盗みから始まる異類婚姻譚

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32. 溺れる意識

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 挿入まで至ってないにも関わらず、リュカは布団の上でぐったりとしていた。全身汗まみれで、腹は自分の放った精液で汚れている。
 あの後、陰茎を扱かれながら、ずっと乳首を吸われ続けていた。それから、潤滑剤を纏った指によって尻穴を丹念に広げられた。快感を長時間にわたって与えられ、何度精を飛ばしてしまったかわからない。セックスをしてもいい、と気やすく提案を持ちかけてしまったことに、リュカは少し後悔し始めていた。

「おい、へばるの早すぎだろ。まだ挿れてねえってのに」
「蘇芳が…しつこすぎるんだよ…っ!」

 息を整えるために目を閉じていると、頬を軽く叩かれる。ゆっくり目を開ければ、上半身裸の赤鬼が顔を覗きこんでいた。呆れた表情に、息も絶え絶えに言い返すリュカは彼を睨みつけた。

「…あっそ。そんなにしんどいなら、止めてやるよ」

 蘇芳の口から放たれた予想外の言葉に、リュカは目を見開いた。

「え…!?で、でも、蘇芳、一回も射精してねえじゃん」
「…まあな」

 リュカは腕で支えて上半身を起こした。赤鬼の股間に視線を落とせば、性器が布地を押し上げている。寝間着の上からでも、はち切れんばかりに大きく膨らんでいるのがわかる。
 苦しいはずなのに、何なぜ突然止めるなどと言い出すのか分からず、困惑するばかりだ。

「自分、で処理するのか…?」
「んなみっともねえことするかよ」
「…じゃあ、どうするんだ?」
「……いいから、お前はもう寝ろ。俺は俺でどうにかする」

 蘇芳は顔を盛大にしかめながら、脱いでいた寝間着を手に取った。根掘り葉掘り質問するリュカを心底うっとおしく思っているのか、声が刺々しい。一体どのようにするのか方法を知りたいが、迫力に圧されて思わず口をつぐんでしまう。

「蒸しタオル持って来てやる」
「……いい。いらない」

 部屋を出て行こうと腰を上げる蘇芳の寝間着を掴んで、リュカは彼を引き留めた。訝し気に赤鬼の眉間に皺が刻まれる。

「いらねえってどういうことだ。ぐちゃぐちゃなままで寝る気か?」
「違うっ。…つ、続きする」
「あ?」
「…蘇芳のちんこ、俺の尻に入れていいから…、蒸しタオルまだいらない…」

 己の中に渦巻く複雑な感情に、少年は顔を上げることが出来ない。赤鬼の強烈な視線が全身に突き刺さるが、沈黙のせいでどんな顔をしているのか分からなかった。
 嫌だった。蘇芳が自分で処理をしないのであれば、テル・メルに行って娼婦なり男娼なりを指名して抱くのではと思ったのだ。今日あんなことがあったばかりで、蘇芳が自分以外の誰かに興味を抱く姿を想像するだけで胃が重たくなる。確かに疲弊してはいたが、一連のやりとりで疲れなどどこかに吹き飛んでしまった。

「…疲れてるんじゃなかったのか?」
「疲れてる、けど……その状態で中断するのは、さすがに残酷だと思っ…んンっ!」

 言い終える前に顎を掴まれる。顔を上げさせられたかと思うと、唇を啄まれた。唇が離れるなり、布団の上に押し倒される。

「色気のねえ誘い文句だな」
「…だっ…!」
「だ?何だよ」
「…何でもない」

 誰かを誘ったのなんか初めてなんだ、仕方ないだろ!
 売り言葉に買い言葉。そう反論しかけたが、経験のなさを認める惨めなことになりかねず、リュカは慌てて口を閉じた。
 口角を上げて、にやにやと下卑た笑みを浮かべる蘇芳から顔を背ける。

「煽ったのは、リュカ、お前だ。嫌っつっても、もう止めてやれねえぞ」
「…男に二言はない。嫌だ、なんて言わねえ」
「ハッ、男前だな」

 蘇芳の指が契角を撫で、額に張り付いた前髪を払う。赤鬼が離れていく気配がして、リュカは慌てて彼に視線を移した。機嫌を損ねてしまったかと思ったが、そうではなかった。
 再び寝間着を脱いだ蘇芳がのしかかってくる。脚はいとも簡単に大きく開かされ、その間に赤鬼が体を割り込ませる。下穿きを下へずらすと、男根が姿を現す。血管が浮き出ていて、見ているだけでも熱や脈動が伝わってくるようだ。禍々しいとすら思える、その大きさにリュカは体が震えそうになるのを必死で堪えた。酷いことはされないのだろうと頭では分かっていても、本音を言えばやはり怖い。

「バァカ」
「んぶっ」

 突然、罵りと共に指で鼻を弾かれた。痛みの走る鼻を手で覆い、何をするんだと赤鬼を見上げる。

「お前な、発言と行動がちぐはぐなんだよ。んな体ガッチガチにさせてたら、入るものも入らねえっつの」
「う…」

 図星で何も言えない。それから蘇芳はリュカの下半身を見下ろし、苦笑いを浮かべた。

「こんな縮こまった状態の癖して、突っ込めなんてよく言えるな」
「…ぅあ…っ!?」

 赤鬼は潤滑剤を少年の下肢に垂らすと、萎びた性器に己の陰茎を擦り付けた。熱く硬い塊に扱かれ、リュカの腰がびくりと跳ねる。潤滑剤のせいで、蘇芳が腰を動かす度にぐちゅぐちゅとはしたない音が響く。

「こら、逃げんな。気持ち良いんだろ、リュカ?」
「…ぁっ、…あぅ…!」

 羞恥のあまり逃げようとしたリュカだったが、すぐさま片手を掴まれた。互いの指が絡み、手のひらを合わせた状態で布団に縫いつけられてしまう。
 蘇芳の熱に、飲み込まれてしまいそうだった。性器同士が擦れる度に、下腹がじんとする。時間をかけて解された尻の穴が何故か疼く。勃起して硬度を増す程に、擦れ合うと気持ちが良かった。快感の証である先走りが潤滑剤と混ざって、音がどんどん大きくなっていく。

「…あ、…はぁ、…っあ!」

 下腹部から何かが波のようにせり上がってくるのを感じて、リュカは蘇芳の手をきつく握りしめた。

「リュカ、イくならこっちだろ」
「ひっ…!?あ、あ゛…ーッ!」

 達しかけた瞬間、腹の上を滑っていた熱の塊が体内に侵入してきた。圧倒的な質量を持つ物体に、少年の体がのけ反る。奥まで貫かれ、押し出されるようにして精液が飛び出た。
 激しい絶頂に、射精を終えても体がぴくぴくと痙攣する。生理的な涙がこぼれる。

「…つ、突っ込むなら…せめて一言…っ」
「言ってたら、どうせまたガチガチになるだろうが。こういうのは勢いが大事だろ」
「…うゔ…」

 予告も無しに挿入され、リュカは不満を全面に出して睨みつける。だが赤鬼は全く悪びれる様子はない。額にうっすらと汗はかいているものの、けろりとした表情に無性に腹が立つ。だが、彼の指摘に反論の言葉が全く思い浮かばない。事前に言われていたら、蘇芳の言う通り、また緊張で硬くなっていたはずだ。

「それよりっ、全部じゃないよな…!?」
「言われた通り、ちゃんと半分しか挿れてねえよ」

 蘇芳は呆れ顔だが、リュカにとっては至極大事なことだ。両腕を精一杯伸ばして、結合部に触れる。自分の尻穴がみちみちに広がっているのが分かった。そこから出ている太い幹に指を這わせる。潤滑剤でぬるついている。体勢的に目で確認できない分、陰茎に指を巻きつけたりして、入念に触って確かめる。全部は挿入されていないことを確認出来て、リュカは小さく安堵の息を吐いた。 途端に屹立の体積が中で増した。え、と思う間に雁首まで抜かれ、また押しこまれた。

「んァっ!…ちょ、…まっ…!」
「無理。もう我慢できねえ。これ以上お預け喰らってたまるかよ」
「…っん、く…あぅ…っ」

 制止の言葉を吐くも、蘇芳は聞き入れなかった。腰を動かすその顔には、珍しいことに余裕は感じられなかった。がつがつと中を貫かれ、リュカはただ喘ぎ声を上げるしかない。指が触れているせいで、熱い肉棒が己の中を出たり入ったりしているのがまざまざと分かって、何だか生々しく感じた。

「はッ…マジで、タチ悪いな…」

 荒い息を吐く蘇芳の眉間には、深い皺が刻まれていた。
 快感の渦に翻弄されながら、勃ちが悪い?、と少年は内心首を傾げた。
 自分の下半身に目をやれば、勃起した小さな性器が腹にぴたりとくっついている。尻で快感を得る体になったことの証明のようで、何だか悲しくなってしまう。
 蘇芳が言及しているのは自分のことではなく、彼自身のことだろうか、とリュカは思った。だが、尻穴を犯す陰茎は十分な硬度を保っているように思える。赤鬼にしてみれば、最大ではないということだろうか。そんなの恐ろしすぎる、とリュカは早々に思考を放棄した。どちらにせよ、快楽で頭に靄がかかった状態では何も考えられなかった。

「…あっ、はぁ…ふ、うぅ…っ」

 指で探られて知った、己の性感帯を蘇芳の男根が擦り上げる。嵩の張った部分で抉られれば、形容しがたい強い快感が全身を走る。
 蘇芳に抱かれるのは指折り数える程しかないと言うのに、尻にペニスを入れられて快感を得ている。自分もテル・メルにいる娼婦や男娼と変わらない。心の中では彼らを見下し馬鹿にしていたのに、結局は自分もその一人だった。淫乱なのは、そもそもの自分の素質なのか、娼婦の母親の血が流れているからなのかは分からない。ただ、涙があふれてくる。

「あ…?リュカ、…いてぇのか?」

 涙に気がついたらしい赤鬼に目尻を拭われる。腰の動きも激しいものから緩やかになった。浅い部分で抜き差しをしながらも、少年の弱い部分を刺激するのは忘れない。穏やかだが断続的に押し寄せる快楽に漏れる声を押し殺しつつ、リュカは頭を左右に振って否定した。なら何故泣いてる、と紅い眼が問いかけてくる。

「…ちんこで…腹、くるし…っ」
「苦しいだけじゃねえだろ。チンポ、ビンビンじゃねえか」
「…っひ、…ぅく…!」

 大きな手のひらで性器を扱かれ、リュカは体を震わせた。尿道から先走りがだらだらと垂れている。鬼が手を離しても、陰茎は空に向かって元気に勃ち上がっていた。
 体は素直なのに口は素直じゃねえなあ、と言って赤鬼はケタケタと笑った。至極愉しそうな彼に、今は何を言っても言い返される気がして、少年はだんまりを決めこんだ。

「…ヨすぎて泣いてるって捉えるぞ」

 蘇芳の口角が意地悪そうに吊り上がる。その顎先を汗が一筋、伝い落ちていく。からかわれているのはわかったが、リュカは言い返さなかった。下手に否定して、泣いている理由を追及されたくなかったのだ。考えていることを話すくらいなら、気持ち良すぎて泣いていると思われた方がマシな気がする。…気持ち良いのは事実だが。

「……」
「何だよ、図星か?」
「…も、いいから…っ!早く動けよ…っ!」

 にやついた表情を浮かべて顔を覗きこんでくる蘇芳を、睨みつける。この話題を早く終わらせないと言う気持ちもあるが、我慢の限界でもあった。さっきから入り口部分しか擦ってくれていない。それはそれで気持ちいいのだが、もっと強烈な刺激を知っているだけに焦れったく感じてしまう。

「そう急かさなくても、ちゃんと奥まで突いてやるって」
「…っあ、ア…!」

 蘇芳は喉を鳴らして笑いながら、腰を大きく動かし始めた。狭い穴の中を、火傷しそうな程に熱い剛直が肉襞をかき分けて深いところまで入りこんでくる。先端が奥まで届く。かと思えば抜けてしまいそうなギリギリまで逃げていく。
 赤鬼が動くたびに、肩から垂れる真っ赤な長い髪の房がゆらゆらと揺れる。リュカは激しく突き上げられながら、涙で滲む視界で、その様をぼんやりと見つめた。おもむろに手を伸ばし、髪を掴む。

「ッてて…、リュカ、髪引っ張んな。痛ェ」
「…?…ぁ、んン…っ」

 眉間に皺を寄せる蘇芳を、リュカはただ見つめ返した。何か言っているのはわかるが、頭が馬鹿になっていて、意味までは咀嚼できない。少年に自覚はないが、彼は快楽に溺れ切って恍惚状態に陥っていた。長時間にわたる愛撫と絶え間なく身に降りかかる悦楽は、そういったことに耐性のない彼には刺激が強すぎたのだ。
 反応の鈍い少年の様子に蘇芳もそのことに気がつき、一瞬目を丸くしたが、すぐに表情を緩めた。上体をかがめ、リュカの唇を塞ぐ。少年の小さな舌を捕らえ、音が立つくらいに淫らに絡ませる。口づけで注意を惹き、彼の己の髪を掴む指をゆっくりとはずさせる。

「…リュカ、手ぇ、貸せ」

 蘇芳はリュカの両手を掴むと、己の首へと導いた。しがみついとけ、と言えば特に抵抗もなく、少年は素直に応じた。

「ぎゃあぎゃあうるせえのが無いと、何だか張り合いがねえが、従順なのも悪くねえな」
「…ぇ?な、に…っ」

 リュカは聞き返したが、赤鬼は彼の耳に舌を這わせた。耳たぶを食み、中に舌を突っ込んでかきまわす。くすぐったいとばかりに肩をすくめて逃げようとするも、言い付け通りきつく抱きついてくる少年に無意識に口角が吊り上がる。

「…も、ィきそ…ぅ…」

 涙をこぼしてよがるリュカが小さく呟くのを、蘇芳は聞き逃さなかった。前立腺を重点的に責めれば、少年は大きく目を見開き、体をのけぞらせる。

「いつでもイッていいぞ、リュカ」
「…ぁ、はッ…あう、ゔ…!」

 意地の悪い笑みを浮かべた赤鬼は前立腺を突き、どんどん少年を追い詰めていく。性感帯をネチネチと責められ、リュカの体がその度に震える。喰い千切らんばかりにきつく締まる。

「…ゃ、あッ!…ぁ゛、ア―― …ッ!」

 激しく追い立てられ、リュカは達した。尿道から、ごく少量の精液がとろとろと漏れる。潤滑剤で濡れた肉襞に締め付けられ、蘇芳も少年の中に精を放った。

「…う…ーっ」

 濃く量も多い精液を叩きつけられ、リュカは唸り声を上げながら小さく身震いをした。蘇芳は蘇芳で、緩慢に腰を動かし、残滓すら余さず少年の中に注いだ。長い射精を終えると、赤鬼は上体を起こし、大きく息を吐いた。そこで初めてリュカが目を閉じたまま動かないのに気がつく。一瞬焦った赤鬼だったが、微かに聞こえる寝息に胸を撫で下ろした。
 眠れないと言っていた少年だったが、長時間に及ぶ激しい運動にさすがに体力が尽きて、気絶するように寝落ちてしまったらしい。
 腰を引き、滾ったものを抜き出す。赤鬼は哀れな己の男根に視線を落とした。まだ満足していないとばかりに天を向いて反り返っている。
 蘇芳は内心、できればもう一戦付き合ってもらいたいと思っていたが、リュカの睫毛についた大きな涙の粒を目にして、もう一度大きく溜息を吐いた。
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