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29. 噛み合わない

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 翌日以降も、ティオは療養に努めた。イェゼロが調合した薬の効果は絶大で、飲んだ次の日からは自分で上体を起こせるようになっていた。
 最初のうちは、薬を飲んで数分もすると眠気に襲われて、強制的に療養するしかなかったが、一週間も経てば睡魔をやり過ごせるようになっていた。ティオの回復具合に比例して、薬の味も濃度もましになっている。
 イェゼロとソルダートはしょっちゅう顔を出した。むしろ、自由の利かないティオの身の回りの世話を焼くため、という名分で一日中部屋に居座ることもしばしばだ。イェゼロなんかは、弟子の部屋で執務を行う始末だ。ティオの部屋に入り浸っているのは周知のようで、彼に用事がある者は真っ先に青年の部屋を訪れている。
 二人の気遣いが、ティオにとっては嬉しかった。部屋でただじっとしてろと言われても、暇を持て余してしまうからだ。二人がいて、話し相手になってくれることで気がまぎれる。さすがに夜は一人で寝ているが、決まって考えるのはザクセンとタータのことだった。

「ティオ、森に入ってから何があった。他のメンバーとはぐれたらしいな」

 ティオの容態がだいぶ良くなって初めて、イェゼロは探索のために森に入ってからのことを聞くようになった。ティオは、物珍しい植物に気を取られているうちにはぐれてしまったこと、調獣師見習いの罠にかかっていた魔獣の子供を助けたことを話した。罠の様子を確認しに戻ってきたメンバーから身を隠したくだりにさしかかると、イェゼロは激昂した。

「なんでそこで合流しなかった!」
「だって、幼獣は罠に仕掛けられた毒のせいで瀕死で…。放っておくこともできないし、もしあのままみんなに見つかってたら、幼獣が親と引き離されてしまうと思ったら、つい。それに、すぐ傍には幼獣の父親がいたんです。逃げてたら、きっと全員殺されてました」

 イェゼロは大きくため息を吐いた。だが、そうせざるを得なかった事情を聴いて、溜飲が下がったようだった。それで、と続きを促す。
 ティオは頷いて、続きを話し始めた。魔獣の子供の治療をさせてほしいと懇願することで命拾いをしたこと、子狸が回復したのと入れ替わりに自分が倒れてしまうも、魔獣の父子に逆に助けてもらい、そのまま森の入り口が開くまで居候するようになったこと。

「幼獣のおかげです。タータって言うんですけど、すごくなついてくれて。俺に殺意むき出しの父親との間をとりもってくれたんです。だから俺もそれを逆手にとって、脅迫し返したんです」

 イェゼロとソルダートは口をあんぐりと開けて、ティオの話を聞いていた。
 魔獣の巣窟に閉じ込められて生き延びただけでなく、人語を解する魔獣と生活を共にしたなど、聞いたことがなかった。存命する調獣師の中でも最強の、第九階層のゼルヴェストルでさえ、ティオの話に信じられないと目を剥くかもしれない。

「お前、なかなかに豪胆だな…。いつ殺されるともしれないって状況で」
「イェゼロ様、逆に絶体絶命の状況だから、じゃないですか?火事場の馬鹿力、的な。ティオ、すごいよ。俺だったら絶対無理だ」

 薬師見習いの青年は苦笑いを浮かべた。

「魔獣の父親——ザクセンさんが、優しかったからってのもあると思う。俺のこと殺したくてたまらない筈なのに、タータの気持ちを優先して折れてくれた。俺、魔獣って例外なく残忍で狂暴だと思ってました」
「事実、そうだろ。野生の魔獣は危険極まりない。害のなさそうな見た目をしていようと、所詮は畜生だ」
「違うっ!」

 反射的に大きな否定の声が漏れていた。発したティオ自身でさえ驚いたのだ。他二人はもっと衝撃を受けていた。イェゼロの眉間には怪訝そうなシワさえ刻まれている。
 ティオは俯き、小さな声で謝罪の言葉を呟いた。

「…確かに、危険な種もいる。でも、全部が全部そうじゃない。魔獣たちにも、きちんと喜怒哀楽があって、家族に対する愛情だってある。ともすれば、人よりも深い愛情が。人も魔獣も、そんなに変わらないと思うんです、俺」

 ティオはベッドの上で、両膝を抱えこむ。じっと己の爪先を見つめる。意識をそらさないと、互いを大切に思い合っている狐と狸の父子を思い出して、泣いてしまいそうだった。

「そうだ!森の中、やっぱり見たことのない植物や魔獣の宝庫だったんです!それぞれの特性を調べて、かけ合わせるのが楽しくて!うー…、師匠に見せたいものいっぱいあったのに、一つもサンプル持ち帰れなかったのが悔やまれるーっ」

 三人の間に流れる沈黙に耐え切れず、ティオは不自然だとは思いつつも話題を逸らした。弟子が魔獣に好意的な意見を持っていることに、イェゼロが良く思っていないのが伝わってくる。

「…ティオ、お前は死の淵をさまよう程の怪我を負った。どういう状況で何に襲われた」

 イェゼロは真剣な顔をしていた。自分に向けられる真っ直ぐな視線を受け止め切れず、つい下を向いてしまう。

「晩飯用に採取に出かけた時に、四つの目を持った狼に遭遇して…」
「一人でいたのか」

 薬師見習いの青年は頷いて肯定した。タータのことは伏せることにした。子狸を逃すこと一番に考えていたと知られれば、師匠の彼らに対する印象が悪くなってしまうと思ったからだ。

「その、ザクセンって奴が狼をお前にけしかけたんじゃないのか」
「師匠!?」
「ザクセンにとって、お前は息子を傷つけた一味だろ。憎くない筈がない。息子の目の届かないところで、お前を始末しようとしてもおかしくねえだろ」
「違う!絶対に…それはないです!」
「どうしてそこまで違うと言い切れる?何か根拠でもあんのか」
「…っ」

 ティオは言い淀む。
 四つ目の狼は、ザクセンの仇なのだ。彼が狼を己にけしかけるなどあり得ない。
 イェゼロに納得してもらうには、大狐と子狸から聞いた話をしなければならない。だが、信じてもらいたいがために彼らの事情を軽々しく口にするのはさすがにためらわれた。
 それに、話したからと言って信じてもらえる保証はない。狐に騙されて、良いように言いくるめられてる、と言われてしまえばおしまいだ。

「…ティオ、まだ疲れ取れてないみたいだな。俺も喋らせすぎたわ、お前まだ治ってねえってのに」

 ティオに話す気がないと悟ったのか、イェゼロは頭を掻きながら立ち上がる。その表情にはわずかに苛立ちがにじんでいる。

「し、師匠…俺、どうやってこっちに戻ってきたんですか…?」

 薬師見習いはとっさに師匠の手を掴んだ。ずっと胸の内に潜む疑問だった。

「ティオ、お前は森の入り口で倒れてたんだよ。で、それを俺とソルダートが見つけて救助した」
「え…」
「…なあ、ソルダート、そうだよな?」
「…え、あ、はい。そう、そうなんだよ、ティオ」

 ソルダートが同意し、慌てた様子で彼も立ち上がる。
 イェゼロは掴まれた手をそっと外すと、ティオをベッドに寝かせた。呆然とする弟子に布団をかけてやり、頭を撫でる。

「おら、寝ろ。十分に休息とらねえと元気にならねえからな。肉体も精神も」

 師匠からの圧を感じて、ティオはもう何も聞けなくなってしまう。何かが釈然としない、もやもやとしたものがティオの胸にしこりを残したのだった。
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