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辺境の奴隷狩り
20 魔法騎士(マジック・ナイト)
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馬車が森に入って進み、ようやく廃村へとたどり着こうかという時、急にその行き足を止めた。
「どうしたんだろう?」
『待ち伏せ? されてるみたいよ』
思わず呟きを漏らす朔に、悪魔が応える。
「だから、そういう事は早く言えって!」
小声で悪魔に言いながら朔は周囲に視線を飛ばすが、待ち伏せしている者が森の何処に潜んでいるのか、さっぱり分からない。
「数はどれ位だ?」
『50くらいかな?』
「結構居るな」
『サクちゃん、大丈夫だからちょっと隠れてて』
そこまでやり取りをした所で、チェミーに頭を馬車の中へと押し込められた。
『何者だ! 殺気を隠しもせず隠れているつもりか! 出て来いっ!』
チェミーに押しやられ、荷台に積まれた荷物の影から頭だけを出して様子を覗っていた朔の耳にタルラの凛とした声が響く。
『出てこぬというのなら、チェミー! やれ!』
『我が内に眠りし魔素(マナ)よ、起動式の命ずるままに、爆炎と成りて全てを打ちのめせ! 《爆炎球》!』
タルラが前方左手の木の生い茂った一角を指差すと同時にチェミーが呪文の様な物を唱える。 それは、これまでチェミー達が喋っていた言葉とはまた違った発音によるもので、朔としては耳に馴染みやすい音(・)であった。
言葉そのものは判らないのだが、母音子音共に発音が非常に聞き取りやすいのだ、カタカナ言葉と言うか、復活の呪文に区切りと音階を適当に付けてボカロに喋らせた様な、そんな感じの発音であった。
チェミーが詠唱の様な物を終えると、その眼前に現われた人の頭ほどの大きさの火球が、タルラの指差す所に吸い込まれるように進んでいく。
直後。
大玉の花火がはぜた時の、腹にズンとくる衝撃を伴った音と同時に、熱風が朔の頬を撫でる。
(な、なんだっ!?)
火球が吸い込まれた一角は一瞬真っ赤に照らされた後、炎と煙を巻き上げて燃え盛(さか)っていた。
だが、森の中の湿り気と、生えている生木の水気が多いのだろう、暫くもしない内に、炎はブスブスと音を立てながら、大量の煙を吐き出すだけに変わっていく。
その煙に燻し出される様に森の中から、十数人の男たちが転げ出てくる。 皆、昨日朔が殺したような盗賊風の男達であった。
『チェミー次はあっちだ! ナムル卿、トーレス、ツゥエル! 馬車を中央に鋒矢陣で抜ける! 準備を!』
『『『『はっ(い)』』』』
タラルが指差した反対側の森に向き直り、チェミーが再び詠唱を始める。
そして、それに被せる様に、タルラ達三人の詠唱が響き渡った。
『魔素(マナ)よ、斜し合わさる二つの盾と成りて、我が前に現われよ! 《除物の角盾》!』
『『我が内に潜みし魔素(マナ)よ! 起動式の命に従い、この身に刻まれし術式を進み、押し進める斜盾と成りて我が前に現われよ! 《拒むる者無き・前進の盾》!』』
各々の呪文《スペル》の違いだろうか、タルラの前方には、ラッセル車の前方に設置される除雪板(ブレード)の様な形をした半透明の板が人馬の前方を囲うように現われる。 正面に鋭角な角を持つそれは、このまま前進すれば、下から掬い上げ横へと流す形状をしている。
ナムルとトーレスの前に現われた《盾》は、半透明なのは同じだが、角(かど)は無く、一枚の板で構成されていた。 下はタルラのブレード同じように地面すれすれで掬い上げるように突き出ているが、上の方は平らな形状で、前面に壁のようにそそり立っている。
三人が唱えた異世界の魔法に朔が見蕩れていると、右前方の森からドンッ!とチェミーの魔法が爆ぜる音が聞こえてくる。 そしてまた、逃げるように森の中から転げ出てくる盗賊達。
『行くぞっ! 突撃!!』
タルラの声に前を向けば、いつの間に配置が終わったのか、タルラをセンターに馬車の左前方にはナムル、右前方にはトーレスと、隊列を整え、号令一過、一気に駆け出した。
堪らないのは盗賊達であろう、森から転げ出た所を突進する馬の勢いそのままに、半透明の盾によって足元から掬われ、強引に横へと投げ出されるのだ。
悲鳴と怒号のような叫び声が森の街道に木霊し、激しく揺れる馬車の荷台から通り過ぎた後を見やると、ありえない方向に腕や足を曲げた幾人もの盗賊が、地面に転げ周り苦痛のうめきを上げていた。 だが、彼らはまだ運のよかった方だろう、地面に横たわる内の数名は、首か背中をくの字に曲げてピクリとも動かなくなっている。
動かなくなった者の横では悪魔が忙しそうに飛び回っているが、それは何時もの事なので朔は無視する。
(これがこの世界の戦いか~、えげつないなぁ~)
後方へと流れていく阿鼻叫喚とも言える景色に、そんな事を考えていると、
『何してやがる! さっさと追わねえか!』
獣のような怒号を発しながら、木々の隙間から熊のような巨体の男が姿を現した。
(あいつがボスかな?)
多少距離が離れても、耳元で聞こえる悪魔の通訳を聞きながら、朔は相手を睨み付けた。
男は身の丈ほどの斧を肩に担ぎ、怯(ひる)んだ手下どもを嗾け、朔達の後を追わそうとしている。
『十の矢よ、敵を貫け! 《十矢放》!』
それを見ていた朔の視界に、タルラがいきなり割り込んでくると、後ろも見ずに魔法を放つ。 馬車の速度に合わせて多少スピードを緩めているのでは有ろうが、走る馬の背で、短い呪文を淀みなく唱えてのける。
《呪文》の求め通りに十本の魔法で出来た矢は、それぞれの標的へと襲い掛かり、九つの悲鳴を上げさせる。
だが、残り一本は選んだ相手に当たる直前、肉厚の斧に叩き落とされていた。
熊の様な男が、自らに襲い来る魔法の矢に、肩に担いでいた斧を叩きつけ、消し去ったのだ。 男は何事も無かったかのように平然と立ち、その口元には愉快そうな笑みをこぼしていた。
『ちっ』
一方のタルラも、一度も後ろを振り返る事無く、不満そうに舌打ちをした後、再び先頭へと戻っていく。
(なんかよく分かんないけど、カッケー! 絶対、魔法覚えてー!!)
馬車の荷台で荷物と一緒に跳ね上がりながら、朔はそう心に誓ったのである。
そして、馬車が廃村へと辿りつくと、一行は足を止めた。
『ここで奴らを迎え撃つ! ナムルは私と共に動け! トーレスは任せる、自分の判断動けばいい! ツゥエルとテットンは馬車を背にチェミーとサクを守れ!』
『タルラ様、逃げないのですか!?』
守りたい心が行動に出てしまったのだろう、馬車が止まった瞬間から、朔を抱きしめていたチェミーがタルラの判断に口を出す。
『逃げるにしても、この先は国境の緩衝地帯だ、行っても見晴らしの利く平原で多勢にしつこく追い回され、疲れたところを討たれる危険もある。 どの道援軍を求めるには、どこかで向きを変えて戻らねばならないのだ。 それなら、こちらの戦力がある内に一撃を与え、怯んだ隙に引き返すのが良いと思う。 それに今なら相手も走って追っかけてきている、ここに着く頃には肩で息しているだろう、反撃には打って付けの好機なのだ』
早口ながらも自分の考えを口にするタルラ。 敵が追ってきている現状で議論する余裕もないからか、それとも良い代案が浮ばなかったからか、チェミーは目を瞑り少し間を置いてから『わかりました』と、短く言うと眼差し鋭く顔を持ち上げた。
『約50人中戦闘不能が18人~。 内、死亡が11に~ん』
いつの間に傍に戻ったのか、悪魔がホクホク顔で朔の横に浮んでいた。
「で、あいつら諦めていないのか?」
『うん、走って追っかけてきてるよ。 もうすぐ追いつくかも?……ほら!』
悪魔が指差した先では、あの熊男を先頭に盗賊達の一団が姿を現したところだった。
どうやら、第二ラウンドが始まるらしい。
**********
時間を遡る事少し、朔達がようやく街を出た頃、ドーマも目的の物を見つけていた。
ドーマはトルネリオの店を出ると、すぐに尾行を開始した。
相手は街を出て道を南下すると、途中で左に外れ寒村を横目に森の獣道へと入っていく。
草色に染められた服が森の中で見え隠れするのを、距離を置いて付けていくと、古びた石造りの教会に辿りついた。 先の天魔戦争の時に放棄されたのだろう、屋根は落ち所々崩れた壁が長い年月を感じさせる教会だ。
(やっと見つけたぜ)
ドーマの雇い主から頼まれた仕事、それは緩衝地帯の遊牧民を無理やり攫い、奴隷として売りさばいている集団の正体を突き止め、報告する事だった。
教会の前に60人程の盗賊集団が集まっていた。 その中でも頭一つ高い熊の様な男にドーマが付けて来た男が話しかけている。
(あいつがビーか。 こりゃ俺じゃぁ勝てねえな)
ドーマはビーに会った事は無い。 アボーテ男爵の街と、その周辺の聞き込みで集めた情報から商人トルネリオと盗賊のビーが組んでいることは予測できた。 だがやたら用心深く、外からの調査では予想までが限界でもあった。
仕方なくドーマはトルネリオに近づき懐に入り込もうとしたのだが、トルネリオに警戒され、ビーとは接触出来無いよう遠ざけられた状態で、なかなか証拠を見つけることが出来無いまま一月も過ぎてしまった。
王都に居る雇い主との繋ぎからは、
「焦らず、確実な証拠を見つけてくれればいい。 もうじき、囮に目立つ者を向かわせるから、調査もしやすくなる」
とは言われていたが、それがまさか魔法騎士団(マジック・ナイツ)所属の伯爵令嬢だとは思っても居なかった。
確かにタルラ達は囮として十分以上トルネリオ達をかき回してはくれた。
そのお陰でドーマもこうして盗賊達のアジトを見つけることが出来たのだ。
だが、その代償としてタルラ達が狙われることとなってしまっている。 何が有ったかは知らないが、囮として目立つどころか、やり過ぎてしまった様だ。
教会の前からは、ビーに率いられた50人程の盗賊達が移動を始めている。 遠くて詳しい内容は聞こえないが、口々に文句を言ってるようにも見える。 明日に備えてこれから罠などの準備をしようと考えていた所に、いきなりタルラ達が動いたと聞けば不満も出るだろうとドーマはその様子を観察していく。
(さて、そろそろかな?)
ビー達の姿が消えるのを見計らって、ドーマは獣道から姿を現し教会の前へと歩いていく。 見張りに残った10人近い者たちが、いきなり現われた見知らぬ男(ドーマ)に警戒をするが、ドーマは気にした様子も無く、残っていた草色の服を着た男に「よっ」っと。手を上げ挨拶をする。
「あぁ、あんたさっきトルネリオの旦那のところに居た…」
「ドーマだ、よろしくな」
「こいつは、トルネリオの旦那んとこの奴だ、気にしなくて良い」
さっき撒いた種は上手く行った様だと安心しつつ、何気ない顔でドーマは会話を続ける。
「ばたばたしてるとこ悪ぃな、旦那から奴隷を見てきて欲しいって言われてな、今居るかい?」
「あぁ、それならそこの地下に入れてあるぜ、見てくか?」
「頼む、今何人くらい居るんだ?」
「40ってとこかな。 待ってろ鍵開けてやる」
言いながら、教会の地下へ続く扉の前まで案内し鍵を開けてくれる草色の服の男。 トルネリオの所で会ったのが効いてるのだろう、信用してくれているようで何よりだ。
そして地下へと足を運んだドーマは、そこに繋がれている奴隷達を確認した。 男と女子供は分けられている。 そして余り見た目の良くない女は盗賊達の好きさせていたのだろう、さらに別の部屋に入れられ、半裸の状態で繋がれていた。
ドーマが降りて行った時の奴隷達の反応は様々だった。 ドーマをにらみつけて来る者、慌てて目を伏せやり過ごそうとする者、自分の体を抱き只震えるだけの者も居る。
(そんな怖がりなさんな、もう暫くすれば助けが来る。 それまで我慢して生き延びてくれよ)
ひい、ふう、みい、よ、と指差し数える振りをしながら、ドーマは心の中でそんな事を考えていた。
地下から出ると、ドーマは草色の服の男に「ありがとよ」と、軽く礼を言い、
「ところで、あんたのお頭はもう行っちまったのか?」
と、尋ねた。
「おう、トルネリオの旦那からずいぶん急かされてな、今出た所だ」
「そっか~、勢い余って女を殺さないように見張ってくれって頼まれたんだがな、こりゃ急いで追いかけなきゃ。 向かったのはコッチでいいかい?」
「おう、そっちだ」
「あんがとな、兄弟」
「おう、またな」
ドーマはそう挨拶をすると、そそくさとその場を後にするのだった。
「どうしたんだろう?」
『待ち伏せ? されてるみたいよ』
思わず呟きを漏らす朔に、悪魔が応える。
「だから、そういう事は早く言えって!」
小声で悪魔に言いながら朔は周囲に視線を飛ばすが、待ち伏せしている者が森の何処に潜んでいるのか、さっぱり分からない。
「数はどれ位だ?」
『50くらいかな?』
「結構居るな」
『サクちゃん、大丈夫だからちょっと隠れてて』
そこまでやり取りをした所で、チェミーに頭を馬車の中へと押し込められた。
『何者だ! 殺気を隠しもせず隠れているつもりか! 出て来いっ!』
チェミーに押しやられ、荷台に積まれた荷物の影から頭だけを出して様子を覗っていた朔の耳にタルラの凛とした声が響く。
『出てこぬというのなら、チェミー! やれ!』
『我が内に眠りし魔素(マナ)よ、起動式の命ずるままに、爆炎と成りて全てを打ちのめせ! 《爆炎球》!』
タルラが前方左手の木の生い茂った一角を指差すと同時にチェミーが呪文の様な物を唱える。 それは、これまでチェミー達が喋っていた言葉とはまた違った発音によるもので、朔としては耳に馴染みやすい音(・)であった。
言葉そのものは判らないのだが、母音子音共に発音が非常に聞き取りやすいのだ、カタカナ言葉と言うか、復活の呪文に区切りと音階を適当に付けてボカロに喋らせた様な、そんな感じの発音であった。
チェミーが詠唱の様な物を終えると、その眼前に現われた人の頭ほどの大きさの火球が、タルラの指差す所に吸い込まれるように進んでいく。
直後。
大玉の花火がはぜた時の、腹にズンとくる衝撃を伴った音と同時に、熱風が朔の頬を撫でる。
(な、なんだっ!?)
火球が吸い込まれた一角は一瞬真っ赤に照らされた後、炎と煙を巻き上げて燃え盛(さか)っていた。
だが、森の中の湿り気と、生えている生木の水気が多いのだろう、暫くもしない内に、炎はブスブスと音を立てながら、大量の煙を吐き出すだけに変わっていく。
その煙に燻し出される様に森の中から、十数人の男たちが転げ出てくる。 皆、昨日朔が殺したような盗賊風の男達であった。
『チェミー次はあっちだ! ナムル卿、トーレス、ツゥエル! 馬車を中央に鋒矢陣で抜ける! 準備を!』
『『『『はっ(い)』』』』
タラルが指差した反対側の森に向き直り、チェミーが再び詠唱を始める。
そして、それに被せる様に、タルラ達三人の詠唱が響き渡った。
『魔素(マナ)よ、斜し合わさる二つの盾と成りて、我が前に現われよ! 《除物の角盾》!』
『『我が内に潜みし魔素(マナ)よ! 起動式の命に従い、この身に刻まれし術式を進み、押し進める斜盾と成りて我が前に現われよ! 《拒むる者無き・前進の盾》!』』
各々の呪文《スペル》の違いだろうか、タルラの前方には、ラッセル車の前方に設置される除雪板(ブレード)の様な形をした半透明の板が人馬の前方を囲うように現われる。 正面に鋭角な角を持つそれは、このまま前進すれば、下から掬い上げ横へと流す形状をしている。
ナムルとトーレスの前に現われた《盾》は、半透明なのは同じだが、角(かど)は無く、一枚の板で構成されていた。 下はタルラのブレード同じように地面すれすれで掬い上げるように突き出ているが、上の方は平らな形状で、前面に壁のようにそそり立っている。
三人が唱えた異世界の魔法に朔が見蕩れていると、右前方の森からドンッ!とチェミーの魔法が爆ぜる音が聞こえてくる。 そしてまた、逃げるように森の中から転げ出てくる盗賊達。
『行くぞっ! 突撃!!』
タルラの声に前を向けば、いつの間に配置が終わったのか、タルラをセンターに馬車の左前方にはナムル、右前方にはトーレスと、隊列を整え、号令一過、一気に駆け出した。
堪らないのは盗賊達であろう、森から転げ出た所を突進する馬の勢いそのままに、半透明の盾によって足元から掬われ、強引に横へと投げ出されるのだ。
悲鳴と怒号のような叫び声が森の街道に木霊し、激しく揺れる馬車の荷台から通り過ぎた後を見やると、ありえない方向に腕や足を曲げた幾人もの盗賊が、地面に転げ周り苦痛のうめきを上げていた。 だが、彼らはまだ運のよかった方だろう、地面に横たわる内の数名は、首か背中をくの字に曲げてピクリとも動かなくなっている。
動かなくなった者の横では悪魔が忙しそうに飛び回っているが、それは何時もの事なので朔は無視する。
(これがこの世界の戦いか~、えげつないなぁ~)
後方へと流れていく阿鼻叫喚とも言える景色に、そんな事を考えていると、
『何してやがる! さっさと追わねえか!』
獣のような怒号を発しながら、木々の隙間から熊のような巨体の男が姿を現した。
(あいつがボスかな?)
多少距離が離れても、耳元で聞こえる悪魔の通訳を聞きながら、朔は相手を睨み付けた。
男は身の丈ほどの斧を肩に担ぎ、怯(ひる)んだ手下どもを嗾け、朔達の後を追わそうとしている。
『十の矢よ、敵を貫け! 《十矢放》!』
それを見ていた朔の視界に、タルラがいきなり割り込んでくると、後ろも見ずに魔法を放つ。 馬車の速度に合わせて多少スピードを緩めているのでは有ろうが、走る馬の背で、短い呪文を淀みなく唱えてのける。
《呪文》の求め通りに十本の魔法で出来た矢は、それぞれの標的へと襲い掛かり、九つの悲鳴を上げさせる。
だが、残り一本は選んだ相手に当たる直前、肉厚の斧に叩き落とされていた。
熊の様な男が、自らに襲い来る魔法の矢に、肩に担いでいた斧を叩きつけ、消し去ったのだ。 男は何事も無かったかのように平然と立ち、その口元には愉快そうな笑みをこぼしていた。
『ちっ』
一方のタルラも、一度も後ろを振り返る事無く、不満そうに舌打ちをした後、再び先頭へと戻っていく。
(なんかよく分かんないけど、カッケー! 絶対、魔法覚えてー!!)
馬車の荷台で荷物と一緒に跳ね上がりながら、朔はそう心に誓ったのである。
そして、馬車が廃村へと辿りつくと、一行は足を止めた。
『ここで奴らを迎え撃つ! ナムルは私と共に動け! トーレスは任せる、自分の判断動けばいい! ツゥエルとテットンは馬車を背にチェミーとサクを守れ!』
『タルラ様、逃げないのですか!?』
守りたい心が行動に出てしまったのだろう、馬車が止まった瞬間から、朔を抱きしめていたチェミーがタルラの判断に口を出す。
『逃げるにしても、この先は国境の緩衝地帯だ、行っても見晴らしの利く平原で多勢にしつこく追い回され、疲れたところを討たれる危険もある。 どの道援軍を求めるには、どこかで向きを変えて戻らねばならないのだ。 それなら、こちらの戦力がある内に一撃を与え、怯んだ隙に引き返すのが良いと思う。 それに今なら相手も走って追っかけてきている、ここに着く頃には肩で息しているだろう、反撃には打って付けの好機なのだ』
早口ながらも自分の考えを口にするタルラ。 敵が追ってきている現状で議論する余裕もないからか、それとも良い代案が浮ばなかったからか、チェミーは目を瞑り少し間を置いてから『わかりました』と、短く言うと眼差し鋭く顔を持ち上げた。
『約50人中戦闘不能が18人~。 内、死亡が11に~ん』
いつの間に傍に戻ったのか、悪魔がホクホク顔で朔の横に浮んでいた。
「で、あいつら諦めていないのか?」
『うん、走って追っかけてきてるよ。 もうすぐ追いつくかも?……ほら!』
悪魔が指差した先では、あの熊男を先頭に盗賊達の一団が姿を現したところだった。
どうやら、第二ラウンドが始まるらしい。
**********
時間を遡る事少し、朔達がようやく街を出た頃、ドーマも目的の物を見つけていた。
ドーマはトルネリオの店を出ると、すぐに尾行を開始した。
相手は街を出て道を南下すると、途中で左に外れ寒村を横目に森の獣道へと入っていく。
草色に染められた服が森の中で見え隠れするのを、距離を置いて付けていくと、古びた石造りの教会に辿りついた。 先の天魔戦争の時に放棄されたのだろう、屋根は落ち所々崩れた壁が長い年月を感じさせる教会だ。
(やっと見つけたぜ)
ドーマの雇い主から頼まれた仕事、それは緩衝地帯の遊牧民を無理やり攫い、奴隷として売りさばいている集団の正体を突き止め、報告する事だった。
教会の前に60人程の盗賊集団が集まっていた。 その中でも頭一つ高い熊の様な男にドーマが付けて来た男が話しかけている。
(あいつがビーか。 こりゃ俺じゃぁ勝てねえな)
ドーマはビーに会った事は無い。 アボーテ男爵の街と、その周辺の聞き込みで集めた情報から商人トルネリオと盗賊のビーが組んでいることは予測できた。 だがやたら用心深く、外からの調査では予想までが限界でもあった。
仕方なくドーマはトルネリオに近づき懐に入り込もうとしたのだが、トルネリオに警戒され、ビーとは接触出来無いよう遠ざけられた状態で、なかなか証拠を見つけることが出来無いまま一月も過ぎてしまった。
王都に居る雇い主との繋ぎからは、
「焦らず、確実な証拠を見つけてくれればいい。 もうじき、囮に目立つ者を向かわせるから、調査もしやすくなる」
とは言われていたが、それがまさか魔法騎士団(マジック・ナイツ)所属の伯爵令嬢だとは思っても居なかった。
確かにタルラ達は囮として十分以上トルネリオ達をかき回してはくれた。
そのお陰でドーマもこうして盗賊達のアジトを見つけることが出来たのだ。
だが、その代償としてタルラ達が狙われることとなってしまっている。 何が有ったかは知らないが、囮として目立つどころか、やり過ぎてしまった様だ。
教会の前からは、ビーに率いられた50人程の盗賊達が移動を始めている。 遠くて詳しい内容は聞こえないが、口々に文句を言ってるようにも見える。 明日に備えてこれから罠などの準備をしようと考えていた所に、いきなりタルラ達が動いたと聞けば不満も出るだろうとドーマはその様子を観察していく。
(さて、そろそろかな?)
ビー達の姿が消えるのを見計らって、ドーマは獣道から姿を現し教会の前へと歩いていく。 見張りに残った10人近い者たちが、いきなり現われた見知らぬ男(ドーマ)に警戒をするが、ドーマは気にした様子も無く、残っていた草色の服を着た男に「よっ」っと。手を上げ挨拶をする。
「あぁ、あんたさっきトルネリオの旦那のところに居た…」
「ドーマだ、よろしくな」
「こいつは、トルネリオの旦那んとこの奴だ、気にしなくて良い」
さっき撒いた種は上手く行った様だと安心しつつ、何気ない顔でドーマは会話を続ける。
「ばたばたしてるとこ悪ぃな、旦那から奴隷を見てきて欲しいって言われてな、今居るかい?」
「あぁ、それならそこの地下に入れてあるぜ、見てくか?」
「頼む、今何人くらい居るんだ?」
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言いながら、教会の地下へ続く扉の前まで案内し鍵を開けてくれる草色の服の男。 トルネリオの所で会ったのが効いてるのだろう、信用してくれているようで何よりだ。
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ドーマが降りて行った時の奴隷達の反応は様々だった。 ドーマをにらみつけて来る者、慌てて目を伏せやり過ごそうとする者、自分の体を抱き只震えるだけの者も居る。
(そんな怖がりなさんな、もう暫くすれば助けが来る。 それまで我慢して生き延びてくれよ)
ひい、ふう、みい、よ、と指差し数える振りをしながら、ドーマは心の中でそんな事を考えていた。
地下から出ると、ドーマは草色の服の男に「ありがとよ」と、軽く礼を言い、
「ところで、あんたのお頭はもう行っちまったのか?」
と、尋ねた。
「おう、トルネリオの旦那からずいぶん急かされてな、今出た所だ」
「そっか~、勢い余って女を殺さないように見張ってくれって頼まれたんだがな、こりゃ急いで追いかけなきゃ。 向かったのはコッチでいいかい?」
「おう、そっちだ」
「あんがとな、兄弟」
「おう、またな」
ドーマはそう挨拶をすると、そそくさとその場を後にするのだった。
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連載として再開します。
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【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
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ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
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とある元令嬢の選択
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アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
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