盗みから始まる異類婚姻譚

XCX

文字の大きさ
上 下
59 / 87

59. 雪解け

しおりを挟む
「違ぇよっ!暇潰しなんかじゃねえって!」
「嘘だ!だって、蘇芳言ったじゃん、迎えに来た日に!俺を買ったのは、暇潰しだって!」

 この期に及んで気を遣ってくれなくていい!
 忘れもしない、あの言葉。しっかりと記憶に残っているのに否定されて、頭にカッと血が昇る。顔を上げれば、手で目元を覆って、大きな溜息を吐いていた。その様子に、無性に腹が立った。

「…分かった。白状する」

 一転覇気のない声に、怒りが引いていく。再び視線を己の拳に戻し、赤鬼の言葉を待った。

「そもそもな、お前に契角を盗むように仕向けたのは、俺だ」
「え?」

 全く思いもよらなかった発言に、少年は目を見開いた。蘇芳が、俺に角を盗むよう仕向けた?意味が分からない。

「…お前のことは前から知ってたんだよ。お前が客からスリを働いてるのを偶然見てからな。俺に害はなかったし、スられる方も悪いと思って気にも留めてなかった。すぐにバレて殺されると思ってたしな。けど、それから何度も客の物を盗む人間の清掃夫の姿を見かけて、気づいたら目で追うようになってた。一丁前に気配消して、大胆不敵かと思えば、意外に慎重な面もあったりしてよ。人間って言やあ、卑屈な奴か媚びる奴しか知らなかったから、興味をひかれた。手元に置いたら、退屈しねえかもってな」
「…それ、暇潰しって言うんじゃねえの…?」
「そりゃ、最初はそういう気持ちのが強かったかもな。だってお前のことよく知らねえし。分厚い前髪のせいで、顔も見えねえし。…けど、イチかバチかだったんだぜ?契角を盗ませても、お前が身に着けるかどうかはわからねえし、最悪捨てられてどこかの馬の骨と伴侶になる可能性だってあった。それでも、そのリスクを冒してまでリュカのことが欲しいとは思った」
「じゃあ、普通に身請けしてくれれば良かったじゃん…っ」
「それも考えたけどな、あの娼館の主人に怪しまれると思ったんだよ。客と接点を持たないはずの清掃夫、それも人間の奴隷を理由もなしに引き取るなんざ、おかしいだろ?絶対ごねられると思ったんだよ。他の娼婦か男娼にしろってさ。だから、契角をつけたお前の姿を見せて、テル・メルが手放さなきゃなんねえ状況を作ったんだよ」

 リュカは唖然としていた。自分の意志で行ったと思っていた窃盗が、まさか蘇芳によって仕向けられていたものだったなんて。確かに、赤鬼の着物ポケットから覗く赤い包みは、まるで取ってくれと言わんばかりに主張していて、かつスリやすい絶妙な配置だった。

「俺は、命を賭してまで暇潰しの存在を助けに行くようなお人好しじゃねえ。リュカのことが大事だから、助けに来たんだ。……分かれよ」
「…じゃあ、俺のこと、捨てない…?」
「ハァ?捨てるわけねーだろ!そんなこと、一度たりとも思ったことねえよ!…つーか、お前の方が俺のことを捨てようとしてんじゃねーか」

 赤鬼の指が、まるで壊れ物にでも触れるかのように頬を撫でる。
 本当に、本当に自分のことを捨てない?
 蘇芳の言葉を信じてもいいのだろうか。彼の瞳が真っ直ぐと自分を見つめ返してくる。表情からも、発言に嘘はないように思えた。信じたい。ずっと傍にいたい。
 その瞬間、言葉にできない複雑な感情があふれ出し、リュカは大きな声を上げて泣いた。赤子さながらに人目をはばかることなく泣き喚く少年に、蘇芳たちは目を見開いた。

「おい、リュカ…!?」
「蘇芳の、ばがやろおぉ…っ!俺、めぢゃぐぢゃ悩んでたんだからなぁ…っ!暇潰しだって言うから…、いつ飽きて捨てられるんだろって、…おもっで…!飽きられないためには、ど、じたらいいんだろ、てえぇ…!」
「飽きるどころか、逆にハマっていく一方だったっつーの。…てか、本当にリュカのことがどうでもいいならな、服やら菓子やら買ってやったりしねえ。抱く時だって丁寧に時間かけて前戯したりせず、もっと雑に抱いてる。稽古だってつけてやらねえし、泣いてるお前を慰めたりしねえよ。…あのな、俺十分優しかったろうが。それなのに何で捨てられるって発想になるんだよ」
「そんなんでわかるわげないだろ、ばがぁ…っ!だって、だって…イズルも捨てられたし、ステラだって殺されだ…!だから俺も、って…思って!俺、ばがだから…ぢゃんと言ってもらわね、と…」

 暴れながら泣きじゃくる少年の手首を掴み、赤鬼は彼を抱き寄せた。包みこむように、きつく抱きしめる。

「分かった。全部謝る。お前を不安にさせてたことも、傷つけたことも、言葉足らずだったことも全部。……リュカ、お前のことが好きだ。手離したくねえ。頼むから、角を外して俺を捨てるなんて言うな」

 真っ直ぐな言葉と真摯な声に、全身が喜びに震える。心に長い間かかっていたもやが晴れるようだった。蘇芳とセキシと沙楼羅たちの元にずっといていいんだと、安堵で胸が満たされているのに、涙が止まらない。鼻水まで出て、本当に酷い有様だ。しゃくりあげながら尚も泣くリュカは、蘇芳の大きな背中に両腕を回して、ぎゅうと抱きしめ返した。

「捨てない…っ!捨てるわけないだろ…っ!ずっと、一緒にいてやるからな…っ!」
「上等。望むところだっつの」

 子猿さながらにしがみついて離れようとしないリュカに、蘇芳はケラケラと声を上げて笑った。他愛のないやりとりすら、懐かしく感じる。肩の荷が下りたような気がしていた。

「きちんと話が出来たみたいだね」

 離れたところから二人のやりとりを見守っていたレヴォルークが近寄ってきた。そこでリュカはたと思い至る。契角を返さなくていい、蘇芳の元にいたいとばかり考えていて、父親のことを忘れていた。
 蘇芳の元に帰ることを選んだのは自分なのに、ようやく会えた父親とまた離れることになるかもしれないと考えると、思った以上に困惑する。もっと母親の話を聞きたいし、父親のことも祖国のことだって知りたいのに。

「あ…父ちゃん、俺…蘇芳と一緒に戻りたい」
「うん」
「せっかく、迎えに来てくれたのに…父ちゃんよりも蘇芳のこと選んで、ごめん、なさい…」
「ああ、泣きそうな顔をしないで。もう、君って子は。どちらか一方しか望めないとでも思っているのかい?もっと欲張ってもいいんだよ。僕も一緒に鬼の里に行こう。君の伴侶の許しがあればだけど」
「えっ…いいの…?」
「勿論。言っただろう?もう絶対に君の傍を離れないって。住むところに執着は無いんだ。君がいるところが僕の家だよ」

 申し訳ないと感じつつも嬉しさを顔ににじませる息子の頬に口づけながら、レヴォルークは蘇芳に目を向けた。

「何も同じ屋根の下に住まわせてくれって訳じゃない。里の裏手の山に居を構えるのでも何ら問題はないからね」
「居候が一人増えようが、俺は別にいいぜ。山にいられるよりは、一緒の家に住んだ方がリュカも喜ぶだろ。ただ、一応親父——鬼族の頭領の了解を得てからでいいか。里の中には排他的な考えを持つ奴もいる。いきなり竜族が現れて、侵略してきたんじゃねえかって勘繰る奴もな」
「ああ。それで構わないよ。可愛い息子の傍にいられるなら、どこでもいいんだ」

 無条件で甘やかされて、ふわふわと妙にくすぐったい気持ちになる。

「アンタはどうする?一緒に来るか?」

 そう言って赤鬼はミーミルに視線を向けた。緑竜は大きく鼻から息を吐き、ゆっくりと否定した。

「儂は今の根無し草な生活を気に入っておる。行商として世界を放浪し、珍妙なものに出会う今の生活をな。また、お主らの元へは行商として伺うこととしよう」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...