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13.届かない手紙

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 リリラの助けを借りて、フランクとヨハン宛の手紙を書いた。今更だけど、俺はこの世界で言葉に困ることはなかった。普通に会話できるし、異世界の妙な文字も問題なく読めるし、俺が日本語で書いた文字は皆読めるらしかった。すごい便利。まるで漫画の中の出来事みたいだ。
 リリラによると、最近はいい匂いの香を手紙に焚きしめるのが流行っているらしい。しゃれてるなと感心するのと同時に、リリラがこういったことに気を遣うタイプなことに驚いた。
 厚意で彼のコレクションの中から好きな香りの香木を選ばせてもらって、リリラの教えに従って便箋に匂いを焚きしめた。蜜蠟で封をして、集荷箱へと入れた。
 手紙を書くのは本当に久しぶりだったけど、なかなか新鮮で楽しかった。文通を続けて、変わらぬ友情を築けたらいいな。
 ヨハンには告白の断りを文面にした。正直に、ライナスに想いを寄せていることも。自分の気持ちに嘘を吐けない。そんな状態で付き合うのはヨハンには失礼だと正直に書いた。
 しかし、待てど暮らせど二人から返事は来なかった。ヨハンから来ないのはまだわかる。自分はヨハンをフッたのだ。気まずさから返事が無くても納得できる。
 けど、フランクから返事の手紙がないのは妙だった。彼は実直で真面目な人間だ。いくら忙しいからと言って、それを理由に返信をおざなりにはしないはずだ。

「手紙の配送って時間がかかる?」
「どんなに遅くても一週間くらいかな。フランク達からまだ返事届かないの?」
「うん」
「妙だな~…。まあ、間違った地域に配送されたり紛失にあう可能性はあるけど…。もう一回送ってみる?」

 リリラの助言で、もう一度二人に手紙を送った。だが、やっぱりどちらからも返事は来なかった。さすがに二回も紛失するとは思えず、休憩時間に郵便室に向かった。
 郵便室には、壁一面に細かい仕切のある棚が置かれていた。机の上には、届いたばかりらしき郵便物がどっさり入った籠が置かれている。数人の団員が郵便物の宛名を確認しては、所定の棚の仕切の中へと振り分けている。彼らの手さばきに見惚れていると、近くにいた団員が声をかけてくれた。

「何か用事?」
「あ、あの、俺宛の手紙、なかったかなと思って…」
「名前は?」
「ユウタです」
「あー副団長の介助やってるんだっけ?確か副団長のと合わせて仕分けるようにしてたな」
「ユウタ?お前宛の手紙あったぜ」

 もう一人の郵便係が会話に入ってくる。自分宛の郵便があったと聞いて、嬉しさで泣きたくなった。
 良かった!ちゃんと返事来てた!

「どれっ!?」
「さっきライナス副団長が訪ねてきたから、渡しといたぜ」
「え…?」

 予想外の名前が話題に上って、困惑する。

「なんかさ、急ぎの郵便でも待ってるのか、最近毎日訪ねてくるんだよ。仕分け次第届けますよって提案したんだけど、いいって断られるんだよな。で、ユウタの分もあればついでに持っていくって言うから、今までもそうしてたんだけどさ」
「お、俺宛の郵便物、今までにも届いてたのっ!?」
「…え、あ、ああ。届いてたよ。ライナス副団長に渡したよ」

 頭の中に色んな感情がまるでマグマのように一気にあふれる。目の前の団員の腕を掴み、詰め寄る。よっぽど俺が怖い顔をしていたのだろう。団員はたじろいでいた。
 なんで。どうして。手紙が届いていること、ライナスから一度たりとも聞いていない。渡されてもいない。
 今すぐにでもライナスを問い詰めたかった。けど現在の所在がわからないし、休憩時間も終わりそうになっていた。混乱した頭のまま、仕方なく調理場に戻った。夜なら絶対に部屋で顔を合わせるから、問い詰めるならそのタミングしかない。
 怒りと困惑と、色んな感情に苛まれながらも、必死で感情を押し殺して仕事をした。

「お疲れさま、ユウタ」

 二人分の食事をトレーに載せて部屋に戻ると、ライナスがにこやかに出迎えてくれた。俺が入りやすいようにドアを押さえてくれる。
 捻挫した彼の手首は、日常生活にはさほど支障がない程に回復していた。もうそろそろお世話係も放免されてもおかしくないのだが、ライナスは何も言ってこない。それに俺もフランクとヨハンのいない自部屋に戻るのが何だか寂しいし、ライナスの傍にいれるのも嬉しかったから、何も言わずに現状に甘えることにしていた。
 いつもならありがとうと言って微笑み返すのだが、今日はそんな気になれなかった。無言で室内に入り、机の上にトレーを置く。それから振り返り、彼に向かって手を突きだした。
 ライナスが首を傾げて、俺の顔と手を交互に見る。

「ユウタ…?どうかしたの?」
「手紙、ちょうだい」
「手紙…?」
「俺宛の手紙、あるんでしょ。ちょうだい」

 一歩詰め寄ると、ライナスが一歩後ずさる。困惑の表情を浮かべている。

「…何の話?ユウタの手紙なんて、僕知らないよ…?」
「嘘つき!俺宛の手紙をライナスさんがついでだからって持って行った、って郵便室の人に聞いたんだから!」

 ついつい語気が荒くなってしまう。それでもライナスはいつもみたいに眉を垂らして、飼い主にこっぴどく叱られた犬みたいに大きな体を縮こまらせている。
 普段ならきゅんとなって、ついつい許してしまうのだが、今回だけはその様子に余計に腹が立った。こんなに激しい怒りに見舞われたのは、孝輔にセフレ宣言された後、記念にもう一回ヤる?と提案されて以来だ。

「…っもういい!辞める!明日からは違う人にお世話してもらって!」

 郵便室の団員が俺に嘘を吐くメリットなどないから、彼が言っていたことはきっと真実だ。それなのにどうしてライナスがしらばっくれるのか、理解できない。
 怒りと悲しみと色んな感情が入り混じってしまって、とてもじゃないけど冷静でいられなかった。ライナスと距離を置きたい。泣きそうになるのをぐっとこらえて、俺は扉へと駆け寄った。
 ドアノブに指が触れそうになった瞬間、体が後ろに引っ張られた。背中に温もりを感じたのと同時に、逞しい腕に抱きしめられる。耳にライナスの吐息を感じた。

「駄目。辞めないで」

 どうにか拘束から逃れようと身をよじり、手を振り回して暴れるも、彼の腕はぴくりとも動かなかった。腕の力が強くなり、更にきつく抱きしめられてしまう。

「…手紙、渡すから、行かないで。お願い」

 やっぱり、俺宛の手紙を持ってたんだ。俺が脱力したのが分かったのか、ライナスの体が離れていく。彼はポケットに入れていた鍵で机の引き出しを開けると、封筒の束を差し出した。
 ハッと息を呑む。
 ヨハンとフランクからの手紙に紛れて、俺が彼らに書いた手紙まであった。一番最初に出したものと、紛失にあったと思って書き直したものの、両方だ。
 そんな…。俺が書いた手紙は一度も彼らの手元に届いていないということか。じゃあ、彼らからのこの手紙は返事じゃなくて、純粋に俺に書かれたものってことだ。
 涙の粒が封筒に落ちて、インクがにじんでいく。まるで首を絞められているかのように、のどが苦しい。うまく呼吸ができない。俺は封筒の束を手に突っ立ったまま、声を詰まらせて泣いていた。
 ひどい。ひどい。どうしてこんなことをされなきゃいけないんだ。
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