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宿無し文無し魔法有り

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 翌朝。俺は自分の目を疑わずにはいられなかった。

「絶世の美女とうたわれるわれを母にできた事、誉《ほま》れに思うが良いぞ」
「アホか」
「なんだと!? 我の偉大さをわかっておらぬようだな」
「わかるかい」

 起きてからずっとこの調子のロリに、ウンザリだし疲れ果てた。まだ、起床して30分も経っていないのだが。
 今朝、起きたら母さんは完全な別人になっていた。母さんの部屋で寝ていた母さんもどきは、部屋から出てきたらただのロリになっていたのだ。
 身長や顔、髪型に体型、何から何までどう見ても全くの別人だ。『誰だ』と突っ込む気にもなれず流したが、おかしいだろこの状況。なんで一晩で母さんが見知らぬロリに変わってるんだよ。
 昨日の事を思い返して、一度冷静になって──。よし。

 俺は、全てを受け入れようと悟った。

「わかった。お前は母さんじゃない。なんだっけ····アル··」
「アルルでい」
「よし、アルル。あのな、母さんはおっとりのほほんとしてて、所謂いわゆるドジっだったんだよ」
「ほう、どじっこ····とな」

 自分の母親の事をドジっ娘だとか、何を言っているのかとは思う。けれど、事実なのだから致し方あるまい。

「何をやっても失敗ばっかで、まともな飯なんか作った試しがない。その点、お前は随分ハイスペックみたいだな。それでそんなに偉そうなのか? つぅかなんだよこの美味そうな朝飯は。一流ホテルかよ。··行ったことないけど」

 かつてテレビ画面の中で輝いていた、コース料理のような朝食。これを朝食と呼んでいいのかも分からないほど、豪華な食事が食卓に並んでる。

「そうだな。我に出来ぬ事は無い。我はおぬしが想像し得ぬ高みの暮らしをしておったしな」

 アルルと名乗る少女は、得意げに腕を組んで鼻を高くした。
 俺は、出処の分からないステーキにナイフを入れながら、ブツブツと文句を垂れ流す。

「確かに美味そうだけど、ロリは要らねぇんだよな。それに、ハイスペックじゃなくていいっつぅの。だいたい、俺の母さんはどうしたんだよ····」
「おう、ロリとはなんだ? 」

 本当に何も知らないんだな。
 俺は、口いっぱいに広がる肉汁を絡めながら、蕩けるように柔らかい肉を噛み締め、惜しみつつ飲み込む。そして、その余韻を溜め息と共に吐き出す。

「はぁ······。幼女の事だよ」
「誰が幼女だ! 我は19歳だぞ!」
「へぇ~······。は? 嘘だろ? それで? どう見ても12歳くらいだろ」

 ムッとした表情で、唇を尖らせたまま反発する。
 
「失礼極まりない奴だな」
「て言うか、お前さ。昨日言ってたけど、本当に魔法使いなのかよ」
「そうだ。その朝食も、材料は魔法で調達してきたのだからな」
「あーっそ。ふーん····」

 確かに、こんな豪勢な朝食を作れるほどの食材はなかったはずだ。おおかた、朝早くからどこかに買いに行ったのだろう。まったく、金はどうしたんだよ。

「じゃぁ俺の目の前で何かやってみろよ」

 そう言って、俺は二口目を口に運んだ。気晴らしに揶揄うつもりで言ったのだ。
 厨二なのか、頭がおかしいのか、どちらにせよめんどくせぇ。どうせ何もできないくせに。
 これで、少しは静かになるだろう。そう高をくくっていた
 
「構わんぞ。とくと見るがよい!」

 そう言って、アルルは意気揚々と呪文を唱え、見事にアパートの一室を爆破させた。俺たちと食卓を残し、綺麗に吹き飛んだのだ。
 ナイフとフォークを手に、少し角の焦げた椅子に座る俺はさぞ滑稽だろう。

「おい、お前の魔法とやらで家を戻せ、もしくは新しいのを建てろ。今すぐに!」
「魔法は錬金術ではないのだぞ。貴様さてはバカだな。常識だろう」

 ジト目で人をバカにしきった態度。俺は、煮えくり返りそうなはらわたを、なんとか深呼吸で鎮めた。
 けれど、文句くらいは言ってやらねば気が済まん。

「知らねーよ! この世界にゃ魔法も錬金術も無いんだよ! バカはお前だ!!」
「貴様が魔法を見せろと言ったのだろうが。まったく訳が分からんな」
「分かんねぇのはお前だよ! 水とかビチョッと出すだけでいいんだよ。なんで分かんねぇかなぁ! どうすんだよこれから····。なんっなんだよコレ····。もういいから、母さん返してどっか行けよ······」

 何もかもが嫌になり、俺はナイフとフォークを握り締めたまま、残った床に蹲った。

「貴様、本当にバカなのだな。おぬしの母君ははぎみの肉体は死んだのだ。丁度、我と同時にな」

 その体で行くと、お前はなんで生きてるんだよ。

「不思議そうな顔をしておるな。説明してやろう」

 頼んでもないのに、ペラペラと語り出す。この上なく耳障りだ。

「ざっくり言うと、果てたこの肉体に新たな我の魂が宿り、再び生命活動を始めたのだ。それにしても、こちらの世界の身体は随分脆いのだろうな。我の魔力に過剰反応して、魔法もなしに生き返れたのはラッキーだった」
「お前もういいよ。1人にしてくれって······」

 項垂れたまま、俺は声を絞り出した。もう、とっくにキャパオーバーなんだよ。

「ふむ····。仕方ないな」

 アルルは俺の腕を掴んで空高く舞い上がった。
 空は曇っていて、今にも雨が降り出しそうだ。暗雲に手が届きそうで、俺は無意識に手を伸ばした。

「やめておけ。落ちるぞ」
「はは。やめてくれよ。俺飛べねぇんだから」
「あそこがいい。ほれ、あそこの廃墟が良さそうだ」
「は?何がどぅわぁうぉぉぉぉぉ!!!」

 俺の声など届いてないかのように、アルルは指さした廃屋へと急降下した。

 昔一度だけ乗って後悔しまくったフリーホールより怖い。もう、どうにでもなれだ。
 ゆっくりと目的地に降り立った。アルルは俺を抱えたまま、満足気に廃墟を見上げて言う。

「ここだ。ここにしよう」
「ど、どこだよここ。つぅか何すんだよ!?」
「この廃墟を綺麗にして住めるようにするのだ」
「いや。いやいや。は?」
「まぁ見ておれ」

 俺を地面に落とすと、アルルは美しく優しい声で囁くように詠唱を初めた。すると、ボロ家が輝き始めたじゃないか。
 みるみるうちに、廃墟は綺麗な洋館へと変貌した。まるで、逆再生の映像を見ているかのようだった。

「すげぇー······」
「どうだ、これで住めるだろう」
「バーカ。問題山積みだわ」

 俺は、目の前にある問題をひとつひとつ丁寧に説明した。どうやら理解したらしいが、全て魔法で解決するつもりらしい。俺は開き直り、もう任せてしまおうと思った。
 なんやかんやで豪邸に住めることになったのだ。よし、ラッキーだと思う事にしよう。

 新居に侵入し、新品みたいなソファに座る。一息つき、朝食の途中だった事を思い出す。

「腹減ったなぁ····。材料があれば何か作れるんだけどなぁ」
「おぬし、料理ができるのか」
「あぁ、それなりにな。母さんの飯は食えたもんじゃなかったからな」
「ふっ··。それはそれはだな」

 ここに来て、初めてアルルが優しく微笑んだ。
 
「なんだそれ。ははっ」

 思わず、つられて笑った。母さんが事故に遭って以来、初めて笑った気がする。

「おぬし、初めて笑ったな」
「そうか? それよりもだ。俺の名前、蒼士な。"おぬし"じゃなくて、ちゃんと名前で呼べよ」
「わかった。改めて、これからよろしくな、蒼士」
「あぁ。よろしく、アルル」

 なんだか良い感じにまとまったが、これで良いわけがないだろう。俺は、握手した手を掴んで離さなかった。
 まずは、状況整理からだ。

「痛い痛い。蒼士、手! 痛いのだが!?」
「お前なぁ、これで『よろしくどうぞ』じゃねぇんだよ」
「なぜだ!? 今から飯を拵《こしら》えて、朝餉あさげをやり直して····それでいではないか!」
「良いわけねぇだろ。なぁ、この際だからハッキリさせてほしいんだけど」

 俺は、意を決してその言葉を口にする。

「俺の母さんは本当に、その····死んだのか?」
「死んだぞ」

 あっさりと、なんでもない事のように、こうもさらりと言われてしまうと何も言えない。

「そうか····」
「くよくよしていても仕方あるまい。今はこうして我が傍にるではないか」
「お前、人の感情こころ無いのかよ。まぁ、そりゃ1人よりかはマシだろうけど」
「そうであろう、そうであろう」
「よくそんなドヤ顔できるな。悲しんでる暇がなかったってだけだから」
「まぁ、我がこちらに来ておらんかったら、母君はあのまま普通に死んで蒼士は本当に独りになっていたのだ。そうだ、感謝しても良いぞ」

 強気な事を言ってはいるが、アルルは複雑そうな表情《かお》をした。まだ何かあるのだろうか。
 だが、あまりいっぺんに聞いても混乱するだけだ。この話は、また今度でいい。

「あっそ。もうそれはいいわ。つぅかさ、この屋敷を綺麗にしたのって、この家自体の時間を巻き戻したりとかそんな感じなのか?」
「おぉ、よくわかったな」
「まぁ、見た感じそんなんかなって。じゃーさ、爆破した家って戻せたんじゃないのか?」
「うぐ····。あそこは手狭だったから····な」

 人差し指をモジモジと合わせ、もごもごしながら答える。図星だったようだ。

「やっぱな。なんか、お前の事ちょっと分かってきたわ」
「知ったふうな口を聞くな! 蒼士に我のなーにがわかるというのだ」
「アホだって事とか」
「ぬぬぬぅ····。そんな事を言っておれるのも今のうちだからな! 覚悟しておけよ!」
「へいへーい」

 俺はまだ、アルルの本当のヤバさを知らなかった。だから、この先に起こることなど予想だにしなかったわけだ。
 夜も更けた頃、俺はアルルのイカれっぷりを知る羽目になる。

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