盗みから始まる異類婚姻譚

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番外編

冬の楽しみ方

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 季節は移ろい、鬼の里にも冬がやって来た。しんしんと雪が降り、辺り一面銀世界に包まれている。

「さみーっ!」

 戸が開いたかと思えば、屋敷に響く元気な声に、青年は笑みを浮かべながら玄関へと急いだ。

「おかえりなさい、リュカ様」

 戸口には寒さのせいで頬と鼻と耳を真っ赤にした少年がぷるぷると震えて立っていた。体側で両手をぎゅっと握りしめている。両手で頬を包みこむと、その冷たさにセキシは驚いた。

「こんなに冷たくなって…何をしていたんです?」
「チビたちに誘われて、一緒に雪だるま作ってた」

 チビたち、というのは一族の子鬼たちだ。リュカが竜族と知られていることもあり、最近はなにかと一緒に遊ぼうと誘われるようになっていた。彼がすっかり鬼族に馴染んでいることがセキシには微笑ましかった。

「部屋に火鉢を置いています。蘇芳様とレヴォルーク様も暖を取ってらっしゃいますよ。後で温かい飲み物をお持ちしますね」

 こくりと頷いて、リュカは自室へと戻った。おかえり~、と父親の声に迎えられる。座卓を囲んで、蘇芳とレヴォルークはつまみを口にしながら酒盛りをしていた。酒を嗜む赤鬼は、いくら吞んでも全く酔わないレヴォルークと二人でよく酒を楽しんでいる。
 少年は父親の傍に置かれていた火鉢に飛びついた。手をかざすと、寒さのせいでこわばっていた関節がじわじわとほぐれていく気がする。だが火鉢にあたっている体の正面は温かいものの、背中が寒い。

「俺、なんか寒さに弱くなった気がする。テル・メルにいた頃も寒かったけど、それとはまた次元が違う気がする!」

 テル・メルで清掃夫をしていた時は、娼館内の暖房の熱は屋根裏まで届かず寒かったが、少しでも体を動かせば温かくなって、煎餅布団でも凌ぐことが出来た。それなのに今は、外で走り回っていたのにさほど温かくならなかった。軽い倦怠感があるし、自分の動きが鈍いのもわかる。

「それはきっと封印が解けたからだね。竜族は一応爬虫類系だから、寒さに弱いんだよ。体温も上がりにくいしね」
「父ちゃんだって同じ竜族なのに寒そうに見えないのは何で!?」
「度数の高いお酒飲んで体をあっためてるんだよ~。リュカはまだ子供だから、このやり方は許可できないね」
「うう゛ーっ!」

 また一つ、早く大人になりたい理由がリュカの中で増えた。

「火吹いて暖めればいいんじゃねえのか」
「辺り一帯消し炭になってもいいなら」
「雑だな。じゃあ、竜族と戦うなら、冬が好機ってことか」
「そうそう。普段の三分の一しか力出せないと思うよ」
「火が吹けるってのに、寒さに弱ぇって皮肉なもんだな」
「俺、冬嫌い…。早く夏になればいいのに…」

 まるで他人事のようにのうのうとのたまう父親に、リュカはがっくりとうなだれる。冬の間ずっとこれに耐えなければいけないのかと思うと陰鬱な気分になる。
 悲しい気持ちに陥っていると、蘇芳が突然立ち上がり、席を移動した。リュカの傍に腰を落ち着ける。

「リュカ、こっち来い。温めてやる」
「キャー、蘇芳くんたら意味深~」
「うっせえぞ、オッサン」

 隙あらばすぐに冷やかそうとする竜を、赤鬼は睨みつけた。これももう、慣れた光景だ。リュカは緩慢な動きで蘇芳の膝の上に乗り上げた。子猿よろしく抱きつくと、蘇芳が肩に羽織っていた半纏で体をくるんでくれた。

「あったけ~~っ!」

 衣服ごしでもわかる、赤鬼の体から放出されている熱に、少年は顔を輝かせた。顔も温めようと、胸板にぐりぐりと押しつける。ふかふかとする胸筋も相まって、たまらなく気持ちが良い。

「さいこー」
「蘇芳くんムキムキだから、やっぱぬくいんだあ。いいなあ、僕もあやかりたいなあ」
「あんたは酒で暖取れるんだろ」

 顔をしかめた蘇芳に、にべもなく断られ、レヴォルークはまるで子供のようにわかりやすくしょげた。かわいそうだなと思ったが、この鬼は自分のだからごめんな、と心の中で謝罪する。
 その時、セキシが入ってきた。蘇芳に抱かれたリュカを見て、微笑む。彼は二人に近づくと、湯呑みを卓の上に置いた。
 もくもくと白い湯気が出ている。何だろう、と少年はセキシを見上げた。

「甘酒です。芯から温まりますよ」
「セキシ、ついでに網となんか食い物持って来てくれ。リュカ用に」

 雑な注文だが、青年は嫌な顔一つせずに了承した。赤鬼の膝の上で向きを変え、息を吹きかけて冷ましながら湯呑みに口をつける。少しとろりとしたコクのある甘さが口の中に広がる。嚥下した先から腹部に熱が広がっていくのを感じる。
 間もなく、御膳に色々な物を乗せたセキシが戻って来た。座卓にめいっぱい食材が広げられる。

「リュカ、お前に冬の醍醐味を教えてやるよ」

 蘇芳はニヤリと笑うと、火鉢の上に網を置き、その上に丸い形をした白い塊を乗せた。少年は赤鬼の胸に頭をもたせかけ、餅と言われた物が焼けるのをぼんやりと眺めた。蒸した米をついて丸めた食べ物だとセキシから説明を受けるが、食べたことなど勿論なくて、どんなものかまるで分からなかった。だんだんと膨らんでいく塊に、リュカは思わず声を漏らした。蘇芳は焼き色のついた餅に醤油をまぶして海苔で巻くと、少年に差し出した。

「がっつくなよ。のどに詰まるぞ」

 焼きたての熱さを少し持て余しながら、リュカはぱくりと食いついた。びよんと伸び、もちもちと弾力のある餅に彼は瞳を輝かせて、部屋にいる面々を見た。言葉は無くとも、少年がおいしいと感動しているのは丸わかりだった。

「うまあっ!」
「本当だ。おいしいねえ。噛めば噛むほどにお米の甘みが感じられるね」
「うん、うん!醤油のしょっぱいのと海苔の香ばしさも最高!」

 同様に醤油をまぶして食べる父親に、リュカは何度も頭を上下に振って同意した。あまりにも激しくて、首がもげてしまうのではないかとセキシは内心ハラハラしていた。

「蘇芳、もう一個焼いて」
「そう言うと思って、もう焼いてる」

 少年はすっかり気に入ったらしい。お代わりをねだる彼の頭を、蘇芳は撫でた。火鉢であぶったスルメをつまみ、酒を呷る。

「他にどんな食べ方あんの?」
「味噌つけたりな」
「小豆を煮たものをかけてもおいしいですよ」
「どっちもうまそう!」
「持ってきますね」

 すっかりリュカの食欲にスイッチが入ってしまったらしい。好奇心に瞳を輝かせる少年に笑いかけ、セキシは席を立った。

「だし汁に入れて野菜と煮るのもうまいな」
「すげえ、餅の可能性無限大じゃん!まだ焼けねーかな~」
「食い意地張ってる僕の愛息子、可愛いな~」

 レヴォルークは座卓に頬杖をついて、でれでれと顔を緩ませている。待ちきれないとばかりに網の上の餅を眺めるリュカの額に、蘇芳はみかんを押しあてた。外気ですっかり冷えたそれに、悲鳴があがる。少年は額を両手でおさえながら、何するんだと言わんばかりに赤鬼をにらみつけた。

「みかんでも食って待ってな」
「え~やだよ。冬なのに何でわざわざ冷たいの食うんだよ」
「バァカ。わかってねえな。それがいいんだよ」

 意味が分からないとは思いつつも、少年は口元に突き付けられたみかんを食べた。果汁の冷たさに肩を竦めるも、完全に温まった体の中を通っていく不思議な感覚が癖になる。気づけばリュカは蘇芳の手からひったくって残りを平らげていた。

「あったまりながら冷たい物を食うのも、乙なモンだろ」
「うん。冷たいみかん、うまいね」

 あっさりと手の平を返す少年に蘇芳は笑いを禁じえなかった。ちょろすぎる。が、そこがリュカの可愛いところでもある。

「冬も悪くねえだろ?うまいもんいっぱいあるぞ。お前、食うの好きだろ」
「…けど寒いの嫌だし」
「俺にずっとくっついときゃいいだろ」
「蘇芳が遠征でいないときは?」
「レヴォルークがいんだろ」

 そう言うとリュカは蘇芳の膝の上からおりて、父親に抱きついた。息子からの抱擁が嬉しくてたまらないのか、レヴォルークは嬉々として抱きしめ返した。小さな丸い頭に口づけの雨を降らす。
 だが少年は竜の姿に変身して、父親の腕の中から脱出すると、己の伴侶の元に戻った。

「蘇芳のがあったかい。父ちゃんちょっと冷てえ」
「リュカに振られたあ~」
「父ちゃん大げさー」

 レヴォルークは泣きながら机に突っ伏した。己の胸に顔を埋めながら、上目遣いで見上げてくるリュカの魂胆が分かって、蘇芳は苦々しく顔を歪めた。
 少し前から、やたらと戦場について行きたがっている。レヴォルークが遠征に参加する時は、必ずと言っていいほどに随伴したがる。はっきりと言葉にはしないが、一人帰りを待つのが不安で怖いらしい。気持ちは理解できるものの、同伴を認めるわけにもいかず、蘇芳は決まって出陣の前夜にリュカを抱き潰していた。

「……セキシにくっついとけ。邪魔にならねえ程度に」
「いいのか?嫉妬、しねえ?」

 痛いところを突いてくる。が、背に腹は代えられない。歯の隙間から絞り出すように、しねえ、と赤鬼は返事をした。

「…ふうん。…わかった」

 戦場について行く許しをもらう目論見が失敗したからか、少年はむっつりと唇を尖らせた。どことなくふてくされているように見える。だがそれも味噌や小豆煮を持ってきたセキシのおかげで、長くは続かなかった。
 間食には当てはまらない量の餅を食して腹を満たしたリュカは、幸せだと言わんばかりに大きく息を吐いた。

「満足した~」
「お前めちゃくちゃ食ったな。夜飯食えんのか?」
「食べれるよ!セキシのご飯ならいくらでも!セキシのご飯は別腹!」
「ふふ、もったいないお言葉。リュカ様ありがとうございます」
「ちょい、便所」

 赤鬼は懐に居座るリュカをひょいと抱き上げて床に下ろした。急に温もりを失った少年は、ぎゃあと叫んだ。

「俺の湯たんぽ!」
「誰が湯たんぽだ、コラ。数分の間くらい我慢しろ。心配しなくとも、夜は嫌ってほど温めてやるよ」
「…わかった」

 リュカは渋々頷いた。赤鬼が面食らった様子で目を丸くして、それからニヤリと笑った。レヴォルークも裏声でキャーと声を上げている。少年は二人の妙な反応の意味がわからず、首を傾げた。どうかした?と聞いても誰も教えてくれず、セキシも微笑むだけだった。
 夜になって激しく体を貪られながら、そこで初めてリュカは理解した。

「温いどころか、あちいだろ?」

 灼熱のように熱く勃起した性器で腹の中を激しくかき回しながら、額に汗を浮かべた蘇芳はニタリとほくそ笑む。
 温めるってこういうことかよーっ!

「体はあったまるし、気持ち良くもなれて一石二鳥だろ」
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