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1.高級娼館テル・メル
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人間が生物の頂点に立ち、栄華を誇っていたのはいつのことだったか。蹂躙する側だった人間は、今や蹂躙され奴隷となる側に回っていた。
昔々、一匹の竜によって世界はばらばらに壊れた。数多に存在する異世界との境界が曖昧になり、異形種が流入した。圧倒的な力を持つ異形達により、たったの一夜で人類の人口は半分以下にまで減った。なす術もなく、人間は支配される側となった。
——というのが言い伝えられている話だ。真実かもしれないし、奴隷扱いに嘆いた人間達がでっちあげた嘘かもしれない。真か嘘かは誰にも分からなかった。
混じりあった世界で最大の、高級娼館テル・メル。煌々と明かりを灯す宿には、昼夜を問わずひっきりなしに異形の者たちが出入りしていた。娼婦や男娼も異形揃いで、客との同意があれば、プレイにタブーはない。
「げえ、今日の客はスカトロプレイ希望だったのかよ。最悪」
テル・メルで清掃夫として働くリュカは、部屋に足を踏み入れるなり、顔をしかめた。部屋の惨状も酷いが、それ以上に臭気がすごく、空っぽの胃から酸っぱいものがこみあげてきそうになる。リュカはズボンのポケットから小さな容器を取り出し、ハッカ油を鼻の下に塗りつけた。その上から布を巻いて口元を覆えば、吐き気を催す程の悪臭も少しは和らいだ。
リュカは頭を空っぽにし、ひたすら無心に部屋を清掃した。体液や糞尿にまみれたシーツを、手や服につかないよう、迅速かつ慎重にベッドからはがし、袋に詰めこむ。床も水で洗い流し、磨き、同じくスカトロプレイの痕跡が残る浴室も掃除する。ベッドに新しいシーツをかぶせてベッドメイキングを終えたリュカは、慣れた手つきで室内を物色した。
「何もねえし」
少年はフードをかぶりながら舌打ちをすると、清掃用具と廃棄袋を手に部屋を後にした。次の清掃場所へと向かっていると、反対側から娼婦が客を伴って歩いてくるのが見えた。耳がある部分から羽根を生やし、猛禽類のごつい足をした娼婦が、一つ目の巨人の腕にしなだれかかっている。豊満な胸を押しつけ、甘ったるい声で相槌を打つ女に、客はメロメロらしい。みっともなく、鼻の下が伸びている。
気持ち悪いな、と思いつつ、リュカは立ち止まって頭を軽く下げた。フードをかぶり、黒い衣服を身にまとった少年には目もくれず、娼婦と客は通り過ぎていく。テル・メルでは、娼婦や男娼以外の働き手は影、もしくは空気としてみなされている。
当日の業務を終えたリュカは自室へと戻ってきた。ボロのベッドに体を投げ出す。もはやマットレスなのかどうかも疑わしいほどに硬い感触に、背中が痛い。
「あー、つっかれたー。どいつもこいつも狂ったプレイしやがって。変態共め」
薄汚れた天井を見上げながら、吐き捨てるようにつぶやく。リュカは上半身を起こし、懐から布を取り出した。
「…あれだけ働かせといて、今日もこれっぽっちかよ」
布に包まれていたのは、手のひら大くらいのパンだった。リュカはパンを歯で噛みちぎり、咀嚼する。味も風味もなく、硬くぱさついて口の中の水分を奪うだけの、廃棄寸前のそれはとても食えたものではない。だが、生まれたときからこの生活をしているリュカは、不味いパンにすっかり慣れてしまっていた。リュカにとって、食事は楽しい行為という認識はなかった。空腹を紛らわせるもの。食べられるのであれば、もはや何でもいい。
リュカはパンを咥えたまま。手を服の中に突っ込んだ。隠しポケットに入れていたものをベッドの上にぶちまける。貨幣や小さな巾着や包み、がらくたとしか見えないこまごまとしたもの。どれもこれも、客の懐からくすねたもので、今日の戦利品だった。
「さーて、今日の収穫は~っと」
リュカは鼻歌を歌いながら、眼前にかかる長くうっとうしい前髪を紐で結んだ。一日の中で、この時間が彼にとって至福の時だった。
相変わらずパンを咀嚼しながら、貨幣を端によけて、包みや巾着の中身を出す。一つ一つ手にとっては、ろうそくの放つかすかな光にかざしてみる。真贋を確かめているわけではない。リュカには、物の価値がわからない。金や銀や宝石などの、一目見てきらびやかなものであれば、高価なものなのだとわかる。だが、一見してゴミにしか見えないものでも、意外と金になるものだったりする。それが不思議で、なんとなく火にかざして見ているだけだった。
「指輪と首飾りがあるし、今日は上出来だな。何より現金もあるし」
パンの最後のひとかけを飲みこみ、リュカはベッドの下の床板をはずすと、小さな木箱を取り出した。蓋を開ければ、アクセサリーやがらくたがいっぱいに詰めこまれていた。これまでに客から盗んだ物や現金だ。追加で、今日の戦利品を中に収め、元の場所に箱を戻す。
リュカは大きく伸びをしながら、ベッドに横になった。箱の中身を思い出してはにやけてしまう。長い年月をかけて集めてきたものが増えてきて嬉しい。成長期の体にあれだけのパンを食べたのみで、体は空腹を訴えていたが、嬉しさでさほど気にならなかった。
「あれれ~、さぼってていいのかなあ」
突然耳に届いた棘のある声に、リュカは寝ころんだまま入り口に視線を向けた。扉に寄りかかるようにして、小綺麗な身なりの少年が立っていた。リュカと同い年の、蝶の異形のステラだ。黒く大きな瞳に、真白い肌、首にはほわほわとした襟巻のようなものがあって、背中からは大きな蝶の羽が生えている。ステラは、リュカが清掃夫としての仕事を始めたのと同時期に男娼として客を取るようになった。すっかり固定客もついて、羽振りがいいらしい。
「…さぼってねえし。呼び出しがかかるまで、待機してんだよ」
リュカはステラが苦手だった。とは言っても、彼が好きな者などテル・メルにはいないのだが。何かにつけ人間である自分を見下し、嫌がらせをしてくるのだ。
「ふうん。…ねえ、今日の僕の分の食事あげようか?」
「は?」
「僕、晩ご飯の前にお客さんからもらった希少な花蜜を食べて、お腹いっぱいになっちゃって食べきれないんだよね。だからって捨てるのももったいないし、君にあげるよ。どうせ、今日も硬くなったパンしか食べてないんでしょう?」
背後に隠し持っていた布の包みをステラが開くと、黄褐色に透けた数個の饅頭のようなものが現れた。ほの暗い室内でも、それはぷるりと弾力を持っているのがわかる。リュカの目は、初めて目にする食べ物にくぎ付けだった。思わず生唾をごくりと飲む。美味そうな食べ物を目の前にして、腹の虫が豪快に鳴り出した。
「やっぱりお腹すいてる。ほら、遠慮しないで」
「…い、いいのか?」
「もちろん。ほら」
ステラはにっこりと笑って手を伸ばしてくる。甘露の誘惑に耐え切れず、リュカはベッドから降りると、ゆっくりと彼に近づいた。饅頭に指が触れそうになった瞬間、ステラがすっと手を引いた。スローモーションのように、黄褐色のそれが床へと落下していくのを、リュカは見つめていた。床にあたってぽんと跳ねる甘味を掴もうと腰をかがめるリュカよりも早く、ステラの足が動いた。
「え…」
「ごめんごめん。足が滑っちゃったあ」
何が起きたのか、理解が追いつかない。無残に踏み潰された饅頭を見つめるリュカの頭上から、全く悪びれてない声が降ってくる。
「あ~あ、せっかくの食べ物が無駄になっちゃった。…でも、君は奴隷なんだから犬みたいに這いつくばって食べるのがお似合いだよ。ねえ、僕に食べるところ見せて」
普段は無垢な天使の如きステラの顔には、残忍な笑みが張りついている。リュカは呆然と立ち尽くしたまま、ぎゅっと拳を握りこむ。こんなひどい仕打ちを受けるいわれはなかった。怒りのあまり体が震える。残酷なステラにも腹が立つが、一番は自分に対してだった。
誰も信用できない、信じられるのは自分だけだと痛い程分かっているはずなのに。これまで何度辱めを受け、裏切られ、心を踏みにじられたことか。今回だって、ステラが何の見返りもなく無償の優しさを見せるはずがないと分かるはずなのに、つい目先の欲望にとらわれて縋ってしまった。
「…食うわけねえだろ。頭おかしいんじゃねえのか」
「えー、そうかなあ。ちょっと形が崩れちゃっただけじゃん。十分食べれるよお」
「ならお前が食えばいいだろっ!」
リュカは床に落ちた饅頭を拾うと、ステラの口元に押しつけた。
やられっぱなしは性に合わない。奴隷だからと、いわれなき仕打ちを受けて、仕方ないなどとは受け入れられない。
顔を引っ掻こうとするステラの腕を阻み、ぐいぐいと饅頭を口に強く押しこむ。もはや形を成さなくなった食べ物がぐちゃぐちゃになって床に落ちていく。
日々の清掃で鍛えた体舐めるなよ!異形が相手だからって、一歩も引く気はない。
腕力では勝っていたリュカだったが、ステラの羽根が起こした風圧には手も足も出なかった。少年の体はいとも簡単に後ろに吹き飛んだ。
「人間のくせに、奴隷のくせに…!」
白目のない黒い瞳を大きく見開き、ステラは激しく羽根を羽ばたかせた。彼の放つ鱗粉が室内に立ちこめる。吸いこんだ途端、力が抜けて体を起こせなくなる。
「汚い手で、僕に触るな…っ!」
ステラはおもむろにリュカに近づき、彼を蹴りつけた。身動きの取れない者相手に、何度も何度も。食べ物を踏みつけた足を腹に乗せ、体重をかけた。
痛みに耐えながら、リュカは笑みを浮かべてステラを真っ直ぐ見据えた。暴力に屈すると思われたくなかったのだ。痛みにうめき、苦悶の表情を浮かべれば、彼を喜ばせるだけだと知っている。現に、ステラはへらへらと笑うリュカに、悔しそうに顔を歪めていた。いい気味だ。
興が削がれたのか、ステラは客の指名が入ると、荒い息を吐きながら部屋を出て行った。
昔々、一匹の竜によって世界はばらばらに壊れた。数多に存在する異世界との境界が曖昧になり、異形種が流入した。圧倒的な力を持つ異形達により、たったの一夜で人類の人口は半分以下にまで減った。なす術もなく、人間は支配される側となった。
——というのが言い伝えられている話だ。真実かもしれないし、奴隷扱いに嘆いた人間達がでっちあげた嘘かもしれない。真か嘘かは誰にも分からなかった。
混じりあった世界で最大の、高級娼館テル・メル。煌々と明かりを灯す宿には、昼夜を問わずひっきりなしに異形の者たちが出入りしていた。娼婦や男娼も異形揃いで、客との同意があれば、プレイにタブーはない。
「げえ、今日の客はスカトロプレイ希望だったのかよ。最悪」
テル・メルで清掃夫として働くリュカは、部屋に足を踏み入れるなり、顔をしかめた。部屋の惨状も酷いが、それ以上に臭気がすごく、空っぽの胃から酸っぱいものがこみあげてきそうになる。リュカはズボンのポケットから小さな容器を取り出し、ハッカ油を鼻の下に塗りつけた。その上から布を巻いて口元を覆えば、吐き気を催す程の悪臭も少しは和らいだ。
リュカは頭を空っぽにし、ひたすら無心に部屋を清掃した。体液や糞尿にまみれたシーツを、手や服につかないよう、迅速かつ慎重にベッドからはがし、袋に詰めこむ。床も水で洗い流し、磨き、同じくスカトロプレイの痕跡が残る浴室も掃除する。ベッドに新しいシーツをかぶせてベッドメイキングを終えたリュカは、慣れた手つきで室内を物色した。
「何もねえし」
少年はフードをかぶりながら舌打ちをすると、清掃用具と廃棄袋を手に部屋を後にした。次の清掃場所へと向かっていると、反対側から娼婦が客を伴って歩いてくるのが見えた。耳がある部分から羽根を生やし、猛禽類のごつい足をした娼婦が、一つ目の巨人の腕にしなだれかかっている。豊満な胸を押しつけ、甘ったるい声で相槌を打つ女に、客はメロメロらしい。みっともなく、鼻の下が伸びている。
気持ち悪いな、と思いつつ、リュカは立ち止まって頭を軽く下げた。フードをかぶり、黒い衣服を身にまとった少年には目もくれず、娼婦と客は通り過ぎていく。テル・メルでは、娼婦や男娼以外の働き手は影、もしくは空気としてみなされている。
当日の業務を終えたリュカは自室へと戻ってきた。ボロのベッドに体を投げ出す。もはやマットレスなのかどうかも疑わしいほどに硬い感触に、背中が痛い。
「あー、つっかれたー。どいつもこいつも狂ったプレイしやがって。変態共め」
薄汚れた天井を見上げながら、吐き捨てるようにつぶやく。リュカは上半身を起こし、懐から布を取り出した。
「…あれだけ働かせといて、今日もこれっぽっちかよ」
布に包まれていたのは、手のひら大くらいのパンだった。リュカはパンを歯で噛みちぎり、咀嚼する。味も風味もなく、硬くぱさついて口の中の水分を奪うだけの、廃棄寸前のそれはとても食えたものではない。だが、生まれたときからこの生活をしているリュカは、不味いパンにすっかり慣れてしまっていた。リュカにとって、食事は楽しい行為という認識はなかった。空腹を紛らわせるもの。食べられるのであれば、もはや何でもいい。
リュカはパンを咥えたまま。手を服の中に突っ込んだ。隠しポケットに入れていたものをベッドの上にぶちまける。貨幣や小さな巾着や包み、がらくたとしか見えないこまごまとしたもの。どれもこれも、客の懐からくすねたもので、今日の戦利品だった。
「さーて、今日の収穫は~っと」
リュカは鼻歌を歌いながら、眼前にかかる長くうっとうしい前髪を紐で結んだ。一日の中で、この時間が彼にとって至福の時だった。
相変わらずパンを咀嚼しながら、貨幣を端によけて、包みや巾着の中身を出す。一つ一つ手にとっては、ろうそくの放つかすかな光にかざしてみる。真贋を確かめているわけではない。リュカには、物の価値がわからない。金や銀や宝石などの、一目見てきらびやかなものであれば、高価なものなのだとわかる。だが、一見してゴミにしか見えないものでも、意外と金になるものだったりする。それが不思議で、なんとなく火にかざして見ているだけだった。
「指輪と首飾りがあるし、今日は上出来だな。何より現金もあるし」
パンの最後のひとかけを飲みこみ、リュカはベッドの下の床板をはずすと、小さな木箱を取り出した。蓋を開ければ、アクセサリーやがらくたがいっぱいに詰めこまれていた。これまでに客から盗んだ物や現金だ。追加で、今日の戦利品を中に収め、元の場所に箱を戻す。
リュカは大きく伸びをしながら、ベッドに横になった。箱の中身を思い出してはにやけてしまう。長い年月をかけて集めてきたものが増えてきて嬉しい。成長期の体にあれだけのパンを食べたのみで、体は空腹を訴えていたが、嬉しさでさほど気にならなかった。
「あれれ~、さぼってていいのかなあ」
突然耳に届いた棘のある声に、リュカは寝ころんだまま入り口に視線を向けた。扉に寄りかかるようにして、小綺麗な身なりの少年が立っていた。リュカと同い年の、蝶の異形のステラだ。黒く大きな瞳に、真白い肌、首にはほわほわとした襟巻のようなものがあって、背中からは大きな蝶の羽が生えている。ステラは、リュカが清掃夫としての仕事を始めたのと同時期に男娼として客を取るようになった。すっかり固定客もついて、羽振りがいいらしい。
「…さぼってねえし。呼び出しがかかるまで、待機してんだよ」
リュカはステラが苦手だった。とは言っても、彼が好きな者などテル・メルにはいないのだが。何かにつけ人間である自分を見下し、嫌がらせをしてくるのだ。
「ふうん。…ねえ、今日の僕の分の食事あげようか?」
「は?」
「僕、晩ご飯の前にお客さんからもらった希少な花蜜を食べて、お腹いっぱいになっちゃって食べきれないんだよね。だからって捨てるのももったいないし、君にあげるよ。どうせ、今日も硬くなったパンしか食べてないんでしょう?」
背後に隠し持っていた布の包みをステラが開くと、黄褐色に透けた数個の饅頭のようなものが現れた。ほの暗い室内でも、それはぷるりと弾力を持っているのがわかる。リュカの目は、初めて目にする食べ物にくぎ付けだった。思わず生唾をごくりと飲む。美味そうな食べ物を目の前にして、腹の虫が豪快に鳴り出した。
「やっぱりお腹すいてる。ほら、遠慮しないで」
「…い、いいのか?」
「もちろん。ほら」
ステラはにっこりと笑って手を伸ばしてくる。甘露の誘惑に耐え切れず、リュカはベッドから降りると、ゆっくりと彼に近づいた。饅頭に指が触れそうになった瞬間、ステラがすっと手を引いた。スローモーションのように、黄褐色のそれが床へと落下していくのを、リュカは見つめていた。床にあたってぽんと跳ねる甘味を掴もうと腰をかがめるリュカよりも早く、ステラの足が動いた。
「え…」
「ごめんごめん。足が滑っちゃったあ」
何が起きたのか、理解が追いつかない。無残に踏み潰された饅頭を見つめるリュカの頭上から、全く悪びれてない声が降ってくる。
「あ~あ、せっかくの食べ物が無駄になっちゃった。…でも、君は奴隷なんだから犬みたいに這いつくばって食べるのがお似合いだよ。ねえ、僕に食べるところ見せて」
普段は無垢な天使の如きステラの顔には、残忍な笑みが張りついている。リュカは呆然と立ち尽くしたまま、ぎゅっと拳を握りこむ。こんなひどい仕打ちを受けるいわれはなかった。怒りのあまり体が震える。残酷なステラにも腹が立つが、一番は自分に対してだった。
誰も信用できない、信じられるのは自分だけだと痛い程分かっているはずなのに。これまで何度辱めを受け、裏切られ、心を踏みにじられたことか。今回だって、ステラが何の見返りもなく無償の優しさを見せるはずがないと分かるはずなのに、つい目先の欲望にとらわれて縋ってしまった。
「…食うわけねえだろ。頭おかしいんじゃねえのか」
「えー、そうかなあ。ちょっと形が崩れちゃっただけじゃん。十分食べれるよお」
「ならお前が食えばいいだろっ!」
リュカは床に落ちた饅頭を拾うと、ステラの口元に押しつけた。
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日々の清掃で鍛えた体舐めるなよ!異形が相手だからって、一歩も引く気はない。
腕力では勝っていたリュカだったが、ステラの羽根が起こした風圧には手も足も出なかった。少年の体はいとも簡単に後ろに吹き飛んだ。
「人間のくせに、奴隷のくせに…!」
白目のない黒い瞳を大きく見開き、ステラは激しく羽根を羽ばたかせた。彼の放つ鱗粉が室内に立ちこめる。吸いこんだ途端、力が抜けて体を起こせなくなる。
「汚い手で、僕に触るな…っ!」
ステラはおもむろにリュカに近づき、彼を蹴りつけた。身動きの取れない者相手に、何度も何度も。食べ物を踏みつけた足を腹に乗せ、体重をかけた。
痛みに耐えながら、リュカは笑みを浮かべてステラを真っ直ぐ見据えた。暴力に屈すると思われたくなかったのだ。痛みにうめき、苦悶の表情を浮かべれば、彼を喜ばせるだけだと知っている。現に、ステラはへらへらと笑うリュカに、悔しそうに顔を歪めていた。いい気味だ。
興が削がれたのか、ステラは客の指名が入ると、荒い息を吐きながら部屋を出て行った。
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西条ネア
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