盗みから始まる異類婚姻譚

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24. 寝首をかく

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 翌朝、蘇芳より早く目を覚ましたリュカは彼の腕の中で真っ裸であることに気がついて飛び起きた。絶叫しなかったことは我ながら褒めてやりたい。

「…あ?おい、まだ起きるには早えだろ…」

 振動で蘇芳の意識も夢から覚めたらしく、気怠く片目だけを開けている。寝起きだからか、声が少しかすれていた。伸びた手がリュカの腕を掴み、再び布団の中へと引き戻した。寝ろ、と言わんばかりに抱き寄せられて、背中を一定のリズムで叩かれる。その赤鬼もまた自分と同様に全裸だ。互いの体液でどろどろに汚れていた体もきれいに清拭されていた。さらりとした肌が触れて、くすぐったい感じがする。

「な、な、何で裸なんだよ…!?服、着せてくれても…!」
「…んなめんどくせえことするかよ。朝になりゃどうせ着替えるだろうが」

 リュカは言い返そうとしたが、目の前から聞こえてきた寝息に、渋々口を閉じた。
 服を着せるのが面倒ならば、自分を抱くのも面倒なのではないのか、という疑問が浮かぶ。自分は男娼どころか経験もないし、奉仕なんてもってのほかだ。女のように陰部が濡れるわけでもなく、挿入まで準備をするのに時間も手間もかかる。手っ取り早く欲を発散したいなら、金はかかるが娼館に通う方が断然いいと思う。娼婦や男娼に身を任せて、出すもの出してすっきりできる。後始末さえしなくていい。蘇芳が何故手間と時間をかけて自分を抱くのか、リュカには分からなかった。
 だが、そこで少年ははたと思い至る。赤鬼の暇潰しのためにリュカは嫁にされた。蘇芳が自分を抱くのも、気まぐれだろうか。いや、きっとそうだ。顔見せも兼ねて一族の会合に参加させられた時、黒鬼が酔狂がどうのこうのと言っていた。暇潰しに飽きたら、奉仕することを知らず蘇芳を喜ばせる技巧もない自分は捨てられるのだろう。最悪、殺されるかもしれない。
 赤鬼が起きたら疑問をぶつけようと思ったが、面と向かって暇潰しだと言われるのが分かっているのに、尋ねる意味はない。だが逆に言えば、蘇芳に自分を抱く気がある間は、彼の酔狂はまだ続いていると言うことだ。まだ捨てられない、というバロメータ代わりになる。
 赤鬼の気が変わる前にどうにかしなければならない。娼館の奴らのように、飽きられないように媚びるべきだろうかと思ったリュカだが、即座に却下した。猫なで声で甘える自分の姿を想像しただけで吐き気がする。逃げ出したいが、山に潜む異形の気持ち悪さと得体の知れなさを目の当たりにした今は、それも現実的ではない気がした。となると、残る道は一つだけだ。
 初日の晩に赤鬼が言っていた、彼に一太刀でも浴びせて解放してもらうしかない。蘇芳が約束を守るかどうかは、正直怪しい。酷いこと乱暴なことはしない、と今夜は約束を守ってくれた。だが、添い寝だけで何もしないとの約束は翌日に早々に反故にされてしまった。約束を守るかどうかさえ彼の気まぐれによるのだ。それに、今までに何度も急襲を試みたが、どれも失敗に終わっている。圧倒的な実力差で勝ち目などまるでない。だが、リュカが縋れる方法はそれ以外にないように思えた。
 眠る蘇芳の顔面を見つめながら、無防備な今ならば傷を負わせられるかもしれない、とリュカは思った。首をぐるりと動かし、少し離れた場所に投げ出された己の寝間着が見える。赤鬼に言われた通り、少年はもらった短刀を四六時中懐に忍ばせている。
 蘇芳に抱え込まれる体勢のまま、少年は腕を伸ばした。指先がかすかに寝間着に触れ、指を動かして手繰り寄せる。片腕しか使えないながらも、リュカは服の中から小刀を手にすることができた。眠る赤鬼の旋毛を見つめながら、握る手に力をこめ、振り下ろした。
 だが、刃が蘇芳に届くことはなかった。手首を掴まれ、振り解くことができない。今まで眠っていたはずの赤鬼はいつの間にか目を開けて、少年を見上げていた。

「油断も隙もねえな」

 安眠を妨害されて、蘇芳は少し不機嫌そうだった。目の下に皺を作って顔を歪めている。

「…蘇芳って、全身に目でもついてんの」
「んな訳あるか。お前の殺気が駄々漏れで嫌でも気がついちまうんだよ」

 そんなことを言われても、とリュカは思った。自分では殺気を漏らしているつもりはないし、出していると思ってないものを消す方法がわからない。

「気は済んだか?」
「あっ」

 蘇芳は短刀を取り上げると、それを部屋の隅に放り投げた。

「気概は良い。その調子で頑張れ」

 そう言うと赤鬼は目を閉じ、再び夢の中へと旅立って行った。先程よりもきつく抱きしめられ、どうすることも出来なくなったリュカは蘇芳に向かって思いっきり舌を出した。何だよ偉そうに。そうは思いつつ何においても勝ち目がないので、せめてもの反抗のつもりだ。

「出してる舌、食うぞ」

 いつの間にか蘇芳が片目を開けてこちらを睨んでいた。今の言葉は聞かなかったことにして、リュカは口と目を閉じた。赤鬼の鋭い視線が向けられてるのを感じながらも、狸寝入りを決めこむ。眠たくはなかったのに、ずっと目を閉じていると、不思議と眠たくなってきて、リュカも朝食の時間まで寝ることに決めたのだった。


 ***

「そういや、お前の目の色変わらなかったな」

 蘇芳の言葉の意味が分からず、リュカは首を傾げた。早々に朝食を食べ終えた赤鬼は机に頬杖をついて少年を見ている。

「二度、お前の瞳の色が銀に変わったって言ったろ。一度は寝込んでる時、もう一度は初めてお前を抱いた時だ。昨日ヤッた時も変わるかと思ったが、その様子は微塵もなかったな」

 目の色が変わらなかったどうこうの問題より、、という下品な発言を朝食の場でしたことにリュカは目を見開いた。しかも、隣にはセキシがいるにも関わらずだ。

「あ、あの、セキシ、えっと」
「お前の目のこと、セキシには話した。口の堅い奴だから、秘密は漏れねえ」
「はい、決して口外したりしません」

 セキシが優しい笑みを浮かべて頭を撫でてくるが、リュカの心配はそこではなかった。彼が秘密を漏らすかどうかなど微塵の疑いも抱かない。それだけ青年への信頼は厚い。

「それは全然心配してない!そうじゃなくて、その…」
「リュカ様?」

 確かに蘇芳とセックスはした。だがそれは、ただ添い寝をしているだけなのに高価な菓子を買ってもらうのがどこか後ろめたかったからだ。セックスをしたのも言わば契約みたいなもので…。
 喉元まで出かかったが、すんでのところで飲み込む。蘇芳と性行為に及んだことをセキシに知られるのが恥ずかしい。言い淀む少年に、従者の青年は不思議そうに目を瞬かせている。蘇芳とリュカの性行為のことを気にする様子は全く見られない。むしろ気にしているのはリュカだけだ。言い訳がましく必死になって説明するのが馬鹿らしくなり、少年は何でもないと呟いて漬物をかじった。

「変化条件がわかんねえんだよなあ。セキシ、虹彩が銀の種族の存在を耳にしたことがあるか?」
「いいえ。金の瞳を持つ種族はいくつか存じています。ですが、銀となると…」
「だよな」
「沙楼羅さん、教えてくんないかな」
「無理だろ」
「でも、もしかしたら俺だけになら教えてくれるかもじゃん。蘇芳には言えなくても」
「期待するだけ無駄だ」
「でも、でも、しつこく聞いたら根負けするかもしれねーじゃん。やってみて損はないんだし、沙楼羅さんのとこ行こうぜ」
「…お前そう言って、本当はただ沙楼羅に会いたいだけじゃねえのか」
「へへ、それもある。あと九鬼丸にも会いたい」

 屈託なく笑うリュカに、蘇芳は深いため息を吐いた。
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