30 / 385
1章 始まりの高2編
デートは危険がいっぱい
しおりを挟む昨夜、帰ろうとした時だった。啓吾が、映画のチケットを出したのは。
「そうだ、忘れてた。映画のチケット! 3枚あるんだけど、恨みっこなしでジャンケンしねぇ?」
目的は僕とのデートだったので、僕は無条件に不戦勝。勿論、提供者の啓吾も不戦勝。残る1枠を争うこととなった。勝負が始まる前に、僕は啓吾に送ってもらって、誰が来るかは当日のお楽しみにするんだそうだ。
例え負けても自腹でも行くとりっくんが言ったが、それだと面白くないと啓吾が足蹴にした。
僕たちの未来を話し合った翌日。
とりあえず、待ち合わせ時間と場所だけ伝えられたので来てみた。が、少し早く着いてしまい、今はただ時間を持て余している。すると、見知らぬ男性に声を掛けられた。
「ねぇ、ずっとここに居るけど、どうしたの? ドタキャンされたとか? 俺も暇なんだよねぇ」
おそらくナンパだ。人生初のナンパに遭ってしまった。30分も早く来てしまった所為だろうか。確かに、何度も時計を見てそわそわしてたら、待ちぼうけをくらったように見えるのかもしれない。
「いえ、大丈夫です。えっと····」
(すっごく怖いんだけど。知らない人に声を掛けられるのって、こんなに怖いの?)
「あれ? もしかして怖い? 全然大丈夫だよ。ちょっとだけさ、一緒に遊ばない?」
定型文だ。漫画で見たやつだ。この人、凄く面白い。けど、やっぱり知らない人は怖い。あと、間違いなく僕を女だと思っている。
「おいコラ。お前、俺の連れに何絡んでんの?」
後ろから突然、力強く肩を抱き寄せられた。この低くて耳に心地良い声は····。
「や、八千代!」
「あれぇ? もしかして、彼氏? あ~····来て良かったねぇ。じゃぁね~」
八千代を見るなり、ナンパ男はそそくさと逃げ去ってしまった。それは賢い選択だったと思う。だって、八千代の目が「殺すぞ」と物語っていたのだから。
「結人、大丈夫か?」
「八千代、どうして····。あっ、もう1人って八千代なの?」
「そ。お前来んの早いな。そんな楽しみにしてたんか?」
「べ、別にぃ? 準備が早くできちゃったから来ただけだよ」
「そうかよ。けどまぁ、んな可愛らしい格好で突っ立ってたら、声も掛けられるわ」
「これ可愛いの? 普通じゃないの?」
少し大きめの、パステルカラーのパーカーの所為かな? それとも、このクレープとタピオカミルクティーの所為かな? 僕は、店のガラス窓に移った自分を客観視する。けれど、やはり女の子には見えないと思う。
「顔も服も持ってるもんも、どっからどう見ても女子だろ。つーか、朝からどんだけ食ってんだよ。朝飯食ってねぇの?」
「ちょっとしか食べてない。そしたら、ここに来るまでにお腹空いたんだもん。兎に角、この服は二度と着ない····」
「いや、可愛いよ? 俺は好きだよ。でも、1人の時は心配だからやめとこーね」
「あっ、啓吾! 遅い!」
「ごめんごめん。って、まだ5分前じゃん! お前らが来んの早いだけだろ」
「いーから、さっさと行こうぜ。俺、朝飯食ってねぇから腹減った」
「あ、俺も食ってねぇわ。何か食お~」
「じゃ、僕も食べる」
「って、結人まだクレープ食ってんじゃん。ホント、見かけによらずよく食うね~」
「ははっ。お前が腹一杯食ってんの、見てて気持ち良いわ。奢ってやるから好きなん食え」
「やったぁ~」
僕は、大急ぎでクレープを頬張った。
ハンバーガーを食べて、ウィンドウショッピングをして、お昼前に映画を観に行った。
八千代がジュースを買いに行ってくれているのを、啓吾と映画館のロビーで待っていた。その間に、昨日からずっと気になっていた疑問を投げ掛けてみた。
「ねぇ、なんで3人でデートしようと思ったの?」
「ん? なんでって、何が?」
「だってさ、チケットが3枚あるって言わなかったら····こそっと誘えば、2人でデートできたじゃない?」
「あー······だって、それじゃ1枚勿体ないだろ」
啓吾は照れくさそうな笑顔を見せた。僕にはそれが「1人でも多く楽しめた方が良いだろ」と、言っているように聞こえた。
「んふふっ。僕、啓吾も充分良い子だと思うんだけどな」
僕は啓吾の顔を見ずに、甘ったるいだけだった苺のシェイクをズゴゴッと啜った。
「へへっ。結人に言われると嬉しいな。あんがとねぇ」
顔なんか見なくても、啓吾が嬉しそうに笑っているのがわかった。軽いように見られがちだけど、素で他人を大切できる、啓吾の1番好きな所だ。
2時間足らずの映画を見終わって、僕は最高に気分が悪くなっていた。
突然訪れた過激な血塗ろシーンで、涙目になって俯いてしまった。強ばっている僕の手を、それぞれがきゅっと握ってくれていた。けれど、後半は殆ど流血シーンだったので、目を逸らしてしまいスクリーンを観れなかった。
「2人とも、ごめんね。手、痛くなってない?」
後半、ずっと強く握り締めていたから、2人の手が赤くなっている。
「こんなん痛くねぇよ。お前に握り潰されるほどヤワじゃねぇわ」
「そうそう。大丈夫だよ~。てかさぁ、終盤で主人公が花畑のド真ん中で縦真っ二つになった時さ、もう終わんのかなって思った」
「うん。僕は、終われって思った」
「マジで勢い任せな内容だったな。主人公の嫁が地球滅ぼすとは思わんかったわ。まぁ、結末が予測不能っつーのは、唯一良かったトコだな」
「あんなん予測とか無理だろ。あれは理解不能なレベルだって。てかさぁ、あの最後の技よ! 核よりやべぇだろ。初めに火星を木端微塵にした時点で、地球規模で危機感持つだろ。つーか、主人公の名前長すぎて覚えらんなかったんだけどぉ!」
「主人公の名前ね、アルツァーベルンニーデリックだよ。木端微塵になる前から、ずっと展開おかしかったでしょ。て言うか、あれのジャンル何? ホラー? SF? ヒューマンドラマじゃなかったの?」
「ポスター見て決めたんお前だろ」
「誰があんなお花畑のポスター見て、内容グロいと思うのさ。タイトルだって『ファンタジスト・ファニー・ハニー』って。ホンット騙された····」
「ははっ。テンション下がりまくりだな。まぁ、今回は完全に騙されたな」
「マジでやられたなぁ。ロビーで流してる予告、ちゃんと観ときゃ良かったねぇ」
「だね。もう知らない映画なんて観ない。危険だよぉ····」
「次は、明るい感じのやつ観に来ような」
「うん。本当にお花畑で終わるやつがいい。ドキドキしなくていいよ、もう」
「相当ヘコんでんな。じゃぁ、気を取り直してゲーセン行こうぜ!」
「····行く!」
ゲーセンと聞いて、途端に元気が出た。なんてったって、推しのアクキーが入荷されているのだから。
「極端に元気んなったな。俺、両替してくるわ」
「あっ、俺も!」
「僕は、これの為にいっぱい100円玉持ってきたから大丈夫だよ! 先に行ってるね!」
「あはは。わかり易く元気になったな~」
「ヘコんでるよか良いわ。おい、俺らもすぐ行くから、絡まれねぇように気ぃつけて行けよ」
「大丈夫だよぉ。そんなホイホイ声なんか掛けられないでしょ」
今朝だって、ナンパなんてされたのは初めてだ。そうそうされるものでもないだろう。
「フラグ立ててったね。急ごっか····って、どんだけ両替すんだよ」
「アイツが欲しがるやつ、全部取ったる」
「ははっ。俺も負けねぇ」
2人がしょうもない張り合いをしているなんて全く知らない僕は、目当ての台を見つけ浮かれていた。
UFOキャッチャーにチャレンジしていると、知らない男の人が2人、「キミ可愛いね。一緒に遊ばな~い?」と声を掛けてきた。どうやら、また僕を女と勘違いしているようだ。
確かに小柄だし、ちょっと可愛い感じの服で来ちゃったけど、いくら女顔だからってよく見たらわかると思うのだが。毎度毎度、失礼な話だ。
「キミ中学生? オレら大学生なんだけどねぇ~」
「高校生です」
(いちいち癇に障るなぁ。て言うか、中学生なんか誘ったらまずいでしょ。それより、やっぱり僕のこと女だと思ってるよね)
「あの、先に言っときますけど、僕男ですよ」
「うっそ、こんな可愛いのに?」
「こんだけ可愛かったら男でもいいや。遊ぼーよ」
手首を捕まれ、強引に引っ張られた。
「ちょっ、痛い。離してよ!」
「あっはは! 無理やりはマズイだろ~。泣きそうな顔してんじゃん」
これは、非常にマズい状況だ。こんな所、八千代に見つかりでもしたら、暴力沙汰になりかねない。
「いいじゃん。1人でこんなん取ってんだし、どうせ暇なんだろ?」
「は? こんなん····? あっ····」
嗜好を否定された一言に腹が立ち、僕の腕を掴んでいる男の顔を睨みつけた。その向こう、男の真後ろに、八千代が鬼の形相で仁王立ちしていた。血管が浮き立って、見るからに怒り狂っている。僕は驚いて、ビクッと身体が跳ねてしまった。
即座に手を出さなかったのは、啓吾が抑えてくれているからのようだ。
「アンタらさ、俺らのお姫さんに何してくれんの?」
八千代の後ろからひょこっと現れた啓吾が、男の手首を掴み捻りあげた。
「もう、お姫さんって言わないでよ····」
助けてもらっておいてなんだが、本当に恥ずかしい。
けれど、それよりも啓吾がかっこいい。普段のヘラヘラした啓吾は何処へやら。鋭い目で相手を睨みつけ、掴んでいる手に力を込める。
「ってぇな! んだよお前····ら?」
「待っ、やち──あーあ······」
止める間もなく、ポケットに手を突っ込んだまま僕の手を掴んでいた人を蹴り、もう1人の方へとふっ飛ばした。
「場野、暴力はマズいなぁ。よーし、逃げよ~」
啓吾はケタケタ笑いながら、僕の手を引いて走り出した。ゲーセンに来ると、逃げ帰る呪いにでもかかっているのだろうか。
前回と違う所と言えば、「あぁ、アクキー取れなかったな」なんて、思う余裕がある。それはきっと、頼もしい彼氏たちのおかげなのだろう。
手を引かれるままに走っていたら、いつの間にか駅に着いていた。
息を整えていたら、丁度いい時間になったので帰ることにした。この後、八千代の家に寄り、りっくんと朔と合流するらしいのだ。
呼び出された2人は、啓吾からデートの自慢話を聞かされている。映画の愚痴と共に。それに、ヘコんでいる僕が可愛かっただとか、いっぱい食べていた僕が可愛かっただとか、同じ事ばかり言っている。ちゃっかり、僕が2度もナンパされた事には触れずに。
「今度は俺らと行こうね、ゆいぴ。絶対もっと楽しませてあげるから」
(やっぱり3人で行く予定なんだ。りっくん、自分で言ってて気づいてなさそう····。対抗心剥き出しなの可愛いなぁ)
「そうだね。りっくんと朔ともデートしたいな」
「来週の土曜な。どこか、行きたい所考えといてくれ」
「朔ってば、気が早いんだからぁ。けど、わかった。考えとくね」
なんて、僕たちの少し歪な関係が織り成せる、この取っかえ引っ変え感。物凄く複雑な気分だ。
今でも、皆を弄んでいるような罪悪感は無くならない。けれど、それよりも愛おしさが勝り、皆と心を通わせる多幸感が僕を包んでくれる。
皆にも、心穏やかに過ごしてもらいたい。その為にも、まずは隣人をどうにかしなければ。そう思うのであった。
27
お気に入りに追加
632
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集
夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。
現在公開中の作品(随時更新)
『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』
異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ
【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】
NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生
SNSを開設すれば即10万人フォロワー。
町を歩けばスカウトの嵐。
超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。
そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。
愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。
赤ちゃんプレイの趣味が後輩にバレました
海野
BL
赤ちゃんプレイが性癖であるという秋月祐樹は周りには一切明かさないまま店でその欲求を晴らしていた。しかしある日、後輩に店から出る所を見られてしまう。泊まらせてくれたら誰にも言わないと言われ、渋々部屋に案内したがそこで赤ちゃんのように話しかけられ…?
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる