見習い薬師は臆病者を抱いて眠る

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41.魔獣だって嫉妬くらいする 前編

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「いやーまさか、ティオが魔獣と番うとはなあ」
「そんなに意外なことか」

 イェゼロから薬務室に呼び出されたザクセンは、椅子に座って彼がせわしなく手を動かすのを眺めていた。呼び出したものの特に用事はないらしい。義理の親子として親睦を深めようぜ、と言われたが何を話せばいいかわからないでいる。二言三言交わしては沈黙が流れるが、イェゼロに気にする様子はない。
 室内に所狭しと置かれた瓶に手を伸ばし、暇つぶしに眺めてみる。薬務室は植物の実や葉や根に溢れている。嗅覚に優れたザクセンには匂いがきついが、不快ではなかった。まるで森の中にいるかのような錯覚を覚える。

「当たり前だろ。この屋敷には、限られた魔獣しかいない。それも調教済みの、言葉も話さない獣だ。ティオは薬師見習いだし、魔獣になんか用もねえから近づくこともない。社交的な性格でもねえから、友人も少ねえ」

 まあ、自分も社交的ではないが、とザクセンは黙ってイェゼロの話に耳を傾ける。

「そんなティオが、地獄の住人どころか、喋る狐と番うときたら、そりゃあ驚くだろ!しかも森に入る前はソルダートに恋してたってのに、戻ってきたと思えばザクセンの所に帰りたい、傍にいたいって泣きだすんだからなあ。予想の斜め上どころか、ぶっ飛んでるっての」

 そうは言いつつもイェゼロは楽しそうにケラケラと笑っている。背後でザクセンが眉間にシワを寄せたのには気がついていない。

「…ティオはソルダートが好きだったのか?」
「ああ。ティオを探索隊のメンバーに選んだのは、愛弟子だからってのもあるが、それも加味してたんだよ。こっちに好きな奴がいれば、何があっても意地でも戻ってくるだろうってなー。…あ?ザクセン?」

 イェゼロが振り返った先には、誰もいなかった。
 ザクセンの姿は、ティオの部屋にあった。扉を開ければ、ティオとタータが仲良くボールで遊んでいた。父を視認したタータが、ボールそっちのけで、ザクセンの足元に駆け寄る。嬉しそうに尻尾を大きく振る息子に、大狐はわずかに頬を緩ませた。

「タータ、ティオと二人きりで話がしたい。しばらくイェゼロの所に行ってくれるか」
「?うん、わかったー。ティオ、また後でボールで遊ぼうね!」

 ティオが笑顔で頷くのを確認したタータは、軽やかな足取りで部屋を出て行った。息子の姿が見えなくなると、ザクセンは扉を施錠した。

「ザクセンさん、話って?」

 ボールを手で転がしながら、床に座ったティオが首を傾げる。ザクセンは獣型に変化すると、青年にとびかかった。驚きの声を上げる伴侶を床に押し倒し、前脚で手首を押さえつける。ボールがコロコロと部屋の隅に転がっていく。
 ティオが何か言葉を発する前に、ザクセンは彼の口を舌で塞いだ。舌先を突っ込み、小さな口の中を舐め回す。

「んんっ…!?」

 口いっぱいに舌を突っこまれ、うまく応えることができない。ティオの口端から、飲み込みきれなかった唾液が流れ落ちていく。ティオの顔が苦しそうなのに気がつき、ザクセンはようやく口を離した。

「はぁ…、ン」

 激しいキスを受けて酸欠になったのか、ティオは口を開けて大きく呼吸をしている。無茶をしてしまったか、と不安になるも、体の奥底から湧き出る衝動を抑えることができない。
 イェゼロから、ティオがソルダートに好意を寄せていることを知り、ザクセンは嫉妬していた。前々から違和感を感じていた。二人の間に流れる空気が、他とは違っていたのだ。どう違うか、はっきりとはわからずにいたのだが、イェゼロの話を聞いて合点がいった。
 ソルダートがティオに向ける優しい眼差しを思い出す。彼も同様に、ティオに好意を抱いていたのではないか。
 渡さない。渡してなるものか。ティオは俺のものだ。

「…ザクセン、さん…?」

 ティオに名前を呼ばれ、我に返る。己の思考に没入するあまり、彼の顔をじっと見つめていたらしい。ティオの呼びかけには答えず、ザクセンは鼻先を器用に使い、彼の衣服を首元まで押し上げた。牙の先に布を引っかけ、ズボンと下着も足首までずり下げる。

「ザクセンさん…っ!?なに…、ひぅっ…」

 突然あらぬ格好にさせられたティオは、身をよじって体を起こそうとした。だが、ザクセンは前脚で彼の体を押さえつけ、大きな舌で腹部を舐めた。へそや胸の小さな突起、内腿や少しだけ反応を示している陰部にまで。

「ザクセンさんっ…手、痛い…!」
「っ…すまん」

 ティオの訴えに、ようやくザクセンは身を引いた。夢中なあまり、力加減を誤っていた。どす黒い感情に振り回され、自分を見失っていることが情けなくて、自然と頭が垂れる。
 ティオはゆっくりと体を起こし、服を脱いで全裸になった。大狐に近寄り、抱きつく。
 素肌の青年に抱きしめられ、頬擦りされ、頭を撫でられて、その心地よさにザクセンの体から力が抜けていく。

「交尾、したくなったんだったら言ってくれればいいのに。乱暴にしなくても、俺、嫌がったりしないよ?」
「いや、違うんだ。すまない、ティオ」
「交尾したくないのに襲ってきたの?俺、体を舐められて、その気になっちゃったのに…」
「いや、違う。できるのであれば交尾はいつだってしたいさ。ただ、痛がらせるつもりはなかった…」
「師匠に何か言われた?」
「…ティオはソルダートのことが好きだと聞いて、頭がカッとなって我を忘れた」

 大狐の口から出てきた、予想だにしなかった言葉に、ティオは大きく目を見開いた。驚きはしたものの、同時に嬉しくもなる。思わず口元がにやけてしまう。

「俺がソルダートのことを好きだと、嫌なんだ」
「当たり前だ!」
「どうして?俺はもう、ザクセンさんのものだよ。俺、ザクセンさんのこと大好きだけど、伝わってない?」
「そういう訳ではないが…」
「ないけど?」
「…腹立たしい。ソルダートは良い奴だが、ティオと話しているところを見ると八つ裂きにしたい衝動に見舞われる」
「それって、ソルダートに嫉妬してるってこと?」
「嫉妬…と言うか…」
「俺、間違ってる?」

 魔獣である己がソルダートに対し嫉妬するなど、そのようなみっともない感情に踊らされるはずがない。嫉妬などという醜い感情は人固有が持つものだ。ザクセンは胸の内にあふれる感情を必死に否定する。だが、青年との問答の中で、自分が発する言葉は苦しい言い訳でしかなかった。
 ティオにじっと瞳を覗きこまれて、ザクセンは観念したように息を吐いた。

「いや、違わない。嫉妬だ」

 ようやく自分の気持ちに素直になった魔獣に、ティオはにっこりと笑みを浮かべた。

「…楽しそうだな」
「ふふ、嬉しいんだ」
「嬉しい?情けない、の間違いだろう」
「ううん、ちっとも。だって、嫉妬してくれるくらい、俺のことを好きでいてくれるんだって思うと嬉しい」

 おかしな奴だ、とザクセンは眉間にシワを寄せつつ思った。だが、彼が喜んでくれるのであれば悪い気は全くしない。

「ソルダートのことは確かに好きだったよ。恋仲になりたいと思ってた。でも、森に探索に行く前には告白して、振られてたんだ。そういう対象には見られないって。今はもう、彼への想いはちっともないよ。好きだけど、それは友達としてだ」

 ティオはザクセンの頭を抱きしめ、愛おしそうに赤い隈取に唇を落とす。はっきりとソルダートへの想いを否定する彼の実直さに、じんわりと胸が満たされる。嫉妬に狂うなど至極みっともないが、ティオは呆れることなく丸ごと受け入れてくれる。魔獣は彼に愛されているのだと改めて実感した。
 ザクセンは人型になると、ティオのうなじに手を回し、彼を引き寄せた。柔らかい唇を塞ぐ。ティオは一瞬体をすくめたものの、ザクセンの首に腕を回して受け入れた。
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