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18. 仲直り
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巨大な化け物は全身が緑色だった。顔の真ん中に巨大な目が一つだけある凶悪な面で、鼻には金色の輪っかがついていて、鋭い牙が下顎から突き出ている。頭の側面からは大きな角が生えている。どこから現れたのか、身の丈は屋敷と同じくくらいに大きい。
ぎょろりと大きな目で見据えられて、少年の口からは悲鳴が漏れかけた。だがすんでのところで飲みこむ。自分を見下ろす化け物からは敵意や殺意が全く感じられなかったからだ。
「おめーリュカだな?蘇芳の嫁さんだ」
「そ、そうだけど。あんたは?」
「おでか?おでは、九鬼丸。蘇芳の兄貴みてえなもんだ。よろしぐなあ」
名前を聞かれた巨人は嬉しそうに顔を綻ばせた。蘇芳の兄だと聞かされたリュカは驚きで目を丸くした。兄弟だと言うのに全く似ていない。だが、好機だと少年は思った。見た目よりも人懐っこそうな、この巨人をどうにか利用できないだろうかと考えた。
「外に出ちゃいげねえって言われてんだろお。屋敷さ戻りなあ」
「やだ。帰らない」
「我儘言っちゃいげねえ。外は危ねえんだ」
頭を左右に振って拒否するリュカに、九鬼丸は困った様子で目を細めた。
「蘇芳が山の中にいるのを見たんだ。すぐに追いかけないと見失っちゃう!」
「何で蘇芳を追いがげんだあ?同じ屋敷に住んでるでねえが」
「…ここ数日、蘇芳が全然顔を合わせてくれないんだ。ずっと逃げてる。…俺は、話がしたいのに…避けられて、辛いんだ」
リュカは両手で顔を覆った。いかにも泣いてるかのような声を出し、肩を上下させてみる。我ながら下手糞な演技だと思った。目の前の巨人は、少年の泣き真似を見抜くかもしれない。
「ああもう、泣がねえでぐれ…!」
「お願いだから、蘇芳に会わせてくれ…!俺、寂しい!」
九鬼丸の声には焦りが混じっていた。嘘の演技に本気で騙されているらしい。逆にリュカが当惑してしまったが、ここで退くことはできない。彼はできる限りの悲痛さをこめて叫んだ。
「わがっだわがっだ!蘇芳のとこさ連れて行ってやる!」
「本当!?」
「ああ。嫁さん泣がせたってバレたら、おでが怒られちまうがらなあ」
九鬼丸は頭を掻きながら、その巨体で軽々と塀を乗り越えた。リュカを手で掴んだまま、山の中を歩いていく。怪物は大きな体に見合わず俊敏に密集した木々を避け、手の中の少年を気遣っている。
木々は巨大な九鬼丸をすっぽりと覆ってしまう程に高い。九鬼丸が地面を踏みしめる度に、野生の獣たちが逃げていく。その中には、異様な見た目をした異形の姿もあった。離れた木の枝に止まり、こちらを虎視眈々と見つめる異形もいた。その不気味な雰囲気に、リュカはごくりと生唾を飲み込んだ。自分を抱える指にひしとしがみつく。九鬼丸に捕まって、結果良かったと心底思った。山が様々な怪物の巣窟で危険なのは間違いなさそうだ。
「蘇芳がどこにいるか、分かるのか?」
「大体はな。なんせ、おでと蘇芳はこの山で育ったがらなあ!」
こんな薄気味悪い山で蘇芳が育ったと聞いて、少年は目を瞬いた。鬼の敷地の中で育ったのではないのか?それとも、鬼は幼少時は山の中で暮らすというしきたりでもあるのだろうか?でも、赤鬼はこの山を鬼でも寄り付かない場所だと言っていた。
思考に耽っていたリュカだが、蘇芳を見つけたという巨人の一言に、ふと我に返った。木々の隙間から赤にまみれた人影が見える。その隣にいる人物と共に、苔むした倒木に腰かけ、何やら話しているようだった。
リュカは九鬼丸に止まるように指示し、体格に見合った大きな耳に小声で話した。ここまで来たのに存在に気づかれて逃げられてしまったら、元も子もない。だから、九鬼丸に囮になってもらって、背後から急襲することにした。巨人は計画に対して渋る様子を見せたが、リュカの泣き真似にまんまと騙され、彼を地面に降ろした。九鬼丸が二人に話しかける間、太い樹木の影に身を隠して、足音を殺して近づく。
「九鬼丸、お前ここで何してんだ。リュカを見張っておくよう、言っておいただろ」
「そ、それがよお、蘇芳…。おめえの嫁さん、すばしっこくて、見失っちまって…」
「はあっ!?」
蘇芳に鋭く咎められ、九鬼丸は大きな図体を居心地悪げに縮こまらせている。申し訳ない気持ちを抱きつつ。リュカは内心巨人に謝罪しながら、赤鬼からもらった小刀を手ににじり寄る。あと少し、もう少しだ――。
蘇芳の背中を見据えるあまり、彼は赤鬼の隣にいたはずの人物がいつの間にか消えていたことに気がつかなかった。
「その嫁って言うのはこの童のことか?」
「うわああっ」
あと一歩のところで襟首を掴まれた。ぐん、と強い力で上に引っ張られ、爪先が地面から離れていく。リュカは手足を振り回して暴れたが、背後の人物はケタケタと笑うだけだった。抵抗は無駄だと早々に悟り、脱力する。振り返った蘇芳の目が大きく見開かれた。
「リュカ、お前何でここにいる!?敷地の外は危険だっつったろ!」
蘇芳は珍しく取り乱していた。どうやら本気でリュカの登場が想定外だったらしい。
「そんなの、蘇芳のせいじゃん!って言うか、鬼も山には近づかないって言ってたの誰だよ!?自分だってがっつり山の中にいるじゃん!」
「……は?俺のせい?」
蘇芳は口をポカンと開けた。鳩が豆鉄砲を食らったような反応にちょっとだけ満足する。
「明らかにずっと俺のこと避けてるだろ!俺が追いかけてるの知ってたくせにっ。乱暴されたのは俺なのに、何で蘇芳が逃げるんだよ!それなのに、寝てる間ずっと隣にいてくれたり、贈り物たくさん置いてくれてたりとか、どういうつもりだよっ」
「リュカ…」
「…っもう、…わけ、わかんねー…っ」
言えなかった思いを一度吐き出すと、止まることを知らずに言葉が出てくる。ぐちゃぐちゃな感情もこみあげてきて、泣きたくなどないのに自然と涙が目からこぼれた。泣いているのを見られたくなくて、俯き下唇を噛む。
「よしよし、可哀想に、蘇芳に意地悪されたんじゃな。儂が慰めてやろうのう」
襟首をつかまれていた人物に抱きかかえられ、頭を優しく撫でられる。いったい誰なのか分からないが、みっともない泣き顔を晒さずに済んだ。リュカは遠慮なく彼の肩に顔を埋めた。
「いらねえ。リュカは俺の嫁だ。俺が慰める」
不機嫌そうな声とともに引き離され、今度は蘇芳の腕の中に納まることになった。何故だか無性に腹が立って、リュカは赤鬼の髪や角や頬を引っ張って抵抗した。
今まで避けてたくせに、俺の嫁だとか慰めるだとか、どの口が言ってんだ!
「バカ!アホ!ハゲ!」
「いって。おい、暴れんな。つーか俺のどこがハゲだ。どう見てもふさふさだろうが」
「わはは。何とも活きのいい童じゃのう」
少年の悪態に、蘇芳は心外だとでも言わんばかりに眉を跳ね上げる。赤鬼は泣きながら暴れる彼を優しく抱きしめ、落ち着くように背中を軽く叩いてやった。
「お前、俺が怖くねえのか。今触れてるけど」
「…意味わかんないし」
「…強姦した奴の顔なんて見たくねえだろ。そう思って避けてたんだよ」
「そうだけど…。あからさま過ぎて腹立った。それより、添い寝や贈り物の意味は?」
「まあ……罪滅ぼしだ。酷くして、悪かった」
「嘘ついたことも謝れ。主、いないじゃん」
「嘘をついて悪かった。まさかそこまで期待してたとは思わなかった」
体に巻き付く腕に力が込められ、耳元で囁かれる。聞いたことのない真摯な声音に、ようやくリュカも落ち着きを取り戻した。肩に頭をもたせかけ、鼻をすする。
「俺も…言い付け破って池に行ってごめん」
「…贈った品物は気に入ったか?」
「うん、どれもすげえ気に入った」
「そうか」
蘇芳が僅かに顔を綻ばせたのを、リュカは気付いていなかった。言われたことを聞かずに池に行った自分の行動を謝罪できて、胸の内にくすぶっていたもやもやを吐き出せてすっきりした気持ちだった。
ぎょろりと大きな目で見据えられて、少年の口からは悲鳴が漏れかけた。だがすんでのところで飲みこむ。自分を見下ろす化け物からは敵意や殺意が全く感じられなかったからだ。
「おめーリュカだな?蘇芳の嫁さんだ」
「そ、そうだけど。あんたは?」
「おでか?おでは、九鬼丸。蘇芳の兄貴みてえなもんだ。よろしぐなあ」
名前を聞かれた巨人は嬉しそうに顔を綻ばせた。蘇芳の兄だと聞かされたリュカは驚きで目を丸くした。兄弟だと言うのに全く似ていない。だが、好機だと少年は思った。見た目よりも人懐っこそうな、この巨人をどうにか利用できないだろうかと考えた。
「外に出ちゃいげねえって言われてんだろお。屋敷さ戻りなあ」
「やだ。帰らない」
「我儘言っちゃいげねえ。外は危ねえんだ」
頭を左右に振って拒否するリュカに、九鬼丸は困った様子で目を細めた。
「蘇芳が山の中にいるのを見たんだ。すぐに追いかけないと見失っちゃう!」
「何で蘇芳を追いがげんだあ?同じ屋敷に住んでるでねえが」
「…ここ数日、蘇芳が全然顔を合わせてくれないんだ。ずっと逃げてる。…俺は、話がしたいのに…避けられて、辛いんだ」
リュカは両手で顔を覆った。いかにも泣いてるかのような声を出し、肩を上下させてみる。我ながら下手糞な演技だと思った。目の前の巨人は、少年の泣き真似を見抜くかもしれない。
「ああもう、泣がねえでぐれ…!」
「お願いだから、蘇芳に会わせてくれ…!俺、寂しい!」
九鬼丸の声には焦りが混じっていた。嘘の演技に本気で騙されているらしい。逆にリュカが当惑してしまったが、ここで退くことはできない。彼はできる限りの悲痛さをこめて叫んだ。
「わがっだわがっだ!蘇芳のとこさ連れて行ってやる!」
「本当!?」
「ああ。嫁さん泣がせたってバレたら、おでが怒られちまうがらなあ」
九鬼丸は頭を掻きながら、その巨体で軽々と塀を乗り越えた。リュカを手で掴んだまま、山の中を歩いていく。怪物は大きな体に見合わず俊敏に密集した木々を避け、手の中の少年を気遣っている。
木々は巨大な九鬼丸をすっぽりと覆ってしまう程に高い。九鬼丸が地面を踏みしめる度に、野生の獣たちが逃げていく。その中には、異様な見た目をした異形の姿もあった。離れた木の枝に止まり、こちらを虎視眈々と見つめる異形もいた。その不気味な雰囲気に、リュカはごくりと生唾を飲み込んだ。自分を抱える指にひしとしがみつく。九鬼丸に捕まって、結果良かったと心底思った。山が様々な怪物の巣窟で危険なのは間違いなさそうだ。
「蘇芳がどこにいるか、分かるのか?」
「大体はな。なんせ、おでと蘇芳はこの山で育ったがらなあ!」
こんな薄気味悪い山で蘇芳が育ったと聞いて、少年は目を瞬いた。鬼の敷地の中で育ったのではないのか?それとも、鬼は幼少時は山の中で暮らすというしきたりでもあるのだろうか?でも、赤鬼はこの山を鬼でも寄り付かない場所だと言っていた。
思考に耽っていたリュカだが、蘇芳を見つけたという巨人の一言に、ふと我に返った。木々の隙間から赤にまみれた人影が見える。その隣にいる人物と共に、苔むした倒木に腰かけ、何やら話しているようだった。
リュカは九鬼丸に止まるように指示し、体格に見合った大きな耳に小声で話した。ここまで来たのに存在に気づかれて逃げられてしまったら、元も子もない。だから、九鬼丸に囮になってもらって、背後から急襲することにした。巨人は計画に対して渋る様子を見せたが、リュカの泣き真似にまんまと騙され、彼を地面に降ろした。九鬼丸が二人に話しかける間、太い樹木の影に身を隠して、足音を殺して近づく。
「九鬼丸、お前ここで何してんだ。リュカを見張っておくよう、言っておいただろ」
「そ、それがよお、蘇芳…。おめえの嫁さん、すばしっこくて、見失っちまって…」
「はあっ!?」
蘇芳に鋭く咎められ、九鬼丸は大きな図体を居心地悪げに縮こまらせている。申し訳ない気持ちを抱きつつ。リュカは内心巨人に謝罪しながら、赤鬼からもらった小刀を手ににじり寄る。あと少し、もう少しだ――。
蘇芳の背中を見据えるあまり、彼は赤鬼の隣にいたはずの人物がいつの間にか消えていたことに気がつかなかった。
「その嫁って言うのはこの童のことか?」
「うわああっ」
あと一歩のところで襟首を掴まれた。ぐん、と強い力で上に引っ張られ、爪先が地面から離れていく。リュカは手足を振り回して暴れたが、背後の人物はケタケタと笑うだけだった。抵抗は無駄だと早々に悟り、脱力する。振り返った蘇芳の目が大きく見開かれた。
「リュカ、お前何でここにいる!?敷地の外は危険だっつったろ!」
蘇芳は珍しく取り乱していた。どうやら本気でリュカの登場が想定外だったらしい。
「そんなの、蘇芳のせいじゃん!って言うか、鬼も山には近づかないって言ってたの誰だよ!?自分だってがっつり山の中にいるじゃん!」
「……は?俺のせい?」
蘇芳は口をポカンと開けた。鳩が豆鉄砲を食らったような反応にちょっとだけ満足する。
「明らかにずっと俺のこと避けてるだろ!俺が追いかけてるの知ってたくせにっ。乱暴されたのは俺なのに、何で蘇芳が逃げるんだよ!それなのに、寝てる間ずっと隣にいてくれたり、贈り物たくさん置いてくれてたりとか、どういうつもりだよっ」
「リュカ…」
「…っもう、…わけ、わかんねー…っ」
言えなかった思いを一度吐き出すと、止まることを知らずに言葉が出てくる。ぐちゃぐちゃな感情もこみあげてきて、泣きたくなどないのに自然と涙が目からこぼれた。泣いているのを見られたくなくて、俯き下唇を噛む。
「よしよし、可哀想に、蘇芳に意地悪されたんじゃな。儂が慰めてやろうのう」
襟首をつかまれていた人物に抱きかかえられ、頭を優しく撫でられる。いったい誰なのか分からないが、みっともない泣き顔を晒さずに済んだ。リュカは遠慮なく彼の肩に顔を埋めた。
「いらねえ。リュカは俺の嫁だ。俺が慰める」
不機嫌そうな声とともに引き離され、今度は蘇芳の腕の中に納まることになった。何故だか無性に腹が立って、リュカは赤鬼の髪や角や頬を引っ張って抵抗した。
今まで避けてたくせに、俺の嫁だとか慰めるだとか、どの口が言ってんだ!
「バカ!アホ!ハゲ!」
「いって。おい、暴れんな。つーか俺のどこがハゲだ。どう見てもふさふさだろうが」
「わはは。何とも活きのいい童じゃのう」
少年の悪態に、蘇芳は心外だとでも言わんばかりに眉を跳ね上げる。赤鬼は泣きながら暴れる彼を優しく抱きしめ、落ち着くように背中を軽く叩いてやった。
「お前、俺が怖くねえのか。今触れてるけど」
「…意味わかんないし」
「…強姦した奴の顔なんて見たくねえだろ。そう思って避けてたんだよ」
「そうだけど…。あからさま過ぎて腹立った。それより、添い寝や贈り物の意味は?」
「まあ……罪滅ぼしだ。酷くして、悪かった」
「嘘ついたことも謝れ。主、いないじゃん」
「嘘をついて悪かった。まさかそこまで期待してたとは思わなかった」
体に巻き付く腕に力が込められ、耳元で囁かれる。聞いたことのない真摯な声音に、ようやくリュカも落ち着きを取り戻した。肩に頭をもたせかけ、鼻をすする。
「俺も…言い付け破って池に行ってごめん」
「…贈った品物は気に入ったか?」
「うん、どれもすげえ気に入った」
「そうか」
蘇芳が僅かに顔を綻ばせたのを、リュカは気付いていなかった。言われたことを聞かずに池に行った自分の行動を謝罪できて、胸の内にくすぶっていたもやもやを吐き出せてすっきりした気持ちだった。
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