この恋、立派に実らせてみせます!

XCX

文字の大きさ
2 / 23

2. 眷属からのプレゼント

しおりを挟む
「遅い」

 険のある声に、条件反射で肩がびくりと大きく跳ねる。視線をそろりと動かし、目の前の人物を見る。
 短い髪はきれいな薄紫色で、明度の高い青い瞳。背はすらりと高くて、目鼻立ちがはっきりしている。すごく整った顔面で見下ろされるのは、かなりの圧を感じた。
 遅いって言っても、いつもよりほんの少しだけ遅れただけなのに…!

「ご、ごめんなさ、あぅ」
「仕事中に寄り道か?感心しねーなあ」

 鋭い視線に耐え切れずに俯いていると、鼻を摘ままれて顔を上げさせられた。思わず閉じた目をゆっくりと開けると、吐息を感じる程近くにロウシェの顔があった。顔をのぞきこまれている。
 わああ、近い、近い!

「ひぎゃっわ…!!」

 一瞬息が止まって、奇怪な声が出る。アムの実入りのカゴを顔の前に掲げて、距離を取った。体を縮こまらせる僕に、ロウシェさんの眉が器用に片方だけ吊り上がった。

「コラ、人の顔見て悲鳴上げるとは何事だ」

 腰に両腕を回されたかと思うと、抱き寄せられた。さっき以上に距離が近くなり、体が密着する。カゴが傾いて、アムの実が次々に地面へと落ちていく。

「あ、あ、アムの実が!離してくださいぃ~~…!」
「はは、顔あっつ。やっぱ面白いな、ドニ」

 恥ずかしさで顔が燃えるように熱くなるのを感じながら、必死で訴える。腕の中で身じろぎしていると、ロウシェさんは笑いながら解放してくれた。肉をむにむにされながら、頬を撫でられる。また遊ばれたことに、今度は違う意味で顔が熱を持つ。
 本当に仲良くしたいと思ってるのかな。ただ僕をからかってオモチャにしたいだけのように感じるけど…。
 落ちたアムの実を拾おうと手を伸ばす。だがふわりと優しい風が吹いて、果実を掬い上げた。あちこちに散らばった実は風に運ばれて、あっという間にカゴの中へと戻って来た。全ての実に一切傷をつけることなく繊細で絶妙な風のコントロールに、ほうと口から感嘆の息が漏れる。
 風神の眷属なだけあって、能力は折り紙つきなんだよね。

「で、遅れた理由は?」
「あ…スエロ様のお相手をしてて…。あと、シュエ様が泣きながら来訪してきたのもあって、出発も遅れたんです」
「ふーん」

 ロウシェさんはさほど興味が無さそうにあくびをした。そっちから聞いてきたのに!
 さっさと帰ろうと思い、カゴを彼に突きつける。だけどロウシェさんは一向に受け取ろうとせず、僕とアムの実を交互に見た。一番上に積まれた実が口元まで浮き上がってきた。意味が分からず、首を傾げる。

「毒味してくれよ、ドニ」
「?毒なんて入ってないです」
「ああ、毒そのものを疑ってるんじゃない。配達が遅れたってことは、いつもよりも鮮度が落ちてる可能性がある。傷んだ実をまさかヴィエトル様に献上する訳にはいかねえだろ?だからそれを確かめろってこと」
「そんなにすぐ傷まないですけど…」
「いいから、早く食えって。がぶっと。ほら」

 ロウシェの言い分に納得はいかなかったが、風に操られた実が何度も唇に押しつけられる。せっつかれて仕方なく目の前の果実にかぶりついた。口の中を甘い果汁が満たす。だけど甘ったるいわけじゃなくて、ちょうどいい。噛む度にじゅわっと果汁があふれて、極上のおいしさにうっとりしてしまう。

「傷んでないですよ。いつも通り、とってもおいしいです!」

 にっこり笑って言うと、目の前から実が消えた。一瞬でロウシェさんの手の中に移っている。食べかけのそれを突如かじり始めるものだから、僕はぎょっとしてしまった。

「まあ、確かに鮮度は落ちてないな」

 呆然とする僕をよそに、ロウシェさんはもぐもぐと咀嚼している。

「あ、あの、それ僕がかじってて汚いです!食べるならこっちのキレイな方を…」
「これでいい」
「え?でも…」
「しつこい。これでいいって」

 ロウシェさんの表情が険しくなる。戸惑い追いすがる僕をうっとうしいと思っているのが丸わかりだった。あっという間に平らげた彼に、カゴを取り上げられる。責めるような棘のある声に、また肩がびくついた。
 おかしなことを言ったつもりないのに、何で怒られなきゃいけないんだろう。やっぱり、ロウシェさんは僕のことが嫌いなんだ。
 わけが分からなくて、涙がにじんでくる。それを見られないように、俯いた状態で頭を下げて、慌てて背を向ける。急いで帰ろうとすると、手を掴まれて、体が後ろに傾いた。

「ドニ、悪い。つい、キツイ言い方になった」

 さっきと同じく、腰を抱かれた状態で抱きしめられている。目を合わせようとしてくるのを避けて、そっぽを向いた。

「そんなつもりはなかった。泣くなよ」
「…泣いてないです」

 ロウシェさんの言葉で泣いたりするもんか。芽生えた反抗心から、風の眷属を睨みつける。体にぐっと力を入れて、涙を引っ込めようと試みた。

「…あっそ」

 一瞬めを丸くしたロウシェさんだったが、次の瞬間、表情が柔らかくなった。言葉もそっけなかったが、嫌な感じは全くなくて、むしろ何故だか嬉しそうだった。不意の優しい微笑みに、心臓が大きく拍動する。
 …今、なんでドキッとしたんだろ。

「配達ごくろーさん」
「あ、うわ、あ」

 髪の毛がぐしゃぐしゃになるくらい乱雑に撫でられる。乱れた髪の毛を直しながら不満の声を漏らすと、軽快な笑い声が聞こえた。
 真摯に謝ってくれて、今までのロウシェさんと違うかも、って見直したところだったのに!やっぱりいつものロウシェさんだ!
 宙に浮かぶロウシェさんを睨みつけていると、彼の手元から何かが弧を描いて飛んできた。両手でキャッチする。小さい巾着だった。

「それ、駄賃。大事にしろよ」

 これ何ですか、と聞く前に、風の眷属は姿を消していた。
 小さな巾着に入っていたのは、数粒の種だった。見たことのない種類のものだ。
 物知りのエルカンさんに聞いてみるも、空振り。他の眷属にもかけあってくれたけど、何の成果も得られなかった。
 最終手段や、とエルカンさんに手を引かれて、ミレイユ様のところに来た。

「まあ、まあ!エメの種ね!」

 種を見せた途端、ミレイユ様は手を叩いてはしゃいだ。頬を赤く染め、感激に瞳をきらきらと輝かせる女神様はとてもお美しい。

「これがエメの種?はー、話には聞いたことあるけど、珍しなあ」
「私も久しぶりに見たわ~。ドニ、これどうしたの?」

 耳慣れない名前に首を傾げる。ミレイユ様が管理する果樹園ではアムの木だけではなく、他にも色々な植物を育てているけど、エメなんて聞いたことがない。

「えっと、もらったんです」
「まあ!一体誰にもらったの?」

 女神様は先程よりも一段と目を輝かせた。緑色の大きな瞳が今にもこぼれそうだ。好奇心を露に距離を縮めてくるミレイユ様にから漂ってくる良い匂いに、頭がくらくらする。

「知り合いから…!」

 種をくれたロウシェの顔が脳裏に浮かぶ。彼の名を口にしても全く問題ないのだけど、何故だか恥ずかしくて言えなかった。しどろもどろの回答になって、怪しさ満点だ。

「あら、まあ」

 追及されるかもと思ったけど、そんなことはなかった。ミレイユ様は口元に手をあてて、驚いたように目を瞬かせ、エルカンさんはニヤニヤと笑っている。
 …エルカンさんは、贈り主が誰か気づいてるのかも。

「ミレイユ様、エメってどんな植物なんですか?」
「エメは、果樹の一種よ。今やとても希少なものなの。小さな赤い実をいくつもつけるのだけど、とても歯ごたえが良くて、甘酸っぱくてとてもおいしいの!それにアムの実よりもたくさんの神気を含んでいるのよ」

 慌てて話題の転換を試みる。
 味を思い出しているのか、ミレイユ様は頬に手をあてて、うっとりとした表情を浮かべた。

「へ~、そんなにうまくて栄養価高いんやったら、何で栽培せえへんのです?」
「栽培したいのは山々なんだけど、生育条件が厳しくて育てるのが難しいのよ~。その点、アムの木は味良し栄養価良しなのに育てやすいから、どうしてもこっちを重宝しちゃうのよねえ。だから廃れちゃって。もうすっかり失われたと思っていたのだけれど、まだ存在していたのねえ。でも難しいってだけで、育たないって訳じゃないの。だから、栽培してみたらどうかしら?」
「…でも、ミレイユ様でも難しいのに、僕なんかが栽培できるわけな」
「こら」

 エメの種を巾着に戻し、ぎゅっと紐を閉じる。視線を落としていると、突然頬に温もりを感じた。ミレイユ様の手だ。両手で包みこまれて、顔を上げさせられる。目の前には眉間にシワを寄せたミレイユ様の顔があった。怒っていても、豊穣の女神様はすごく美しい。

「自分を卑下するようなことを言っては駄目よ、ドニ。、なんてもってのほか!あなたはひたむきで頑張り屋さんのとっても良い子。優秀で、仲間想いで、気遣いもできる優しい子。皆ドニのことが大好きなの。いくらドニだからって私達の大好きな子を貶めないでちょうだい」

 いいわね?と聞かれて、呆気に取られながらも頷いて了承する。ミレイユ様の言葉は優しいけど、声には確かに怒りが含まれていた。いつもおっとりほわほわしたところしか見たことがないから、こんな顔もするんだと驚く。しかも僕以上に僕のことに怒ってくれている。
 大好きなミレイユ様に怒られて悲しいのに、どこかくすぐったくて嬉しい。

「せやで~。次自分を蔑むような言葉発したら、お仕置きや。エルカンさんのお仕置きは怖いでえ~」
「びゃっ」

 ケッケッケ、と悪どい笑みのエルカンさんには妙な迫力があった。両手の指をボキボキ鳴らしている。冗談を言っているようには見えなくて、一瞬で総毛立った。

「…ミレイユ様、エメを果樹園で皆と一緒に育ててもいいですか?」
「ふふ、いいわよ。…って言いたいところだけど、許可できないわ」
「えっ」
「さっきも言ったように、エメは気難しくて、とても繊細な果樹なの。大勢の手が入ると、絶対に育たないわ。だから、これはドニが一人で大事に栽培するべきよ」

 巾着を持つ手がしなやかな細い指で包みこまれる。果樹園での栽培を認めてもらえなくて残念だけど、楽観的に考えることにした。
 ミレイユ様もエルカンさんも僕に期待してくれている。その期待に応えられるよう、自分で出来る限りやってみよう。生育が難しいエメの栽培に成功すれば、自信を持てて、きっと自分の成長にも繋がるはず。もしかしたら眷属にだって昇格できるかもしれない!

「わかりました!僕、やってみます!…もしエメの実が収穫出来たら、食べてもらえますか…?」
「愚問や!食うに決まってるやん!」
「ふふ。楽しみにしているわね」

 エルカンさんに痛いくらい強く抱きしめられ、頭を撫でまわされる。間髪入れずに返ってきた返事に、頑張ろうと心の中で意気込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

転生したら親指王子?小さな僕を助けてくれたのは可愛いものが好きな強面騎士様だった。

音無野ウサギ
BL
目覚めたら親指姫サイズになっていた僕。親切なチョウチョさんに助けられたけど童話の世界みたいな展開についていけない。 親切なチョウチョを食べたヒキガエルに攫われてこのままヒキガエルのもとでシンデレラのようにこき使われるの?と思ったらヒキガエルの飼い主である悪い魔法使いを倒した強面騎士様に拾われて人形用のお家に住まわせてもらうことになった。夜の間に元のサイズに戻れるんだけど騎士様に幽霊と思われて…… 可愛いもの好きの強面騎士様と異世界転生して親指姫サイズになった僕のほのぼの日常BL

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

あの日、北京の街角で

ゆまは なお
BL
5年前、一度だけ体を交わした彼が、通訳として出張に同行するーーー。 元留学生×駐在員。年下攻め。再会もの。 北京に留学していた上野孝弘は駐在員の高橋祐樹と街中で出会い、突然のアクシデントにより、その場で通訳を頼まれる。その後も友人としてつき合いが続くうちに、孝弘は祐樹に惹かれていくが、半年間の研修で来ていた祐樹の帰国予定が近づいてくる。 孝弘の告白は断られ、祐樹は逃げるように連絡を絶ってしまう。 その5年後、祐樹は中国出張に同行するコーディネーターとして孝弘と再会する。 3週間の出張に同行すると聞き、気持ちが波立つ祐樹に、大人になった孝弘が迫ってきて……? 2016年に発表した作品の改訂版。他サイトにも掲載しています。

処理中です...