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1章 始まりの高2編

デートは危険がいっぱい

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 昨夜、帰ろうとした時だった。啓吾が、映画のチケットを出したのは。

「そうだ、忘れてた。映画のチケット! 3枚あるんだけど、恨みっこなしでジャンケンしねぇ?」

 目的は僕とのデートだったので、僕は無条件に不戦勝。勿論、提供者の啓吾も不戦勝。残る1枠を争うこととなった。勝負が始まる前に、僕は啓吾に送ってもらって、誰が来るかは当日のお楽しみにするんだそうだ。
 例え負けても自腹でも行くとりっくんが言ったが、それだと面白くないと啓吾が足蹴にした。


 僕たちの未来を話し合った翌日。

 とりあえず、待ち合わせ時間と場所だけ伝えられたので来てみた。が、少し早く着いてしまい、今はただ時間を持て余している。すると、見知らぬ男性に声を掛けられた。

「ねぇ、ずっとここに居るけど、どうしたの? ドタキャンされたとか? 俺も暇なんだよねぇ」

 おそらくナンパだ。人生初のナンパに遭ってしまった。30分も早く来てしまった所為だろうか。確かに、何度も時計を見てそわそわしてたら、待ちぼうけをくらったように見えるのかもしれない。

「いえ、大丈夫です。えっと····」

(すっごく怖いんだけど。知らない人に声を掛けられるのって、こんなに怖いの?)

「あれ? もしかして怖い? 全然大丈夫だよ。ちょっとだけさ、一緒に遊ばない?」

 定型文だ。漫画で見たやつだ。この人、凄く面白い。けど、やっぱり知らない人は怖い。あと、間違いなく僕を女だと思っている。

「おいコラ。お前、俺の連れに何絡んでんの?」

 後ろから突然、力強く肩を抱き寄せられた。この低くて耳に心地良い声は····。

「や、八千代!」

「あれぇ? もしかして、彼氏? あ~····来て良かったねぇ。じゃぁね~」

 八千代を見るなり、ナンパ男はそそくさと逃げ去ってしまった。それは賢い選択だったと思う。だって、八千代の目が「殺すぞ」と物語っていたのだから。

「結人、大丈夫か?」

「八千代、どうして····。あっ、もう1人って八千代なの?」

「そ。お前来んの早いな。そんな楽しみにしてたんか?」

「べ、別にぃ? 準備が早くできちゃったから来ただけだよ」

「そうかよ。けどまぁ、んな可愛らしい格好で突っ立ってたら、声も掛けられるわ」

「これ可愛いの? 普通じゃないの?」

 少し大きめの、パステルカラーのパーカーの所為かな? それとも、このクレープとタピオカミルクティーの所為かな? 僕は、店のガラス窓に移った自分を客観視する。けれど、やはり女の子には見えないと思う。

「顔も服も持ってるもんも、どっからどう見ても女子だろ。つーか、朝からどんだけ食ってんだよ。朝飯食ってねぇの?」

「ちょっとしか食べてない。そしたら、ここに来るまでにお腹空いたんだもん。兎に角、この服は二度と着ない····」

「いや、可愛いよ? 俺は好きだよ。でも、1人の時は心配だからやめとこーね」

「あっ、啓吾! 遅い!」

「ごめんごめん。って、まだ5分前じゃん! お前らが来んの早いだけだろ」

「いーから、さっさと行こうぜ。俺、朝飯食ってねぇから腹減った」

「あ、俺も食ってねぇわ。何か食お~」

「じゃ、僕も食べる」

「って、結人まだクレープ食ってんじゃん。ホント、見かけによらずよく食うね~」

「ははっ。お前が腹一杯食ってんの、見てて気持ち良いわ。奢ってやるから好きなん食え」

「やったぁ~」

 僕は、大急ぎでクレープを頬張った。

 ハンバーガーを食べて、ウィンドウショッピングをして、お昼前に映画を観に行った。
 八千代がジュースを買いに行ってくれているのを、啓吾と映画館のロビーで待っていた。その間に、昨日からずっと気になっていた疑問を投げ掛けてみた。

「ねぇ、なんで3人でデートしようと思ったの?」

「ん? なんでって、何が?」

「だってさ、チケットが3枚あるって言わなかったら····こそっと誘えば、2人でデートできたじゃない?」

「あー······だって、それじゃ1枚勿体ないだろ」

 啓吾は照れくさそうな笑顔を見せた。僕にはそれが「1人でも多く楽しめた方が良いだろ」と、言っているように聞こえた。

「んふふっ。僕、啓吾も充分良い子だと思うんだけどな」

 僕は啓吾の顔を見ずに、甘ったるいだけだった苺のシェイクをズゴゴッと啜った。

「へへっ。結人に言われると嬉しいな。あんがとねぇ」

 顔なんか見なくても、啓吾が嬉しそうに笑っているのがわかった。軽いように見られがちだけど、素で他人を大切できる、啓吾の1番好きな所だ。



 2時間足らずの映画を見終わって、僕は最高に気分が悪くなっていた。
 突然訪れた過激な血塗ろシーンで、涙目になって俯いてしまった。強ばっている僕の手を、それぞれがきゅっと握ってくれていた。けれど、後半は殆ど流血シーンだったので、目を逸らしてしまいスクリーンを観れなかった。


「2人とも、ごめんね。手、痛くなってない?」

 後半、ずっと強く握り締めていたから、2人の手が赤くなっている。

「こんなん痛くねぇよ。お前に握り潰されるほどヤワじゃねぇわ」

「そうそう。大丈夫だよ~。てかさぁ、終盤で主人公が花畑のド真ん中で縦真っ二つになった時さ、もう終わんのかなって思った」

「うん。僕は、終われって思った」

「マジで勢い任せな内容だったな。主人公の嫁が地球滅ぼすとは思わんかったわ。まぁ、結末が予測不能っつーのは、唯一良かったトコだな」

「あんなん予測とか無理だろ。あれは理解不能なレベルだって。てかさぁ、あの最後の技よ! 核よりやべぇだろ。初めに火星を木端微塵にした時点で、地球規模で危機感持つだろ。つーか、主人公の名前長すぎて覚えらんなかったんだけどぉ!」

「主人公の名前ね、アルツァーベルンニーデリックだよ。木端微塵になる前から、ずっと展開おかしかったでしょ。て言うか、あれのジャンル何? ホラー? SF? ヒューマンドラマじゃなかったの?」

「ポスター見て決めたんお前だろ」

「誰があんなお花畑のポスター見て、内容グロいと思うのさ。タイトルだって『ファンタジスト・ファニー・ハニー』って。ホンット騙された····」

「ははっ。テンション下がりまくりだな。まぁ、今回は完全に騙されたな」

「マジでやられたなぁ。ロビーで流してる予告、ちゃんと観ときゃ良かったねぇ」

「だね。もう知らない映画なんて観ない。危険だよぉ····」

「次は、明るい感じのやつ観に来ような」

「うん。本当にお花畑で終わるやつがいい。ドキドキしなくていいよ、もう」

「相当ヘコんでんな。じゃぁ、気を取り直してゲーセン行こうぜ!」

「····行く!」

 ゲーセンと聞いて、途端に元気が出た。なんてったって、推しのアクキーが入荷されているのだから。

「極端に元気んなったな。俺、両替してくるわ」

「あっ、俺も!」

「僕は、これの為にいっぱい100円玉持ってきたから大丈夫だよ! 先に行ってるね!」

「あはは。わかり易く元気になったな~」

「ヘコんでるよか良いわ。おい、俺らもすぐ行くから、絡まれねぇように気ぃつけて行けよ」

「大丈夫だよぉ。そんなホイホイ声なんか掛けられないでしょ」

 今朝だって、ナンパなんてされたのは初めてだ。そうそうされるものでもないだろう。

「フラグ立ててったね。急ごっか····って、どんだけ両替すんだよ」

「アイツが欲しがるやつ、全部取ったる」

「ははっ。俺も負けねぇ」

 2人がしょうもない張り合いをしているなんて全く知らない僕は、目当ての台を見つけ浮かれていた。

 UFOキャッチャーにチャレンジしていると、知らない男の人が2人、「キミ可愛いね。一緒に遊ばな~い?」と声を掛けてきた。どうやら、また僕を女と勘違いしているようだ。
 確かに小柄だし、ちょっと可愛い感じの服で来ちゃったけど、いくら女顔だからってよく見たらわかると思うのだが。毎度毎度、失礼な話だ。

「キミ中学生? オレら大学生なんだけどねぇ~」

「高校生です」

(いちいち癇に障るなぁ。て言うか、中学生なんか誘ったらまずいでしょ。それより、やっぱり僕のこと女だと思ってるよね)

「あの、先に言っときますけど、僕男ですよ」

「うっそ、こんな可愛いのに?」

「こんだけ可愛かったら男でもいいや。遊ぼーよ」

 手首を捕まれ、強引に引っ張られた。

「ちょっ、痛い。離してよ!」

「あっはは! 無理やりはマズイだろ~。泣きそうな顔してんじゃん」

 これは、非常にマズい状況だ。こんな所、八千代に見つかりでもしたら、暴力沙汰になりかねない。

「いいじゃん。1人でこんなん取ってんだし、どうせ暇なんだろ?」

「は? こんなん····? あっ····」

 嗜好を否定された一言に腹が立ち、僕の腕を掴んでいる男の顔を睨みつけた。その向こう、男の真後ろに、八千代が鬼の形相で仁王立ちしていた。血管が浮き立って、見るからに怒り狂っている。僕は驚いて、ビクッと身体が跳ねてしまった。
 即座に手を出さなかったのは、啓吾が抑えてくれているからのようだ。

「アンタらさ、俺らのお姫さんに何してくれんの?」

 八千代の後ろからひょこっと現れた啓吾が、男の手首を掴み捻りあげた。

「もう、お姫さんって言わないでよ····」

 助けてもらっておいてなんだが、本当に恥ずかしい。
 けれど、それよりも啓吾がかっこいい。普段のヘラヘラした啓吾は何処へやら。鋭い目で相手を睨みつけ、掴んでいる手に力を込める。

「ってぇな! んだよお前····ら?」

「待っ、やち──あーあ······」

 止める間もなく、ポケットに手を突っ込んだまま僕の手を掴んでいた人を蹴り、もう1人の方へとふっ飛ばした。

「場野、暴力はマズいなぁ。よーし、逃げよ~」

 啓吾はケタケタ笑いながら、僕の手を引いて走り出した。ゲーセンに来ると、逃げ帰る呪いにでもかかっているのだろうか。
 前回と違う所と言えば、「あぁ、アクキー取れなかったな」なんて、思う余裕がある。それはきっと、頼もしい彼氏たちのおかげなのだろう。

 手を引かれるままに走っていたら、いつの間にか駅に着いていた。
 息を整えていたら、丁度いい時間になったので帰ることにした。この後、八千代の家に寄り、りっくんと朔と合流するらしいのだ。


 呼び出された2人は、啓吾からデートの自慢話を聞かされている。映画の愚痴と共に。それに、ヘコんでいる僕が可愛かっただとか、いっぱい食べていた僕が可愛かっただとか、同じ事ばかり言っている。ちゃっかり、僕が2度もナンパされた事には触れずに。

「今度は俺らと行こうね、ゆいぴ。絶対もっと楽しませてあげるから」

(やっぱり3人で行く予定なんだ。りっくん、自分で言ってて気づいてなさそう····。対抗心剥き出しなの可愛いなぁ)

「そうだね。りっくんと朔ともデートしたいな」

「来週の土曜な。どこか、行きたい所考えといてくれ」

「朔ってば、気が早いんだからぁ。けど、わかった。考えとくね」

 なんて、僕たちの少し歪な関係が織り成せる、この取っかえ引っ変え感。物凄く複雑な気分だ。
 今でも、皆を弄んでいるような罪悪感は無くならない。けれど、それよりも愛おしさが勝り、皆と心を通わせる多幸感が僕を包んでくれる。
 皆にも、心穏やかに過ごしてもらいたい。その為にも、まずは隣人をどうにかしなければ。そう思うのであった。
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