盗みから始まる異類婚姻譚

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63. 安息の夜

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 激しい怒りと悲しみは夜になるにつれて落ち着きを見せた。浮かない顔のリュカに蘇芳たちは気を揉んだが、セキシの料理を堪能して微かに笑みを浮かべる様子を目にして、揃って安堵した。
 客間で寝ると言うレヴォルークからおやすみのキスを額に受け、室内で蘇芳と二人きりになった。盛大にあくびをかます赤鬼が灯りの灯を消し、夜の帳に包まれる。布団に体を横たえると、ほうと口から息が漏れた。クルクドゥアの城では硬く冷たい石畳の上で寝ていたから、柔らかく温かな布団に包まれて幸せな気分になる。

「疲れたろ。目まぐるしい一日だったしな」

 腰を抱き寄せられ、体が密着する。

「うん。…イズルの遺灰を撒くの、ついて来てくれてありがとう」
「当たり前だろ」

 頬に手を添えられ、親指でこめかみを優しく撫でられる。蘇芳の顔が近づいて来て、唇が触れる。何度か食まれて、薄く口を開けばすかさず舌が侵入してきた。口内を隈なく舐められ、吐息ごと舌を絡めとられる。

「…ン、…ぅ、あ…」

 どんどん溢れてくる唾液を蘇芳が嚥下する。それでも口からこぼれそうになって、慌てて飲みこむ。舌を吸われたり、軽く歯を立てられると、電気のようにびりびりしたものが全身を駆け巡った。濃厚な口づけが終わっても、名残惜しいとばかりに何度か唇を啄まれた。

「…セックス、すんの…?」

 乱れる息を整えるリュカの問いに、蘇芳は顔をしかめた。

「するわけねえだろ。俺だってさすがにヘトヘトなんだよ」
「でも、だってキス…」

 セックスしないのにキスされる理由が分からず、少年は当惑する。

「あのな、セックスしてえからキスしてるわけじゃねえ。キスしたくてやってんだよ」
「えっ、そうなのか!?」

 リュカは驚きに目を丸くした。彼の妙な方向での純粋さに、赤鬼は呆れまじりの溜息を吐いた。

「何でキスしたくなったか、とか聞くなよ。理由なんざ、ねえからな」

 人差し指と親指で唇を摘ままれる。こくりと頷くと、指は離れていった。
 セックスとキスはいつもセットだと思っていたけど、違うのか。セックスしなくてもキスしていいんだ。日々生きることに精一杯で恋愛経験皆無のリュカにとっては、目から鱗だった。

「お前の口封じた時、解除するのにキスしてたろ?」
「うん」
「白状するけどな、あれも俺が単にキスしたくてやってただけだ。あんなことせずとも口封じは解除できる」
「えっ!」

 驚いてばかりの少年に、赤鬼は苦笑いを浮かべている。
 セックスは散々好きにしてきた癖に、口づけとなると急に及び腰になるなんて意味が分からない。傍若無人の癖に。気を遣うところが変だ。

「何でそんなこと…。したかったら好きにすれば良かったじゃん」
「お前、初夜に唇に噛みついてきたろ。何の理由もなく口づけたら、また噛まれそうだと思ってな」
「…だって、あれは蘇芳が無理やり酒飲ませようとしたからだろ。それに、あの時の蘇芳、すげー怖かったし…」
「まあ…あの時はリュカとどう接していいかわかんなかったからな」

 蘇芳は、むっつりと尖るリュカの唇に指を這わせ、ふにふにと触って弾力を楽しんでいる。

「セックスの最中ならリュカも嫌がらなかったし、とりあえずはそれでいいかって思ってたんだけどな。けど、お前の小せえ口の中、ぐっちゃぐちゃに犯したくてたまんなくてよ」
「言い方が下品…」
「事実なんだからしょうがねえだろ」

 あけすけに言われて羞恥に見舞われる。だが当の本人はあっけらかんとしている。むしろ何か悪いか、とでも言わんばかりだ。

「ぶちまけたからには、ヤッてなくてもしたいと思ったらキスするからな」

 やっぱり、蘇芳は傲岸不遜だと思った。拒否権などないようなもので、与えられた選択肢は一つだけだ。だがたとえ拒否権があったとしても、たぶん使うことはない。蘇芳とのキスを嫌だと思っていないからだ。とは言え口に出して承諾するのも何だか癪で、リュカは黙ったまま赤鬼との距離を縮めた。無言の承諾と受け取った蘇芳が、今度は耳たぶを触って来る。

「…四六時中身に着けてろって言われた短剣、盗られちまった。ごめん」
「お前が無事ならいい」
「けど、せっかく蘇芳からもらったのに」
「気にすんな。今度はもっとお前の手に馴染むやつ買ってやる」

 うなじを撫でられ、慰められる。それでも悔しさを完全には拭えなかった。

「蘇芳に一太刀でも浴びせられたら解放してくれるって言ってたの、本気だったのか?俺、蘇芳に捨てられるくらいなら自分で出て行く方がいいなって思ってたんだけどさ」
「本気な訳ねえだろ。手離す気なんかさらさらなかったつの」
「じゃあ何であんなこと言ったんだよ?」
「護身用に持たせておきてえなと思って。けど素直に言うこと聞くように見えなくてよ。ああ言っておけば肌身離さず持つようになるかと思ってな」
「…蘇芳の愛情表現ってわかりづれー…」
「うるせ。難儀な性格は自分でも分かってら」

 ぶすっとした赤鬼に鼻を摘ままれ、少年は小さく笑った。

「…あのさ、聞きたいことあるんだけど」
「何だよ」
「身請けの翌日に会合に参加した後、琥珀に俺の名前教えなかったじゃん。それに俺とは仲良くする価値もないって、握手するのも阻止してきたのって、琥珀が裏切者かもしれないって思ってたからなのか?」
「違ェよ。琥珀が内通者で裏切者だって知ったのは、あの時が初めてだ。それまでは疑いすら持ったことねえ。ただ、ひょうきんな顔の奥に何か得体の知れねえものを抱えてるんじゃねえかとは思ってた。アイツが俺に気があるのは分かってた。下手にお前と接触させて、ちょっかいかけられちゃたまらねえと思って、わざと酷く言ったんだよ。けど、それが逆効果だったのかもな」
「逆効果?」
「アイツ、一晩お前を貸してくれって言ってきたんだよ。俺が娼館通いを止めたことまで調べて、さぞかしお前の具合がいいんだろうって。人間の抱き心地がどんなもんか自分も試してみたいっつってきやがった」

 まるで人に対して使う言葉ではなくて、ぞっとした。知らないところでそんなやりとりがされていたのか。だが、自分は一度も琥珀に捧げられていない。と言うことは、蘇芳はちゃんと断ってくれたということだ。

「でも捕まってた時、琥珀は一度も俺のこと抱こうとしなかったけど…」
「俺の反応を探るための嘘に決まってんだろ。マジの発言であってたまるか」
「けどさ、俺のこと犯してた方が、蘇芳のプライドぐちゃぐちゃにできたんじゃねえの?」
「お前のことを警戒したのかもな。闇オークションで暴走してステラを殺しかけてるとこ、アイツも目にしたからな。…つーか、仮定の話とは言え、そういうこと口にすんな。想像するだけで胸糞悪ィ」

 盛大に顔をしかめる蘇芳に、リュカはごめんと小さく呟いた。不快にさせるつもりはなかった。

「…リュカ、お前本当にバトーにも、誰にも犯されたりしてねえんだよな?」
「ちょっと殴られて、枷つけられただけ」

 抱き寄せられ、顔が赤鬼の胸に埋まる。頭上から、安堵の溜息を吐くのが聞こえた。

「もう娼館行ってないって本当なのか?」
「ああ」
「なんで?」
「何でって…リュカがいんのに、行く必要ねえだろ」

 変なこと聞いてくる奴だな、と見上げた顔が物語る。
 本当に暇潰しの存在ではないのだな、としみじみ実感できた。今も疑っていた訳ではないが、こうして真っ直ぐに態度で示されて、彼の気持ちがひしひしと伝わってくる。

「…蘇芳って、めちゃくちゃ俺のこと好きじゃん」
「あ?……なんか悪いかよ」
「全然」

 胸のところがくすぐったくて、口元がにやついてしまう。下唇を噛んでこらえようとしても、顔が緩む。嬉しくて、蘇芳の背中に自分から腕を回してくっつく。

「ニヤけ顔がなんかムカつくな」
「いひゃい」

 だるだるに緩んだ頬をつねられても、ニヤニヤは止まらなかった。
 へらへら笑うリュカの唇に、蘇芳は顔を寄せた。少年の体を仰向けにひっくり返し、両足の間に己の体を滑りこませる。宣言通り、彼の口内を蹂躙し、貪る。自分の動きに運弄されて、小さな舌がちろちろと動いているのにすら興奮する。腰を少年の下腹に押しつければ、組み敷いた体がびくりと震えた。
 唇を離せば、唾液が糸を引く。それを舌で断ち切り、呼吸を整える少年を見下ろす。
 リュカは、下腹に何か硬いものがあたるのを感じていた。無言のまましばし互いを見つめ合う形になり、少年は頭にいくつもの疑問符を浮かべた。

「…寝るぞ」

 何かをこらえるような、腹の底から出された低い声に反射的に頷く。大きな溜息を吐きながら、赤鬼の大柄な体が横にごろりと転がる。蘇芳の態度が気になったが、急に襲い来る睡魔に抗えず、彼の温もりに包まれながら目を閉じた。
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