盗みから始まる異類婚姻譚

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73. 新たな風

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 朝を迎えるまでに、大量に血を失ったことで琥珀は息絶えた。依然として彼の亡骸は木の台に磔にされたままだった。一族全員と言ってもいい人数から刺された肉体は、見るも無残なものだった。しばらく見せしめのために晒された後、遺体は山に打ち捨てられ、異形によって骨まで食い尽くされる。
 目を見開いたままうなだれる琥珀の死体を横目に、蘇芳は通り過ぎた。もはや何の感情もわかない。絶望に苛まれながら苦しみ抜いて死んだことを切に願うばかりだった。
 一族の戦闘員は皆、黒鳶の屋敷の大広間に集まっていた。常の如く、上座に座る黒鳶を囲うようにコの字型に各自腰を落ち着けていた。
 会合は、皆への労いと感謝の言葉で始まった。己が子が起こした戦争だ。親である黒鳶がどれ程心を痛めているか、想像を絶する。
 通常であれば、依頼者からもらった報酬を戦果に応じて各自に分配する。だが今回の戦は完全に私情での戦争だ。雇い主は誰もいない。

「バトーが根城にしていたらしいクルクドゥアの城に金銀財宝がそっくりそのまま残されていた。もはやクルクドゥア一族に生き残りはいない。よって全て押収した。七割は號斑族に譲渡しようと思う」

 鬼一族への宣戦行為はバトーを始めとする一部の過激派の独断専行で、號斑の総意ではない。むしろ號斑全体としては前頭目の穏健的な思想に追従する者が多い。望まぬ戦いに巻きこまれ、彼らもまた被害者だった。己が仲間の行き過ぎた行動を止められなかった責任はあるが、現頭目のバトーを見れば、逆らえばどうなるかは想像するに容易い。
 仮にもバトーは號斑族の頭目だった。突然トップを失ったことで、少なからず一族は混乱に陥るだろう。バトーはクルクドゥア族だけでなく、赤足族をも滅ぼしてしまった。両一族と親交のあった多種族からの報復を受けるかもしれない。それも、主だった戦闘員がいなくなった状態でだ。だが幸いなことにクルクドゥアの遺産は莫大だ。七割を以ってすれば、一族の復興には十分だろうと黒鳶は踏んでいた。傭兵を雇うなり、居住地を移すなり、金さえあればどうにでもできる。
 號斑族への、せめてもの償いだった。バトーと琥珀が結託した経緯は分からないものの、琥珀が號斑の男を焚きつけた可能性もある。

「異論のある者はいるだろうか」

 鬼族の頭領は広間にいる全員の顔を見まわした。だが皆首を横に振り、誰一人として反対意見を口にする者はいなかった。

「残りの三割だが、通常通り報酬として皆に分配しようと思うが、それで良いか?」
「俺はいらねえ。バトーを討ち取れたことが何よりの褒美だ」
「私も必要ない」

 いの一番に蘇芳が開口し、青藍がそれに続く。すると感化されたのか、そこかしこで報酬の受け取りを辞退する声が上がった。負傷者や戦死した者の家族への見舞金にしてほしいと言う意見が出ると、賛同の声が大きくなり、黒鳶はそれを承諾した。

「皆に聞いてもらいたいことがある」

 黒鳶は改まった様子で、胡坐から正座に座り変えた。

「儂は、一族の頭領という地位を返上しようと思っている」

 突拍子もない話に、当然の如く鬼達はざわついた。動揺を隠せず、誰もが取り乱している。

「親父…!?何を言ってやがんだ!?」
「そ、そうだぜ…。冗談にしちゃ質が悪いぜ親父!」
「いや、冗談ではない。琥珀の造反を知り、ずっと考えていた。此度の琥珀が起こした戦争は、親である儂の不届きが原因だ。皆に散々迷惑をかけ、死傷者まで出した責任は重い。己の子一人でさえ導けぬと言うのに、頭領など務まるはずもない」
「親父のせいなもんかよ!」
「全くだ!好きな奴に選ばれなかっただけで一族を逆恨みするなんざ、誰が予想できたってんだ?」
「…それでも、我が子のしたことだ。親が尻拭いをしてやらねばならんだろう」

 鬼達の説得に、黒鬼は目を閉じ、ゆっくりと頭を横に振った。彼が冷静に言葉を紡げば紡ぐほど、配下は躍起になっていった。立ち上がり、頭領を取り囲む。

「何を言う!親父はちゃんと責任を果たしたじゃねえか。自分の子供とは言え、きちんと刑を受けさせ、親父も執行した。それだけで、十分だ!なあ、皆!」

 初老の鬼の呼びかけに、皆が力強く頷く。親としての私情を挟むことなく、あくまで頭領として振舞った。皆が縋りつくように、黒鳶に頭領の任を継続するように懇願したが、彼の決心は揺るがないようだった。

「皆が許してくれても、儂自身が許せんのだ。皆の気持ち、感謝する。儂は果報者だ。最後まで親子共々、迷惑をかけてすまない」

 床に額が触れてしまう程に深く土下座をする黒鳶に、鬼達もこれ以上の説得は無理だと悟る。期せずして、このまま次の頭領を決める運びになった。

「俺ァ、青藍が適任だと思う」

 じっと黙って一連のやり取りを聞いていた蘇芳が不意に発言した。誰もが驚愕にあんぐりと口を開け、時が止まってしまったかのように静止した。どれだけ蘇芳と青藍が反目していたか、嫌と言う程知っているからだ。
 全員の阿保面を意に介さず、蘇芳は話を続けた。

「一族の頭領には、冷静さが不可欠だと思ってる。どいつもこいつも血の気が多いしな。その点、青藍はいつでも冷静だろ。親父と同じく伝統を尊重するタイプでもあるだろ。それに今回の戦だって、琥珀を生け捕りにしたのも青藍だ。友人だったのにだ。私情に流されずに判断して行動する、非情さも持ち合わせてるってことだろ」
「…蘇芳。貴様、何か企んでいるのではあるまいな」
「はァ?んなつもりねえよ」
「…それとも、何か悪い物でも口にしたか。どこかに頭をぶつけたとか…」
「ねえって!テメェ、喧嘩売ってんのか」

 全員の疑問を、他でもない青藍が代弁する。信じられないものを見るかのように目を見開いている青鬼に、蘇芳は盛大に顔をしかめた。

「すまない。そんなつもりは毛頭ない。…ただ、貴様が私を褒めるなど、天と地がひっくり返ってもあり得んことと思っていたのでな…」
「確かにしょっちゅう意見がぶつかってたけどな、俺が持ってねえものばかり持ってるお前のことは認めてんだよ。口には出さねえだけで」
「…だが、戦功で言えば蘇芳が突出しているだろう」
「俺は頭領って器じゃねえ。考えるよりも先に体が動いちまうし、どうしたって理性より感情が先行しちまう。俺が頭領なんかになってみろ。一代で破滅だぜ?のらりくらり、戦場で暴れまわる方が向いてる。それに、誰も俺について行こうなんざ思わねえよ」

 なあ?、と蘇芳は皆に同意を求めた。戦闘員たちは誰も表立って同意はしなかったものの、苦々しい表情を浮かべていた。発言は無くとも、顔が全てを物語っている。

「…青藍であれば、儂も安心して里を任せられる」
「確かに。今までも青藍は親父の補佐的な立場だったしなあ」
「青藍以外に適任と思う奴もいないな」

 あれよあれよという間に、青藍が次期頭領に担ぎ出されてしまった。本人は最初当惑していたものの、皆の期待のこもった眼差しを無下にできないのか、観念したように溜息を吐いた。

「わかった…。親父に比べれば力不足感は否めないが、出来得る限りやってみよう」

 里の者達は、それでこそ青藍!と手のひらを返したように囃し始めた。青鬼はわざとらしく咳ばらいをし、調子のいい彼らを遮った。

「親父と蘇芳には相談役に就いてもらう」
「はっ?」

 突然自分に矛先が向けられ、今度は蘇芳が阿呆面を晒すことになった。

「な、何言ってやがる。直感型で考えるのが苦手だって、ついさっき言ったばかりだろうが!なのに何で俺が相談役ってことになんだよっ」
「私は未熟ゆえ、頭領と言う大役は一人では到底務まらない。親父の知識や経験に基づいた助言が必要不可欠になる。だが私と親父は慎重派で理性的に行動しようとして、頭でっかちになりがちだ。それで判断を誤ったり、遅れたりもする。蘇芳の獣並みの直感が頼りになることもあるはずだ。今回のことが良い例だ。リュカが誘拐されたことに関して、すぐさま救出に向かうべきと主張する蘇芳に対し、私はそれに反対し、慎重な行動を求めた。結果、貴様は忠告を無視して単独で向かった訳だが、それが功を奏して、我々は琥珀の裏切りを知ることが出来た。もしあのまま状況が好転するのを待っていれば、我らは皆今頃全滅していたはずだ」
「…けどのう、青藍や。それは結果論にすぎんじゃろう。蘇芳の突っ走った行動は、危険なものであったことに変わりはない」
「確かにそうだ。だが議論の余地はあるだろう?様々な意見を聞き入れないなど、里が閉鎖的になってしまう」
「それもそうじゃが…」

 老齢の鬼は渋面を浮かべながら、顎から垂れる豊かなヒゲを撫でつけている。理解はできるが、納得はできないようだ。

「私を信頼して頭領を任せてくれるのであれば、やり方も任せてもらいたい。親父とは全く同じやり方ではないし、戸惑わせることもきっとあるだろう。だが、里や一族のことを思う気持ちは皆と同じだ。皆や後世の為にも尽くしていく所存だ」

 強い決意と意志が、態度や言葉からはっきりと伝わってくる。既に頭領たる真摯かつ堂々とした風格に、鬼達は思わず頷いて承諾していた。ただ一人、蘇芳だけがうなだれて頭を抱えている。一族に吹く新たな風に、黒鳶は穏やかな笑みを浮かべて青藍と蘇芳を見つめていたのだった。
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