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case2 憎悪の毒壁

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気がつくと見慣れない部屋に居た。
6畳ほどありそうだが、長方形で奥行がある。
扉を背に、左側の棚にはぬいぐるみやドライフラワーなどが飾られている。
右側の棚には本がぎっしり詰まっている。
扉の反対側の壁には、安っぽい机と椅子があり筆記具が置かれている。
小窓すら無く、非常に圧迫感のある部屋だ。
扉は鍵が掛かっているようで開かない。
監禁されているにしてたって、拘束も猿轡さるぐつわもされていない。
まったく意図が分からない。

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暫く考えてみたが、何の手掛かりも掴めなかった。
どうにも脱出する気が起きず、なんとなく本を読もうと思った。
ジャンルは様々で、ミステリーや青春物語など偏りなく在る。
とりあえず、時間を潰すのに厚めのミステリー小説を読むことにした。

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どの位の時間が経ったのだろうか。
空腹感も疲労感も無く、ただひたすらに、一心不乱に本を読み漁った。
私という人間はこんなにも本の虫だっただろうか。
時計も窓もなく時間の経過を知りようがないが、幾日も経っただろうと思う。
私はいつの間にか幽霊になっていたようだ。
食事も排泄も睡眠もなしで平気なのだから。
ただ、幽霊になったはずなのに少し具合が悪い。
やたらと息苦しく、目がかすみ、頭痛と吐き気がある。
特徴的な症状は皮膚の変色。
この症状に覚えがある。
【イナモナ草】の毒。
気化した毒を吸い込むと、数十分で全身に回る。
これに侵されると10日程で死に至る。
徐々に臓器が腐り、同時に皮膚が壊死する。
10日間痛みと苦しみにもがき続けて死ぬ。
別名、十日草とおかそう

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私は毒草による苦しみの中で少しずつ思い出した。
どうしても憎いのに、それでも愛していたあの人の事。
2人で研究していたイナモナ草の事。
イナモナ草の毒を壁に塗り込み、思い出を詰め込んだこの部屋にあの人を監禁し死に追いやった事。
そして自首した事。

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私は死刑が確定し、人権は剥奪された。
看守からは人間として扱ってもらえなかった。
ここは仮想空間で、今は刑罰を受けているのだ。

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あの人が感じた苦しみと死への恐怖、助けは来ないだろうという絶望感を体験している。
きっとあの人も、こんな風に恐怖と絶望に打ちひしがれいていたのだろう。
あの人に与えたかった感覚を、確かに与えることができたんだ。

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一緒に研究した毒草で死ねる事が嬉しいだなんて、結局憎みきれずにいたんだね。
変態じみた私の歪んだ愛なんだよ。
こんな私の最後の我儘を許してください。
利一、ごめんなさい


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 7ページにわたる彼女の手記はここまでだった。
 浦上うらかみ 珠奈じゅな36歳。長年ある毒草について研究していた。
 共に研究してきた恋人の植村うえむら 利一としかずに裏切られ、恨みを晴らすために例の毒草を使い殺害した。
 利一は研究内容を悪い噂のある製薬会社に流し、見返りに会社の重役となった。さらに、逆玉を狙い社長令嬢と関係を持ち珠奈を捨てた。
 CPがある限り利一が捕まるのは時間の問題だったが、珠奈はどうしても刑罰だけでは許す事が出来なかった。
自分の人生を犠牲にしてでも、自分の手で罰を与えたかったのだ。

 彼女は加害者である前に、被害者だった。そんな彼女の気持ちが陪審員に通じ、彼女の望む罰が与えられた。

 仮想世界は被害者のチップから記憶や感情を読み取り作られている。
 彼女は利一にしたように壁紙に毒を染み込ませた部屋に監禁された。仮想空間だから生理現象は一切無いよう設定できる。痛覚と感情は現実と同じままに。
 押さえ込んでいた記憶を徐々に解放していく。彼女に流れ込んでいく忌まわしい記憶が、心を潰していくようだった。
 そして、仮想空間で彼女が死んでゆくと同時に、現実でも彼女に毒が打たれる。

 仮想空間から引き戻された彼女は、全てを思い出しながら毒に苦しみ悶え死んだ。これで死刑執行が完了するんだそうだ。

 この様子は刑の執行人が終始監視している。全て記録し保存され、大抵の場合は遺族に公開される。
 こんな物を見ても大切な人は戻らないが、多少心が軽くなる遺族は少なくないようだ。

 そして、仮想空間には唯一現実とは違う状況がある。部屋にはノートやカメラが設置されている事だ。ここで遺したメッセージも、遺族が望めば見る事が出来る。
 犯罪者たちの多くは、反省や後悔の念を書き綴る。
だが、稀に見るサイコパスたちは、犯罪を犯す快楽を雄弁に語る。これでは遺族の悲しみも怒りも増すばかりなので公開は控えるらしい。

 この世界では、死刑が確定してから執行されるまで数日しかない。日数は10日以内で、遺族や陪審員が決める。
 この国のシステム的にも冤罪は無く、税金の無駄遣いだからと決まったことらしい。そして、死刑の執行日まで仮想現実で苦しみ続ける事になる。

 いくら罰が恐ろしくとも、犯罪は無くならない。
上手くやる奴は、監視の目を一時掻い潜って犯罪を犯す。
 背景には様々な想いや思想が渦巻いているのだろう。そのほとんどは悲しかったり理解できないものだったり、後味の悪いものばかりだ。

 世界がどうであろうと、犯罪を消滅させることは不可能なのだろうか····。
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