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2章 覚悟の高3編
海で青春を
しおりを挟むチャラチャラした人の集団を見つけ、警戒心を顕にする僕のセキュリティたち。冬真と猪瀬くんまで心配している。僕がどれだけ『気をつける』と言っても、安心させるのは難しいようだ。
啓吾は僕の頭を抱き抱えて、心配が尽きないとでも言いたげな溜め息を漏らした。心配を掛けないためにも、厳重に注意しなければ。
そして僕は、啓吾に『楽しいだけで終われるように気をつけるね』と、立派なフラグを立ててしまった。
見た感じ、大学生くらいだろう。チャラいけれど、僕たちより少し大人な雰囲気だ。朝からお酒を飲んでいる様子に、皆はさらに警戒を強めた。
お酒を飲んで海に入るなんて危ないなぁ。なんて僕の心配は他所に、皆はそそくさと陣を張る。その集団とかなり距離を空けた所に、だ。
そして、冬真と八千代も小腹が空いたと言うので、3人で軽食を食べる事にした。海に駆け込む気満々の啓吾と猪瀬くんを置いて、僕たちはまず腹拵えをするため海の家へ向かう。
朔とりっくんは荷物番だ。お土産にかき氷を買っていってあげよう。
お腹もふくれたし、いざ海に入ろうとワクワクしながら海の家を出た。僕たちは、2人分のカキ氷を持って一旦陣へ戻る。
「結人、今から海入んのにあんな食ってしんどくないの?」
大盛りの焼きそばと唐揚げ、あとはフランクフルトしか食べていないのだけれど。心配そうな冬真に『余裕だよ』と言うと、お腹を触って『こんなちっちゃいお腹のドコに入ってんだよ』と言われた。
無断で僕のお腹に触れた冬真に、八千代が強めの膝カックンを喰らわせた。と言っても膝裏を蹴っただけ。冬真は、崩れるように膝から落ちた。
「痛ってぇ! 何すんだよ!?」
「何じゃねぇだろ。誰が結人に触っていいつったよ? 腹撫でやがって····」
「撫でてねぇよ! ちょっとふにふにしただけだろ!? どんだけ余裕ねぇんだよ」
「ンな可愛いのにンなカッコして歩いてんだぞ!? 余裕なんかあるわけねぇだろ」
八千代がおバカを爆発させている。自分が何を言っているか、わかっているのだろうか。
おそらく、ラッシュガードの前を開けている事を言われているのだろう。ちゃんと日焼け止めを塗ってもらったし、何より暑いんだもん。
けれど、陣に戻るとりっくんが黙ってファスナーを上げた。暑いと文句を言うと『早く海に入っておいで』と言われる始末。
先んじて海を満喫している、遊ぶのが好きな啓吾と、運動部で体を動かすのが好きな猪瀬くん。2人が小学生の様に遊んでいる。
はしゃいでいる啓吾を見ているだけで僕は満足だ。と、微笑ましく見ている僕に気づいた啓吾が、僕の手を引いて海に引き入れる。
あれよあれよと腰の辺りまで浸かり、これ以上は進むのが怖いと止めた。
「結人、顔つけれる?」
「ちょっとだけだったら大丈夫だよ」
「んじゃコレ着けて潜ってみ。絶対手ぇ離さねぇから」
シュノーケリングの大きいゴーグルを渡された。啓吾に手伝ってもらい装着する。そして、意を決して潜ってみた。
「ぶばぁ! べぇぼぶぼい! ぶぁばびゃびぶぅあ゙ぁ!!」
勢いをつけすぎて、息をするパイプを水面に出せなかった。興奮して、そのまま啓吾の手をくいくい引きながら喋ったが、伝わるはずがない。
いささか間抜けすぎるが、少し水を飲んでしまい慌てて立ち上がる。
「ぶはっ······。大丈夫?」
「ゲホッゲホッ····だいじょばない····」
「どう? 綺麗だった?」
啓吾は、僕の背中を擦りながら目を細めて聞く。優しく眩しい笑みに、自分の馬鹿さ加減を忘れて答える。
「ぁ··のね、魚いたよ!」
「うん。俺らもさっき見つけてテンション上がってた。ちっこくて可愛いから、結人に見せたかったんだ」
無邪気に笑う啓吾が眩しくて、飛びつきたくなった。けれど、公共の場でそんな事は許されない。僕は、握りっぱなしだった啓吾の手を、キュッと締めた。
すると、勇気の出ない僕に代わり、啓吾が僕の腰を持って抱き上げた。そして、そのまま思い切り抱き締める。
「海ン中だし、結人が男か女かわかんねぇよ。それにさ、別にバレてもいいじゃん? 何か言ってくる奴とかいたら俺らが守ってやっからさ」
「····うんっ」
夏だ海だと、少し開放的になっているのかもしれない。僕は啓吾の首に腕を回し、思い切り抱き締めた。
「あのさ、俺らが居る事忘れてない?」
猪瀬くんに言われて我に返る。そうだ、2人きりじゃないんだった。
ムスッとした八千代に引き剥がされてしまい、今度は啓吾が不満そうな表情を見せる。対照的に、僕を回収した八千代は満足気な笑みを浮かべた。
去年と同様、八千代の背中に乗って沖へ出発だ。
「皆、泳ぐの上手だねぇ」
「武居は全く泳げないの?」
「犬掻きで5メートルくらい····」
「クロールか平泳ぎは?」
「できない····」
猪瀬くんは、聞いてごめんって顔をした。いいんだ。頑張ってもできない事はあるんだもん。僕は、できる事を頑張るんだ。
すると、優雅に平泳ぎをしていた冬真が、八千代の横について聞いてきた。
「結人さ、体育の授業どうしてんの?」
「今はね、皆がサポートしてくれてる。それまでは、ずっとテストでしか点数取れなかったんだけどね」
「だろうなぁ。1年の時、持久走で死にかけてんの見た事あるわ」
冬真が言うと、誇らしげに啓吾が返す。
「それ支えて走ったの俺! めっちゃ頑張ってたからさ、途中で諦めさせたくないじゃん?」
1年生のマラソン大会の時の話だ。
僕は、中間地点に辿り着く前にへばっていた。そこに、サボってのんびり歩いてきた啓吾が追いついてきたのだ。そして、息も絶え絶えに完走を目指している僕を見兼ねて、啓吾が背中を押してくれた。
そのまま啓吾は、ゴールまで僕のペースに合わせ、ゆっくりと並走してくれたのだ。おかげで、なんとかビリだけど完走することができた。
「ゴールしたら結人が息できなくなってさ、それでもめっちゃお礼言ってんの。な~んであん時、可愛いのに気づかなかったんだろ····。つぅか今思ったらさ、莉久と一緒に走ってなかったんが意外なんだけど」
「僕のペースじゃ悪いから、先に行ってもらったんだよ。何回も振り返りながら僕を置いて行ってたんだけど····アレって、すっごい心配してくれてたんだろうな」
「だろうね。今じゃ考えらんねぇな」
なんて話しているうちに、ブイまで来てしまった。
「八千代、大丈夫? 疲れてない?」
「こんくらいで疲れるかよ。お前は? 怖くねぇか?」
「えへへ。大丈夫だよ。八千代がいるもん」
「はーい、イチャつくのやめてね~」
「なんだよ冬真。お前らもイチャつけばいいだろ?」
啓吾が焚きつけるような事を言う。顔を見合わせた2人は、気まずそうに視線を外した。
ヒリついた空気をどうにかしようと、僕は喉が渇いたと言って浜へ戻るよう促す。
「そういやお前らさ、お試しっていつまでやんの?」
「えーっと······とりあえず、夏休みの間?」
悩んだ末に、猪瀬くんが冬真の顔色を窺いつつ言った。
「え、もう終わんじゃん」
「来週から新学期始まるよ? そんなに急いで結論出すの?」
「それな。駿、後で話しようぜ」
そう言って、冬真は速度を上げて先にビーチへ戻ってしまった。不安そうな猪瀬くんに、僕は“大丈夫だよ”なんて安っぽい言葉を掛けられない。
「いけんじゃねぇか? 神谷、多分お前のこと好きだろ」
意外にも、八千代がそう言った。何を根拠に言っているのかはわからないが、なぜだか説得力がある。
「アイツ今日、結人じゃなくてお前の事ばっか見てんぞ」
「えっ、そうなの!?」
驚いた猪瀬くんは、思わず泳ぐのをやめてしまった。それに合わせて僕たちも止まる。
「気づいてねぇのかよ」
「僕も気づかなかった····。良かったね、猪瀬くん。チャンスありだよ!」
「お、おぅ。変に期待しないでおくけど····そっか。ありがと」
猪瀬くんの表情が少し緩み、僕たちは再びビーチへ向かって泳ぎだす。
陣に戻ると、荷物番が朔だけになっていた。冬真とりっくんは買い出しに行ってくれているらしい。
「神谷、なんかあったのか? 莉久と話してぇつって連れて行ったぞ」
「さぁ? なんだろね」
啓吾がはぐらかす。冬真がりっくんと個人的に話すなんて珍しい。一体、何の話なのだろう。
飲み物と軽食を抱えて戻った2人は、どことなく晴れやかな顔をしていた。そして、座るなり冬真が猪瀬くんに言った。
「駿、お試しやめてちゃんと付き合おっか」
「······んぇ?」
「俺が浮気できないくらい、駿がいっぱい愛してくれんなら大丈夫だよ」
「な····え、いきなりどうしたんだよ」
りっくんと猪瀬くんの性質が似ているということで、愛の重さについて意見を聞いていたらしい。
それにしたって、何を聞いたら突然付き合う気になるんだか····。
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