窓辺の那由香

よつば 綴

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窓辺の那由香

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 窓辺のテーブルにはベーコンエッグとトースト、コーヒーにノートパソコンがある。それと、一輪挿しには鈴蘭が飾られている。
 椅子にはいつも、髪の長い女が座っている。せっかく用意した朝食に手もつけず、分厚い歴史本に読みふけっている。


 窓にコツンと小石が当たり、鬱陶しそうに女が窓を開けた。

「何の用? アンタに構ってる時間がもったいないのだけれど、壱弥いちや

 女が煉瓦造りのアパートの小窓から顔を覗かせた。ニューヨークの一角にありそうなレトロな建物だ。

「やぁ、那由香なゆか。母さんが今晩、夕飯食べに来ないかって言うんだ。おいでよ」
「おば様が······。わかった、お邪魔させていただくわ」
「やった! それじゃあ、6時半に迎えに来るからね!」
「結構よ、1人で行けるわ。それと、窓に小石をぶつけるのはやめてちょうだい。何度言ったら覚えるの? いつか割れてしまうわ」
「あはは、ごめんよ。次から気をつけるよ」

 毎度そう言って、壱弥は小石で那由香を呼ぶ。きっと、次の用の時も。

 女の名は那由香。両親が2年前に亡くなり、叔父の所有するマンションに住んでいる高校2年生。
 叔父の息子である壱弥とは、従姉弟いとこなのである。ちなみに、壱弥の家は那由香の真下の部屋だ。

 那由香は本を読む事と、部屋の小窓から顔を覗かせ、行き交う人々を眺めているのが好きだった。嫌いなものは、集団生活と偽善者。友人と呼べる者はいない。
 壱弥はと言うと、那由香に想いを寄せている。当の那由香は、勘づいてはいるものの応える気は無かった。


 夕方になり、那由香は壱弥の家に向かう。壱弥の迎えを避けようと、早めに出るつもりだった。しかし、読書に夢中になり、予定より遅くなってしまったのだ。

 慌てて階段を駆け降りていると、壱弥が待ち伏せていた。

「わぁ、びっくりした······。どうしたの? 今からアンタの家に行くんだけど」

 驚かされた苛立ちから、那由香は不機嫌そうに言葉を投げつけた。

「驚かせてごめん。少し話がしたくて」
「何よ。叔父様たちの前ではできない話?」

 那由香は、ついに来たかとうんざりした表情で、聞かなくても良い事をわざわざ聞いて間を延ばした。

「そう、そうなんだ。あのさ、俺ずっとさ、那由香の事が······」
「私はね、壱弥、アンタの従姉弟なのよ。歳も離れてる。けれど、そうね····。私はババアになってても良いのなら、15年後、それでも気持ちが変わらなかったらもう一度来なさい。その時はちゃんと最後まで聞いてあげるから」
「そんなのって······納得いかない。この気持ちに歳なんか関係ないでしょ?」
「あるわよ。私、17歳よ? アンタ今年いくつになるか言ってみなさい」
「······6歳」

 壱弥は、俯き不満そうに答えた。那由香は壱弥の頭をポンと撫で、小さな溜め息を漏らした。

「アンタは少しませすぎなのよ。私、犯罪者か変態扱い確定じゃないの。それは勘弁してほしいわ」
「無理じゃないよ。それにさ、俺が21で那由香は32だよね? もっと早く子供ほしいじゃんか」
「あら、計算できるのね。まったく、バカな理由····。なら、10年後でいいから──」
「いいじゃん! もうさ、今聞いてよ」

 ぐいぐい迫り、那由香の両手を握って強請る壱弥。那由香は眉間に皺を寄せ、根気を溜め息に乗せて吐き出した。

「······はぁ。わかったわ」
「俺····、俺、那由香の事ずっと好きだったん──」
「ごめんなさい、無理です」

 漸く告白を聞く気になったと思ったら、食い気味で断った。これはいくらなんでも失礼だ。
 那由香にもその自覚はあったが、悪びれた様子は微塵もない。

「なんっでだよ!」
「さっき言ったわよね。今の年齢差だと、私は犯罪者になるの」
「ならない! 俺が好きになったって言うから!」
「ね、いい加減行きましょうよ。叔父様たち、きっと待ってるわよ」

 那由香は、壱弥の腕を掴んで強引に引っ張って行った。

 壱弥の家で、夕飯をご馳走になる那由香。月に数度、この場が設けられている。
 そして、食後の団欒時、那由香は近況を報告した。

「学校は、やっぱりまだ辛い?」
「······えぇ。ごめんなさい」
「ううん、謝らなくていいのよ。貴女のペースで良いんだから」
「叔母様····、ありがとう」
「パパ、ママ······」
「ん?どうしたんだ、壱弥」
「俺、那由香と結婚する」

 那由香は突然のプロポーズに、飲んでいた紅茶を噴いてしまった。壱弥の両親は目が点になっていたが、数秒後には賛成の意を示した。

「那由香ちゃんはもう、うちの娘みたいなものだけど······正式にっていうのも良いわね。ママは大賛成よ」
「そうだな。パパも賛成だよ」
「でも、那由香ちゃんの気持ちが大事よ。壱弥が結婚できる年になったら、改めてもう一度申し込みなさい」
「あの、勝手に話を進めないでちょうだい······。私はそんな気無いわ。ご馳走様でした。おやすみなさい」

 そそくさと食器を片し、那由香は自分の部屋に帰った。


 那由香は窓から月を眺めながら、自分を受け入れてくれる優しい人達のことを考えていた。
 嫌いではないし、感謝もしている。だが、家族になるのはダメだと感じていた。優しくされると気持ち悪くて堪らないのだ。
 壱弥を受け入れない本当の理由。それは、自分を大切にしてくれる温かい人達を、また殺めてしまうかもしれないと、那由香は不安で堪らなかったのだ。
 那由香の優しかった両親のように······。



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