悪人喰らいの契約者。

八剣晶

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辺境の奴隷狩り

25  邂逅

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 ビー達に追いついたドーマが目にしたのは、タルラ達のあげた予想以上の戦果だった。

 魔法騎士(ナジック・ナイト)が強いことは知っている。 ボナホート家のトーレスと言う名も聞いたことが有る。 だからと言って、53人対6人。 まさか、これほどの結果になるとは誰も予想しえなかっただろう。

 ビー達にも幾つかの不運が重なったのも事実だ。

 殺すなと言われた以上、誤射の恐れが有る弓は使えない。

 タルラ達が予想外に早く出立したのも痛かったろう、街道に罠を設置できなかった。 せめて木を切り倒して馬の足を止める事ができていたら、結果はもっと違うものになっていただろう。

 広いとは言え、森の中の街道は馬車がすれ違えれる位の幅しかない。 馬ならともかく、馬車の向きを変えるのは大変な作業になる。

 馬車を捨てれば、乗っていた者は走って逃げなければいけない。 ましてや子供も居るとなれば、逃げ切れず囲まれて戦わざるおえない状況になってしまうだろう。

 だが、緒戦のタルラの突破で全てが覆されてしまった。 しかも、そのまま逃げ去ることもせず、態勢を立て直して迎撃したのだ。

 馬と馬車を走って追う羽目になったビーの部下達こそ、いい面の皮だった。 追いついた頃には息も切(き)れ切(ぎ)れで、まともに戦える状態ですらなっかたのだから。

 その結果が53人中、ビーも含めて35人死亡、怪我を負いながらも無事に逃げ出せたのはたったの6人である。 残りの者は未だに廃村後で転がって呻いている事だろう。

「へっ、立場上、助けないわけに行かないかって、勇(いさ)んで追っかけてきてみりゃ、とんだ無駄足だったって訳かい」

 それなりには戦えるものの、情報を持ち帰るのが仕事のドーマとしては、出来るだけ危険は避けたい立場でもある。 戦わずに済んでむしろほっとしていた。

 しかし、状況が変わってしまった以上、ドーマにもやる事が有る。

 トルネリオ達がどう動くかだ。 もしドーマだったら早い内に捕らえている遊牧民を他の場所に移すか、連れてとっとと逃げ出すはずだ。

(とりあえずは、アジトの教会かな?)

 盗賊達が報告に行くのかどうか、ヘタしたら全員、命欲しさに逃げ出してしまうかもしれない。 そうなれば、捕らえられている遊牧民は部屋の中で餓死する者も出てくる。 

 色々な可能性を考えて一番無難そうな所へとドーマは足を向けた。


 **********


 テラスから飛び降りた朔は、すぐに近くに茂みに身を隠した。

 透明の魔法が掛かっていると悪魔は言っているが、いまいち信用出来無いのだ。

 朔の着地した音に気がついた下男(げなん)が振り返るが、特に何か見つけた様子も無い。

 試しにと、茂みから腕を出して下男のに向かって振ってみたが、気付く気配も無いまま自分の仕事に戻っていった。

(ほんとに見えなくなってるんだ)

 そこでようやく朔は安心して、音を立てないように茂みかからゆっくり立ち上がり、人にぶつからないよう気をつけながら、中庭から抜け出した。

 城の壁と、街の外壁は悪魔の魔力を使って飛び越え、北の街道目指して人気の全く無い道を一気に走り抜ける。

 馬車で30分ほどの道のりを、2,3分で走りきり、街道を右に曲がり森へと向きを変えた。

 街道の先に幾つもの松明の灯りが揺れているのが見えてくる。

(追いついたかな?)

 そこで朔は足を止め、森の中へと入っていった。 ここからは森を抜けタルラ達を追い越すつもりだ。

『サク。 印が動いたよ』

「どっちに向かっている?」

『左の方、他の人間もそっちに行ってるから、逃げ出したのかな?』

「わかった、そっちに向かうとするか」

 悪魔の感知で朔は向きを変える。 どうやら盗賊達はタルラ達と戦わず逃げ出すことに決めたようだ。


 **********


「ははっ」

 一度ある事は二度有るとは言ったもので、木の上で様子を覗っていたドーマにとって、今日二度目の無駄足となってしまった事に笑うしかなかった。

 タルラ達が何人か捕らえて連れて行ったことから、アジトへの襲撃はあるとは思っていたが、誰が好き好んで夜の森、それも盗賊達が潜んでいるアジトに兵を向けると言うのか。 罠にかけられ、ほうほうの体で逃げざるおえなくなる可能性だってあるのだ。 リスクを考えたら、早くて明日の夜明けに動くのが普通だろう。

 だが、見張りから兵士たちがやって来た報告を受けた盗賊達は、昼間ドーマが使った獣道を逆に辿り、我先にと逃げ始めている。

 逃げるなら、もっと早く逃げればいいのにとも言いたくなるが、タルラ達に打ちのめされた盗賊が、森を抜けやっとの思いでアジトにたどり着いたのは、今さっきの話だ。

 馬車で街道を駆け戻ったタルラ達と、見つからないように大きく森の中を迂回しなければならなかった盗賊達とでは、移動の距離も速度も大きく違ってしまう。

 その為、ビーがやられた報告を受けてどうするか話し合いを始めた所で、見張りがこちらにやってくる兵士を発見したのだった。

(こりゃ、俺の出番無いかも…、ボス、報酬払ってくれるかなぁ?)

 ドーマは木の上でそんな事を考えながらも、少しでも報告できる情報を集める為に、距離を保ちながら、逃げる盗賊の後を追うのであった。


 **********


『サク、もうそこだよ』

 悪魔が指をさしたその先に、月明かりに照らされた幾つもの人影が森の中を移動してくるのが見える。

「剣を出してくれ」

『りょ~か~い』

 これから始まる正餐の気配に無い胸が躍るのか、悪魔は上機嫌で内空間から一振りの剣を押し出し、朔に渡してくる。

「行こうか」

 朔は人影の行く手に先回りし、彼らが盗賊である事を目で確認した。

 中には印の付いた者も居るようで、間違いは無さそうだ。

 悪魔の魔法のお陰で、5メートル程まで近づいても、相手はこちらに気が付いた様子も無い。

 そこから身構え盗賊達に向かって全力で駆け出し、すれ違いざまに首を落としていく。

 相手からしたら一陣の風が吹きぬけたように感じただろう。 もっとも、それを感じる頃には、相手の視界は傾(かし)げ、そのまま止まる事無く地面へと落ちていく最中だっただろうが。

 朔が十数人の首を落としきったのは、時間にして僅か2秒の事だった。

「なぁ、悪魔」

『なに?』

 返り血すら浴びる事無く、朔は、足元に広がり始めた血溜まりを一歩下がってよけながら、朔は悪魔に呼びかける。

「お前の内空間に、こいつらの装備と荷物だけ、しまうことって出来るか?」

『装備と荷物? そんな物どうするの?』

「剣や皮鎧なら、売れるんじゃないかって思ってな」

 この世界の通貨や物価がどの様になっているかは分からないが、朔としても、この先の事を考えると、ある程度の金額は持っておきたい。

『ふ~ん』

 だが悪魔にお金は理解出来無いのだろう。 あまり乗り気ではないようだ。 明日のお金より目の前の|食事(魂)といった所か。

「まぁ、食べてからでも良いよ、一度やってみてくれ。 お金が手に入らない時は、また川で魚でも取って食べればいいだけだしな」

『…やる』

「へ?」

『オカネハ ダイジヨネ』

 言うが早いか、残っていた魂を全て一口で飲み込んでいく悪魔。

 恐らく悪魔胃袋とやらに保管しているのだろう、悪魔の素早い反応に、「そこまで魚嫌いなのか?」と、目を向ける朔。

 その後悪魔は装備ごと体を内空間に取り込むと、おびただしい血と共に鎧下姿になった亡骸を吐き出す作業を人数分やってのけた。

「鎧に着いた血とかはそのままか?」

 気になって朔が聞いてみたら、
『ん? 大丈夫、全部魔力で搾り出したから、染み一つなくなってるはずよ』
と、あっさり言われてしまった。

 試しに一つ取り出してもらうと、擦り切れた痕はそのままだが、綺麗な状態の鎧になって出てきた。 万能悪魔万歳である。

 悪魔は体が終わると頭、落ちてる武器の順で、魔力で持ち上げ内空間に収め要らない物を吐き出していく。

『あそこに居る人、どうする? アタシとしては食べたくないけど』

 あらかた作業が終わった辺りで、悪魔が森の木の上を見ながら言ってくる。

「だから、そう言う事は先に言えって」

 何時もの台詞を言いながら朔もそちらを見ると、枝の上で驚愕に目を見開いた男が一人潜んでいた。

「食べたくないって、悪人じゃないって事か?」

『良い人か悪い人かって言われたら、どっちかって言うと悪い人かも、人間も何人か殺してるみたいだし、ただね~、なんて言うか、軍人? みたいな感じかな。 トーレスと似てるかも』

 人殺しが悪かと問われたら、今の朔ならそんな事は無いと即答できる。 現にトーレスやタルラ達は、悪人では無いと言い切れる。

 朔としても向こうの世界であんな事が無ければ、それは善悪ではなく恐怖の対象として、今頃タルラやトーレスに脅えていたかも知れない。

 しかし、それは善悪とはまた別の問題なのだろう。 悪魔が軍人と言ったのもなんとなく納得のできる朔であった。



 ************


 その時、木の上の男、ドーマは生きた心地がしなかった。

 逃亡を図る盗賊達を見張りながら移動した先で、風が吹いたかと思えば監視対象の先頭から順番に転げ落ちたのだ。

(魔術!? 口封じか?)

 辺りに視線を飛ばすが、術者らしき者は見当たらない。

 そしてドーマの警戒をあざ笑うかのように、死体は宙に持ち上がり、吸い込まれるように一旦消えると、ボトボトと血を滴(したた)らせながら、鎧を剥がされた状態で現れ、落ちる。  

(これはなんだ? 悪夢か? それとも新手の魔物か何かか…?)

 月明かりの下、半分以上が影となって見える惨状には、現実感が全く沸いてこない。 しかし血溜りのはっする粘液質な音と、離れても微かに鼻をつく血と体液の匂いが、ドーマの本能に近い部分にこれは夢では無いと告げてくる。

 そんな光景が繰り返され、最後には武器が消えていくのを見たとき、昨日の昼間に発見した五人の遺体を思い出した。

(一人が服をはがされ、残りの者は武器が無かった…)

 状況は似ていると言えば、似ているだろう。

 それが目の前で行われていると言うのに、目的はおろか、手段さえ理解でき無い。

 沸き立つ恐怖を抑えながら、観察を続けるドーマの背筋に何かもぞ痒いものが走る。

(見れらてる? 見つかったか!)

 仕事柄尾行する事もされることも多いドーマは、常に視線には敏感だった。 今こちらに向けられている視線の元を探れば、間違いなく盗賊達の死体の辺りになる。 だがそこには生きて(・・・)動いているものは誰も居ない。

 押さえていた恐怖が一気に膨れ上がり、ドーマの背中からいやな汗が噴出し始める。

 しかし、視線は只の視線で終わった。 殺気も、邪気も篭められないまま、ただ見ただけで外されたのだ。

(見逃してもらったのか?)

 そう感じた瞬間、ドーマは居ても立っても居られず、飛び下がりへ中を向けて逃げ出した。

(一体どういう事だ……)

 走りながらドーマは考えを巡らす。 腕に自信が無い以上は考える事こそが、ドーマの生き残る道でもある。 幸いにも相手が追ってくる気配は無い。 仲間を探る為、わざと逃がされた訳でもないようだ。

 ドーマを見逃し、盗賊を殺したということは、単なる口封じとは考えにくい。 あの五人もアレ・・が殺ったと仮定すると、目的はなにか。

 そこまで考察すると、思い至ることが一つだけ有った。

(タルラ・ボナホート…。 いや、ボナホート家か)

 森で待ち伏せしていたであろう五人が密かに殺され、アジトに居た盗賊達が、裏で殺められた。 確証は何も無い。 それどころか昼間の事も考えると矛盾しかない。 でも、ドーマの勘は間違いなくタルラとの関係を告げているのだった。



 そして、もう少しこの場で粘っていたら、これから数年先の未来がきっと違った結果になっていたであろう事を、神の身ならざるドーマにとっては知るよしも無い事であった。





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