悪人喰らいの契約者。

八剣晶

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辺境の奴隷狩り

26  接触禁止

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『ズチャ、今度はあっちから…グチュ…来たね~、ング、この人間達は人気者なのかな?』

 木の上の男が去って間も無くの事、盗賊達が逃げようとした獣道を、反対から辿ってくる存在に頬を緩ませ反芻している悪魔が気付く。

「一人か?」

『うん、美味しそうな? 人間が一人?』

 いつもの疑問系な悪魔。

「こいつらの仲間かな?」

『そこまでは分からないよ、でも、魔法は使うかも、魔力を感じるから』

「魔法か~、厄介だな~」

 タルラ達の戦いを思い出し、朔は眉をしかめる。

『ヤるなら、早くしたほうが良いわよ。 反対側からもタルラが沢山引き連れてこっちに向かってきてるから』

「なら、こっちから行くか」

 悪魔の声を聞いた朔は、素早く始末する事に決めた。 相手が魔法を使う以上、タルラ達にどんな被害が出るか予想も出来無いのだ。

 獣道を駆け出した朔の行く手に、杖を突きローブを纏った男がこちらへ歩いてくるのが見えた。

 森の中に僅かに差し込む月明りではローブの色までは分からないが、すでに魔術を行使しているのだろう、卵形をした《シールド》の様な物に包まれている。

 朔はそのまま一気に距離を詰め、剣を突きだした。

 だが、剣を突き立てた所を基点に、卵形の《シールド》に波紋が走ると、切っ先は勢いを減じ止められてしまった。

(これが、魔法の盾なのか)

 思った以上に強力な盾の性能に、朔としても、今後の戦い方を考えざるおえない。

『姿隠しの術かっ!?』

 だが、困惑したのは相手も同じらしい。 驚きに目を開き朔の方を見てくる。

(見えている!?)

 確認する為にも、ゆっくりと下がり距離を取ってみれば、相手の視線も朔の動きに合わせるように追ってくる。

『無駄だ。 例え姿を消せても、魔術の波動までは消せない。 そこらの雑魚魔術師ならいざ知らず、この俺の眼は誤魔化せん』

 相手が余裕を見せて無駄口を叩いている間にも、朔は再び距離を詰め切り付ける。

『いくら物をぶつけても、この《エッグシェル》は、砕けんぞ』

 その言葉通りに、先ほどを同じく表面に波紋が広がり、剣が止められる。

(手応えが、薄い?)

 朔の手に残る感触は、まるで新品の羽毛布団の上に置かれた板を叩いているかのようだ。 衝撃を分散させ吸収されている。 剣をあてた時に広がる波紋が分散された力量(エネルギー)なのだろう。

(ほんと、厄介だな)

『魔素(まな)よ。 三つの矢となりて、彼の者を貫け。 《三つの矢スリーアローズ》』

 朔が止まると魔術師は《呪文スペル》で反撃をしてくる。

 タルラより若干長い《呪文スペル》に反応し、朔は斜めに飛び下がり距離を取る。

 《呪文スペル》の完成と同時に現れる三本の魔法の矢。

 朔は矢の出現と同時に横へ飛び退く。

 朔を追う様に軌道を僅かにずらし、飛び去っていった魔法の矢は、後ろにある木々に深い穴を開け消滅した。

(必中ではなく、半追尾って感じかな?)

 速度は150キロは出ているであろう、それが野球のカーブやシュートみたく曲がって追ってくる感じだ。 広い場所だとどうなるか分からないが、今の朔なら問題なく避けられそうだ。

『避けたか。 導師様の作った箱に匹敵する姿隠しの術に、魔法の矢を避けられる程の《身体能力強化ブースト》、中々の使い手だな。 だが、攻撃は武器だけか、相性が悪かったようだな。 どうだ、お前の術を俺に教えるなら、見逃してやっても構わん。 今回の命令は盗賊達の皆殺しだからな』

 教えろと言われても、無理な話だ。 朔が自分でやっている訳でもない。 しかも、お互いに不運な事に、朔の側にそれを伝える手段が無い。

 まさかこの状況で地面に絵を描いて、膝を突き合わせ納得行くまで、のんびり異世界交流をする訳にも行かないだろう。

 だが、今の攻防で朔としても大体の事は分かった。 悪魔の力か冷静に分析できるのがありがたい。

 まず相手には未だ朔が見えていない。 魔術の波動とやらで、大体の位置が分かる程度だろう。 男とは一度も目が合っていない。

 そして、朔の動きに目がついて来てもいない。 朔が止まれば、こちらを向くが、一度目も二度目も、攻撃が当たるまで全く反応できてないのだ。

 さらに、相手は地面の上を歩いている。 地面の下からの攻撃は有効かも知れない。

 最後に、物理攻撃が駄目なら、炎で囲んでしまうのはどうだ、熱まで遮断するとは考え難(にく)い、酸素だって無くなる。 相手も人間だ呼吸は必要だろう。 その意味では、川に放り込んでも面白いかも知れない、どうなるか見ものだ。

 朔だって、伊達にこれまでラノベを読んで来た訳ではない。 手としては色々思い浮かぶ。

 だがどれも手間が掛かり、今すぐ出来るとは思えない。

 準備に一旦戻ったら、その間にこの男とタルラ達が接触してしまうだろう。 雰囲気からして、とても味方とは思えない、恐らく盗賊達の応援か、始末に来たのだろう。

 そして、何となくだが分かる。 トーレスやタルラなら戦えるかも知れないが、ナムルやツゥエル、タットンでは、勝てない。 一瞬の油断で彼らの命は奪われてしまう。

(やっぱり、ここで殺すしかないか…)

 そこまで考え、朔は最後の手段に出た。

「悪魔。 アレ何とか出来無いか?」

 他力本願である。

『できるよ。 魔術なんて魔法の廉価版だし、術式弄れば簡単に崩壊するわよ』

「じゃぁ、たのむ」

『アイアイサ~!』

 多分だが「そんな気分の返事」という感じで、朔の脳内で変換されたのだろう、陽気な声で返事をして意気揚々と飛んでいく悪魔。

 そして、《エッグシェル》とやらもすんなり通り抜け、男に悪魔が障(さわ)った途端、砕けるように卵形の《盾(シールルド)》が消滅した。

 次の瞬間には、準備していた朔の剣が男の首を切り落としていた。

『任務完了~!』

「だな」

 一体誰が発令したのか分からない任務のあっけない完遂に、満足げな顔をして互いに頷きあう朔と悪魔。

『あ、ああああああぁぁっぁぁぁ!』

 だが、喜び勇んでローブの男だった物に飛んで行った悪魔が、いきなり叫び声を上げる。

「どうした!?」

 新手かと、警戒を強める朔。

『ご飯、ない。 飛んでちゃった…』

「飛んで…って、まさか?」

『うん、誰かが先に「アタシの物」してたみたい』

 よほど美味しそうに見えていたのだろう、目の前でシュークリームを取り上げられた娘の顔が重なるくらい、シュンとして、物足らなさそうに指をくわえて俯く悪魔。

 そして、悪魔の台詞は朔に、この世界にも悪魔か悪魔と似たような存在が居る、と言う事を思い当たらせるに、十分な物であった。





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