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58. 呪縛を解き放つ
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「迎えに来た時期については分かった。もう一つ、リュカに危害を加えようとすると術が発動するって言ったよな?」
「そうだよ」
「アンタらも承知の通り、リュカは前に、とある一族の精鋭に執拗に追われて背中を刺されて怪我を負った。またとある日には、顔見知りの男娼に首を絞められた。どっちも命に関わる暴力だ。アンタの言う術、効いてねえぞ。そもそもちゃんと発動してりゃ、拉致られることもなかったはずだ」
蘇芳の指摘にリュカは今気づいたと言わんばかりに、目を丸くした。確かに、と呟く。
「もっともな疑問だね。リュカ、テル・メルにいた時は身の危険を感じることはあったかい?」
「殴られたり、陰湿な嫌がらせを受けたことはたくさんあるけど…死ぬと感じるまでのことは無かった」
「酷く怖い思いをするようになったのは、彼に引き取られてからだね?」
どことなく嫌味に聞こえる問いに、蘇芳はあからさまに顔をしかめる。そう感じたのはリュカも同じだった。躊躇いつつも、頷いて答える。
「ああ、違うんだ。君を責めているわけじゃない。リュカが危険な目に合うようになったのは、封印が薄れて術の効果が弱まったからだよ。さっきも言った通り、契角を通して鬼の力が流れこんだことでね。キスやセックスをすれば、より強い力がリュカの中へと流れこむ。よっぽど濃厚なまぐわいをしたんだねえ。こんなにも早く封印が弱まるなんて」
「ぎゃああっ!何言ってるんだよ!?」
揶揄いを含んだ目で見つめられ、少年は羞恥に耐えられず叫んだ。両手で父親の口を塞ぐ。顔を真っ赤にして目を白黒させる息子とは対照的に、レヴォルークは楽しそうにニコニコと笑っている。
「…笑いごとじゃねえ。結局は俺のせいじゃねえか」
「蘇芳…」
「君のせいじゃないよ。息子も君も、リュカが人間だと疑わなかった。君の力が封印を打ち消しているだなんて分かるはずもない。不可抗力だよ」
「…違ェ。契角を通した俺の力が、リュカの魂に何らかの干渉を引き起こしているのは知ってた。沙楼羅――俺の養い親がそう言ってたからな。何がどう影響してるのかまでは教えちゃくれなかったが…。それでも俺のせいだ。俺が原因でリュカを危険な目に合わせた」
赤鬼は目元を手で覆い、うなだれる。責任を感じているのか、声は小さく覇気が無い。
「違うっ、蘇芳のせいじゃない!元はと言えば、俺が蘇芳から契角を盗んだから…」
悲痛な声で叫ぶリュカは、父親の膝の上から蘇芳の懐へと飛びこんだ。
「俺が盗んだりしなきゃ、蘇芳が刺されることもなかった…」
「違ェよ。油断した俺が悪い。お前が気に病むことはねえって」
胸の辺りでぱっくりと裂け、血に染まった赤鬼の着物を指で辿る。頭を撫でる手つきが優しくて、リュカは無意識に下唇を噛みしめた。優しくされて気を遣われるほど、罪悪感に押しつぶされそうになる。
「悪いけど、息子と二人きりで話をしてもいいかな?」
「ああ、構わねえ」
おいで、と蘇芳から離れたところまで手を引かれる。レヴォルークは両膝に手を突き、上体をかがめて息子と視線を合わせた。
「今の話を聞く限り、お互いに好きで伴侶になった訳じゃないのかな?」
「うん…。俺がテル・メルで契角を盗んで、出来心で頭につけてみたら、婚姻関係が成立しちゃったんだ…。外そうとしたけど頭に根を張ってるから、無理に引き抜くと死ぬって…」
盗みを働いていたことを父親に白状するのが後ろめたい。目を合わすことが出来ずに、下を向く。せっかく会えたのに、悪い印象を抱かれたくないと思った。
「ああ、確かに。頭全体にぴったりと根付いてるね。けど、リュカが望むのなら外してあげられるよ。命を落とすことなく安全に」
まさかの発言に、リュカの頭は思考を停止した。衝撃のあまり固まる息子の契角の周辺を指で撫でながら、レヴォルークは微笑んだ。
「確かに、封印がかかったままの状態だったら死ぬだろうけどね。僕とミーミルで治癒術をかけながら処置すれば、問題なく取れるよ。彼に契角を返すことが出来る」
絶対に引き剥がせないものだと、ずっと思っていた。角が取れるのは、蘇芳が飽きて捨てる時だけなのだと。と同時に、一縷の望みがあった。もし蘇芳の機嫌を損ねずにいれば、セキシやみんなとずっと一緒にいられるのではないかと。彼らの傍は心地良くて、叶うのであればそうしたいと思っていたのだ。
眩暈がした。地面の感覚がなく、果たして自分はきちんと立てているのかと思う程だった。
外せるのなら、外すべきだろう。自分のせいで、蘇芳は望まぬ結婚をしたのだ。自分のエゴで、いつまでも彼を束縛するわけにはいかない。
「す、蘇芳と…話してくる」
「うん、そうしておいで」
下を向いたまま、リュカは蘇芳の元へと向かった。動きがぎくしゃくしているのが、自分でもわかる。冷や汗が背中を伝い落ちていく。手足は完全に冷え、感覚がなかった。赤鬼の前にすとんと腰を落とす。
「…す、ぉ…」
「どした。顔色が悪ぃぞ」
声を絞り出せば、気遣うように頬を撫でられた。触れる手のひらはじんわりと温かくて、胸が痛む。
言いたくない。契角を外せると知った蘇芳の喜ぶ顔を見たくない。
「あの、さ…父ちゃんが、契角、取ってくれるって…」
「…は?何言ってんだ。死ぬっつったろ」
赤鬼の言葉を、少年は頭を振って否定した。
「封印が解けた今なら、問題ない、らしい…。父ちゃんと行商のおっちゃんの力があれば、死なないって…」
「…マジかよ」
面食らって蘇芳が言葉を失うのも無理はないと思った。彼の次の反応が怖くて、顔を上げることが出来ない。
「っ俺!…契角、取ってもらおうと思う」
「あ?」
「俺がスリをしたせいで、蘇芳は俺を嫁に迎えなきゃいけなくなった。そのせいでいっぱい迷惑かけた」
「…迷惑なんか、かかってねえよ。むしろ、俺がお前を危険に巻きこんだだろ」
「違うっ。…だって、だって、どうしても考えちまう…。俺があの時気まぐれに契角を頭につけなかったら、蘇芳は死にかけなかったし、そもそも琥珀が一族を裏切ることもなかった…!イズルだって、死なずに済んだかもしれない…っ!」
声が震える。泣きそうになるのを、リュカは必至で我慢していた。イズルの悲し気な微笑みが脳裏にこびりついて離れない気がした。
「リュカ、それがお前の望みか?契角を引き抜いて、お互いに何もなかったように別れるのか?」
「……」
「セキシが悲しむぞ。アイツ、お前のこと相当気に入ってんだからな」
「……っ。た、たまには遊びに、行ってもいいか…?」
セキシのことを持ち出すなんて、ずるい。俺だってセキシのことが大好きなのに。離れたいわけじゃない。だけど、蘇芳のことは解放しなきゃいけない。
「たまにと言わずに、ずっといればいいだろ。契角もそのままでよ。死にはしなくても、めちゃくちゃ痛ェんじゃねえのか」
「…でも、蘇芳が本当に結婚したい人が出来た時に困るじゃん。どっちにしろいつか外さなきゃいけない時が来るなら、今取っておいたほうがいいに決まってる」
「は…?おい、待て。本当に結婚したい人って、何だよ」
「何って…そのまんまの意味だけど。だって……俺、暇潰しの嫁なんだろ…?」
正座した膝の上で拳をぎゅうと握る。面と向かって口にして、胸がズキズキと痛んだ。
「そうだよ」
「アンタらも承知の通り、リュカは前に、とある一族の精鋭に執拗に追われて背中を刺されて怪我を負った。またとある日には、顔見知りの男娼に首を絞められた。どっちも命に関わる暴力だ。アンタの言う術、効いてねえぞ。そもそもちゃんと発動してりゃ、拉致られることもなかったはずだ」
蘇芳の指摘にリュカは今気づいたと言わんばかりに、目を丸くした。確かに、と呟く。
「もっともな疑問だね。リュカ、テル・メルにいた時は身の危険を感じることはあったかい?」
「殴られたり、陰湿な嫌がらせを受けたことはたくさんあるけど…死ぬと感じるまでのことは無かった」
「酷く怖い思いをするようになったのは、彼に引き取られてからだね?」
どことなく嫌味に聞こえる問いに、蘇芳はあからさまに顔をしかめる。そう感じたのはリュカも同じだった。躊躇いつつも、頷いて答える。
「ああ、違うんだ。君を責めているわけじゃない。リュカが危険な目に合うようになったのは、封印が薄れて術の効果が弱まったからだよ。さっきも言った通り、契角を通して鬼の力が流れこんだことでね。キスやセックスをすれば、より強い力がリュカの中へと流れこむ。よっぽど濃厚なまぐわいをしたんだねえ。こんなにも早く封印が弱まるなんて」
「ぎゃああっ!何言ってるんだよ!?」
揶揄いを含んだ目で見つめられ、少年は羞恥に耐えられず叫んだ。両手で父親の口を塞ぐ。顔を真っ赤にして目を白黒させる息子とは対照的に、レヴォルークは楽しそうにニコニコと笑っている。
「…笑いごとじゃねえ。結局は俺のせいじゃねえか」
「蘇芳…」
「君のせいじゃないよ。息子も君も、リュカが人間だと疑わなかった。君の力が封印を打ち消しているだなんて分かるはずもない。不可抗力だよ」
「…違ェ。契角を通した俺の力が、リュカの魂に何らかの干渉を引き起こしているのは知ってた。沙楼羅――俺の養い親がそう言ってたからな。何がどう影響してるのかまでは教えちゃくれなかったが…。それでも俺のせいだ。俺が原因でリュカを危険な目に合わせた」
赤鬼は目元を手で覆い、うなだれる。責任を感じているのか、声は小さく覇気が無い。
「違うっ、蘇芳のせいじゃない!元はと言えば、俺が蘇芳から契角を盗んだから…」
悲痛な声で叫ぶリュカは、父親の膝の上から蘇芳の懐へと飛びこんだ。
「俺が盗んだりしなきゃ、蘇芳が刺されることもなかった…」
「違ェよ。油断した俺が悪い。お前が気に病むことはねえって」
胸の辺りでぱっくりと裂け、血に染まった赤鬼の着物を指で辿る。頭を撫でる手つきが優しくて、リュカは無意識に下唇を噛みしめた。優しくされて気を遣われるほど、罪悪感に押しつぶされそうになる。
「悪いけど、息子と二人きりで話をしてもいいかな?」
「ああ、構わねえ」
おいで、と蘇芳から離れたところまで手を引かれる。レヴォルークは両膝に手を突き、上体をかがめて息子と視線を合わせた。
「今の話を聞く限り、お互いに好きで伴侶になった訳じゃないのかな?」
「うん…。俺がテル・メルで契角を盗んで、出来心で頭につけてみたら、婚姻関係が成立しちゃったんだ…。外そうとしたけど頭に根を張ってるから、無理に引き抜くと死ぬって…」
盗みを働いていたことを父親に白状するのが後ろめたい。目を合わすことが出来ずに、下を向く。せっかく会えたのに、悪い印象を抱かれたくないと思った。
「ああ、確かに。頭全体にぴったりと根付いてるね。けど、リュカが望むのなら外してあげられるよ。命を落とすことなく安全に」
まさかの発言に、リュカの頭は思考を停止した。衝撃のあまり固まる息子の契角の周辺を指で撫でながら、レヴォルークは微笑んだ。
「確かに、封印がかかったままの状態だったら死ぬだろうけどね。僕とミーミルで治癒術をかけながら処置すれば、問題なく取れるよ。彼に契角を返すことが出来る」
絶対に引き剥がせないものだと、ずっと思っていた。角が取れるのは、蘇芳が飽きて捨てる時だけなのだと。と同時に、一縷の望みがあった。もし蘇芳の機嫌を損ねずにいれば、セキシやみんなとずっと一緒にいられるのではないかと。彼らの傍は心地良くて、叶うのであればそうしたいと思っていたのだ。
眩暈がした。地面の感覚がなく、果たして自分はきちんと立てているのかと思う程だった。
外せるのなら、外すべきだろう。自分のせいで、蘇芳は望まぬ結婚をしたのだ。自分のエゴで、いつまでも彼を束縛するわけにはいかない。
「す、蘇芳と…話してくる」
「うん、そうしておいで」
下を向いたまま、リュカは蘇芳の元へと向かった。動きがぎくしゃくしているのが、自分でもわかる。冷や汗が背中を伝い落ちていく。手足は完全に冷え、感覚がなかった。赤鬼の前にすとんと腰を落とす。
「…す、ぉ…」
「どした。顔色が悪ぃぞ」
声を絞り出せば、気遣うように頬を撫でられた。触れる手のひらはじんわりと温かくて、胸が痛む。
言いたくない。契角を外せると知った蘇芳の喜ぶ顔を見たくない。
「あの、さ…父ちゃんが、契角、取ってくれるって…」
「…は?何言ってんだ。死ぬっつったろ」
赤鬼の言葉を、少年は頭を振って否定した。
「封印が解けた今なら、問題ない、らしい…。父ちゃんと行商のおっちゃんの力があれば、死なないって…」
「…マジかよ」
面食らって蘇芳が言葉を失うのも無理はないと思った。彼の次の反応が怖くて、顔を上げることが出来ない。
「っ俺!…契角、取ってもらおうと思う」
「あ?」
「俺がスリをしたせいで、蘇芳は俺を嫁に迎えなきゃいけなくなった。そのせいでいっぱい迷惑かけた」
「…迷惑なんか、かかってねえよ。むしろ、俺がお前を危険に巻きこんだだろ」
「違うっ。…だって、だって、どうしても考えちまう…。俺があの時気まぐれに契角を頭につけなかったら、蘇芳は死にかけなかったし、そもそも琥珀が一族を裏切ることもなかった…!イズルだって、死なずに済んだかもしれない…っ!」
声が震える。泣きそうになるのを、リュカは必至で我慢していた。イズルの悲し気な微笑みが脳裏にこびりついて離れない気がした。
「リュカ、それがお前の望みか?契角を引き抜いて、お互いに何もなかったように別れるのか?」
「……」
「セキシが悲しむぞ。アイツ、お前のこと相当気に入ってんだからな」
「……っ。た、たまには遊びに、行ってもいいか…?」
セキシのことを持ち出すなんて、ずるい。俺だってセキシのことが大好きなのに。離れたいわけじゃない。だけど、蘇芳のことは解放しなきゃいけない。
「たまにと言わずに、ずっといればいいだろ。契角もそのままでよ。死にはしなくても、めちゃくちゃ痛ェんじゃねえのか」
「…でも、蘇芳が本当に結婚したい人が出来た時に困るじゃん。どっちにしろいつか外さなきゃいけない時が来るなら、今取っておいたほうがいいに決まってる」
「は…?おい、待て。本当に結婚したい人って、何だよ」
「何って…そのまんまの意味だけど。だって……俺、暇潰しの嫁なんだろ…?」
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