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1章 始まりの高2編
楽しめ、文化祭
しおりを挟む教室に戻った僕達は、委員長にしこたま叱られた。当然だ。抜け出したまま、ずっと戻らなかったのだから。
しかし、八千代が内容はぼかし、僕にトラブルが起きていたんだと説明してくれた。委員長も何かを察したのか、寛大な処分で済ませてくれた。それどころか、女装させた事を謝ってくれた。谷川さんが悪いわけじゃないのに····。
「3人セットでずっと宣伝して来いって、ペナルティになってるのかな」
(委員長、言う事は言うけど優しいんだよね。今度、ちゃんとお礼言わなくちゃ)
おそらく、僕に何かあったと確信しての措置なのだろう。けど、何故3人セットなのだろうか。
「まぁ、委員長が言ったんだから良いんじゃねぇの? 折角だし、結人の行きたいトコ行こうぜ」
(つーかこれ、委員長に俺らの関係バレてんじゃねぇのか?)
なんだか八千代が、思い悩んでいるような表情をしているように見えた。何かマズい事でもあったのだろうか。
「そうだな。けど、まずは莉久の劇だ。もうすぐ始まるぞ」
「うん。ペナルティが店番の延長じゃなくて良かったね」
「はは。そうだな。とりあえず、王子サマの冷やかしだな」
案外、普通にできている。何事もなかったように。皆がそうさせてくれている。皆が居てくれるから、僕を想ってくれているから、僕はあんな事があった後でも笑えているんだ。
これ以上、皆に心配を掛けない為にも、僕が気丈に振る舞わないといけないんだ。そして、警戒心を強めて····。
なんて思っていたのに、八千代に綿あめを握らされ、その甘さに蕩けてしまっていた。そんな僕に代わって、八千代と朔の警戒心が研ぎ澄まされたまま僕達は薄暗い体育館に入る。2人がスタスタと1番前のど真ん中の席についたものだから、物凄く目立つ。そう、僕の両脇の2人が····。
2人とも髪をハーフアップにしていて、えっちの後だし衣装のままだし、色気がだだ漏れている。八千代がポケットに手を突っ込んで脚を組んだだけで、周囲から黄色い声があがった。
「ね、ねぇ····後ろの席で良かったんじゃない?」
「あ? 前の方が、お前見やすいだろ? 後ろのが良かったか?」
「いや、見やすいけど····2人とも尋常じゃないくらい目立ってるから····」
劇が始まる前から、会場が異様なほどザワついている。おそらく王子目当てに見に来た人まで、八千代と朔の虜になってしまっているのだろう。
開幕のブザーが鳴ると会場のザワつきは静まり、やっとで劇が始まった。
冒頭の白雪姫と王子が出会うシーン。りっくんが僕たちに気づいた。しっかりと僕の目を見て、ニッコリと微笑むりっくん。頼むから、僕じゃなくて姫に笑いかけてあげてと、僕は心の中で叫んだ。
問題の、キスで白雪姫を目覚めさせるシーンでは、あからさまなフリだった。八千代が思わず笑ってしまうくらいの。本当にキスをしてほしくはない僕でも、流石に姫が気の毒になった。もう少しくらい、観客をドキドキさせるような演技をしても良かったと思う。結局大根のままだったんだもの。僕とやったのは意味をなさなかったようだ。
劇が終わり、朔が澄ました顔でりっくんの評価をした。
「莉久は結人が相手じゃねぇと、何に対してもやる気ねぇな。いくらなんでも、あれじゃ姫が気の毒だ。頭ん中結人の事しかなかっただろ」
「ははは····。あれでもキャーキャー言われるんだから、イケメンて凄いよね。ホント、イケメンて何なの····」
女子たちが未だ、王子への熱で盛り上がっているのを横目に、僕は静かに僻んだ。勿論、両脇2人も含めてイケメンが憎らしい。僕の自慢の彼氏たちではあるが、男としては嫉妬に駆られる部分でもあるのだ。
後は啓吾のダンスだ。移動するのも面倒なので、そのまま待つ事にした。だが、これがマズかった。
「おい、やべぇぞ。何か来た」
朔が通用口の方を見て言った。
「うわ····あいつアホだろ」
りっくんが、僕たちの元へ来たのだ。何故か、王子の格好のまま。八千代は、うんざりとした表情を隠しもしない。
「お前なぁ、着替えてから来いよ」
「場野うるさい。しょうがないでしょ。やりたい事あったんだもん」
「やりたい事? 王子様の格好で?」
「そ。て言うかやっとかなきゃって事かな。ゆいぴ、ちょっと立って?」
「え、なに?」
何の疑いもなく、言われるがまま立ち上がったこの瞬間の自分を、全力で殴り飛ばしたい。
「よいしょっと····」
りっくんは、立ち上がった僕をお姫様抱っこして、挙句おデコにキスをした。
「「おいっ!」」
朔と八千代が物凄い勢いで立ち上がる。僕は、呆気に取られて固まってしまった。
りっくんが浮かれて調子に乗っている。一瞬そう思ったが、どうも様子がおかしい。りっくんの顔を見て、八千代と朔もそれを察したようだ。
そして、僕たちはりっくんの目線の先を見て、その理由が何となくわかった。
「あれ、多分仲間でしょ。ゆいぴ襲った奴の」
体育館の入り口で、灰田高校の生徒が数人、僕たちを見ていた。舞台上からだと、会場が一望できるからすぐに気づいたらしい。
「ぽいな。だからって莉久、牽制のつもりだろうがやり過ぎだ。周りがえらい事になってんぞ。結人も固まってるじゃねぇか」
「もういっそ、そっちもついでに牽制しとこうかなって思って。香上の事だってあったしさ。敵は外部だけじゃないでしょ。バレるより、ゆいぴが襲われる方が困るんだよ。俺らこんな格好で目立ってるし、丁度いいだろ。付き合ってるとまでは言わなくても、ゆいぴには俺らが付いてる事アピールしちゃおうよ。俺らの片想いとかって設定でもいいし。ゆいぴに害がないなら何でもいいよ」
(あー····。りっくんキレてるなぁ。これ、暴力に訴えるよりも厄介かもしれないな····)
「お前、めっちゃ喋んな。まぁでも、それも良いかもな」
意外にも、八千代が異論もなく合意した。朔も、渋々だが合意した。これを、啓吾が後で知ったら何と言うのだろうか。一気にややこしくなりそうだ。
会場はどよめきがおさまらず、おかしな方向に盛り上がったまま次の劇へと進んだ。申し訳ないくらい、誰も劇に集中してないように感じた。
次は、いよいよ啓吾の出番だ。セクシーだって聞いたけど、高校生なんだからそんなに心配する事もないのだろう。と、僕は安易に思っていた。
啓吾が踊ったのは2曲。腰を振ったり投げキッスをしたりと、兎にも角にもチャラい。視線のやり方とか表情が、全体的にセクシーを通り越してえっちだった。
色気むんむんのお侍さんみたいな流し目に、一度お尻がキュンとした。最後のウインクは、僕にしてくれたのだと思い上がっていいのだろうか。
一緒に踊っている先輩方も格好良くて、会場の悲鳴が止まなかったのも頷ける。
「ゆいぴ、顔真っ赤だよ。大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと熱いだけ」
「お前、アテられたんか怒ってんのか、どっちだよ」
「なんで僕が怒るの?」
「どうせ、大畠がお前以外にエロく見られてるとか思ってんだろ? お前、顔に出すぎ」
八千代がケラケラ笑って揶揄ってくる。けど、このモヤモヤの正体がわかって、少しスッキリした。
「そっか。啓吾はカッコよかったのに、なんでモヤモヤしてるのかなって思ってたんだ。そういう事か····」
「無自覚かよ。そんなん聞いたら、あのバカが喜ぶだけだろ」
八千代が呆れ顔で言う。間に悪いことに、その後ろには啓吾が立っていた。
「俺が喜ぶって何? バカってどうせ俺の事だろ」
「あ、啓吾! お疲れ様。すっごくカッコ良かったよ!」
「ありがと~。王子とどっちがカッコ良かった?」
「2人ともね、カッコ良かったよ」
また意地悪な事を聞いてくる。けど、折角だから言ってやろう。
「りっくんは見た目と仕草と台詞はカッコよかったよ。けど、ずーっと棒読みだったし、その後が····ね。啓吾は何あれ。何であんなにえっちなの? カッコよすぎたし、最後のウインクは僕にだよね? キュンてしたけどね。えっちな啓吾、僕以外に見られるのヤだよ····」
「んあ~~~······不安にさせちゃったかぁ。ごめんなぁ。結人以外にウインクなんか飛ばすわけないだろ。もう俺、結人にしか腰振らないから~」
「ちょっ! 待っ! 何言ってんの!? 啓吾ほんっとにバカッ!」
周りに人がたくさん居るのに、聞かれたらどうするつもりなのか。最近、秘密だという認識が薄れている気がする。まぁ、さっきの牽制といい、普段の僕への甘やかしっぷりといい、秘密も何もない気がするけど。
「ははは。ごめんごめん。で、莉久の劇の後って何? こっち、めっちゃ湧き上がってたもんね。何かしたの?」
啓吾の察しが良い。少し怒っているようにも見受けられる。
「や、えーっと····ちょっとした牽制って言うか····」
僕が言葉を濁していると、りっくんが代わりに説明してくれた。
「ふーん。ま、いいんじゃね? 強いて言うなら、俺も一緒に牽制したかった! で、俺もうこの後暇なんだけど、お前らは?」
予想外に、啓吾もあっさり賛同した。
僕らは委員長のお達しを伝え、りっくんも片付けが終われば暇らしいので、皆で文化祭を回ることにした。やっと、小さな願いが叶う。
まずは腹ごしらえだ! と、啓吾が言ったので、たこ焼きとポテトを買いに行くことにした。八千代は、僕がさっき食べられなかった物を買いなおしに行ってくれた。りっくんは、いつの間にか唐揚げ棒を握っていた。
啓吾とりっくんが八千代を待ちながら食べている間、僕は朔と占いハウスへ入った。男2人で入るなんて····と思ったけど、僕は今メイドさんだった。見た目には問題ない。
何を占いますかと聞かれ、朔は僕の仕事運について聞いた。意外だった。てっきり、僕たちの相性でも占うのだろうと思っていたから。
「朔、なんで僕の仕事運なんか占ってもらったの?」
「この先、お前に仕事させて良いもんか心配になった····」
「あはは。啓吾も似たような心配してくれてたなぁ····。で、あの結果聞いてどう思ったの?」
「やっぱ、無理だな····」
「だよね。はぁ~····。僕、専業主夫になるしかないのかな?」
「そうしてほしいのが本音だな」
「あはは····。朝は『行ってらっしゃい』って言って、皆が帰ってきたら『おかえりなさい』って言うの。それはそれで幸せそうだけどねぇ。やっぱり働きたいなぁ······」
「なら、俺んトコで働けよ。そしたら、ずっと一緒だしな」
「そしたら、結人は朔社長専属の秘書だな」
僕たちの後ろからぬぅっと現れた啓吾が、ポテトを齧りながら言った。
「わぁ! いつの間に······」
「んで、占いはなんて言われたの?」
続いてりっくんが聞いた。八千代も、僕のご飯をたくさん買って戻っていた。
「······前途多難ですって、半笑いで言われた。普段の生活でも、事故とかに気をつけた方がいいって」
それを聞いた3人は失笑。本当に笑えない。
「やっぱ、働くにしても1人はやべぇんだろうな。占いなんて当たるとは思わねぇけど、結人の場合心配すぎるわ」
「啓吾が珍しく真面目な顔で言ってる。まぁ、同感だけど」
「啓吾もりっくんも酷いよぉ。僕、普通に働けるよ。超デキる男になる予定なのに····」
「「「「無謀····」」」」
全員で声を揃えることはないじゃないか。そんなに信用がないのだろうか。いくらなんでも酷すぎないか!?
「僕だって、ドジばっかじゃないもん! やればできるもん!」
「はーいはい。結人が一生懸命なんはわかってるよ。頑張りゃデキるってのも知ってるよ。ただ俺らが心配性なだけ。俺らが結人とずっと一緒に居たいだけ。我儘聞いてくんねぇかな~?」
「そんっ、な····僕に都合のいい我儘聞かないもん」
「ゆいぴは強情だからなぁ~。これは説得すんの骨折れそうだね」
「だな。説得できなかった時は、絶対俺の秘書にする」
「お前、目標ズレてんぞ。まぁ、結人が1人になんねぇんなら誰とでもいいわ。いっそ、俺らで何かやってもいいしな」
と、八千代がポロリと口にした。その言葉を真に受け、朔が考え込んだ様子で独り言を呟きはじめた。
「お前ら全員俺んトコで····いや、そしたら万が一の時総倒れだから····俺と場野が別で····結人が両方を······」
「おい朔、まだ早ぇよ。落ち着け。俺らはまず、目の前の結人を守んの。お前は先見過ぎだ。あんま焦んな」
八千代が、ブツブツ言っている朔を宥め頭をポンとした。朔はキョトンとして「おぉ」と我に返ったようだった。
実は、八千代は朔のフォローに回ることが多い。八千代は根っから面倒見が良いのだろう。千鶴さんを見ていると想像がつく。
その後も、文化祭を見て周り、沢山食べたり遊んだりした。1人じゃない文化祭って、なんて楽しいんだろう。
去年、八千代は来ていなかったし、朔は当番だけこなして帰ったらしく、僕とは違った意味で楽しめなかったそうだ。けど、今年は楽しそうに笑っている。それだけでも、僕はとても幸せだ。
「ねぇ、後夜祭の花火見るよね? 俺、去年ゆいぴ見つかんなかったから帰っちゃってさぁ、見てないんだよね~」
「俺も、さっさと帰ったから見てないな。もちろん、結人が見たいなら見るよ」
「俺も見てない。花火があんのすら知らなくて帰った」
「俺はそもそも来てなかったからな。んじゃ、準備室で見るか」
「え、準備室から見えんの?」
啓吾がワクワクしている。何かよからぬ事を考えていそうだ。
「····知らねぇけど。位置的に見えんじゃねぇの」
「知らないのに言ったの? あははっ。八千代、テキトーだなぁ」
「あ~、でも多分、見えるんじゃないかな。グラウンドでやるんでしょ? 準備室からグラウンド見えるじゃん」
「お~! んじゃ、早く行こうぜ」
りっくんの話を聞いて、啓吾のワクワクがもう止まらないようだ。一体、何故そんなにソワソワしているのだか。
「その前に着替えよ? メイドさんで帰るのヤだよ」
「しゃーねぇな。俺は、そのままでもいいけど?」
「場野、花火見ながら抱く気だろ」
朔がじとっと八千代を見て言った。
「抱かねぇの?」
「「「抱く」」」
「えー····花火見ようよ」
「見ながらだつってんだろ」
「絶対見る余裕ないよ····」
僕と八千代と朔は、まず着替えを済ませた。そして僕達は、人目を盗んで校舎へ忍び込んだ。目指すは理科準備室。
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