上 下
182 / 395
2章 覚悟の高3編

冬真の決心

しおりを挟む

 買い出しのついでに話を聞きたいと言って、冬真はりっくんを連れ出した。そして、戻るなり『お試しやめてちゃんと付き合おっか』と言い出したのだ。

「えと、なんで急に? まだお試し期間も終わってないよ?」

 猪瀬くんが当然の疑問をぶつける。
 どうやら、りっくんと猪瀬くんの性質が似ているからと、愛の重さについて意見を聞いていたらしい。それにしたって、何を聞いたら突然付き合う気になるんだか····。

「鬼頭に色々聞いてさ、駿となら大丈夫かな~って思ったんだよ」

 りっくんが手をあぐねいている隙に、僕が八千代に手を出された事や、想いが返ってくる事の良さ、積年の片想いがどれほど濃厚で重いかを聞いたらしい。それを聞いて、冬真は猪瀬くんと向き合いたくなったと言うのだ。
 なぜそうなるのか、僕には理解できない。それに、猪瀬くんがりっくんと同等に、重くてイカれているとは限らないのに。
 1つ分かったのは、冬真が尋常ではないくらい愛されたがり屋だって事くらいだ。
 
「なんか、それでいいのかなって思うところはあるけど····。冬真がそれでいいなら付き合えばいいんじゃないかな?」

「マジで予想外だわ····。俺、鬼頭みたいにまっすぐ愛情ぶつけれるかわかんないよ?」

「今まで拗らせてた分、したいなって思う事ぜーんぶ神谷にぶつけりゃいいんだよ」

「えー····。そんな事して大丈夫かな····」

「大丈夫だって。こんだけ愛されたいつってんだから、変に回りくどい事しなくても全部受け止めてくれるでしょ。これからは堂々とさ、猪瀬が神谷を幸せにしてやりゃいいじゃん」

 りっくんは猪瀬くんを励ましているのか、冬真を脅しているのか分からない。けれど、冬真はドンと来いと言いたげに、猪瀬くんを見てニコニコしている。

「ねぇ、冬真は猪瀬くんのこと好きなの?」

「それは····たぶん。可愛いって思うようになったし、泣かせたいって思うし、大事にしてやりたいなって思うよ。何より、もっかい抱きたいって思ってる」

 冬真は指折り数える。なんだか不安だなぁ····。しかし、それを聞いた猪瀬くんは、顔を真っ赤にして俯いている。

 先日のデートではホテルこそ行かなかったものの、デートと呼ぶにはいささかお粗末なものだったらしい。
 それでも猪瀬くんは、冬真が自分の為に行動してくれるのが嬉しくて、プチパニックだったそうだ。そんな猪瀬くんを見ていて、冬真は可愛いと思ったのだと言う。
 なんだか、聞いているこちらが恥ずかしくなる。僕たちも、こんな風に思われているのだろうか。だとしたら、あまり惚気てばかりはいられないな。

 それよりも、今はどういう経緯であれ関係が進展した猪瀬くんに、心からの“おめでとう”を伝えたい。何故だか複雑な表情をしているが、とりあえず言ってしまおう。

「猪瀬くん、おめでと! 今度こそ、ホントに良かったねぇ」

「お、おぅ。ありがと。いや、マジで嬉しいけどさ、冬真さっき逆ナンされてなかった? チラッと見えただけなんだけど、紙受け取ってたっぽいし」

「えー、見えてたんだ~····」

 冬真が目を逸らした。さっきとはいつの事だろう。りっくんと買い出しに行っている時以外、冬真は僕と一緒に居たのだが。
 ······という事は、だ。

「ねぇ、りっくんも?」

「俺は受け取ってないよ。神谷も、受け取ったけどすぐに捨ててた」

 りっくんはそう言って、豪快に焼き鳥にかぶりつく。食べているだけなのに男らしくてカッコイイな。なんて、思わず見惚れている場合ではなかった。
 それを聞いて猪瀬くんは安心したのか、冬真に『よろしくお願いします』と頭を下げた。初々しいカップルの誕生だ。
 もうやる事はやってしまったけれど、などと無粋なことは言わないでおこう。


 休憩を終え、皆が海に繰り出す。僕はもう少し休むと言って、八千代と残ることにした。

 八千代が絶対に僕から離れないと宣言して数分。トイレへ行くにもついてくるのだから、心配性が過ぎると言ってやった。
 だって、僕たちの陣営から数メートルの所にあるトイレなのだ。流石に、1人でも大丈夫だと思う。
 けれど、絶対にダメだと言って八千代は同伴する。荷物番という役割りをわかっていないのだろうか。

 トイレから出る時の事。入れ違いに入ってきた、例のグループの1人と肩がぶつかった。当たり負けた僕は、よろめいて八千代に受け止めてもらう。お兄さんは腕を引いてくれた。本当に情けない。

「大丈夫か? チッ····」

 すかさず舌打ちをかまして相手を睨みつける。ガラが悪いったらありゃしない。

「さーせん。大丈夫すか?」

 金髪で肌が小麦色の爽やかなお兄さんは、ビールを片手に謝る。なかなかのイケメンだ。けれど、とってもお酒臭い。
 
「大丈夫です! 僕のほうこそ、ちゃんと前見てなくて····ごめんなさい」

「あれ? 男の子?」

 女だと思って腕を引いていたのか。失礼千万だ。

「おい、いつまで腕掴んでんだよ。チッ、酒くせぇな····。それ以上コイツに近づくな」

 八千代が、謝罪してくれているお兄さん相手に凄む。こっちはこっちで、凄く失礼じゃないか。

「あぁ~、ごめんごめん。····あっ、兄弟? 弟さん可愛いね~」

 これは流石にヘコむ。兄弟と間違われたのは初めてだ。

「あ゙ぁ゙?」

「え、なに? なんか気に障った? だったらごめんね~」

「んぇ、大丈夫です。こっちこそ態度悪くてごめんなさい。ほら八千代、そんなに凄まないの。落ち着いて?」

「チッ····」

 3度目の舌打ち。これは何に対しての苛立ちなのだろうか。

「行くぞ。来い」

 八千代は僕の腰を抱いて歩き始める。恋人だという事をアピールしているかの様に。

「ね、ねぇ! さっきの、あぁいうのダメだよ?」

「······ん。どっか痛くねぇか?」

 とても不機嫌そうだ。けれど、ぶつかった肩を撫でる優しい手にドキドキしてしまう。なんなら身体が火照ってきた気もする。

「大丈夫だよ。ね、荷物番なんだし早く戻ろうよ」

「おう」

 八千代を宥めるのも手馴れたものだ。これ以上荒ぶられても困るので、肩がちょっとだけ痛いのは黙っておこう。

 八千代は少し寝ると言って、迎えに来たりっくんに僕を引き渡した。早朝から僕に構っていて疲れたのだろう。
 この後、眠った八千代のお腹に、啓吾が日焼け止めで“あほ”って書いたのは内緒だ。後でこっぴどい仕打ちを受けるのだろうけれど、僕は助けてあげない。

 りっくんに連れられて浜辺に行くと、朔が2人の女の人に声を掛けられていた。何度見ても慣れる光景ではない。胃の辺りが熱くなってグツグツする感じだ。
 僕はりっくんを置いて、朔に向かって歩みを速める。そして、朔の腕に勢いよく抱きついて言い放つ。

「うぉっ、ゆい──」

「僕のだもん!」

「····ははっ。じゃ、そういう事なんで」

 機嫌を良くした朔は、僕を抱き上げて少し移動する。呆気にとられたお姉さん達を見て、僕は少し気分が良くなった。


「さっきのすげぇイイな。アレしてもらえんならナンパも悪くねぇ」

「バカな事言わないでよ····。····初詣の時に言ってたでしょ? あんな風に助けられたいって」

 めっぽうご機嫌な朔と波打ち際で砂遊びをしていると、ビーチボールが転がってきた。それを追いかけて、あのイケメンさんが走ってくる。さっき、トイレでぶつかった人だ。
 僕の隣にやってきたビーチボールを拾い、駆けてきたお兄さんに手渡す。

「あざーっす。あ、さっきの! さっきはマジでごめんね? 肩、大丈夫?」

 そう言いながら肩に触れる。優しく撫でるように触れられると、変な感じがして嫌だ。

「おいアンタ、人のモンに気安く触んな」
 
 朔が怒るのも無理はない。脅威の馴れ馴れしさだ。色々とすっ飛ばして怖い。しかし、朔も言葉には気をつけてほしい。

「この子、君のなの?」
 
「あ、えっと··なんれもないです。肩、大丈夫なんで。ホント、こっちこそごめんなさい。ちゃんと前見てなくて」

「いーよいーよ。大丈夫なら良かった。じゃーね!」

 爽やかに走り去っていく背中を見つめていると、朔が不機嫌そうに言葉を落とした。

「さっきって、なんかあったのか?」

 経緯を話すと安心したのか、朔は大きな手で目を覆ってため息を漏らした。そして、そのまま反対の手で僕の頭を優しく撫でる。

「はぁー······。またナンパとかされたのかと思った。····肩、本当に大丈夫なのか?」

 ここで、ようやく僕のほうを見てくれた。

「大丈夫らよ。それに、八千代が居るのにナンパなんてされないよぉ」

「そうか。それならいいけどな、我慢はするなよ。あとお前、ちょっと舌回ってねぇけど大丈夫か?」

「ん? ちゃんと喋れてるよ? えっとね····ホントはね、ちょっとだけ肩痛いんだ」

「見せろ」

 少し違和感がある程度で、それほど辛い痛みではない。けれど、心配性な朔は僕の肩を隈なくまさぐる。こうなるから言わなかったんだ。

「場野に言ってねぇのか」

「言ってない····。ちょっと違和感があるくらいらから、放っといたら治ると思って」

「けど、現状痛ぇんだろ? 」

「····ちょっとだけ」

「そういうのはちゃんと言わないとダメだろ。痛いのを我慢すんのは感心しねぇぞ」

 朔が、僕の頬に手を添えて言った。

「ん····。ごめんね?」

「あとお前、やっぱりちょっと変だぞ」

 朔曰く、僕はほろ酔い状態らしい。時々舌が回っていないのと、外なのに敏感過ぎるし目がえっちなんだとか。おそらく、お兄さんの酒気にアテられたのだろうと言っていた。
 朔は僕を抱えて陣に運ぶと、八千代と一緒に少し寝ろと言った。朔が隣で見張りをしていてくれると言うので、僕はそれに従う事にする。
 酔ってないんだけどなぁ····。


 大丈夫だと豪語しておきながら爆睡してしまい、目が覚めたのは3時頃だった。皆は帰り支度をしている。
 僕は、啓吾に促されてシャワーを浴びに行く。

「結人、気分悪くねぇ?」

「うん、大丈夫だよ。ずっと寝ててごめんね?」

「いいよ。俺も大変だったし」

 先に目を覚ました八千代は、子供じみた悪戯に気づくや否や、ジャイアントスイングで啓吾を海に放り投げたらしい。

「あはは。まぁ、自業自得だよね····って、啓吾? なんで一緒に入ってくるの?」

「え、一緒に浴びたらいいじゃん。ダメ?」

「ダメだよ····」

「ダメじゃねぇの。俺が洗ってやっからさ♡」

 僕の言葉なんて聞こえていないようで、啓吾はカーテンを閉めてしまった。

しおりを挟む
感想 158

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

変態高校生♂〜俺、親友やめます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
学校中の男子たちから、俺、狙われちゃいます!? ※この小説は『変態村♂〜俺、やられます!〜』の続編です。 いろいろあって、何とか村から脱出できた翔馬。 しかしまだ問題が残っていた。 その問題を解決しようとした結果、学校中の男子たちに身体を狙われてしまう事に。 果たして翔馬は、無事、平穏を取り戻せるのか? また、恋の行方は如何に。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

処理中です...