36 / 36
王都
36 スキルの兆し
しおりを挟む
その日の夜も、宿には早めにつくことが出来た。
まだ日も高いこともあり、宿の馬小屋の前で剣技の練習をすることになった。
今朔はタットンとツゥエルと一緒に、トーレス監視の下で木剣を振っている。 タットンは槍、ツゥエルは戦斧と、それぞれ得物が違うにも拘らず、トーレスはアドバイスを送りながら、一人一人しっかりと監督できており、指導者としても一流なことが窺い知れた。
タットンとツゥエルもこれを期に新しい《身体術(スキル)》を身に着けようと、トーレスに頼んで教えてもらっているらしい。
少し離れた所では、ミラベルがタルラとマンツーマンで指導を受けている。 今朝の模擬戦の結果、朔は剣の基本の扱い方から、ミラベルは戦う時の身体の捌きに問題ありと見られ、それぞれ別のメニューが組まれていた。
「きゅうじゅうきゅう! ひゃぁく! トーレス おわった」
朔に与えられたのは、上段切り、左右からの袈裟切り、同じく左右からの横薙ぎを、流れで百回行う素振りだ。 イベール子爵の所で聞いた話では、盾あり盾なしで、前に出す足が違うといっていたが、今回は右足が前だから、盾なしの素振りと言う事になる。
「そうか、腕に痺れや、関節に痛みは無いか?」
「だいじょうぶ いたくない」
「なら、少し休憩だ。 水でも飲んでくるといい」
「はい」
盾は重く、子供の内から持たせるには肘の負担が大きく、怪我の元となると考えられているようだ。 それと同じで、軽いとは言え木剣での素振りも、回数制限が有るようだった。 ただ、回数が限られている分、一回一回に集中して振るうようにとトーレスから言われている。
水を飲みに井戸のほうへ歩いて行く朔。 宿の裏手にある井戸の傍には、三方を壁に囲まれ衝立で視界が遮られたたたきがあり、そこで汗を洗い流せる場所がある。 今は衝立の奥に人の気配もなく、井戸の周りには誰もいないようだ。
「悪魔。 少し魔力を借りるけどいいか?」
『問題ないよ? 何するつもり?』
「少し試したいことが有って、ね」
言いながら、朔は衝立の向こうに入り込み、もう一度回りに人が居ないのを確認すると、悪魔の魔力が流れ込んでくるのを感じ取りながら、木剣を振る。
今朝タルラに言われた事、剣の《身体術(スキル)》を発動するには、振りの鋭さが必要だと言う事。 そして、子供の力では、発動に必要な剣速も、剣圧も、望めないが、今の内から、鋭く早く力の乗った剣の振り方を身体に覚えこませるのは大事な事だと、言われたのだ。
(なら、悪魔の力とは言え、強化された状態でならどうなるのか?)
今日一日頭の隅に浮んで離れなかった疑問を、試してみたくなったのだ。
イベール子爵の所とトーレスに教えてもらった剣の振り方で、念のために剣から白い刃が飛んでいくイメージものせてみる。
最初は剣の軌道を確認しながら軽く、そして少しずつ早く。
木剣の風切る音が次第に高くなり、五度目に朔が振った時、身体の中から魔素(マナ)の動く感触を覚えた。 それは、中心部から右腕へと吸い出されるように進み、やがて指先まで来て霧散する。
(できた……、のか?)
常と違う感覚に、朔は悪魔の方に向き直り聞いてみる。
「悪魔。 今のはどうだった?」
『ん~。 おしいのかな? トーレスの時はそこから、剣に乗って一気に振り出されて行ったよ』
だが、朔の魔素(マナ)は外へと放出される事も、指から剣へと進むことも無かった。
手にしているのが、木剣だからなのか、それとも他に何か要因があるのか、今のところは何とも言えないが、悪魔の力を借りれば、《身体術(スキル)》の発動は可能かもしれないとの手応えは掴んだ気がしたのは確かだ。
その証拠に《呪文(スペル)》で魔素(マナ)を消費した時に生じる倦怠感もある。 《明り(ライト)》よりも魔力を使うのだろう、体内の魔素(マナ)を半分ほど持っていかれた感覚がある。
(行けるかも知れない)
少なくとも、今の鍛錬の延長上に《身体術(スキル)》が有る。 そう思えば、俄然やる気も出てくると言う物だ。
朔は、衝立の裏から出ると、井戸で水を汲み、傍にあるカップで掬い取ると一息で飲み干した。
「よし、行くとするか」
『おぉ~、やる気だね~』
「当然だ! いつまでもお前におんぶに抱っこじゃ、かっこ悪いからな」
『ご飯さえ食べさせてくれるのなら、気にしなくていいのに』
「いや、お前はそれで良いかも知れないけど、俺の食い扶持が稼げないのは困るだろ? 毎日人目の無い森の中で、魚や虫のフルコースは流石の俺も遠慮したいし」
『魚所か、虫までも…。 サク! あたしは応援するよ! 森に逃げ帰るような男は三行半だからね! わかった?!』
「はいはい。 何とか一人で食べていける様にはするつもりだから、任せておけ」
悪魔も応援してくれることだしと、朔はもう一杯水を飲み干すと、トーレスの元へと歩いて向う。
「トーレス きゅうけい おわった」
「それなら、今日はもういいから、汗を拭いて、部屋に戻ってチェミー達を手伝ってやりなさい」
「もっと れんしゅう したい」
「これ以上は駄目だ。 もう少し大人になってからだ」
朔の体のことを心配して言ってくれるのは有り難いが、朔としても折角やる気が出てきた所だ、何か良い練習は無いかと頭を捻る。
「トーレス ひだりてで ふるのは だめ?」
「ふむ、反対の手か。 それなら良いだろう。 ただし、回数は五十回までだ、おかしな癖がつかないように、最初はゆっくり確認しながら振るんだぞ?」
「はい」
上手く行けばトーレスの様に、左手でも《身体術(スキル)》が使えるようになるかもしれない。 二刀流。 そんな心躍る妄想を膨らませながら、朔は練習を続けた。
**********
二日目の宿は空いていた様で、部屋はそれぞれ二人部屋をとることが出来ている。 朔も今日はトーレスと相部屋の予定だ。
しかしそれは寝る時の話で、食事が終わり、夕闇が訪れた頃、朔は魔術の練習の為に、タルラとチェミーの部屋に居た。
他にはミラベルとムルビィも居り、昨日に比べて大分狭い部屋の中に五人が首をそろえている。
流石に椅子が足りず、朔とミラベルが別途に並んで腰を下ろし、その向かいでチェミーが木の椅子に座っている。
「サクちゃんは、昨日の続きからね。 ミラベルはタルラ様との模擬戦で、少し魔術を使った訓練もしてたみたいだけど、《呪文(スペル)》はもう少し距離をおい…て?」
言われたとおりに、《明り(ライト)》の《呪文(スペル)》を唱え、問題なく発動させた朔の明りに気が付き、チェミーが言葉を詰まらせ、目を見開く。
チェミーだけではなく、他の三人もそれぞれに驚き朔の方を見ていた。
「サクちゃん、何をやったの?」
「きのうの よる れんしゅうした」
朔は、ドヤ顔で自慢げに無い胸(当たり前だが)を張ってみる。
「サクちゃん、本当にこれまで魔術を習ったことは無いのよね?」
「う、うん(しまった…のか?)」
「こんなに早く覚えるの凄いとは思いますが、何か問題でも有るのですか?」
チェミーの後ろで控えるように立っていた、ムルビィがタルラに聞いている。
魔術を習ったこともない彼女は、驚きはしたもののタルラやチェミー、ミラベルとは驚き方にかなりの温度差が有るようだった。
「ムルビィ、魔術は普通一日や二日で習得できるよな物ではないのだ。 素養のある者でも、最低一月はかかるのだぞ。 それを一日で等、到底考えられんのだ」
「それって、サク様が天才だからでは?」
「そこまでの才能がこの世に存在するとは考えられぬのだが。 そもそも魔素(マナ)の量からしても、始めは何度も唱えられる物では無いので、《呪文(スペル)》を唱えながら少しずつ魔素(マナ)を増やし、練習していくしかないのだぞ。 だから、皆最初の魔術には時間が掛かってしまうのだ」
(あぁ~~、やっぱり、やらかしちゃったみたいだ。 どうしようかな…?)
タルラがムルビィに説明するのを聞いて、朔は自分がいかに異常な事をしてしまったのか、思い知る。
「だとしたら、あのムズムズが関係有るのでしょうか?」
「ムズムズ?」
「そう、ムズムズです。 サク様は《呪文(スペル)》を唱えると、身体がムズムズすると仰ってましたから、それが関係有るのかも知れないと」
「チェミー、そうなのか?」
「あ、はい、昨日そんな事を言ってましたが、魔術が暴走をしている様子もありませんでしたし、人によっては、体内に術式が構成される時に違和感を覚える人も居ると、聞いたことが有りましたので、問題無いと思っていました」
「そうか…。 王都に行ったら一度診て貰った方が良いのかもな。 しかし、今のところ問題が無いのなら、このまま教えて行って、様子を観るしかないだろう。 もしかしたら、魔術が覚えやすい体質名だけかもしれないしな」
「そうですね、私もそれが良いと思います。 何よりサクちゃんのモジモジが観れなくなるのは、大きな損失ですから!」
この中で唯一人の純粋な魔術師であるチェミーの一言によって、魔術の練習は一応続けられる事になった。 台詞の後半で駄々漏れている動機は不純そのものであったが、練習は続けられるので、朔は安堵の息を漏らしながらも、次からは気をつけようと心に誓う。
「《明り(ライト)》を覚えたのなら、次は…身体強化(ブースト)系が良いかしら? サクちゃんは剣でも戦える様になりたいみたいだし、部屋の中じゃ、放出系の属性魔法は危ないからね」
「あ、それなら私はこの魔術を覚えたい」
サクとチェミーの会話を聞いて、ミラベルが本を片手に口を挟んできた。
チェミーの持っている本の三分の二程の厚さで、表紙の皮に「初級魔術習得教本」と焼鏝(やきごて)が押されている。
「ミラベル ほん みせて?」
「い、いやよ! サクはチェミーさんに見せてもらえばいいじゃない!」
この世界、《呪文(スペル)》さえ手に入れば、後は個人の練習で習得可能になる。 悪魔から魔力を分けてもらえる朔なら尚更だ。
朔としても、自分の魔術書を手に入れられれば、今回のように怪しまれる事無く色々な魔術を早く習得できるだろう。 モンスターも居れば、法治とその治安機構が未熟なこの世界では、いつ何に襲われてもおかしく無い。 それに備えて、できるだけ色々な対処法を身につけておきたいのだ。 特にシールド魔術は、先の遭遇で朔だけでは対応し切れなかった。 だから早く習得して、強度はどれくらいなのか、特性はどうなのかなど、対応策を検証しておきたい魔術の一つでもる。
つまり、覚えるのが目的ではなく、覚えた上で、相手が使ってきた時どう対処すればいいのか、その手法を確立する所まで持って行きたいのだ。 その為にも、魔術書は朔の興味を引いてやまないものがある。
「ミラベル おねがい」
「う、だ、駄目これは大事な本なんだから!」
「ミラベル ちょっとだけ みせて?」
「…だ、だめ…」
そして、ミラベルは長女でもあり、口では文句を言いながらも、頼りにされたりお願いされると断りきれない性格をしていたりもする。
(これならもう一押しで、行けるかも)
朔が最後の一押しをしようとしたその時。
「へ~、ミラベルちゃん、そんなこと言っちゃうんだ。 良いわサクちゃん、私と一緒に見ましょうね」
絶妙のタイミングで、チェミーが横槍を入れてくる。 その後ろからムルビィの「ちっ!」と、明らかな舌打が聞こえてきた。
まだ日も高いこともあり、宿の馬小屋の前で剣技の練習をすることになった。
今朔はタットンとツゥエルと一緒に、トーレス監視の下で木剣を振っている。 タットンは槍、ツゥエルは戦斧と、それぞれ得物が違うにも拘らず、トーレスはアドバイスを送りながら、一人一人しっかりと監督できており、指導者としても一流なことが窺い知れた。
タットンとツゥエルもこれを期に新しい《身体術(スキル)》を身に着けようと、トーレスに頼んで教えてもらっているらしい。
少し離れた所では、ミラベルがタルラとマンツーマンで指導を受けている。 今朝の模擬戦の結果、朔は剣の基本の扱い方から、ミラベルは戦う時の身体の捌きに問題ありと見られ、それぞれ別のメニューが組まれていた。
「きゅうじゅうきゅう! ひゃぁく! トーレス おわった」
朔に与えられたのは、上段切り、左右からの袈裟切り、同じく左右からの横薙ぎを、流れで百回行う素振りだ。 イベール子爵の所で聞いた話では、盾あり盾なしで、前に出す足が違うといっていたが、今回は右足が前だから、盾なしの素振りと言う事になる。
「そうか、腕に痺れや、関節に痛みは無いか?」
「だいじょうぶ いたくない」
「なら、少し休憩だ。 水でも飲んでくるといい」
「はい」
盾は重く、子供の内から持たせるには肘の負担が大きく、怪我の元となると考えられているようだ。 それと同じで、軽いとは言え木剣での素振りも、回数制限が有るようだった。 ただ、回数が限られている分、一回一回に集中して振るうようにとトーレスから言われている。
水を飲みに井戸のほうへ歩いて行く朔。 宿の裏手にある井戸の傍には、三方を壁に囲まれ衝立で視界が遮られたたたきがあり、そこで汗を洗い流せる場所がある。 今は衝立の奥に人の気配もなく、井戸の周りには誰もいないようだ。
「悪魔。 少し魔力を借りるけどいいか?」
『問題ないよ? 何するつもり?』
「少し試したいことが有って、ね」
言いながら、朔は衝立の向こうに入り込み、もう一度回りに人が居ないのを確認すると、悪魔の魔力が流れ込んでくるのを感じ取りながら、木剣を振る。
今朝タルラに言われた事、剣の《身体術(スキル)》を発動するには、振りの鋭さが必要だと言う事。 そして、子供の力では、発動に必要な剣速も、剣圧も、望めないが、今の内から、鋭く早く力の乗った剣の振り方を身体に覚えこませるのは大事な事だと、言われたのだ。
(なら、悪魔の力とは言え、強化された状態でならどうなるのか?)
今日一日頭の隅に浮んで離れなかった疑問を、試してみたくなったのだ。
イベール子爵の所とトーレスに教えてもらった剣の振り方で、念のために剣から白い刃が飛んでいくイメージものせてみる。
最初は剣の軌道を確認しながら軽く、そして少しずつ早く。
木剣の風切る音が次第に高くなり、五度目に朔が振った時、身体の中から魔素(マナ)の動く感触を覚えた。 それは、中心部から右腕へと吸い出されるように進み、やがて指先まで来て霧散する。
(できた……、のか?)
常と違う感覚に、朔は悪魔の方に向き直り聞いてみる。
「悪魔。 今のはどうだった?」
『ん~。 おしいのかな? トーレスの時はそこから、剣に乗って一気に振り出されて行ったよ』
だが、朔の魔素(マナ)は外へと放出される事も、指から剣へと進むことも無かった。
手にしているのが、木剣だからなのか、それとも他に何か要因があるのか、今のところは何とも言えないが、悪魔の力を借りれば、《身体術(スキル)》の発動は可能かもしれないとの手応えは掴んだ気がしたのは確かだ。
その証拠に《呪文(スペル)》で魔素(マナ)を消費した時に生じる倦怠感もある。 《明り(ライト)》よりも魔力を使うのだろう、体内の魔素(マナ)を半分ほど持っていかれた感覚がある。
(行けるかも知れない)
少なくとも、今の鍛錬の延長上に《身体術(スキル)》が有る。 そう思えば、俄然やる気も出てくると言う物だ。
朔は、衝立の裏から出ると、井戸で水を汲み、傍にあるカップで掬い取ると一息で飲み干した。
「よし、行くとするか」
『おぉ~、やる気だね~』
「当然だ! いつまでもお前におんぶに抱っこじゃ、かっこ悪いからな」
『ご飯さえ食べさせてくれるのなら、気にしなくていいのに』
「いや、お前はそれで良いかも知れないけど、俺の食い扶持が稼げないのは困るだろ? 毎日人目の無い森の中で、魚や虫のフルコースは流石の俺も遠慮したいし」
『魚所か、虫までも…。 サク! あたしは応援するよ! 森に逃げ帰るような男は三行半だからね! わかった?!』
「はいはい。 何とか一人で食べていける様にはするつもりだから、任せておけ」
悪魔も応援してくれることだしと、朔はもう一杯水を飲み干すと、トーレスの元へと歩いて向う。
「トーレス きゅうけい おわった」
「それなら、今日はもういいから、汗を拭いて、部屋に戻ってチェミー達を手伝ってやりなさい」
「もっと れんしゅう したい」
「これ以上は駄目だ。 もう少し大人になってからだ」
朔の体のことを心配して言ってくれるのは有り難いが、朔としても折角やる気が出てきた所だ、何か良い練習は無いかと頭を捻る。
「トーレス ひだりてで ふるのは だめ?」
「ふむ、反対の手か。 それなら良いだろう。 ただし、回数は五十回までだ、おかしな癖がつかないように、最初はゆっくり確認しながら振るんだぞ?」
「はい」
上手く行けばトーレスの様に、左手でも《身体術(スキル)》が使えるようになるかもしれない。 二刀流。 そんな心躍る妄想を膨らませながら、朔は練習を続けた。
**********
二日目の宿は空いていた様で、部屋はそれぞれ二人部屋をとることが出来ている。 朔も今日はトーレスと相部屋の予定だ。
しかしそれは寝る時の話で、食事が終わり、夕闇が訪れた頃、朔は魔術の練習の為に、タルラとチェミーの部屋に居た。
他にはミラベルとムルビィも居り、昨日に比べて大分狭い部屋の中に五人が首をそろえている。
流石に椅子が足りず、朔とミラベルが別途に並んで腰を下ろし、その向かいでチェミーが木の椅子に座っている。
「サクちゃんは、昨日の続きからね。 ミラベルはタルラ様との模擬戦で、少し魔術を使った訓練もしてたみたいだけど、《呪文(スペル)》はもう少し距離をおい…て?」
言われたとおりに、《明り(ライト)》の《呪文(スペル)》を唱え、問題なく発動させた朔の明りに気が付き、チェミーが言葉を詰まらせ、目を見開く。
チェミーだけではなく、他の三人もそれぞれに驚き朔の方を見ていた。
「サクちゃん、何をやったの?」
「きのうの よる れんしゅうした」
朔は、ドヤ顔で自慢げに無い胸(当たり前だが)を張ってみる。
「サクちゃん、本当にこれまで魔術を習ったことは無いのよね?」
「う、うん(しまった…のか?)」
「こんなに早く覚えるの凄いとは思いますが、何か問題でも有るのですか?」
チェミーの後ろで控えるように立っていた、ムルビィがタルラに聞いている。
魔術を習ったこともない彼女は、驚きはしたもののタルラやチェミー、ミラベルとは驚き方にかなりの温度差が有るようだった。
「ムルビィ、魔術は普通一日や二日で習得できるよな物ではないのだ。 素養のある者でも、最低一月はかかるのだぞ。 それを一日で等、到底考えられんのだ」
「それって、サク様が天才だからでは?」
「そこまでの才能がこの世に存在するとは考えられぬのだが。 そもそも魔素(マナ)の量からしても、始めは何度も唱えられる物では無いので、《呪文(スペル)》を唱えながら少しずつ魔素(マナ)を増やし、練習していくしかないのだぞ。 だから、皆最初の魔術には時間が掛かってしまうのだ」
(あぁ~~、やっぱり、やらかしちゃったみたいだ。 どうしようかな…?)
タルラがムルビィに説明するのを聞いて、朔は自分がいかに異常な事をしてしまったのか、思い知る。
「だとしたら、あのムズムズが関係有るのでしょうか?」
「ムズムズ?」
「そう、ムズムズです。 サク様は《呪文(スペル)》を唱えると、身体がムズムズすると仰ってましたから、それが関係有るのかも知れないと」
「チェミー、そうなのか?」
「あ、はい、昨日そんな事を言ってましたが、魔術が暴走をしている様子もありませんでしたし、人によっては、体内に術式が構成される時に違和感を覚える人も居ると、聞いたことが有りましたので、問題無いと思っていました」
「そうか…。 王都に行ったら一度診て貰った方が良いのかもな。 しかし、今のところ問題が無いのなら、このまま教えて行って、様子を観るしかないだろう。 もしかしたら、魔術が覚えやすい体質名だけかもしれないしな」
「そうですね、私もそれが良いと思います。 何よりサクちゃんのモジモジが観れなくなるのは、大きな損失ですから!」
この中で唯一人の純粋な魔術師であるチェミーの一言によって、魔術の練習は一応続けられる事になった。 台詞の後半で駄々漏れている動機は不純そのものであったが、練習は続けられるので、朔は安堵の息を漏らしながらも、次からは気をつけようと心に誓う。
「《明り(ライト)》を覚えたのなら、次は…身体強化(ブースト)系が良いかしら? サクちゃんは剣でも戦える様になりたいみたいだし、部屋の中じゃ、放出系の属性魔法は危ないからね」
「あ、それなら私はこの魔術を覚えたい」
サクとチェミーの会話を聞いて、ミラベルが本を片手に口を挟んできた。
チェミーの持っている本の三分の二程の厚さで、表紙の皮に「初級魔術習得教本」と焼鏝(やきごて)が押されている。
「ミラベル ほん みせて?」
「い、いやよ! サクはチェミーさんに見せてもらえばいいじゃない!」
この世界、《呪文(スペル)》さえ手に入れば、後は個人の練習で習得可能になる。 悪魔から魔力を分けてもらえる朔なら尚更だ。
朔としても、自分の魔術書を手に入れられれば、今回のように怪しまれる事無く色々な魔術を早く習得できるだろう。 モンスターも居れば、法治とその治安機構が未熟なこの世界では、いつ何に襲われてもおかしく無い。 それに備えて、できるだけ色々な対処法を身につけておきたいのだ。 特にシールド魔術は、先の遭遇で朔だけでは対応し切れなかった。 だから早く習得して、強度はどれくらいなのか、特性はどうなのかなど、対応策を検証しておきたい魔術の一つでもる。
つまり、覚えるのが目的ではなく、覚えた上で、相手が使ってきた時どう対処すればいいのか、その手法を確立する所まで持って行きたいのだ。 その為にも、魔術書は朔の興味を引いてやまないものがある。
「ミラベル おねがい」
「う、だ、駄目これは大事な本なんだから!」
「ミラベル ちょっとだけ みせて?」
「…だ、だめ…」
そして、ミラベルは長女でもあり、口では文句を言いながらも、頼りにされたりお願いされると断りきれない性格をしていたりもする。
(これならもう一押しで、行けるかも)
朔が最後の一押しをしようとしたその時。
「へ~、ミラベルちゃん、そんなこと言っちゃうんだ。 良いわサクちゃん、私と一緒に見ましょうね」
絶妙のタイミングで、チェミーが横槍を入れてくる。 その後ろからムルビィの「ちっ!」と、明らかな舌打が聞こえてきた。
0
お気に入りに追加
31
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる