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王都
35 剣技とスキル
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砦の街の夜は静かだった。 母体が軍事施設というのもあるのだろう、深酒をする者も、夜遅くまで酒を提供する店も殆どない。
「なぁ、悪魔。 お前の魔法と、この世界の魔術、どう違うんだ?」
虫の鳴き声を聞きながら、宿の中庭に座り、朔は悪魔に母国語で話しかけた。
『あたしの魔法は、「こうなれ~~~っ!」って使うの。 魔術は魔力を術式にん~ってすると、できちゃうの』
(さっぱり解らん)
この悪魔に具体的な話を聞いても無駄だろうとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。 なんでも感覚でこなしてしまう天才は、指導者には向かないと言う所だろうか。
「じゃぁ、俺には悪魔の魔法は使えないのか?」
『そんな事は無いよ。 人間にだって魔法は使えるはずだし。 ただ、あたしみたいには上手く使いこなせないってだけの話し』
朔の感じていることは、魔術には術式が必要で、それは言い換えるなら、術式の無い魔法は使えないと言う事になる。 つまり、上限が出来てしまっているのだ。 だが、悪魔の魔法は、上限所か自由度が高いようにも見え、その上《呪文(スペル)》らしきものを唱えている形跡も無い。
身に付けるなら、悪魔の使っている魔法の方が良さそうな気がするのだ。
「なら、お前の魔法、俺に教えてくれないか?」
『未だ駄目かな~? 朔は魔素(マナ)や、魔力を全然理解してないから、魔術で感覚を覚えてからのほうが近道? 魔力も足りてないから、成長させないと無理!』
最後は嬉しそうに言い切る悪魔の嗜好は理解出来無いが、魔力が足りないと言うのは何となく解る。 昼間の魔術の練習でも、《明り(ライト)》の《呪文(スペル)》を5回唱えただけで、魔力切れをおこした位なのだから。
魔力が切れても気を失うことは無いのだが、体中から力が抜けて、ぐったりとしてしまう。
「発音が良くても、やっぱり魔力は少ないわね。 これまで全く魔術を使ったことが無いんだから、少ないのは当たり前。 これからよこれから! 気にしないで続ければ、魔力も増えてくるから、頑張って!」
チェミーはそう言いながら、魔力切れで椅子にへばっている朔を慰めてくれたが、悪魔からも魔力が少ないと言われてしまうと、朔としても、少し胸に刺さるものがある。
ちなみに、帰って来たミラベルに聞いてみたら、《明り(ライト)》なら、十回は余裕と応えられたのも、少なからずショックであった。
特にライバル心など持っていないが、朔の体と同じくらいの年代はミラベルしか知らないので、何かを判断する基準が彼女になってしまうのは、仕方の無いことだ。
「魔力か~、どうしたら増えるのかな~?」
『魔術を使えば使うほど増えるのなら、どんどん使っちゃえば?』
その、どんどん使うにも、五回で打ち止めでは意味が無い。 やっぱりじっくり育つのを待つしかないのかと、諦めかけた時、朔の頭に妙案が閃いた。
「なぁ、悪魔?」
『なに?』
「お前の魔力を俺の中に流し込んで、それを使って俺が魔術を唱えるってのはできるか?」
『できるよ。 契約が有る上に身体も弄ったから既にあたしの魔素(マナ)は朔の魔素(マナ)。 魔素(マナ)だけ朔の中に送れば良いんでしょ? てか、勝手に持ってけばいいのに』
「いや、何時もは悪魔の力って、思うだけだったから、魔素(マナ)だけ貰うって、イメージと言うか実感と言うかそういうのが無くてどうすればいいのかわからない」
『はぁ~~っ、じゃぁ、ん!』
「おっ?」
昼間に感じた自分の中から溢れ出てくる魔力を、何となくではあるが知覚する朔。 魔術の習練で体内の魔素(マナ)を感じれるようになったのが功を奏していた。
「おぉ~。 悪魔、お前やっぱり凄いな」
『とうぜん! 向こうの世界で魔法はあたし達悪魔が使ってた物を、人間が真似しただけ? だから、これくらいは簡単?』
何時ものように疑問系なのだが、隣でドヤ顔を決める悪魔に、細かく突っ込むのは無粋かもしれないと、受け流した朔はさっそく《呪文(スペル)》の練習を始めた。
魔素(マナ)が切れたらそのつど悪魔に補充してもらいながら、何度も身体をモゾモゾ動かして居るうちに、やがて朔の前に光る球が浮かび上がる。
その頃には、一回の補充で十回は《明り(ライト)》の《呪文(スペル)》が唱えられるようになっており、魔素(マナ)も順調に増えているようだった。
「できた! 悪魔、ありがとう!」
興奮して悪魔に満面の笑顔でお礼を言う朔。 何より発動した時は身体のモゾモゾが無くなったのが一番嬉しかったりもする。
『へへ~。 当然よ!』
何が当然なのかは置いておくとして、朔にお礼を言われた悪魔が嬉しそうに応えてくる。
その後数回唱えても問題なく発動する事を確認した朔は、明日に備えて部屋に戻ることにした。
明日は朝早くから、剣の鍛錬をする事になっているのだ。 睡眠時間を考えれば、今から寝れば何とかなるだろう。
**********
翌朝、朔はミラベルと対峙する形で木剣を構えていた。
場所は宿の中庭。 少し離れた所では、タットンとツゥエルがトーレスからのしごきを受けている。
「十本勝負。 一本目、はじめ!」
朔とミラベルの間に立つタルラが、試合開始の合図を出した。
試合前に朔が言われたのは、手加減抜き。 打ち込める隙があったら、遠慮は要らないと念を押された。
開始の合図と共に、鋭い声をあげてミラベルが打ち込んでくる。 朔はそれを剣の根元で一度受け止め、少し傾け鍔までミラベルの剣を引き込み、左足を半歩前に出しながら剣を下に払うことで、受け流す。
一連の動きに無駄は無く、一秒と掛かっていないだろう。 悪魔の力も借りずにここまで相手の重心を感じながら、イメージ通りに動いてくれる身体に、感心してしまう。
受け流されたミラベルが、つんのめり、体制を立て直した頃には、既に朔の剣が突きつけられ、タルラから「それまで!」と声がかけられる。
一瞬唖然としたミラベルだが、自分が負けた事に気がつくと、唇を噛み悔しそうに朔を睨みつけてきた。
その後、十回ほど試合が行われたが、全て朔の勝ちとなった。
負けたくないと、がむしゃらに木剣を振るってくるミラベル相手に、朔はかわしながら、要所で反撃を行って、ほぼ一刀で勝負をつけてしまった。 最後の三本は泣き出して、涙で目も良く見えなくなってしまったであろうミラベルを相手にせねばならず、胸が痛み、チラチラとタルラの方を見てしまった。
それでもタルラは途中で終わらせること無く、厳格に全ての試合を行わさせた。
「ミラベル! お前が泣いたら、敵は手を止めてくれるのか?! 何もせずに負けたら、相手は次にムルビィや私に切りかかって来るのだぞ! 負けたら、お前の仲間が二対一になる! ならばせめて、腕の一本でも奪ってから死ね!」
最後の二本を残し、膝を突きかけたミラベルに、タルラの叱咤(しった)が飛ぶ。 既に泣き疲れて、しゃくり上げる呼吸も怪しくなっていたミラベルだが、タルラの声に木剣を杖にして立ち上がると、残り二本をきっちりやり遂げて、宿の中に駆け込んでいった。
その姿に朔は、負けるとわかってても立ち上がったミラベルの根性に、素直な賞賛を送った。
「さて、朔。 お前はやはり剣が振れていないな。 それがどういう事かわかるか?」
「あいてを ころせない?」
剣をきちんと振り抜けれれば、切り裂くことが出来、致命傷を与えられる。 だkら、剣筋を通すことは大事だと考えて朔は、応える。
「剣だけなら、それで正解かもな。 だが、そこに《身体術(スキル)》が加わるとどうだ? 《身体術(スキル)》の有る無しは勝敗を大きく分ける。 そして、剣の《身体術(スキル)》である、《飛剣(ブレイド・シュート)》 や、《瞬斬(スラッシュ)》、《連斬(ラッシュ)》は、振りの鋭さが大事だ。 今のままでもこの先剣士として名を上げることは出きりかもしれないが、そこまでだろう。 数年後には《身体術(スキル)》を身に付けたミラベルに確実に負ける。 それが訓練ならいいが、実戦であったなら命を落とすことになるだろう。 わかったか?」
「はい!」
タルラの言っている事は、今の朔が感じていることそのままだった。 悪魔の力を使えば大体の敵には勝てるだろう。 しかしそれは、朔が悪魔の足を引っ張っているのと同義だ。 少なくともこの世界で生きてくだけでも、悪魔の力を使わずに、自力で何とかしたと考えている。
「そ、それで、剣の振り方なんだがな…」
朔が剣と魔術の訓練を頑張ろうと決意を新たにしていると、タルラがおずおずと朔の右手を取ってくる。
そのまま朔の後ろに回ったタルラは、身体を密着させて、剣の振り方をトレースさせてきた。
タルラの身長はチェミーより少し高い。 正面で向き合った時、朔の顔はチェミーの肩甲骨が合わさる所の少し下、つまり胸元の辺りに来るが、タルラの場合朔の鼻頭の辺りに、胸の膨らみが当たる感じになる。
何が言いたいかというと、立った状態で後ろから密着されると、後頭部に弾力を感じてしまうのだ。
大きさの違いか、鍛えているからなのか、チェミーのたわわに実ったどこまでも沈んでいきそうな柔らかく包み込まれる感触とはまた違った、程よい大きさのタルラの双房は、弾力が強く、押し返してくるような瑞々しさを体現していた。
(タルラは真面目に教えてくれているんだ。 余計なことは考えるな)
朔は心の中でそう唱えながら、タルラの動きに合わせて、剣の軌道に意識を手中させていく。
「タ・ル・ラ・さ・ま! 左手の指がワシャワシャ動いていますよ?!」
「ひっ! チェ、チェミー!? いつからそこ…ではない。 こ、これは剣の練習で、朔に基本の振り方をだな、教えていたんだ。 その決して、真剣な目で剣を握る朔が可愛いとか、抱きしめたとかなどとは違うのだ、うん」
色々駄々漏れなタルラの言い訳に、さっきの緊張を返せと言いたくなる朔だが、多少の扱いは変わったものの、タルラの中では未だに自分がどういう位置づけなのか痛感してしまうのだった。
「そんな事より、ミラベルちゃんに何を言ったのですか!? 部屋に入ってくるなり、布団に包まって泣いてますよ!」
「いや、そんな酷い事はしていないつもりだが?」
ミラベルが未だ泣いていると聞いて、おろおろし始めるタルラだが、身に覚えが無いのか、ハテナ顔で、固まってしまう。
「サクちゃん。 タルラ様は何を下のか教えてくれる?」
「ミラベルが ないても やめなかった? 「なにも せずに まけるなら あいての うでを もぎとって しね!」って、どなってた」
タルラに聞いても埒が明かないと感じたのか、チェミーが朔に聞いてきたので、ありのままを応える。
「はぁ~~。 タルラ様?」
「なんだ?」
納得したような、落胆しような大きな溜息を一つついてチェミーが向き直った先で、タルラは「うんうん」と満足げにうなづいていた。
「いいですか、タルラ様。 私も世に出て初めて知りましたけど、ボナホート家の訓練はかなぁ~り、厳しいのですよ。 タルラ様も、幼少期の頃よりこれでもかってくらい、怒鳴りまくられて、叩き込まれてましたよね?」
「そうだな、今思えば、辛い日々だった。 だが、強くなる為には必要なことでも有ったな」
「それは、ボナホート家だけの話です。 初めて訓練を受ける女の子に、当たり前のようにあのしごきを受けさせるのは、私はどうかと思いますよ」
「そ、そなのか?」
探るようにタルラから視線を向けられた朔は、一応頷いておいた。 この世界でも、「もしかして家だけ?」あるあるは、存在していたようで、朔の肯定を受けてショックに固まってしまうタルラ。
「そ、その、私はどうすればいいのだろうか? ミラベルがこれで魔法騎士(マジック・ナイト)になるのが嫌だとか言い出したりはしないだろうか?」
タルラにとって、あのしごきは当たり前の事で、木剣を取り直したミラベルを褒める必要も感じていなかったのだろう。 今更になってうろたえ始めている。
「とにかく、ミラベルちゃんにきちんとお話しましょう」
「なんて言えばいいのだ? 謝るべきなのか?」
「謝らなくても良いけど、励ましは必要かもね。 何かやる気の出る事でも言ってあげるべきでしょう」
そう言いながら、チェミーに腕を引かれタルラは連れられていってしまった。 途中「心の準備が」とか、「魔法騎士の素晴しさを伝えれば」とか、心配になることも言っていたが、とりあえず朔は何も出来そうに無いので、剣の素振りを繰り返すことにしたのだった。
そして、移動を始めた馬車の中で、目を真っ赤に腫らせたミラベルが、朔に向かって指を突きつけ、
「見てなさいよ! 五年後、いいえ三年後には私の《飛剣(ブレイド・シュート)》 でずたずたに切り裂いてあげるんだからっ!」
と、宣戦布告を突きつけられた朔は、タルラが何を言って励ましたのか、大体想像がついてしまったのである。
「なぁ、悪魔。 お前の魔法と、この世界の魔術、どう違うんだ?」
虫の鳴き声を聞きながら、宿の中庭に座り、朔は悪魔に母国語で話しかけた。
『あたしの魔法は、「こうなれ~~~っ!」って使うの。 魔術は魔力を術式にん~ってすると、できちゃうの』
(さっぱり解らん)
この悪魔に具体的な話を聞いても無駄だろうとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。 なんでも感覚でこなしてしまう天才は、指導者には向かないと言う所だろうか。
「じゃぁ、俺には悪魔の魔法は使えないのか?」
『そんな事は無いよ。 人間にだって魔法は使えるはずだし。 ただ、あたしみたいには上手く使いこなせないってだけの話し』
朔の感じていることは、魔術には術式が必要で、それは言い換えるなら、術式の無い魔法は使えないと言う事になる。 つまり、上限が出来てしまっているのだ。 だが、悪魔の魔法は、上限所か自由度が高いようにも見え、その上《呪文(スペル)》らしきものを唱えている形跡も無い。
身に付けるなら、悪魔の使っている魔法の方が良さそうな気がするのだ。
「なら、お前の魔法、俺に教えてくれないか?」
『未だ駄目かな~? 朔は魔素(マナ)や、魔力を全然理解してないから、魔術で感覚を覚えてからのほうが近道? 魔力も足りてないから、成長させないと無理!』
最後は嬉しそうに言い切る悪魔の嗜好は理解出来無いが、魔力が足りないと言うのは何となく解る。 昼間の魔術の練習でも、《明り(ライト)》の《呪文(スペル)》を5回唱えただけで、魔力切れをおこした位なのだから。
魔力が切れても気を失うことは無いのだが、体中から力が抜けて、ぐったりとしてしまう。
「発音が良くても、やっぱり魔力は少ないわね。 これまで全く魔術を使ったことが無いんだから、少ないのは当たり前。 これからよこれから! 気にしないで続ければ、魔力も増えてくるから、頑張って!」
チェミーはそう言いながら、魔力切れで椅子にへばっている朔を慰めてくれたが、悪魔からも魔力が少ないと言われてしまうと、朔としても、少し胸に刺さるものがある。
ちなみに、帰って来たミラベルに聞いてみたら、《明り(ライト)》なら、十回は余裕と応えられたのも、少なからずショックであった。
特にライバル心など持っていないが、朔の体と同じくらいの年代はミラベルしか知らないので、何かを判断する基準が彼女になってしまうのは、仕方の無いことだ。
「魔力か~、どうしたら増えるのかな~?」
『魔術を使えば使うほど増えるのなら、どんどん使っちゃえば?』
その、どんどん使うにも、五回で打ち止めでは意味が無い。 やっぱりじっくり育つのを待つしかないのかと、諦めかけた時、朔の頭に妙案が閃いた。
「なぁ、悪魔?」
『なに?』
「お前の魔力を俺の中に流し込んで、それを使って俺が魔術を唱えるってのはできるか?」
『できるよ。 契約が有る上に身体も弄ったから既にあたしの魔素(マナ)は朔の魔素(マナ)。 魔素(マナ)だけ朔の中に送れば良いんでしょ? てか、勝手に持ってけばいいのに』
「いや、何時もは悪魔の力って、思うだけだったから、魔素(マナ)だけ貰うって、イメージと言うか実感と言うかそういうのが無くてどうすればいいのかわからない」
『はぁ~~っ、じゃぁ、ん!』
「おっ?」
昼間に感じた自分の中から溢れ出てくる魔力を、何となくではあるが知覚する朔。 魔術の習練で体内の魔素(マナ)を感じれるようになったのが功を奏していた。
「おぉ~。 悪魔、お前やっぱり凄いな」
『とうぜん! 向こうの世界で魔法はあたし達悪魔が使ってた物を、人間が真似しただけ? だから、これくらいは簡単?』
何時ものように疑問系なのだが、隣でドヤ顔を決める悪魔に、細かく突っ込むのは無粋かもしれないと、受け流した朔はさっそく《呪文(スペル)》の練習を始めた。
魔素(マナ)が切れたらそのつど悪魔に補充してもらいながら、何度も身体をモゾモゾ動かして居るうちに、やがて朔の前に光る球が浮かび上がる。
その頃には、一回の補充で十回は《明り(ライト)》の《呪文(スペル)》が唱えられるようになっており、魔素(マナ)も順調に増えているようだった。
「できた! 悪魔、ありがとう!」
興奮して悪魔に満面の笑顔でお礼を言う朔。 何より発動した時は身体のモゾモゾが無くなったのが一番嬉しかったりもする。
『へへ~。 当然よ!』
何が当然なのかは置いておくとして、朔にお礼を言われた悪魔が嬉しそうに応えてくる。
その後数回唱えても問題なく発動する事を確認した朔は、明日に備えて部屋に戻ることにした。
明日は朝早くから、剣の鍛錬をする事になっているのだ。 睡眠時間を考えれば、今から寝れば何とかなるだろう。
**********
翌朝、朔はミラベルと対峙する形で木剣を構えていた。
場所は宿の中庭。 少し離れた所では、タットンとツゥエルがトーレスからのしごきを受けている。
「十本勝負。 一本目、はじめ!」
朔とミラベルの間に立つタルラが、試合開始の合図を出した。
試合前に朔が言われたのは、手加減抜き。 打ち込める隙があったら、遠慮は要らないと念を押された。
開始の合図と共に、鋭い声をあげてミラベルが打ち込んでくる。 朔はそれを剣の根元で一度受け止め、少し傾け鍔までミラベルの剣を引き込み、左足を半歩前に出しながら剣を下に払うことで、受け流す。
一連の動きに無駄は無く、一秒と掛かっていないだろう。 悪魔の力も借りずにここまで相手の重心を感じながら、イメージ通りに動いてくれる身体に、感心してしまう。
受け流されたミラベルが、つんのめり、体制を立て直した頃には、既に朔の剣が突きつけられ、タルラから「それまで!」と声がかけられる。
一瞬唖然としたミラベルだが、自分が負けた事に気がつくと、唇を噛み悔しそうに朔を睨みつけてきた。
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負けたくないと、がむしゃらに木剣を振るってくるミラベル相手に、朔はかわしながら、要所で反撃を行って、ほぼ一刀で勝負をつけてしまった。 最後の三本は泣き出して、涙で目も良く見えなくなってしまったであろうミラベルを相手にせねばならず、胸が痛み、チラチラとタルラの方を見てしまった。
それでもタルラは途中で終わらせること無く、厳格に全ての試合を行わさせた。
「ミラベル! お前が泣いたら、敵は手を止めてくれるのか?! 何もせずに負けたら、相手は次にムルビィや私に切りかかって来るのだぞ! 負けたら、お前の仲間が二対一になる! ならばせめて、腕の一本でも奪ってから死ね!」
最後の二本を残し、膝を突きかけたミラベルに、タルラの叱咤(しった)が飛ぶ。 既に泣き疲れて、しゃくり上げる呼吸も怪しくなっていたミラベルだが、タルラの声に木剣を杖にして立ち上がると、残り二本をきっちりやり遂げて、宿の中に駆け込んでいった。
その姿に朔は、負けるとわかってても立ち上がったミラベルの根性に、素直な賞賛を送った。
「さて、朔。 お前はやはり剣が振れていないな。 それがどういう事かわかるか?」
「あいてを ころせない?」
剣をきちんと振り抜けれれば、切り裂くことが出来、致命傷を与えられる。 だkら、剣筋を通すことは大事だと考えて朔は、応える。
「剣だけなら、それで正解かもな。 だが、そこに《身体術(スキル)》が加わるとどうだ? 《身体術(スキル)》の有る無しは勝敗を大きく分ける。 そして、剣の《身体術(スキル)》である、《飛剣(ブレイド・シュート)》 や、《瞬斬(スラッシュ)》、《連斬(ラッシュ)》は、振りの鋭さが大事だ。 今のままでもこの先剣士として名を上げることは出きりかもしれないが、そこまでだろう。 数年後には《身体術(スキル)》を身に付けたミラベルに確実に負ける。 それが訓練ならいいが、実戦であったなら命を落とすことになるだろう。 わかったか?」
「はい!」
タルラの言っている事は、今の朔が感じていることそのままだった。 悪魔の力を使えば大体の敵には勝てるだろう。 しかしそれは、朔が悪魔の足を引っ張っているのと同義だ。 少なくともこの世界で生きてくだけでも、悪魔の力を使わずに、自力で何とかしたと考えている。
「そ、それで、剣の振り方なんだがな…」
朔が剣と魔術の訓練を頑張ろうと決意を新たにしていると、タルラがおずおずと朔の右手を取ってくる。
そのまま朔の後ろに回ったタルラは、身体を密着させて、剣の振り方をトレースさせてきた。
タルラの身長はチェミーより少し高い。 正面で向き合った時、朔の顔はチェミーの肩甲骨が合わさる所の少し下、つまり胸元の辺りに来るが、タルラの場合朔の鼻頭の辺りに、胸の膨らみが当たる感じになる。
何が言いたいかというと、立った状態で後ろから密着されると、後頭部に弾力を感じてしまうのだ。
大きさの違いか、鍛えているからなのか、チェミーのたわわに実ったどこまでも沈んでいきそうな柔らかく包み込まれる感触とはまた違った、程よい大きさのタルラの双房は、弾力が強く、押し返してくるような瑞々しさを体現していた。
(タルラは真面目に教えてくれているんだ。 余計なことは考えるな)
朔は心の中でそう唱えながら、タルラの動きに合わせて、剣の軌道に意識を手中させていく。
「タ・ル・ラ・さ・ま! 左手の指がワシャワシャ動いていますよ?!」
「ひっ! チェ、チェミー!? いつからそこ…ではない。 こ、これは剣の練習で、朔に基本の振り方をだな、教えていたんだ。 その決して、真剣な目で剣を握る朔が可愛いとか、抱きしめたとかなどとは違うのだ、うん」
色々駄々漏れなタルラの言い訳に、さっきの緊張を返せと言いたくなる朔だが、多少の扱いは変わったものの、タルラの中では未だに自分がどういう位置づけなのか痛感してしまうのだった。
「そんな事より、ミラベルちゃんに何を言ったのですか!? 部屋に入ってくるなり、布団に包まって泣いてますよ!」
「いや、そんな酷い事はしていないつもりだが?」
ミラベルが未だ泣いていると聞いて、おろおろし始めるタルラだが、身に覚えが無いのか、ハテナ顔で、固まってしまう。
「サクちゃん。 タルラ様は何を下のか教えてくれる?」
「ミラベルが ないても やめなかった? 「なにも せずに まけるなら あいての うでを もぎとって しね!」って、どなってた」
タルラに聞いても埒が明かないと感じたのか、チェミーが朔に聞いてきたので、ありのままを応える。
「はぁ~~。 タルラ様?」
「なんだ?」
納得したような、落胆しような大きな溜息を一つついてチェミーが向き直った先で、タルラは「うんうん」と満足げにうなづいていた。
「いいですか、タルラ様。 私も世に出て初めて知りましたけど、ボナホート家の訓練はかなぁ~り、厳しいのですよ。 タルラ様も、幼少期の頃よりこれでもかってくらい、怒鳴りまくられて、叩き込まれてましたよね?」
「そうだな、今思えば、辛い日々だった。 だが、強くなる為には必要なことでも有ったな」
「それは、ボナホート家だけの話です。 初めて訓練を受ける女の子に、当たり前のようにあのしごきを受けさせるのは、私はどうかと思いますよ」
「そ、そなのか?」
探るようにタルラから視線を向けられた朔は、一応頷いておいた。 この世界でも、「もしかして家だけ?」あるあるは、存在していたようで、朔の肯定を受けてショックに固まってしまうタルラ。
「そ、その、私はどうすればいいのだろうか? ミラベルがこれで魔法騎士(マジック・ナイト)になるのが嫌だとか言い出したりはしないだろうか?」
タルラにとって、あのしごきは当たり前の事で、木剣を取り直したミラベルを褒める必要も感じていなかったのだろう。 今更になってうろたえ始めている。
「とにかく、ミラベルちゃんにきちんとお話しましょう」
「なんて言えばいいのだ? 謝るべきなのか?」
「謝らなくても良いけど、励ましは必要かもね。 何かやる気の出る事でも言ってあげるべきでしょう」
そう言いながら、チェミーに腕を引かれタルラは連れられていってしまった。 途中「心の準備が」とか、「魔法騎士の素晴しさを伝えれば」とか、心配になることも言っていたが、とりあえず朔は何も出来そうに無いので、剣の素振りを繰り返すことにしたのだった。
そして、移動を始めた馬車の中で、目を真っ赤に腫らせたミラベルが、朔に向かって指を突きつけ、
「見てなさいよ! 五年後、いいえ三年後には私の《飛剣(ブレイド・シュート)》 でずたずたに切り裂いてあげるんだからっ!」
と、宣戦布告を突きつけられた朔は、タルラが何を言って励ましたのか、大体想像がついてしまったのである。
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