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74. それから
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戦争が終わって、日常が戻って来た。直後は琥珀の処刑や青藍の新頭領就任、戦死者の弔いなどバタバタしていた。だがそれも終われば拍子抜けに思うくらいに、今まで通りの生活を送っていた。
遺族も弔いの場では嗚咽をこぼしながら泣いていたのに、翌日にはケロッとした顔で働いていた。リュカは驚いたものの、いかに戦争が彼らの日常の一部なのかを思い知った。いつまでも戦死者のことを嘆いているわけにはいかない。それで腹は膨らまねえし、死者が生き返るわけでもねえからな、と蘇芳は言った。いつ死ぬかもわからない。けれどそれも覚悟の上で戦争に臨んでるのだと知って、逞しいとリュカは思った。けれども、同時に胃の部分がきゅうとなるのが分かった。
変わったこともいくつかある。竜顕現のニュースは瞬く間に全種族の知るところとなった。竜の存在やかつて世界を壊したことなどでまかせだと信じて疑わなかった異形達も、昔話が真実だと知った。號斑族との戦場にレヴォルークが出現したことで、鬼族の背後には竜がついているとまことしやかな噂まで流れた。
事実は全くの逆だったが、わざわざ噂を否定することもなかった。幻の種族である竜を味方につけた鬼族には、代理戦争の依頼が殺到したからだ。黒鳶や新頭領の青藍もレヴォルークを戦争に投入するつもりは毛頭ない。竜族の圧倒的な力を頼って戦場を蹂躙し続ければ、鬼一族の衰退を招いてしまう。レヴォルークは賓客であり居候、というのが鬼族の中での共通認識だった。
「とは言え、ずっとタダ飯食らいってのもねえ。可愛いリュカに色々買ってあげたいし、僕もお金稼ぎたいなあ」
竜の王配の要望により、時折レヴォルークは戦場に現れた。あくまで牽制のための存在で、ただそこにいる、手出しはしないというのが条件だった。それだけでも効果はてきめんだった。圧倒的な姿と彼が気まぐれに噴く炎で、敵軍を怯ませた。竜の報復を恐れて、個人的に鬼族に喧嘩を仕掛ける種族も現れない。互いにある種のビジネスパートナーと化していた。
変わったことは、もう一つある。人間の奴隷だと思われていたリュカが、結果レヴォルークの息子で竜族と知られてから、鬼達の態度が変わったのだ。これまでは遠巻きに視線を投げかけてくるだけだったのだが、里の中を歩いているだけでも声をかけられるようになったのだ。多くは挨拶を交わすだけのものだが、子鬼達にはよく絡まれるようになってしまった。
「竜のお兄ちゃんだ!」
「なあなあ、変身してみせてよ!」
今日も今日とて子鬼たちに囲まれ、リュカはたじろいだ。きらきらと輝く純粋な目に見つめられて、どうすればいいのかわからない。無下に断るのもためらわれた。
と言うのも、少年は父親や蘇芳から人前でみだりに竜に変身することを禁じられていた。幼体で満足に種族本来の能力を発揮できないという秘密が、どこから外部へ漏れるかわからないからだ。一族の者を信用していないと言う訳ではないが、口が滑ってうっかり、ということもある。用心するに越したことはない、というのが蘇芳とレヴォルークの共通理解だった。
この場をどうやり過ごせばいいのか脳をフル回転させていると、助け船がやって来た。レヴォルークだ。父親に後ろから抱きしめられ、さり気なく庇われている。
「君達、竜の姿が見たいのかい?いいよ~」
子鬼達ににっこりと笑いかけるなり、彼は竜へと変化した。人型から一瞬にして竜に変わった様子に、子供たちが歓声を上げる。興奮に頬を赤く染め、すごいだとかかっこいいだとか大声で褒めそやし、竜の周りを駆けまわっている。嘘のない無垢な言葉と態度に、レヴォルークもまんざらでもなさそうだった。彼の銀の瞳が向けられ、合図でもするかのようにウインクをされる。今のうちに行きなさい、と言われているようだった。
父親の気遣いに感謝しつつ、子供たちが気を取られているうちに、リュカはそそくさと屋敷に戻った。部屋でまったりとくつろいで座る蘇芳の膝の上に突っ伏す。
「何だよ、熱烈だな。しゃぶってくれんのか」
「ちげーし!」
全力で否定すると、赤鬼はケラケラと笑い声をあげた。うつぶせの状態のままで動かないでいると、頭を撫でられる。
「何かあったのか。嫌なことされたとか、言われたとか」
「…違う。…けど最近もやもやしてて…」
「もやもや?」
聞き返してくる赤鬼に頷きながら、リュカは彼の膝の上に乗り上げる。服の上からでも盛り上がっているのが分かる、胸筋に顔を埋める。胸の谷間に顔がちょうどフィットするのを最近知って、こうするのがリュカの中でブームと化していた。弾力と硬さが程よく混在していて、何とも言えないふかふかとした心地良さがある。
「里の皆がさ、話しかけてくれるようになったのは嬉しいんだ。けどさ、俺が人間のままだったとしても、同じように接してくれるのかなって。俺が竜族だって分かったから、優しくしてくれるようになったんじゃないかって思ってさ。…そう疑ってしまう自分も嫌になる」
「しゃーねーだろ。他の奴らだって悪気があって敬遠してた訳じゃねえ。昔から続く歴史がそうさせてんだ。俺やセキシや沙楼羅や九鬼丸みてーに、お前が人間だろうが竜族だろうが関係ねえって思う層もいれば、ガッチガチに頭の凝り固まった層もいる。このごっちゃな世界で生きてる限り、種族による差別からは逃れられねえよ」
「…うん。そう、だよな」
自分でも思っていたことなのに、蘇芳にきっぱりとそうだと明言されて、気分が落ちこんでしまう。と同時に、リュカを竜族としてではなく、リュカ個人として見てくれている蘇芳たちに出会えて自分は幸運だと思った。赤鬼の背中に両腕を回して抱きつき、胸にぐりぐりと頭を擦りつける。
「…まあ、お前の場合は人間ってだけじゃなく、かつ俺の嫁ってことで余計に反感買ってたろうな。一族の誰からも良く思われてねえからな、俺」
「あ、でも最近、俺が里に来てから蘇芳の態度が柔らかくなったって言われた。前より刺々しい雰囲気がなくなって、話しかけやすいって。それはすげー嬉しかった」
その時のことを思い出すと、リュカの頬が自然と緩む。自分の存在が誰かに対して良い作用をもたらしているのであれば、これ以上に嬉しいことはない。
満面の笑みで見上げてくる少年に、赤鬼は口づけた。黒髪が乱れるくらいに、ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。
「…俺、大きくなって強くなったら、人間をどうにかして助けてあげたい。イズルみたいに苦しむ人たちが少しでも減るように。今はまだ、自分に一体何ができるのかわかんねーけど…」
リュカの中には確かな罪悪感が存在していた。竜族の内戦及び自分の存在のせいで、数多の世界は壊れ、境界が曖昧になった。そのせいで、人間はヒエラルキーの最下層に落ち、どの種族からも蹂躙されることとなった。父親たちを責めるつもりは欠片もないが、自分は人間たちに贖罪をする責任があるのではないかと思っている。
「その時は、俺も付き合ってやるよ。無茶しそうで一人にさせられねえわ」
暫しの沈黙の後、鼻をきゅっと指で摘ままれる。
「…あのさ、思ってたんだけど、蘇芳って跡継ぎ作んなくていいのか?会合で、黒鳶に言われてたじゃん。赤の一族の長として、世継ぎのことをちゃんと考えろって」
「ああ、確かに言われたな。…俺が他の女を孕ませてもいいのか?」
「いいわけないだろ!俺、浮気は許さないって言ったじゃん!」
蘇芳が自分以外とセックスするのを想像した瞬間、激しい怒りが沸いてくる。
「ンな噛みついてくんなよ。お前が聞いてきたんだろうが」
呆れた表情の蘇芳に背中を撫でられ、落ち着けと宥められる。
「心配しなくとも、リュカ以外を抱くつもりなんか更々ねえって。つうか、お前を選んだ時点でガキのことなんざ望んでねえってわかるだろ」
「けどさ、男でも妊娠できるよう変化させる薬があるとかなんとか…って言ってたじゃん。…だから俺、蘇芳が族長として子供が必要なんだったら、…の、飲んでもいいかな、って…」
言葉を紡いでいると、声がだんだんと小さくなって、尻すぼみになっていく。自分はとんでもないことを言っているのではないかと、強い羞恥に見舞われる。まるで自分が蘇芳の子供を孕みたいとでも言ってるみたいではないか。
赤鬼の顔を真っ直ぐに見れず、俯く。顔がどんどん熱を持っていくのがわかる。恥ずかしさを紛らわしたくて、彼の装束についた飾り紐を手遊びする。
「顔、あっちぃ」
頬を撫でられたかと思えば、顔を上げさせられる。蘇芳は、笑みを浮かべていた。今までリュカが見た中で、一番穏やかで優しい笑みだった。
「リュカ、お前可愛いこと言うな。俺との子供、産んでもいいって?」
声もどことなく弾んでいて、嬉しそうだ。少年は小さく頷いた。蘇芳が喜んでくれているのが分かって、気持ちがふわふわする。
「お前の気持ちは嬉しい。…けど、必要ねえ」
「えっ」
まさか断られるとは思ってなくて、驚きのあまり口から変な声が漏れた。
「な、なんでっ…!?」
「確かに親父にはせっつかれてたけどな。跡継ぎを作ろうなんざ、俺はこれっぽっちも思ってねえんだよ。幼少期をここで過ごしてないせいか、一族に思い入れが無くてよ。ぶっちゃけ、一族がどうなろうと全く興味がねえ。それに戦闘能力に秀でた親から生まれた子が、絶対に強いって確証だってねえだろ。もしかすると、セキシみたいに血生臭いことが苦手かもしれねえ。それなのに血筋だからって、族長に据えられてみろ。地獄だろ。それに、自分が親になるとか、まるで想像できねえんだよな」
蘇芳の言い分に、リュカは呆気に取られていた。だが、言い分は理解できた。確かにそうだな、と納得もできた。赤鬼は子を成すことだけではなく、その先のことまで考えていた。逆に産むことばかり考えていた、自分が浅はかだったように思えた。
「つうか、お前こそどうなんだよ。竜族の女王の息子で、王子ってことだろ。リュカこそ、血筋を絶やしちゃいけねえんじゃねえのか」
「父ちゃんに聞いたけど、別にいいって言ってた。国はもう滅亡しているし、復興するにも生き残ってる竜族がもう少ないって。生き残った竜たちも細々と生きていければいいみたい。もし俺が女の人と結ばれてたら話は別だったみたいだけど、蘇芳を選んだ以上、俺だけに重荷を背負わせたくないって父ちゃん言ってた。もう十分辛い目に遭わせたからって。種族の血が絶えるのならそれもまた運命だって、皆受け入れてるらしい」
「成程な。お前がわざわざ雌体になって、子供を産む必要もねえわけだ。無理矢理体を変化させて、お前の身にどんな影響が出るかもわからねえし、しないに越したことはねえな。レヴォルークとセキシ、沙楼羅と九鬼丸、お前と俺。全員家族で一緒に生きればいい」
「うん!」
少年は力強く首を縦に振った。密かに安堵していた。いざとなれば雌の体になって蘇芳の子供を身籠る。そう覚悟を決めるのにかなり葛藤した。自分の体が一部でも雌になるなんて全く想像がつかないし、自分でなくなる気がして怖かったのだ。
「それよりな」
「ンあ…っ!?」
突然臀部に硬いものを押しつけられて、リュカは目を丸くした。目の前では蘇芳がニヤリと口角をつりあげて笑っている。熱を持った赤い瞳がギラギラと光っている。
「リュカ、責任取ってくれるよなァ?俺のガキを孕んでもいいとか、煽りやがって」
腰に逞しい両腕が回され、がっちりと抱きすくめられてしまう。拒否したってどうせ聞かないくせに、という言葉をリュカは飲みこんだ。蘇芳とするのは嫌ではないので、両腕を首に巻きつけ、自分から口づけた。
遺族も弔いの場では嗚咽をこぼしながら泣いていたのに、翌日にはケロッとした顔で働いていた。リュカは驚いたものの、いかに戦争が彼らの日常の一部なのかを思い知った。いつまでも戦死者のことを嘆いているわけにはいかない。それで腹は膨らまねえし、死者が生き返るわけでもねえからな、と蘇芳は言った。いつ死ぬかもわからない。けれどそれも覚悟の上で戦争に臨んでるのだと知って、逞しいとリュカは思った。けれども、同時に胃の部分がきゅうとなるのが分かった。
変わったこともいくつかある。竜顕現のニュースは瞬く間に全種族の知るところとなった。竜の存在やかつて世界を壊したことなどでまかせだと信じて疑わなかった異形達も、昔話が真実だと知った。號斑族との戦場にレヴォルークが出現したことで、鬼族の背後には竜がついているとまことしやかな噂まで流れた。
事実は全くの逆だったが、わざわざ噂を否定することもなかった。幻の種族である竜を味方につけた鬼族には、代理戦争の依頼が殺到したからだ。黒鳶や新頭領の青藍もレヴォルークを戦争に投入するつもりは毛頭ない。竜族の圧倒的な力を頼って戦場を蹂躙し続ければ、鬼一族の衰退を招いてしまう。レヴォルークは賓客であり居候、というのが鬼族の中での共通認識だった。
「とは言え、ずっとタダ飯食らいってのもねえ。可愛いリュカに色々買ってあげたいし、僕もお金稼ぎたいなあ」
竜の王配の要望により、時折レヴォルークは戦場に現れた。あくまで牽制のための存在で、ただそこにいる、手出しはしないというのが条件だった。それだけでも効果はてきめんだった。圧倒的な姿と彼が気まぐれに噴く炎で、敵軍を怯ませた。竜の報復を恐れて、個人的に鬼族に喧嘩を仕掛ける種族も現れない。互いにある種のビジネスパートナーと化していた。
変わったことは、もう一つある。人間の奴隷だと思われていたリュカが、結果レヴォルークの息子で竜族と知られてから、鬼達の態度が変わったのだ。これまでは遠巻きに視線を投げかけてくるだけだったのだが、里の中を歩いているだけでも声をかけられるようになったのだ。多くは挨拶を交わすだけのものだが、子鬼達にはよく絡まれるようになってしまった。
「竜のお兄ちゃんだ!」
「なあなあ、変身してみせてよ!」
今日も今日とて子鬼たちに囲まれ、リュカはたじろいだ。きらきらと輝く純粋な目に見つめられて、どうすればいいのかわからない。無下に断るのもためらわれた。
と言うのも、少年は父親や蘇芳から人前でみだりに竜に変身することを禁じられていた。幼体で満足に種族本来の能力を発揮できないという秘密が、どこから外部へ漏れるかわからないからだ。一族の者を信用していないと言う訳ではないが、口が滑ってうっかり、ということもある。用心するに越したことはない、というのが蘇芳とレヴォルークの共通理解だった。
この場をどうやり過ごせばいいのか脳をフル回転させていると、助け船がやって来た。レヴォルークだ。父親に後ろから抱きしめられ、さり気なく庇われている。
「君達、竜の姿が見たいのかい?いいよ~」
子鬼達ににっこりと笑いかけるなり、彼は竜へと変化した。人型から一瞬にして竜に変わった様子に、子供たちが歓声を上げる。興奮に頬を赤く染め、すごいだとかかっこいいだとか大声で褒めそやし、竜の周りを駆けまわっている。嘘のない無垢な言葉と態度に、レヴォルークもまんざらでもなさそうだった。彼の銀の瞳が向けられ、合図でもするかのようにウインクをされる。今のうちに行きなさい、と言われているようだった。
父親の気遣いに感謝しつつ、子供たちが気を取られているうちに、リュカはそそくさと屋敷に戻った。部屋でまったりとくつろいで座る蘇芳の膝の上に突っ伏す。
「何だよ、熱烈だな。しゃぶってくれんのか」
「ちげーし!」
全力で否定すると、赤鬼はケラケラと笑い声をあげた。うつぶせの状態のままで動かないでいると、頭を撫でられる。
「何かあったのか。嫌なことされたとか、言われたとか」
「…違う。…けど最近もやもやしてて…」
「もやもや?」
聞き返してくる赤鬼に頷きながら、リュカは彼の膝の上に乗り上げる。服の上からでも盛り上がっているのが分かる、胸筋に顔を埋める。胸の谷間に顔がちょうどフィットするのを最近知って、こうするのがリュカの中でブームと化していた。弾力と硬さが程よく混在していて、何とも言えないふかふかとした心地良さがある。
「里の皆がさ、話しかけてくれるようになったのは嬉しいんだ。けどさ、俺が人間のままだったとしても、同じように接してくれるのかなって。俺が竜族だって分かったから、優しくしてくれるようになったんじゃないかって思ってさ。…そう疑ってしまう自分も嫌になる」
「しゃーねーだろ。他の奴らだって悪気があって敬遠してた訳じゃねえ。昔から続く歴史がそうさせてんだ。俺やセキシや沙楼羅や九鬼丸みてーに、お前が人間だろうが竜族だろうが関係ねえって思う層もいれば、ガッチガチに頭の凝り固まった層もいる。このごっちゃな世界で生きてる限り、種族による差別からは逃れられねえよ」
「…うん。そう、だよな」
自分でも思っていたことなのに、蘇芳にきっぱりとそうだと明言されて、気分が落ちこんでしまう。と同時に、リュカを竜族としてではなく、リュカ個人として見てくれている蘇芳たちに出会えて自分は幸運だと思った。赤鬼の背中に両腕を回して抱きつき、胸にぐりぐりと頭を擦りつける。
「…まあ、お前の場合は人間ってだけじゃなく、かつ俺の嫁ってことで余計に反感買ってたろうな。一族の誰からも良く思われてねえからな、俺」
「あ、でも最近、俺が里に来てから蘇芳の態度が柔らかくなったって言われた。前より刺々しい雰囲気がなくなって、話しかけやすいって。それはすげー嬉しかった」
その時のことを思い出すと、リュカの頬が自然と緩む。自分の存在が誰かに対して良い作用をもたらしているのであれば、これ以上に嬉しいことはない。
満面の笑みで見上げてくる少年に、赤鬼は口づけた。黒髪が乱れるくらいに、ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。
「…俺、大きくなって強くなったら、人間をどうにかして助けてあげたい。イズルみたいに苦しむ人たちが少しでも減るように。今はまだ、自分に一体何ができるのかわかんねーけど…」
リュカの中には確かな罪悪感が存在していた。竜族の内戦及び自分の存在のせいで、数多の世界は壊れ、境界が曖昧になった。そのせいで、人間はヒエラルキーの最下層に落ち、どの種族からも蹂躙されることとなった。父親たちを責めるつもりは欠片もないが、自分は人間たちに贖罪をする責任があるのではないかと思っている。
「その時は、俺も付き合ってやるよ。無茶しそうで一人にさせられねえわ」
暫しの沈黙の後、鼻をきゅっと指で摘ままれる。
「…あのさ、思ってたんだけど、蘇芳って跡継ぎ作んなくていいのか?会合で、黒鳶に言われてたじゃん。赤の一族の長として、世継ぎのことをちゃんと考えろって」
「ああ、確かに言われたな。…俺が他の女を孕ませてもいいのか?」
「いいわけないだろ!俺、浮気は許さないって言ったじゃん!」
蘇芳が自分以外とセックスするのを想像した瞬間、激しい怒りが沸いてくる。
「ンな噛みついてくんなよ。お前が聞いてきたんだろうが」
呆れた表情の蘇芳に背中を撫でられ、落ち着けと宥められる。
「心配しなくとも、リュカ以外を抱くつもりなんか更々ねえって。つうか、お前を選んだ時点でガキのことなんざ望んでねえってわかるだろ」
「けどさ、男でも妊娠できるよう変化させる薬があるとかなんとか…って言ってたじゃん。…だから俺、蘇芳が族長として子供が必要なんだったら、…の、飲んでもいいかな、って…」
言葉を紡いでいると、声がだんだんと小さくなって、尻すぼみになっていく。自分はとんでもないことを言っているのではないかと、強い羞恥に見舞われる。まるで自分が蘇芳の子供を孕みたいとでも言ってるみたいではないか。
赤鬼の顔を真っ直ぐに見れず、俯く。顔がどんどん熱を持っていくのがわかる。恥ずかしさを紛らわしたくて、彼の装束についた飾り紐を手遊びする。
「顔、あっちぃ」
頬を撫でられたかと思えば、顔を上げさせられる。蘇芳は、笑みを浮かべていた。今までリュカが見た中で、一番穏やかで優しい笑みだった。
「リュカ、お前可愛いこと言うな。俺との子供、産んでもいいって?」
声もどことなく弾んでいて、嬉しそうだ。少年は小さく頷いた。蘇芳が喜んでくれているのが分かって、気持ちがふわふわする。
「お前の気持ちは嬉しい。…けど、必要ねえ」
「えっ」
まさか断られるとは思ってなくて、驚きのあまり口から変な声が漏れた。
「な、なんでっ…!?」
「確かに親父にはせっつかれてたけどな。跡継ぎを作ろうなんざ、俺はこれっぽっちも思ってねえんだよ。幼少期をここで過ごしてないせいか、一族に思い入れが無くてよ。ぶっちゃけ、一族がどうなろうと全く興味がねえ。それに戦闘能力に秀でた親から生まれた子が、絶対に強いって確証だってねえだろ。もしかすると、セキシみたいに血生臭いことが苦手かもしれねえ。それなのに血筋だからって、族長に据えられてみろ。地獄だろ。それに、自分が親になるとか、まるで想像できねえんだよな」
蘇芳の言い分に、リュカは呆気に取られていた。だが、言い分は理解できた。確かにそうだな、と納得もできた。赤鬼は子を成すことだけではなく、その先のことまで考えていた。逆に産むことばかり考えていた、自分が浅はかだったように思えた。
「つうか、お前こそどうなんだよ。竜族の女王の息子で、王子ってことだろ。リュカこそ、血筋を絶やしちゃいけねえんじゃねえのか」
「父ちゃんに聞いたけど、別にいいって言ってた。国はもう滅亡しているし、復興するにも生き残ってる竜族がもう少ないって。生き残った竜たちも細々と生きていければいいみたい。もし俺が女の人と結ばれてたら話は別だったみたいだけど、蘇芳を選んだ以上、俺だけに重荷を背負わせたくないって父ちゃん言ってた。もう十分辛い目に遭わせたからって。種族の血が絶えるのならそれもまた運命だって、皆受け入れてるらしい」
「成程な。お前がわざわざ雌体になって、子供を産む必要もねえわけだ。無理矢理体を変化させて、お前の身にどんな影響が出るかもわからねえし、しないに越したことはねえな。レヴォルークとセキシ、沙楼羅と九鬼丸、お前と俺。全員家族で一緒に生きればいい」
「うん!」
少年は力強く首を縦に振った。密かに安堵していた。いざとなれば雌の体になって蘇芳の子供を身籠る。そう覚悟を決めるのにかなり葛藤した。自分の体が一部でも雌になるなんて全く想像がつかないし、自分でなくなる気がして怖かったのだ。
「それよりな」
「ンあ…っ!?」
突然臀部に硬いものを押しつけられて、リュカは目を丸くした。目の前では蘇芳がニヤリと口角をつりあげて笑っている。熱を持った赤い瞳がギラギラと光っている。
「リュカ、責任取ってくれるよなァ?俺のガキを孕んでもいいとか、煽りやがって」
腰に逞しい両腕が回され、がっちりと抱きすくめられてしまう。拒否したってどうせ聞かないくせに、という言葉をリュカは飲みこんだ。蘇芳とするのは嫌ではないので、両腕を首に巻きつけ、自分から口づけた。
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