盗みから始まる異類婚姻譚

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65. 二人の父親

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 それ程経たないうちに、蘇芳が会合から帰ってきた。変わらずレヴォルークの膝の上に座って仲良く菓子をつまんでいたリュカは、赤鬼におかえりと声をかけた。特に反応もなく、じっと顔を見つめられ、少年は首を傾げた。何も発さない蘇芳が心配になり、リュカは彼の身を案じた。

「…会合で、何かあったのか?」
「いや、何もねえよ」

 赤鬼が身をかがめてきたかと思えば、唇が触れ合う。咄嗟のことにのけぞりかけるが、うなじを掴まれてしまう。唇を何度か啄まれて、解放された。どこか不機嫌そうに、蘇芳は腰を下ろした。今度は指でつまんで持っていた菓子を食べられてしまう。一連の謎の行動に、リュカはただただ呆然とする。

「若いねえ~」

 父親の発言の意図は分からなかったが、からかわれているのは何となくわかった。恥ずかしくて、全身が一瞬で熱くなる。

「何だ?これ」

 机の上に置いてあった黒い鱗を、蘇芳が手に取って眺める。そこで少年は我に返った。

「これ、俺の鱗!蘇芳に持っててほしい。もう一個はセキシの分」
「…リュカの鱗?」
「父ちゃんの話覚えてねえ?竜の鱗には不思議な癒しの力があって、御守りになるって」
「それは覚えてるが…。こんなに簡単にポンポンあげていいものなのか?竜族にとってはノーリスクなんだろうな」

 眉間にわずかに皺を寄せる蘇芳は、レヴォルークに視線を移した。少年の父親は肩を竦めて見せた。

「そんな訳ないだろう?リスクありまくりだよ」

 赤鬼の表情が翳ったのを目にして、少年は本能的にまずいと悟った。これ以上彼を刺激しないようにと、父親に飛びかかろうとしたが、蘇芳の方が早かった。口を塞ごうとした両手を掴まれ、引き離されてしまう。竜化して手からすり抜けることに成功したものの、あっという間にまた捕まってしまった。抱えこむように両手でがっちりと抱きしめられ、身動きすら取れない。太い尻尾で腕を叩くが、力は全く緩まない。リュカは観念して、人型へと戻った。
 その間に、抜いた鱗は二度と生えないこと、そこが弱点になり得ることが蘇芳に伝えられる。顔を覗きこまれ、般若の形相の赤鬼に睨みつけられた。明らかに、蘇芳は怒っていた。

「そんなに怒んなくてもいいじゃん!」
「怒るに決まってんだろ。このせいでお前の身が危険に晒されるんだぞ」
「けど、俺もうあんな思いするの絶対に嫌だ。蘇芳が刺されて動かなくなって、本当に怖かった。蘇芳とセキシを失う恐怖に比べたら、鱗の一枚二枚くらいどうってことない」

 拗ねるリュカの声が震えていく。今にも泣き出しそうな少年に、大人二人の溜飲はみるみる下がっていった。

「あれは不覚を取っただけだ。もう二度とあんな醜態晒さねえから、お前が気に病む必要ねえよ」
「そんなのわかんないじゃん。絶対起こらないって保証なんかどこにもないし」

 リュカはすっかりへそを曲げていた。唇を尖らせ、蘇芳と視線を合わそうとしない。

「そりゃ確約はできねえけど。……分かった。お前が安心できるなら、ありがたく貰っとく」
「…もっと喜んでくれるかと思った」
「嬉しいに決まってんだろ。ただ、リュカの身の安全を犠牲にしてるって知ったら素直に喜べねえっつの。お前な、自分のこともっと大事にしろ」
「分かった…」
「もう絶対に自分の鱗剥ぐなよ?沙楼羅や九鬼丸にもあげようとか、考えたりすんなよ?」

 自分の考えを見抜かれて、ぎくりとする。思わず肩が跳ねてしまう。まずい、とは思ったものの蘇芳の顔を見るに手遅れのようだった。再び赤鬼の顔がこわばっていく。

「リュカ、お前な…っ!」
「あっ、あげないあげない!考えたけど、やめた!」

 全力で否定するも、蘇芳は怪訝な表情を浮かべている。正面に座る父親も怖い顔をしていた。まるで幼子に言い聞かせるかのように、めっ、と言っている。

「本当だな?もう誰にも鱗やるなよ。どうしてもあげたい奴ができたら、俺か父親に相談しろ」

 いいな?と念を押されて、少年は頷いた。怖い顔ですごまれ、完全に委縮してしまう。同時に自分から提案してなくてよかったと思った。どうなっていたか、想像するだけで気が重い。

「ああ、そうだ蘇芳くん。君の養父に会いたいんだけど」
「沙楼羅に?」
「リュカがお世話になってるみたいだから、挨拶したいなあって」
「ああ、構わねえぜ。俺もリュカを無事に連れ帰ったこと、報告しようと思ってたしな」

 そうと決まれば、三人は早速山の中へと出発することにした。その前にリュカは鱗をセキシへと渡した。レヴォルークから聞いた話を蘇芳から受けた従者の青年は、主人と同様に怒ってはいたが、最終的には喜んで受け取ってくれた。二人とも手放しで喜んでくれなかったことは残念に感じるも、それは自分の身を案じてくれているからこそなのだと、二人の愛情深さを知れて嬉しかった。
 烏天狗の住処に向かう道中、彼の方から姿を現した。大きな翼を悠々とはためかせ着地する。その後ろには九鬼丸もいる。

「おお、リュカ戻ったか」

 にっこりと笑みを浮かべる沙楼羅は一直線にリュカの元へ向かい、少年を抱きしめた。

「無事で何よりじゃ。リュカが誘拐された、どこにいるか調べてくれって儂の元に駆け込んできた蘇芳の泣き面は見物じゃったぞ」
「頭は下げたけどな、泣いてねえわ。嘘吹きこもうとすんな」
「嘘ではない。泣いておったよなあ、九鬼丸?」
「え、お、どうだっだが、覚えでねえなあ…。なんせ暗かっだしなあ…」

 蘇芳に睨みつけられ、九鬼丸はしどろもどろだ。ポリポリと指で頭を掻いている。

「え、沙楼羅さんに頭下げたのか?蘇芳が?」

 リュカは目を丸くして、ケラケラ笑う烏天狗と渋面を浮かべる赤鬼の顔を交互に見た。蘇芳が頭を下げて懇願するなど、全く想像がつかなかった。沙楼羅への普段の態度を知っているからこそ、信じられない。口をぽかんと開けて赤鬼の顔をまじまじと見ていると、頬をつねられた。

「何が何でも確実にお前の所在が知りたかったんだよ。頭下げて済むなら安いもんだ」
「ひゃー、蘇芳くんかっこいい!」
「茶化しがうぜえ」

 両手を顔に当て体をくねらせるレヴォルークに、不愉快と言わんばかりに顔をしかめる蘇芳。リュカも口には出さなかったが、内心父親に同意していた。蘇芳のことを、素直にかっこいいと思った。愛されていると何度実感しても、胸のところが温かくなる。

「そう言や、沙楼羅さんって何で俺の居場所分かったんだ?」
「ほれ、前に組み紐をあげたじゃろう。それに織りこまれた儂の微弱な力の気配を追ったのだ。感知は不得意でな、どっと疲れたわい」
「おでも蘇芳について行こうとしたんだあ。けんど、おではでかいから邪魔だって言われでなあ」
「攪乱にはうってつけだが、なるべく見つからないように事を進めたかったからな」
「…そうだったんだ。沙楼羅さん、九鬼丸、ありがとう。」

 ぎゅうと抱きしめ返した途端、凄まじい力によって沙楼羅から引き離された。まるで彼から庇うかのように、父親に抱き寄せられている。レヴォルークはにこやかな笑みを浮かべ、手を差し出した。

「やあ、お初にお目にかかる。僕はリュカの父親のレヴォルーク」
「おお、これはこれは。儂は烏天狗の沙楼羅。蘇芳の養父じゃが、もう知っているかのう」

 互いに自己紹介をし合い、握手を交わす。瞬間、レヴォルークは沙楼羅の手を強く握りしめた。ミシミシと大木が軋むような恐ろしい音を耳にした少年は、父親の行動にぎょっとすると同時に戦慄した。烏天狗の手の骨が砕けてしまうのではないかと恐怖するも、当の本人は涼しい表情を浮かべている。

「うんうん。息子や蘇芳くんから君の話は聞いているよ。それから僕の旧友もお世話になったみたいだね」
「お主の旧友…?はて、誰かのう」
「瀕死のリュカを連れ帰ろうとした緑竜がいただろう?大分もうろくしてるんだねえ。リュカを置いて行かないと喰い殺すって脅したことも覚えてないのかい?」
「喰いころ…!?」
「そう、びっくりだよねー?こいつら烏天狗はゲテモノ喰いでね、なんと竜の肉が大好物なんだ。身をひそめていた仲間も烏天狗たちに何人喰われたことか。リュカも不用意に彼に近づいちゃいけないよ。竜として覚醒した君を、いつ頭から丸かじりするつもりか分からないからね」

 レヴォルークは目を見開く息子をしっかりと抱きしめた。義理の父親が竜肉を好物という事実にショックを受けているであろう、彼の頭をよしよしと撫でて慰める。

「儂は菜食主義でな。肉は好かん。緑竜に喰うと言ったのは、それが効果的な脅しだと知っておったからじゃ」
「沙楼羅、嘘は言ってないぜ。コイツ、マジで偏食で果物と魚しか食わねえ。俺が保証する」
「おかげで異端児として一族を追い出され、独り暮らしておる。喰ったりせぬから安心せい」
「父ちゃん、良かったね!」

 食べられないと知り、ほっと胸を撫で下ろす。にっこり笑って父親を見上げると、口をへの字に曲げたレヴォルークは胡乱な目つきで沙楼羅を見据えている。全く信用できないと、表情が物語っている。

「…胡散くさいなあ~。変な仮面つけてるしさ」
「お主には言われとうないのう。可愛いリュカの父親がまさかかように軽薄な男とは予想だにせんかった」
「それはこっちの台詞だけど?…リュカが背中に傷を負ってるっていうのに、助けもせず傍観してたんだって?リュカのことを可愛いって言う割りに、よくもそんな下劣なことが出来るね?性根腐ってるんじゃない?」
「いやいやお主には負ける。実の息子に奇々怪々な封印を施し、娼館に放置とは。さすが世界を壊しただけあって、やることが違うのう。悪趣味極まりない」

 言葉による殴り合いの応酬に、リュカは震え上がった。爽やかな笑顔を浮かべながら、口から出てくる発言は辛らつな毒そのもので、余計に恐怖が倍増する。火花が散っているようにすら見える。
 盛大な喧嘩に発展するのではないかと危惧する少年は、視線で蘇芳に助けを求めた。リュカの無言の訴えを受けた彼は、少年の手を取り引き寄せた。父親の腕の中からするりと抜け出すと、倒木に腰かける赤鬼の膝の上に座らされた。

「なあ、あれ止めないとまずくない?」
「大丈夫だろ。ほっとけ」
「でも今にも殴り合いそうじゃねえ…?」
「さすがにわきまえてるだろ。息子のお前の前でおっぱじめたりしねえよ」

 そう言って赤鬼は、のんきにあくびをかました。こんなに剣呑な雰囲気にも関わらずだ。本当に欠片も心配していないらしい。

「リュカ、父親と会えてよがったなあ」

 九鬼丸もさして興味はないのか、近くの木に生っている果物を摘まんで食べている。リュカと目が合うと、にっこりと微笑んで、手にした果物を差し出してくる。少年は二人の妙な落ち着きぶりに戸惑いつつも、受け取った。冷や冷やする嫌味の応酬を目にしつつ、果実をつまんで喧嘩が終わるのを待ったのだった。
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