crisis

よつば 綴

文字の大きさ
上 下
22 / 62

22.*****

しおりを挟む

 急ぎ早に店から離れる。せめて、人通りの多い所へ、早く····。

「先生、待ってよ。なんか急いでんの?」

 芯が僕の手を引いて止める。立ち止まりたくないのだが、振り払うわけにもいかない。それよりも、いくら人通りがないからと言って、堂々と“先生”はいただけない。

「ねぇ芯、外で呼ぶのは──」

「あれ~? やーっぱお前だ」

 背後から耳を劈く、聞き慣れた甘い声。身体が強ばり、瞬く間に自由を失う。頭から足先へと血の気が引き、焦点が定まらない。
 けれど、それを芯に悟られてはいけない。僕は、震える唇を噛み締めて振り向いた。

「か、奏斗かなとさん····」

 震える声で、かつて愛したその名を呼ぶ。もう二度と、死んでも会いたくなかった男だ。

「久しぶりぃ。そのちっこいの、彼氏?」

「お··お久しぶり、です。あ····えっと、その····」

 恋人と言ってしまって良いのだろうか。反発した芯が、余計な事を言ってしまえば終わりだ。
 奏斗さんは、一歩一歩ゆっくりと歩み寄ってくる。目の前まで来ると、少し前屈みになり僕の耳元で囁く。

「俺とは正反対じゃん。可愛いね、お前みたい」

 耳を孕ませる低い声。脳を溶かしてしまう濃い雄の匂い。頭が痺れ思考が乱れる。
 ちらりと芯を見ると、唇を尖らせている。あぁ、やはり機嫌が悪い。最悪だ。

「アンタ何? 鬼無きなしさんの元カレ?」

 どうして会話を始めてしまうんだ。できれば、適当にあしらってこの場を去りたいのに。
 けれど、流石は空気を読める芯。僕を“先生”と呼ばなかった事は、後でしっかり褒めてあげよう。

「そだよ。君は? 随分若いねぇ」

 勘のいい奏斗さんの事だ。何かを察しているに違いない。何とか誤魔化さなくては。けれど、上手く声を出せない。

「俺? 彼氏だけど何? 20歳になったばっかなの。おっさんから見りゃ若ぇだろ。俺でも中坊にはおっさん呼ばわりされっけどな」

 芯だって、状況を察する能力には長けている。挑発に乗っただけだろうが、恋人と言ってくれたことには感激だ。
 上手くかわしてくれているのもありがたい。しかし、ペラペラと減らない口には肝を冷やされる。

「ふぅ~ん。ま、何でもいいけど。なぁ、コイツ····イイだろ」

 奏斗さんは、僕の頭に手を乗せぐりぐりと撫で回す。薄いコートの袖口を握り締め、このまま時が止まるよう願った。
 お願いだから、それ以上何も言わないで。そう願う事しかできない。

「あ? あぁ、まぁね」

 お願いだから、もう帰してくれ。芯にこれ以上何も知られたくないのだ。
 僕は、一縷の望みを芯に託す。

「奏斗さん、僕たち、その、もう····」

「あ~、ごめんごめん」

「ったく、大人だったら気ぃ遣えよな。ほら、行くぞ」

 芯が僕の手を引いて、奏斗さんから奪い返してくれた。安堵して、小さな溜め息が漏れる。
 しかし、それを見逃す奏斗さんではなかった。

「ごめんね~。久しぶりに会ったからさぁ、また躾たくなっちゃって····ねぇ、れい

 背筋を電撃が貫いた。膝に力が入らない。ガクンと崩れ落ち、地面に手を突く。血の気が引いていき、体温が下がる感覚に恐怖する。そして、どんどん呼吸が浅くなってゆく。
 芯が慌てて僕に寄り添ってくれるが、どうにも声が聞こえない。幸い、裏通りなので衆目に晒されてはないが、それも時間の問題だ。早く、この状況をどうにかしなければ。
 焦りでさらに、呼吸が上手くできなくなっていく。芯の手を借りて、何とか立ち上がろうとしたその時だった。

「お前、名前呼ばれんのまだダメなの?」

 奏斗さんが、僕の脇を抱えて立たせてくれた。
 僕より少し背の低い芯は、必然的に僕達を見上げる。その瞳には、僕がどう映っているのだろうか。

「なんだそれ。つぅか躾けるって何? なぁセ··鬼無さん、そいつホントに元カレ?」

 ごめんね、芯。いつかは話そうと思っていたんだ。けれど、今はまだ、芯が僕を愛していないうちは、知られたくなかった。
 こんな僕を知ってしまえば、始まる前に終わるのは目に見えていたから。

「俺はねぇ、コイツを躾けた男だよ。コイツ、名器だろ? ぜーんぶ、俺が仕込んだの。まぁ、別れる時のトラウマは俺のミスだけど」

 あぁ····、終わってしまう。
 ようやく、手に入れたいものを見つけられたのに。


⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆

小田桐おだぎり 奏斗かなと
34歳、182cm
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...