が隣で見張りをしていてくれると言うので、僕はそれに従う事にする。
 酔ってないんだけどなぁ····。


 大丈夫だと豪語しておきながら爆睡してしまい、目が覚めたのは3時頃だった。皆は帰り支度をしている。
 僕は、啓吾に促されてシャワーを浴びに行く。

「結人、気分悪くねぇ?」

「うん、大丈夫だよ。ずっと寝ててごめんね?」

「いいよ。俺も大変だったし」

 先に目を覚ました八千代は、子供じみた悪戯に気づくや否や、ジャイアントスイングで啓吾を海に放り投げたらしい。

「あはは。まぁ、自業自得だよね····って、啓吾? なんで一緒に入ってくるの?」

「え、一緒に浴びたらいいじゃん。ダメ?」

「ダメだよ····」

「ダメじゃねぇの。俺が洗ってやっからさ♡」

 僕の言葉なんて聞こえていないようで、啓吾はカーテンを閉めてしまった。

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