盗みから始まる異類婚姻譚

XCX

文字の大きさ
上 下
71 / 87

71. 後始末

しおりを挟む
 レヴォルークの休息所に着くと、セキシに即座に抱きしめられた。痛いくらいにぎゅうぎゅう抱きしめられ、怪我がないかどうか確認される。従者の青年の背に両手を回して、自分達と蘇芳の無事、戦に勝ったことを告げる。耳元で、セキシが安堵の息を吐くのが聞こえた。

「僕には出迎えの抱擁はないのかな~」

 レヴォルークは両腕を広げて自分の番を待っていたが、リュカとセキシは完全に二人の世界に入っていた。ミーミルに礼と別れを告げ、3人で里に戻ると、避難していたはずの鬼達の姿があった。終戦の一報を受けて、いち早く戻って来たらしい。
 少年は、里の中央に何かが設置されているのに気がついた。十字の形となるよう、木が紐でくくられている。

「セキシ…、あれ何なんだ?」

 セキシは、少年の視線の先を追った。言いづらそうに、口を閉じたり開いたりしている。

「あれは、磔台です」

 それは一体何なのか聞こうとしたところで、戦場で戦っていた者たちが帰還した。待っていたとばかりに女の鬼達が軍団に駆け寄り、仲間に抱えられている負傷者を預かった。治療を施すためか、同じ屋敷にどんどん負傷者が運ばれていく。
 帰還した鬼の周囲には、剣呑な空気が漂っていた。瞳は鋭くぎらつき、表情も強張っている。歴戦の鬼達はまるで猛獣のようだった。一歩でも彼らの視界に入れば、殺されるのではないかと思う程だった。凄まじい殺気のせいで、肌がピリピリとした。
 その中に、蘇芳の姿もあった。すぐにでも駆け寄りたかったリュカだが、完全に圧倒されてしまい、足が動かなかった。こっちに向けられる視線も、来るなと言っているようだった。
 誰も一言も発さない状況の中、二人の青鬼が何かを引きずって磔台の元へやって来た。琥珀だった。両手両足を枷で拘束され、胸元にある大きな切り傷は止血されている。青鬼は手慣れた様子で琥珀を磔台にくくりつけた。いつのまにか、老若男女の鬼達が野次馬のように集まっていた。
 琥珀の前に、黒鳶が立つ。実の父親を見上げる顔は血にまみれていて、意識が混濁しているように見えた。

「この期に及んで、お前の言い分を聞くつもりはない。琥珀、お前は一族を裏切り、あろうことか戦争に巻き込んだ。お前の身勝手な私怨でどれだけの命が散り、血が流れたと思う」
「…わーかってるよ。さっさとやってくれ」
「……その身を以って贖え」

 両腕を羽のように広げた体勢で磔にされている黄鬼は、力なく頭を垂れている。黒鳶は懐から小刀を取り出し、手に構えた。

「…セキシ、…一体今から何が始まるんだ…?」

 胸騒ぎがして、リュカは隣に並ぶ青年の手を握った。とてつもなく嫌なことが起こりそうな気がしていた。

「…処刑です」

 セキシの返答と同時に、黒鳶は小刀を琥珀の体に突き立てた。黄鬼が短く呻き声をあげる。鬼族の頭領は抜いた小刀を傍にいた鬼へと手渡した。その鬼もまた、黄鬼を刺す。
 目の前で起こる信じられない光景に、リュカは目を見開いた。その間も、鬼達は順番に琥珀の体を小刀で貫いている。一体何が起こっているのか説明が欲しくて、少年はセキシを見上げた。

「…これが、裏切り者への我等一族の処刑方法なのです。裏切り者を磔にし、即死しない部位を皆で順繰りに刺す。刺し終わった後は出血死するまで磔にします。亡骸は一族と同様の墓に入ることは許されません。鳥獣に食わせるのです」
「そんな…」
「一族を裏切ると言うことは、それほどまでに重罪なのです」

 あまりに残虐な処刑方法に、リュカは絶句した。黒鳶の息子である琥珀が、それを知らなかったはずがない。それなのに彼は父親や一族を裏切り、バトーの傍にいることに決めた。その道を選んでしまうくらい、琥珀は蘇芳のことを愛していて、自分を選んだ蘇芳のことが許せなかったのだろうか。
 黄鬼は刺されながらも、笑っていた。声を立てて笑う様は、狂っているとしか言いようがなく、恐怖を感じた。
 隣から小さな呻き声が聞こえて見上げれば、セキシが口元に手を当てて俯いていた。顔面蒼白で額には汗がにじんでいる。そこでリュカはハッとした。彼が血生臭いことが苦手なのを、どうして今の今まで気づかなかったのか。眼前で繰り広げられる惨劇に、セキシが耐えられるわけがない。

「セ、セキシ、父ちゃん、帰ろ!」
「え~最後まで見届けないの?」

 レヴォルークは渋ったが、すぐにセキシの異変に気がついたようだった。青年を抱きかかえ、3人で屋敷へと戻る。中に入ったところで座らせ、背中をさすってやる。それ程経たずして、セキシは落ち着きを見せた。真っ白だった顔にも色が戻る。

「すみません…ご心配をおかけして…」
「ううん。平気?俺、水持ってこようか?」
「大丈夫です。座っていたら良くなりました。私のことは気になさらず、広場に戻ってください」
「いい。確かに見てて気分のいいものじゃなかったし…」

 セキシは無言でリュカを抱き寄せた。頭に頬擦りし、抱きしめる。即座に自分たちの世界に入る二人を、レヴォルークは少し羨ましげに眺めていた。
 3人が慌ただしく走り去るのを、蘇芳は目の端で捉えていた。処刑はまだ続いている。リュカがいなくなったことに、少し安堵する。彼には少し刺激が強すぎるだろうと思った。諸手を挙げて見せたいものではない。ちょうど蘇芳の番が来た。すっかり血にまみれた小刀を受け取る。
 磔台にくくりつけられた琥珀の全身は、切創だらけだった。地面に血だまりが出来ている。満身創痍だが、瞳から光は失われていなかった。蘇芳の手に小刀が渡ったことに気づき、うっそりと微笑んでいる。まだ心が折れていないことに、蘇芳は内心素直に感心した。

「…蘇芳、やれよ…刺してくれ」

 これまで黙って仲間からの刺突を受け入れていた琥珀が、ここにきて口を開いた。蘇芳は小刀を構えた状態で、黄鬼に近づき対峙する。

「蘇芳の大事な人間ちゃんを散々苦しめた俺が、…憎いだろ?殺したいだろ?ひと思いにやってくれ…!その手で、俺のこと殺してくれ…っ!」

 明らかに琥珀は正常ではなかった。アドレナリンで痛覚が麻痺しているのか、完全にハイになっているように見えた。
 赤鬼はかつての友の懇願を聞き流し、小刀を次の鬼に押しつけた。まさかの行動に、琥珀はおろか他の鬼達も驚いた。

「蘇芳っ!逃げんのかよっ!」

 そのまま輪の外へと出ようとしていた蘇芳は、足を止めて振り返った。

「違ぇよ。お前を喜ばせるのが嫌なんだよ」
「は…?何だよそれ…」
「確かにお前のことは憎くてたまらねえ。お前らのリュカへの仕打ち、絶対に許せねえ。この手で八つ裂きにして殺したくてたまらねえけど、それはお前を喜ばすだけだろ?俺の手にかかって、俺の記憶に残りたいんだろうけどな。そうはいかねえぞ」
「…ハッ、まるで俺がまだ蘇芳のことを想ってるみたいな口ぶりじゃねえか…!うぬぼれんな…っ!もう何とも思ってねえよ!」

 蘇芳のことなんざ何とも想ってねえ!と吠える琥珀の声は上ずっていた。彼が尚も蘇芳に恋慕しているのは、誰の目から見ても明らかだった。黄鬼が怒りに声を荒らげる度に、そこかしこの傷から血が噴き出す。

「そうか?もう何とも思ってねえんなら、別にいいだろ?俺が手を出さなくてもよ」
「ふざけんなッ!殺れ!俺を殺れよっ!逃げんな腰抜け!」

 目を見開き、まるで獣のようにがなり立てる琥珀を無視し、蘇芳はひらひらと手を振って背を向けた。黒鳶の肩を叩き、その場を一人離れたのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...