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2章 覚悟の高3編
宣戦布告なんて····
しおりを挟むヘロヘロの僕の耳を引っ張り、それまで何も言わずにひたすら奥を抉っていた八千代が、意図して低い声で囁く。僕が逆らえなくなる声で、だ。
「最近、神谷と仲良いな。お前、自分が誰のモンか忘れてねぇ? なぁ、お前は俺らのモンだろ。忘れてんじゃねぇぞ」
「わしゅ、忘れてないよぉ」
「んじゃ何で俺ら放置で神谷ときゃっきゃしてんだよ」
僕は今、理科準備室で犯されている。これは折檻だ。こうなったのには理由がある。
今学期末に1泊2日で行われる、宿泊研修の実行委員になった僕と朔。B組からは、りっくんと冬真がジャンケンで負けて押しつけられたらしい。その中でも、僕と冬真が委員代表に選ばれてしまい、何かと2人で仕事を任されることが多かった。
昨日、放課後に残って資料を纏めている時の事だ。八千代と朔がずっと見張ってたのだが、圧が凄くて怖かったと冬真が言っていた。だから、八千代と朔に怖がらせないよう注意をして、今日の放課後は冬真と2人で書類の整理をしていたのだ。
途中、好きなアニメの話で盛り上がってしまい、作業が長引いてしまった。作業が終わっても、少しの間盛り上がりが冷めなかった。そして、心配になって迎えにきた八千代が、僕と冬真がスマホを覗き込んで熱弁しているところを見てしまったのだ。
嫉妬心にジェットエンジンを取り付けたような八千代は、僕と冬真の間を裂き、僕を抱えて理科準備室に連れ込んだ。ソファに投げ置かれた僕は、嫉妬に燃えた八千代の餌食となって今に至る。
「場野ぉ、そんくらいにしてやれよ。別に浮気してたわけじゃねぇんだろ」
「あんま妬きすぎてっと、ゆいぴに愛想つかされるよぉ」
啓吾とりっくん、止めるならしっかり止めてほしい。そんな、スマホを片手に言われたって説得力の欠片もない。
「場野、気持ちはわかるけどな。あんま結人泣かすなよ。そろそろ可哀想になってきたぞ」
朔も、凜人さんのお菓子を食べながら言うのはどうかと思う。それ、僕に食べさせるつもりで持ってきたんじゃないのかな?
本気で止めないところを見ると、皆も怒っているのだろう。やはり、相手が冬真だからなのだろうか。
僕は任された仕事をしていただけなのに。確かに、待たせているのにきゃっきゃしていたのは悪かったけど、ここまでする事はないじゃないか。
「んぁっ····僕が、冬真と仲良いと、嫌なの?」
「あ゙ぁ? 嫌に決まってんだろ。アイツ、まだお前の事狙ってんだろうが。あわよくばとか前に言ってたじゃねぇか。んな奴と仲良くしてて気分イイわけねぇだろ」
「んぅ゙ぅ゙ぅっ·····ふぅっ、にぁぁ····」
学校なのに容赦なく奥を抉るなんて、相当怒っているようだ。
「神谷、お前と2人きりになる為に色々頑張ってるみたいだぞ。委員代表引き受けたのも、その為みてぇだな」
「はぁ!? ぁんでわかってて放置してんだよ。そうなる前にどうにかしろよ」
八千代が苛つく度に、突くペースが速まる。もう、声を我慢しているのも限界なのだが。
「しょうがねぇだろ。委員代表はクラスから一人しか出れねぇんだから。結人が先生から指名されたの断れるわけねぇしな。まぁ、隠れて結人に酷い事するような奴じゃねぇだろ。それに、結人の友達でもあるんだ。あんま俺たちが口出しし過ぎんのもどうかと思うぞ」
「朔さんオットナ~。けど確かにな。冬真はコソコソ悪さするような奴じゃねぇよ。やるなら堂々と奪いに来んだろうな」
「あの野郎、これ見よがしに俺の前で結人と仲良くしてんだよ! そういうのわかってっから余計に腹立つんだろうが」
皆の中で、冬真の評価が悪くないのはわかった。けれど、八千代のヤキモチ対策は講じなければならない。宿泊研修が終わるまで、この調子で抱かれるのは嫌だ。
そこで僕は、冬真に直接この現状を伝えることにした。我ながら安直だとは思ったが、僕たちの関係を詳しく知っている冬真だからこそ言える。
正直、これが一番楽な方法だ。冬真が、必要以上に距離を詰めないようにしてくれればいい。僕が困っていると言えば、きっとそうしてくれるだろう。そう思っていた。それもこれも、冬真が良い人だからだろう。
「で、オレにどうしろって?」
「八千代の前でね、必要以上に仲良くするのは避けたいんだ。すぐ妬いちゃうから」
「これって、惚気られてんの? 俺だったら協力すると思ったから言ってんだよね? ハァ····甘いんだよなぁ。んじゃさぁ、いっそ本気で奪いにいってもいい?」
これは予想外の展開だ。てっきり、協力してくれるものだとばかり思っていた。またもや僕の見通しが甘かったようだ。
冬真が、ホッチキスを握る僕の手を握る。これはマズい。冬真の目が本気で僕を落とそうとしている。皆に散々向けられた目だからわかる。獲物を捕らえようとする、雄の目だ。
「と··冬真? 冗談だよね?」
「本気って言っただろ。なんなら、今からアイツらに宣戦布告でもしに行こうか?」
向かい合わせに座っていたのに、わざわざ隣に移動してきて腰を抱く。僕を1度抱いているから、冬真は僕の弱い所をよく知っているんだ。
「俺が本気で好きって言ったら、結人も俺の事好きになってくれる?」
冬真が耳元で囁く。正直、内容なんて頭に入ってこない。ただ気持ちが良くて、まともに考えられなくなってしまう。
「ひぅっ····な、ならない、と思う」
「“思う”か。だったら、マジで宣戦布告しに行っちゃおっかな。抱いてイかせながら好きって言わせてみんのも、アリなんだよな」
「ふあぁ····ダメ··好きって、言わない····」
「なんで? 気持ちイイ事シてもらうの好きだろ。なぁ、こっち向いて? キスしたい」
冬真が僕の顎を持ち上げて、ゆっくりとキスを迫る。僕は冬真の肩を押し、ささやかな抵抗を見せる。
「とととっ、冬真、後ろ····」
冬真の後ろに、りっくんと啓吾が立っていた。
「なにこれ。浮気現場?」
「いや、結人抵抗してたじゃん」
見られた焦りより、八千代と朔じゃなかったことに心底安堵した。あの2人だと、また厄介な事になっていただろう。りっくんと啓吾なら、話で解決できそうだ。
「あのね、違うの。えっとね、隠れてシようって事じゃなくて····」
「隠れてシようとしてたじゃん。ゆいぴ、神谷とキスするつもりだったの?」
「そんなわけっ、ないでしょ····」
いや、完全に流されそうだった。抵抗する手に、さほど力はこもっていなかった。僕は、冬真にキスされたかったのだろうか。
「俺が迫ったんだよ。結人弱っちぃからさ、抵抗されても余裕じゃん? けどまぁ、隠れてする気はマジでなかったんだ。宣戦布告しに行こうかって言ってたくらいだし」
冬真はヘラッと笑いながら言った。
「「あ゙?」」
りっくんと啓吾は、唸るような声で威嚇して冬真を睨む。
「宣戦布告ってお前、マジで結人オトす気かよ」
「だって結人可愛いもん。俺、アレから女の子抱いてても結人がチラつくようになっちゃってさぁ。結構マジで好きみたいなんだよね」
「それってさ、仲間入りしたいですって意味じゃないよね。宣戦布告つってるし。ゆいぴのこと奪う気?」
「奪う気。俺、お前らみたいに結人を共有とかできねぇもん。好きな子は独り占めしたいだろ? お前らが変なんだって」
こうもはっきり変だと言われると、心臓がチクッと痛む。僕たちの関係が、間違っていると言われているようで苦しい。
「そんなのわかってるよ。独り占めとか····今更だし。言っとくけど、ゆいぴに1人を選ばせるとか絶対無理だからね」
「それができたら、俺らもこうなってねぇっつぅの」
「なんか····えっと、ごめんね?」
「ゆいぴはもうそれについて謝んなくていいの! ちょっと黙ってて」
「はい····」
りっくんが僕にも怒っている。怒っていると言うより、呆れていると言ったほうが正しいのかもしれない。
冬真とりっくんが言い合う中、啓吾が僕の後ろに回る。そして、後ろから覗き込むように、上から僕にキスをした。僕たちしか居ないとはいえ、ここ教室なんだけど!?
「んっ、んんっ、ふ、ぅあ····」
啓吾はキスだけで僕をイカせると、満足そうな顔で冬真に言った。
「この状態で、結人が冬真を好きって言わなかったら今日は引けよ」
「今日はってなんだよ。諦めろとかじゃねぇの? ····余裕かよ」
「だってお前、そんなん言われて諦めるクチじゃねぇだろ? つぅか余裕だし」
「ムカつくなぁ····。まぁ、簡単にはあきらめないけどさ。で、キスはしていいの?」
「いいわけねぇだろ。そのまま聞くの」
「はぁ······。結人、俺の事好きじゃない? 俺と付き合わねぇ?」
トロトロになった僕の顎をクイッと持ち上げて、まっすぐに見つめて言う。冬真だって、啓吾と同じように女遊びを満喫するほどモテるんだ。相当なイケメンなんだよ。それがこんな至近距離で····。
「冬真、良い人だけど、好きじゃない。僕には皆が居るから、付き合わないもんっ」
「はーい、おしま~い。今日はここまでな。結人がお前の事好きになったと思ったらさ、宣戦布告でも何でもしに来いよ。そん時ゃ、俺ら全員で受けて立ってやるよ」
啓吾は僕を立たせると、肩を抱いて連れ去ってしまった。作業がまだ少し残っているのに。
廊下から見えた冬真は、作業に戻っていた。その表情は本当に悔しそうで、泣き出してしまいそうにも見えた。
冬真は、本気で僕の事が好きなのかな。未だに、冬真の本心は見えないままだ。
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