見習い薬師は臆病者を抱いて眠る

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8.緊張の糸が切れて

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 タータの容態は快方に向かっているかと思われたが、再び高熱をぶりかえした。以前と比べて意識ははっきりしているだけに、解熱の煎じ薬を飲む際の暴れっぷりは凄まじく、二人は長い時間をかけて幼獣を宥めなければならなかった。飲み終わった後も、中々機嫌が直らず、終いには寒いから抱っこしたまま一緒に寝て欲しいとティオとザクセンにねだった。

「タータ、父が抱っこしてやる。それで我慢しろ」
「…やだーっ!…ティオも、ティオも抱っこしてぇ…っ」
「タータ、我が儘ばかり言うな」

 ザクセンが無理矢理に抱き上げると、タータは洞窟内に反響する程の大きな声で泣き喚いた。激しく泣くせいで、時々咳き込んでしまう。
 このままではいけない、とティオは睨まれるのを覚悟でザクセンの腕に触れた。予想に違わず、魔獣は嫌悪感のこもった眼差しを見習い薬師に向けた。

「このままだと、喉を痛めるから…。タータが望むなら、そうしてあげた方がいいと思う…」

 相変わらず泣きじゃくるタータに、ザクセンは諦めたように息を長く吐いた。息子の体を毛皮の上に寝かせ、その隣に己も寝そべる。泣き止んだ幼獣は父親の体にぴたりとくっつくと、催促するような目でティオを見た。子供を間に挟む形で自分も横になる。

「もっと、こっち」

 気を遣って微妙な距離をあけていたことを見咎められ、ティオは仕方なく少し距離を詰めた。それでも気に入らなかったのか、幼獣は見習い薬師の手を掴むと強い力で己の腹部へと引き寄せた。タータを抱きしめる形になり、自然とザクセンとも距離が近くなってしまう。
 ちらりと視線を上げれば、翡翠の瞳と視線がかち合う。ティオは慌てて視線を下げた。至近距離での圧を感じて全身が変に強張る。汗が背中を流れていくのが分かった。
 そんな中、タータはすやすやと眠っていた。愛らしい寝顔は何時間でも眺めていられそうだが、それ以上にお互いの間に走る沈黙が気まずい。ティオは寝たふりをしようと、目を閉じた。旋毛に感じる視線から気を逸らそうとしての行動だったのだが、ザクセンの注意は逸れるどころか強くなっているようだった。完全に逆効果になったが、また目を開けるわけにもいかず、ティオはこのまま狸寝入りを決めこむことにした。
 懐にいるタータの温もりが心地よい。ティオの意識は幾ばくもなく、睡魔によって眠りの中へと引きずり込まれていた。

 まどろみの中、ティオは誰かに名前を呼ばれている気がした。それに体を揺さぶられている感じも。ゆっくりと瞼を開けると、茶色い毛玉がぴょんぴょん跳ねているのが見えた。

「父ちゃん、オイラ、元気だよ!見て、全然痛くないんだよ!」
「はは、分かった分かった。少し落ち着け」

 一瞬で眠気が吹き飛び、ティオは勢い良く上体を起こした。

「あ、ティオ!オイラ、もう元気になったよ!」

 ティオに気がついた毛玉は小さな四つの足でとことこと足元に駆け寄った。近くで見ると毛玉ではなく、狸だった。全身がもっふりとした毛に覆われ、ころころと丸い。元気になったのを見てもらいたいのか、狸はその場で一回転して見せた。

「た、タータ…?」
「うん、そうだよ!」

 狸が明るい声で返事をしたかと思えば、次の瞬間には見慣れた姿に変化していた。驚く青年の表情に、タータは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 彼が先程までいた場所に目を向ければ、白金の毛並みをした狐が悠然とその巨体を地面に横たえていた。そこでティオは思い至る。父親である魔獣も人型に変化できるのだ。その子であるタータも、自由に人型と魔獣型両方の姿に変化できて当然だ。
 タータにきつく抱きつかれる。肌に触れる温もりに、幼い体を抱きしめ返しながら、ティオは安堵の息を吐いた。自分の命が皮一枚で繋がったこともだが、この幼い魔獣が元気になって本当に良かったと心底思う。自分達探索隊が森に踏み込んだせいで、タータの命が失われていたかもしれないのだ。
 全身が脱力する。気が緩むと同時に目眩がして、ティオは地面に手を突き、ぐらつく体をどうにか支えた。異変に気づいたタータが薬師の顔を覗き込む。心配そうな幼獣に声をかけようとするも、全身を襲う不快感に言葉は音にならず、出てくるのは呻き声だけだ。手で体を支えきれなくなり、ティオは崩れ落ちた。タータの悲鳴のような声を最後に、青年の意識はぷつりと途切れた。

「ティオ?どうしたの、ティオ!?」

 タータは人型から狸に戻ると、ぐったりとしたまま動かない薬師の周りをうろうろと動き回った。鼻や頬を舐めたりするも、反応はない。口からは小さくだが乱れた呼吸音が漏れている。

「父ちゃん、ティオが…ティオが動かなくなっちゃった!」
「…眠っているだけだろう」

 父親のザクセンは交差させた前脚の上に頭を乗せ、目を閉じている。ティオのことなど全く気に留めていないようだ。

「ちがうよっ。なんだか苦しそうだもん!」
「…放っておけ。どうせ永くはない」

 タータはザクセンの元へと駆けると、寝たふりを続ける父親の体の上をちょろちょろと走る。

「どうしてそんなひどいこと言うのっ。ティオはオイラのこと、助けてくれたんだよ!」
「そもそも、お前が父の言い付けを破って外に出なければ、危険な目に遭わずに済んだ」

 狐が軽く身じろぐ。バランスを崩した子狸は、勢い良くころころと洞窟の隅まで転がってしまった。だが、すぐに起き上がり、再び父の元に戻った。

「ごめんなさい、ちょっとだけのつもりだったの…。だから、悪いのはオイラだよ!なのに、ティオはオイラのこと助けてくれたんだよ…っ!」

 タータの声に震えが混じっているのがわかって、ザクセンは薄っすらと片目を開けた。小さく短い前脚を父親の前脚に乗せ、大きな榛色の瞳を潤ませている。

「父ちゃん、おねがい。ティオのこと助けて!」

 健気な眼差しと必死の懇願に、父親は折れた。大きな溜め息と緩慢な動きで起き上がり、薬師の元へと足を進める。
 己の願いを聞き入れてくれたのだと知った子狸は、大狐の脚の周りを嬉しげに跳ねた。
 ザクセンはティオの匂いを嗅ぎ、鼻先を脇の下に差し入れて仰向けにさせた。額には脂汗が浮かび、顔は青白い。魔獣は敷物にしていた毛皮を咥えると、ティオの体にかけた。

「タータ、必要な薬草と朝食を採って来る」
「わかった!」

 元気な返事に、息子に目をやれば、なにやら目を輝かせている。なにかオイラにも出来ることない?、と心の声が聞こえてくるようだ。やる気満々のタータに、ザクセンは苦笑した。

「アレが起きて勝手に動き回ったりしないよう、傍について見ていろ」
「うん!オイラ、ちゃんと見てるねっ」

 ザクセンはタータの頭を舐めた。子狸の尾が左右に激しく揺れている。仕事を任されたのが余程嬉しかったらしい。我が子の見送りの挨拶を背に受けつつ、ザクセンは洞窟を後にした。
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