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2章 覚悟の高3編
不穏な動き
しおりを挟むさて、僕たちの本分は学業なわけで、日々の積み重ねを大切にしなければならない。啓吾は授業中に寝ないという約束を守り、以前よりも真面目に授業を受けている。と、りっくんが言っていた。
一方、どこかやる気の伺えない八千代。どうしたのだろうか。どこか調子でも悪いのだろうか。
「八千代、しんどい?」
「ん? ンなんじゃ··ねぇ····って、なに心配そうな顔してんだよ」
八千代は笑って僕の頭を撫でる。けれど、その笑顔に無理がある事に、僕が気づかないわけがないだろう。
「ホントに大丈夫なの? なんか浮かない顔してる····」
「大丈夫だから心配すんな。今日のおやつな、あのクソ執事のレシピなんだわ。朔使ってレシピ寄越しやがってあンのクソ執事。けどまぁ、腹立つけどうめぇから食ってみ」
こうやって、今朝からずっとはぐらかされている。誤魔化しているにしろ、不満を爆発させながらも作るところが八千代の可愛いところだ。まったく、素直じゃないんだから。
凜人さんのレシピなだけあって、絶品のマドレーヌだ。程よくしっとりしていて、しつこ過ぎない甘みがいい塩梅。けれど、凜人さんには申し訳ないがそれどころじゃない。
これの所為じゃないんだ。他にも絶対に何かある。僕の直感がそう言っている。
心配するなはしろという事で、朔に探りを入れてみた。しかし、朔は何も知らないらしく、2人で八千代を問い詰めることにした。
「何かあるなら言えよ。結人が心配してるぞ」
「そうだよ! 僕だって、相談に乗るくらいできるよ。何か困ってる事とかあるんじゃないの?」
「お前、マジでそういうのだけは勘づくのな」
「いや、場野がわかり易すぎるんだろ。俺でも気づいたぞ」
「マジか。ははっ、そりゃやべぇな。あー····っと、ンなら昼、アイツらも居る時に話すわ」
そう言われてからソワソワし続け、ようやく迎えたお昼休み。僕たちは理科準備室で昼食をとりながら、八千代が話してくれるのを待つ。
ここにきてもまだ言い渋る八千代。けれど、僕に関わる事なので共有しておこうと判断したらしい。
八千代は、ようやく重い口を開いた。
例のカラオケでの襲撃後、双子がどうなったのかという話からだった。純平くんが仲間を呼んで、昂平くん共々掘り起こされたらしい。
その時に呼んだ仲間というのが、地元でも有名な不良グループだったそうだ。その不良グループに協力を仰いで、僕を誘拐する手筈を整えているのだとか。
杉村さんからの情報によると、不良グループは総勢30人ほどで、窃盗や暴力事件を起こしている悪者たちなんだそうだ。僕とは住む世界が違いすぎる。
「······え、そんな悪い人達がなんで僕なんか狙ってるの?」
「あのね、ゆいぴ。悪い世界に疎すぎるから説明しとくけどね。昂平がその不良グループを利用してんの。たぶん、何かしらの報酬出すから、ゆいぴと場野をまとめてどうにかしちゃってって頼んでるんだよ」
「前と同じで、一石二鳥作戦なんだろ。ホンット懲りねぇよなぁ」
「どうにかって、捕まったら前みたいな事されるのかな?」
「捕まったらな。絶対に捕まえさせねぇけどな」
朔の目に闘志が宿っている。あぁ、みんなの目が戦闘モードに入ってしまった。これはマズイ。
「僕が皆から離れなかったら捕まらないよね? そしたら、こないだみたいな事にはならないよね? もう3年生だよ。問題起こすのはマズすぎじゃない?」
「今度は人数が人数だからね。俺ら全員、まとめて攫われちゃうかもね」
「可能性は無くねぇよな。スタンガンくらい持ってた方がいいかな。場野、そういうのツテねぇの?」
「ありまくりだわ。なんだよお前ら、乗り気じゃねーの」
「待ってよ。なんでみんな臨戦態勢なの? 僕の話聞いてた?」
「結人の話はいつもちゃんと聞いてるぞ。けど、今回は事が事だからな。いつもレベルの用心じゃ足りねぇんだ」
「そういう事。どうせ仕掛けてくんなら、いっそ俺らから仕掛けちゃおうかって、ね☆」
何が『ね☆』だ。りっくんのウインクになんて誤魔化されないんだから! ホンット、なんでこの人たちはこういう状況でワクワクできるんだろう。
「な、なにそれ····。え、僕は?」
「お前は念の為、俺の実家に居ろ。ぜってぇお前には指1本触れさせねぇ」
八千代の実家で護衛でもつけて、大人しく皆の帰りを待てという事か。ふざけるなって言いたいね。
「は? やだよ。なんで皆ばっかり危ない事しようとするの!?」
「あ? 我儘言うなよ。お前が行っても戦力にゃなんねぇだろ」
「そうだけど····。あ! だったら僕、囮になる」
「「「「はぁ!?」」」」
「アッホかお前! んな事させるわけねぇだろ!!」
「あのねぇ、ゆいぴの気持ちはわかるけど、今回ばっかりは味方してあげらんない。それはダメ」
「万が一にもお前に危害が加えらんねぇように、俺らが先手とろうって言ってるんだぞ。わかってるか?」
「わ、わかってるよ。でもさ、どうやって先手とるの?」
敵のアジトは八千代が調べたらしく、今回の悪巧みのウラも取っているらしい。僕が問い詰めなかったら、1人で乗り込むつもりだったようだ。
「またそんな無茶しようとしてたの!? ホンットに怒るよ!!」
「もう怒ってんじゃねぇかよ。30人くらいなら余裕だわ。流石に素手で行くつもりはなかったけどな」
30人相手に勝気でいられる神経が分からない。実力から来る自信なのだろうか。何にしても、僕抜きで行かせるのは嫌だ。
「ぼ、僕もスタンガンとか隠し持って捕まるもん! 絶対足でまといにはならないから····。皆だけで行かせるのヤダよ······」
あの時みたいに、誰かが怪我をしたらどうするんだ。もし、命に関わるような事があったらどうするんだ。その時、僕は駆け寄る事もできないなんて、そんなのは嫌だ。
「僕、朔に教えてもらって、もっっっと護身術練習する! 助けてもらわなくても、自力で逃げれるようになるから! だから、僕だけ置いて行かないで····」
「こら、やめろ。そんな目で見んな。おい、誰か結人どうにかしろよ」
八千代が、僕の顔面を手で覆い隠す。皆は反応に困っている。僕は、その掌をぺろっと舐めた。驚いた八千代は手を引き、再び僕のターン。
「八千代の実家に縛り付けられてたって、絶対僕もあとから追い掛けるからね。その方が足手まといになるでしょ。だったら、はなっからこっちの作戦で捕まってる方が有利だよ」
「チッ、理屈が通ってねぇんだよ!」
八千代は後ろ頭を掻きながら、苛立った様子で言う。けれど、もうそれで怯む僕じゃない。
僕は、ソファで隣に座っていた八千代に跨り、頬に八千代の手を持ってきて言う。
「ねぇ、八千代。皆に万が一何かあったら、僕はその時傍に居られないの? 逆の立場だったら、大人しく待てるの?」
八千代が言葉を選んでいるようだ。僕を退かせる為の文言を探しているのだろう。しかし、沈黙を破ったのは啓吾だった。
「そこまで言ってんだし、いいんじゃね? 結人囮にしたら」
皆が啓吾を睨む。それに臆せず、啓吾は続ける。
「結人の作戦もいいんじゃねぇの? 油断させんのには」
「ちょ、何言ってんの啓吾。そんな危ない事──」
「その代わり、俺らがキレてそいつらに何しても、結人は止めんなよ? ついて来んだったら、そんくらいは覚悟しろよ。俺は借りも返してぇし」
「大畠キレてんな」
「そりゃそうだろ。あいつも前回の被害者なんだからよ。俺からしたら、今までキレてねぇほうがビックリだわ」
「えー、もう、なにこの流れぇ····。マジでゆいぴ囮にすんのかよ」
「囮って言っても1人にはしねぇぞ。なぁ、結人も強くなってんだ。信じてやってもいいんじゃないか。それに、いざとなったら結人は俺が秒で奪還する」
朔の気迫がおっかない。心強くもあるけれど、それよりも恐ろしいと思ってしまった。朔は加減を知らないからなぁ····。
かくして、近々囮作戦を決行する事になった。果たして、僕たちは悪巧みを阻止する事ができるのだろうか。
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